自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【三ノ章】闇を奪う者

第二十八話 やっぱり勉強って大切ですよね

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「や、やめろぉ……借金は払い終わったんだぞぉ……来るなぁ……!」
「どんな夢を見てんだお前。おい、起きろクロト」
「……ハッ! あれは幻のゴールドカード!? 存在していたのか……って、あれ? エリック、どうかしたか?」

 勢いよく起きたら、目の前に屈んだエリックがいた。
 戻る寸前で得体の知れない悪夢を見たような……気のせいだろうか。
 逆にあの不思議な声は聞こえなかったし。イレーネの居る世界に行く時だけ聞こえるのか?
 俺の身体に何が起きてるんだろう。これまではあんな現象、起きなかったんだけど。
 ……深く気にするだけ無駄か。うん、切り替えていこう。
 そこまで考えて、列車が動いていないことに気づいた。
 外の様子を見渡す限り、どうやら燃料の補給や物資の搬入を行っている為に停車しているようだ。
 他の乗客は談笑を交わしていたり、軽食を取っていたりと様々な行動を取っている。

「……ここ、どこ? あと、なんでそんな呆れたような顔してるの?」
「いや、寝言がひでぇなと思って……まあいいや」

 頭を掻きながら、エリックは座席に座り直した。

「ここはニルヴァーナとグリモワールの間にある補給用の停車駅だ。もうグリモワールの領土には入ってるから、ここから数十分で到着ってところだな」
「おお、だいぶ寝てたみたいだな。……カグヤと先生は?」
「二人とも外の空気を吸ってくるっつって外に行ったぜ。お前も行くか?」
「あー……いや、大丈夫。寝ぼけてるわけでもないし、すっかり目も覚めたから」

 背筋を伸ばしながら立ち上がり、荷台に置いたバッグの中から紙袋を取り出す。
 袋の中身はクッキーやスコーンといった簡素な焼き菓子だ。
 座席に備え付けられたテーブルを展開して並べて……あっ、カグヤと先生の分も残しておかないと。
 二人分のお菓子を残しておき、出した分の一つを摘まんで口に放り込む。
 サクサクの食感と口内に広がる仄かな甘みが絶妙なハーモニーを奏でている──と、胸を張って言いたいが、この味で終わりには出来ない。もう少し上を目指せるはずだ。
 アルバイトしてた喫茶店のマスターが作ったお菓子は、もっとまろやかで美味しかった。まだまだ及ばないな。
 納得できずに唸っていると、スコーンを一口かじったエリックが首を傾げた。

「……もしかしてこれ、お前の手作り?」
「そうだよ。アカツキ印の特製フレーバーテイストだ」
「マジか!? 普段が普段だから、てっきり料理なんて出来ねぇと思ってたぜ」
「これでも家庭料理レベルならほとんど作れるぞ。材料さえあればな」

 特にシュークリームとカレー、コーヒーには自信がある。これは誰にも譲れない。
 ちなみにこのお菓子は先日、霊薬作成のついでに作った甘い風味のエッセンスを生地に練り込んだ手作りの物である。
 いやはや、やっぱりすごいよ異世界は。
 花の種子、根、花弁から成分を抽出して食用の調味料が作れるとは。
 そういうのって時間が掛かったり、特別な機械でなければ出来ないと思い込んでいたからびっくりしたよ。
 それに何が一番驚いたって、その技術や知識を学んだわけでもないのに、ということだ。
 こういう感覚は鍛冶を行っている際にも感じた。唐突に自分の動きが最適化され、淀みなく流れるような動きが可能になり、打った武具が完璧な仕上がりになるのだ。
 今回はしっかりと自覚していたわけではないが、同じ現象が起きたと見て間違いないだろう。

「いや、マジでうめぇなこれ。家が貧乏だったから、あんまりこういうのって食ったことねぇんだよな」
「そうなのか? 初めて聞いたよ」
「あれ、話してなかったっけ? 俺、元々孤児なんだよ。生まれた時からグリモワールの孤児院で世話になってたんだけど、三年前にリーク先生からスカウトされて学園に連れて来られたんだ」
「……ん? 孤児?」
「おう。んでもって孤児院の経営がつらい状況で、お菓子なんて出なかったから馴染みが無くてな。……今もそれが原因で手を出すのがちょっと怖い」
「…………そ、そうなんだ。だ、だったら遠慮なくお食べ。俺の分も」

 突如判明した事実。エリックは爽やかに笑ってるのに、空気が重い。
 なるべく表情を変えずに、場を和ませる為にソラを……あれ、あの子どこ行った?

『キュ?』

 鳴き声のした方に目を向ける。
 いつの間にかテーブルの端に腰掛けていたソラが、両手に持ったクッキーをもぐもぐと頬張っていた。
 ……隠密技術なんて教えてないはずなんだけどな。
 勝手に召喚されて、首に巻きついて眠っていることはあるけども。
 おかげで寒い時はマフラー要らずだ。これからの季節を考えると暑苦しくなるが。
 とりあえずソラを抱っこして、話題を変えよう。

「ところで、グリモワールってどういう所なんだ? 魔導革命で栄えてる国なのは分かるんだけど、それ以外はさっぱりだ」
「んぐ? そうか、お前知らないのか」

 飲み物ごと喉奥に押し込み、一息ついたエリックが考え込むように腕を組む。

「何も知らないまま向こうに行っても困るし、かといって今から全部話しても時間がな……大雑把でいいなら説明するぞ」
「うん、頼む」
「おう。そんじゃ、まず前提として昔のグリモワールは……つっても俺が生まれる数百年前に滅亡寸前まで追い込まれて以来、名を新たにして国づくりを行ったんだ」
「それまでは魔科の国グリモワールじゃなかったのか?」
「確か、マグヌス帝国って名前だったか。無茶苦茶な税金を課して金を絞り尽くしたり、人間至上主義な思想を抱いてる貴族に関しちゃ、他種族に対して奴隷に近い扱いを受けさせたり、その他にも差別、迫害が酷かったらしいぜ。……昔よりはマシかもしれないが、その辺は今も変わらねぇか」
「変わらないって、奴隷云々の話が?」
「その通り。さすがに金銭関係まで発展させると国際問題になりやすいから無闇に手を出す連中はいないが、妖精族や獣人を相手に法で裁かれない範疇で色々やらかしてる奴らはいるんだよ。それにニルヴァーナじゃ意識しなかっただろうが、グリモワールや他国家にはそれなりに権力を持った貴族が存在している」

 エリックが言うにはグリモワールの領地は広大で、細かく管理する為に小さな位である貴族でさえも土地の管理者にしているそうだ。
 さらには貴族が任意で所属、もしくは立ち上げている“企業”という国全体の権威を象徴する組織が存在している。
 薬品、作物、建築、アーティファクト、魔装具、魔道具。
 グリモワールの冒険者が主要としている可変兵装マルチウェポンの研究、開発を主とする企業など。
 かなり細分化されており、個としての力も相当だが少数であれ結託するような事があれば逆らわない方が賢明らしい。

「それと帝国の滅亡云々に関しては、当時に起きた大戦が原因だっていう意見を主張する学者が多いぞ」
「大戦かぁ……」

 それくらいは知ってるな。
 昔、ニルヴァーナや魔科の国グリモワールがある地域まで爪痕を残すほどの大きな戦いがあったそうな。
 当時の文献によると、昔は二つあった月の一つが消滅したとか。
 元は山岳地帯だった場所が何もない平原になったとか。
 その平原に現れた何万もの軍勢に立ち向かった一人の英雄がいたとか。
 そんなわくわくする内容が実際の文書に書き残してあったのだが、ほとんどが誇張されているという疑惑が持ち上がっているそうだ。
 絵本や小説の題材になるほどの話なのだからそのままでもいいと思うのだが、真実を求める連中からしてみれば全てが“ありえない”らしい。
 ……本音を言えば、俺も同意見だ。
 山岳地帯が平原になる、月が無くなるだとか。
 万と一の戦力差なんて魔法があったとしても覆せる気がしない。
 本気で信じてる人の方が少ないのだから、所詮昔の話なんてそんなものなのだろう。

「──それまでは関わりを持たなかった各国から物資だ金だと支援貰って復興していく内に、国の体制や政治環境も若干改善されていったんだが……って、聞いてるか?」
「うん。つまり、グリモワールの貴族相手にケンカ売るなって事だろ?」
「大体合ってるけどよ……お前が言うと不安だな」
『キュ、キュイ』

 苦笑を浮かべるエリックに、同意するようにソラが鳴く。
 失敬な。俺はどんな煽りに対しても先に口を出し、時には肉体言語で語り合うほどに我慢強い男だぞ。
 じとっとした目で送った視線を受けてわざとらしく咳を払い、エリックは表情を改める。

「とりあえず国の成り立ちとしてはこんなもんでいいだろ。他に知りたい事はあるか?」
「エリック先生、魔導革命について教えてください」
「一昨日の歴史の授業でやってたはずなんだが……さてはお前、寝てたな?」
「その時はちゃんと起きてたよ。だけど、あの先生の授業って早く進み過ぎて理解し切れないんだよ」
「ああ、まあ……あれはしょうがねぇ」

 俺の弁明に納得したのか、生徒として同じ悩みを抱えているのか。
 エリックは頭を抱えてため息をついた。




 歴史の担当教師、フィル・ソムナさん。
 各国の歴史で分からない所があれば彼に聞くと必ず答えてくれる、とまで言われるほど博識な歴史オタク。
 授業ではたまに小ネタを挟んで進めることがあるが、大体は早口なので授業内容もほとんど聞き取れない。
 しかし聞き取れる人が言うには内容は実に丁寧らしいので、一部の生徒からの人気は高い。
 なお、最近は生え際が気になりだしているそうで、髪の話題になると般若のような表情になる。
 ──育毛剤をお土産にしたら、喜んでくれるだろうか?




 もうすぐ物資の搬入が終了するのか、駅員が忙しく動き回っている姿が確認できた。
 列車が動けば無事では済まないな。
 乗り物酔いで死にかける前に、常識的な部分は知っておきたい。
 ……今後他国に行く機会があったら、ちゃんと事前に勉強するようにしよう。今後もエリックに面倒を掛ける訳にはいかないしな。

「毛根が絶滅危惧種なあの人のことは置いといて、魔導革命について教えてくださいな」

 お願いします。昔の凄い人が凄いことやって生活が豊かになったよ! ってくらいの浅い知識しかないんです。

「ほいほい、そんじゃ……つっても全体で話すとなると時間が足りねぇから、重要な部分だけ話すぞ」

 顎に手を当て、話を組み立てているのか唸ること数秒。
 よし、と一声上げてからエリックは語り出した。




 今から半世紀ほど前。
 グリモワールで研究を行っていたアデル・クラフト博士がアーティファクトの解析に成功した。
 アーティファクトとは古代文明の未知なる力を秘めた古代遺物。それらがもたらした新技術と知識、理論、公式は瞬く間に広まった。
 その力を応用した既存の魔道具、魔装具は新たな発明品と共に生まれ変わり、様々な恩恵を人類に与えることに。
 これまで主流となっていた化石燃料は魔導核の発明で廃止されていき、魔道具や魔装具はより効率的な形となった。
 建築に使用される素材の質も高まり、強固でしっかりとした建物に。
 当時よりも遥かに整ったインフラ設備は国の発展を助長させ、グリモワールに限らず各国の生活水準を飛躍的に上昇させるなど、魔導革命の技術は国の根幹へと成り代わった。
 そして、革命から数年の時を経て。
 ──アーティファクトの力を最も受けたグリモワールは、大陸有数の技術先進国へと成長した。


 多くの発明品の中でも特にデバイスは画期的な発明品だと称賛する者がいる。
 それは携帯型技能覚醒装置リアリゼーション・デバイスが最もアーティファクトに近い──いや、アーティファクトを超えつつある発明品だからだ。
 古代文明の遺跡から発掘された石板によると、古代の人々は小型の機械で互いの位置を把握し、声を通わせることが出来たのだと。
 それを知った研究者は言う。

 “凄まじい文明の利器だ”、“この機械を再現すれば手紙を鳥に運ばせる手間が省ける”と。

 魔法では限界がある情報伝達の手段が改善されるとすれば、まさに革新的な進歩と言えるだろう。
 試行と錯誤。魔素マナと魔力の有用性を考慮し、幾度となく検証を繰り返した末に誕生した装置が第一世代のデバイスだ。
 この時点で古代の技術と同等の能力を備えており、十分満足がいく仕上がりだった……ただ、一人を除いて。
 その一人とはアデル・クラフト博士の弟子にあたるヴィセム博士だ。
 彼は好奇心と探求心を兼ね備えた人物で、生涯においてもアーティファクトの研究に一筋だった。
 そんな彼は周囲の同輩に対し、こう言い放った。

 “君達は、その程度で満足なのか”と。

 一種の挑戦状だったのかもしれない。こんな所で止まれない。納得できない。もっと上を目指せる。
 必ず古代の文明を超えてみせる、そんな気概を胸に彼は再び立ち上がった。
 彼の熱に触れて立ち上がった研究者たちの協力もあり、デバイスの開発は驚異的な速度で進んでいく。
 数日、数か月、数年と。時間と研究を重ね、病で床にせようとも。
 第二世代にて、よりノイズの少ない声の共有と正確な位置の把握、写真の撮影が可能となり。
 第三世代の研究過程において──ヴィセム博士は一つの結論に辿り着いた。

 エクス・クリスタ。秘積結晶が秘めたその真価を応用する、というものだ。

 特殊な魔力結晶であるエクス・クリスタは大気の魔素マナを吸収し、所有者の身体能力を上昇させ、時として人に限界以上の力を発揮させる。
 古来から王族の冠にも装飾されていたとされるエクス・クリスタの存在は彼の思考に燃料を注ぎ、さらに燃え上がらせた。
 モンスターの被害が広まる時代の中で、魔法だけでは戦えない時代がやってくると考えた彼は即座に行動を起こした。
 個人が脅威に立ち向かう為の力。身体に眠る潜在能力を具現化し、視覚化させるルーン文字をエクス・クリスタに組み込む。
 そして現れた能力を彼はスキルと呼称し、取得傾向の偏りをクラスと名付けた。
 実際にデバイスを所持した冒険者との比較を披露し、その有用性を証明してみせたヴィセム博士は冒険者ギルドの後ろ盾を得た事で、新たにリアリゼーション・デバイスと名を改めたデバイスを冒険者に与えることになった。
 第三世代はこれまでの機能に加えて、新たにスキルとクラスの確認が追加され。
 次の第四世代は第三世代の機能に加えて、声だけでなく文章でのやりとりも可能になり、特定の魔力波を受信することで映像を見ることも可能になった──。




「──っとまあ、こんな感じか」
「長い、長いよ」
「しょうがねぇだろ。魔導革命云々はともかく、デバイス関連だったらマジでこれくらいは知っておかないとグリモワールの奴らにバカにされるぞ?」
「うへぇ」

 エリックの話で頭が痛くなってきた。
 でも覚えておかないと向こうで困るかもしれないから、右から左に聞き流すことも躊躇してしまう。
 何より事前に予習してこなかった自分に非があるのは承知しているので、真面目に耳を傾けるしかなかった。
 その結果が、まあ、こんなものである。
 素直にメモでも取ればよかった。

「あとは第五世代の話でも……っと思ったが、あれは半年前に出たばっかで、まだグリモワール内でしか出回ってねぇからよくわかんねぇんだよな」
「そういや、第五世代のデバイスがどうたらなんたらってクラスの奴らが騒いでたっけ? 何か変わった所とかあるのかな?」
「どうだろうな。研究主任だったヴィセム博士が亡くなってから、後任の企業が研究を続けるようになって初めて公表したのが第五世代のデバイスだし……第四世代が普及したのが七年前だから、結構変わってるんじゃねぇか?」

 エリックの言葉を受けて、制服のポケットからデバイスを取り出す。
 花の装飾が描かれた金属製のフレームと秘積結晶。改めて見ると、この世界の技術力の高さに驚かされる。
 ネット環境のように、魔素マナや魔力を利用した独自の情報網ネットワークを構築して実用化させるとは。
 古代文明が何たるかは分からないが、そのテクノロジーをこの時代なりに再現しているというのは凄まじい事ではないだろうか。

「しかし何でアデル博士は第三世代から冒険者を目的としたデバイスの研究を始めたんだ? 可変兵装……とかいうのが当時に流通してたのなら、別にデバイスを改良する必要は無いだろ?」
「詳しい事は知らねぇが、昔の可変兵装は欠点が多かったらしいぜ? それにアデル博士が残したデバイスの研究書類に──」


 “私が手に掛けたデバイス達が、いずれ訪れる終焉に立ち向かう切り札となるだろう”


「って、書き残されてたらしい」
「いずれ訪れる終焉? なんだろ、それ」
「さあな。でも、アデル博士はアーティファクトの解析と同時に古代文字の解読も行ってたから、それが関係しているのかもしれないぜ」
「ふむ……思えば現代より技術力が高かったはずの古代文明が滅んだのも説明がつかないよな。その辺もグリモワールで調査してるんだろうけど」
「学生の俺らが考えることではないにしろ、確かに気になるよな。…………ああ、そうだ」

 エリックは何かに気づいたように目を見開き、すぐに伏せながら。

「十年前に起きた災害がその兆候ではないか、って仮説を挙げてる研究者がいたな。企業の幹部たちは耳を貸さなかったみたいだが──俺は、あながち間違いじゃねぇと思う」
「災害って……」

 項垂れた表情を確認する事は出来なかったが、感じ取れた気配は。

「……“大神災”。十年前、様々な災害の発生が各国で観測されて、多大な被害を残した。今もなお傷跡は癒えず、現在に至るその全てを総評して呼ばれるようになった、最悪の災害だ」




 ──拭え切れない深い後悔を滲ませていた。



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