自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【一ノ章】異世界はテンプレが盛り沢山

第十話 世界は俺を困らせる

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「──ふぁ?」

 うん、うん……?
 目ぇ悪くなったのかな。
 遠くに張り出された依頼を一字一句たがわず読み返したところで、もう一度。



 アカツキ・クロト。
 クラス:異世界人。



 ──ちょっと待てぇぇぇええええええええ!!

「“異世界人”……? そんなの聞いた事も見た事もないぞ」

 でしょうね、俺が初だろうからな!

「これは……、何かのバグでしょうか?」

 そうであってほしいよ俺は!

「いえ、水晶はちゃんと作動していますから正しいと思いますけど……。このクラス、詳細がぼやけて見えませんね」

 聞きたくなかったそんな報告!
 これどうなんの? これどうなんの!?
 クラスの質問された時の説明とかどうすればいいの!?
 俺のクラス、異世界人なんだ! なんて言ったら頭の痛い人だと思われちゃうじゃん!

「あれ? でもちょっと待ってください……文字が」

 全身から嫌な汗を流れていることを自覚しながら、顔を青くした俺の前で、シエラさんがその文字の変化に気づいた。
 目先に浮かぶクラス名に、ノイズが走る。
 そして、端から徐々に文字が書き換えられていったのだ。
 それは数秒間続いたかと思うと、次第に静まっていき──クラス名が表記される。

 アカツキ・クロト。
 クラス:クレバー

 バカにしてんのかこれ。

「クレバー……。これは先ほどのクラスと違って、鮮明に詳細が見えます。これは──残存するどのようなスキルをも取得可能とし、自らの限界を知る者にのみ与えられるユニーククラス、と書かれていますね」

 ごめん、バカにして悪かった。
 すげぇクラスだったわ。
 平凡な俺に対してご褒美と呼べるくらいのだ。

「すげぇなそれ。下手したら、他のクラス専用スキルだって取得できるかもしれねぇんだろ?」
「そう考えると強力ですね。それで上位クラスではないようですし」
「ええ。しかし、取得に必要なスキルポイントがかなり多くなるようです。パッシブスキルだけでも平均二十……。アクティブスキルはもっと多くのポイントを要求されます。極まれば強力なクラスになるとは思いますが、器用貧乏になる可能性も高いかと……」

 なんだ、その程度のデメリットしかないのか。
 思い出したくもない伝説のゲームすらもクリアして見せたこの自称ドMゲーマーに、そんなものが弊害になるとでも?
 甘いな、ちょろ甘だ。
 俺を困らせたかったら、負けイベント確定のボスでも連れてこい。

「……アカツキさんにはこれ以外のクラス候補がありませんから、必然的にこちらを選択する事になります。よろしいですか?」

 もちろんもちろん。
 異世界人なんて質問の的にされそうなクラスより、こっちの方が断然いい。
 なんであんな不思議現象が起こったかは気になるけど、そんな事はさして重要じゃない。

「お願いします」
「承りました。それではデバイスを」

 シエラさんに言われた通り、デバイスを渡す。
 水晶と向かい合わせたデバイスと身体に光が流れ込み、きめ細やかな文字が空間を漂い始める。
 それは幾何学的であり、丸や四角、三角といった記号のような文字だ。
 これをどこかで見たように感じるのは、俺のゲーマー根性の琴線きんせんに触れているからだろう。
 おそらくこれは、ルーン文字と呼ばれるものだ。
 魔力はモンスターや人の体内に存在する魔素マナが濃くなった状態のもので、魔素は大気中を無差別に漂う粒子存在であり、極めて繊細で空気に溶け込むため普段は目に見えないという。
 しかし、その魔素を形成するルーン文字を視覚化させ、デバイスや武具に転用させることで能力を付与することが出来る技術があるらしい
 これもその一端だろう。

「──お待たせしました。こちらを」

 差し出されたデバイスを受け取り、内容を確認する。
 特におかしな所も見つからないと判断し、ポケットに入れようと思ったが、名前とクラスが記された下のメッセージボックスに赤いアイコンが付いていた。
 渡す前にこんなのあったか? と思い、開いてみると。

『アカツキさんへ。
 すみません、勝手にデバイスの中を覗いて、メッセージを残したりして』

 そこにはシエラさんから送られてきたと見られる、謝罪文が書かれていた。
 いや、それがあなたの仕事なんだから仕方ないでしょ。
 メッセージは別にいいけど……。

『厚かましいとは思いますが、クラスやスキルでわからない事があったら、いつでも相談に来てください。
 私も初めて見るクラスなので、ギルドの書物や歴代冒険者の登録書を調べてみますから』

 シエラさん、めっちゃいい人じゃん。
 美人で気配りが出来て笑顔も素敵とか、最高っすね。

『下の数字は私の連絡先の番号です。
 もし良かったら、その……登録してくれると、嬉しい、です』

 わぁい、ギルド職員の連絡先を入手したぞ。
 苦節十七年、携帯すら持っていなかった俺が初めて女性の番号を手に入れたぞ。
 ……あれ、なんか目から汗が出てきた。
 なんでだろう?

「まあ、不思議なこともあったが、結局はバグだったって話だろ? それよりこうしてクラス選択したことだし、早速ダンジョン行こうぜ!」
「確か『闇を照らす水晶窟』でしたね。行きましょうか」
「わかった。それじゃシエラさん、ありがとうございました!」
「はい。またのお越しをお待ちしております」

 エリックとシノノメの言葉に頷いた俺は、シエラさんにお礼を言ってからギルドを後にした。
 番号も貰い、さらにはダンジョンに行けるということで舞い上がっている俺は、二人の後ろをついていく。
 ──背後から向けられた視線に、気づくことも出来ずに。



「おい、聞いたか?」
『ああ、もちろんだぜ』
「なら落とし子を、そうだな……せっかくだから最深部に置いておけ。どうせヤツのことだ、気になるからとか言って、最深部に向かうだろう」
『オーライ。……楽しみだなぁ、キシシッ!』



 ダンジョンはギルドや特定の地下施設で管理されており、今回はギルドから徒歩数分で到着する地下施設にやってきた。
 数々のダンジョンを管理する広大な施設の奥へ進む。
 すれ違う冒険者にジロジロ見られながら、巨大な門の前で立ち止まった。

『闇を照らす水晶窟』

 看板に書かれたダンジョン名を見て、エリックは見張りをしている職員に依頼用紙を渡す。
 それを確認した職員は門の片側を開き、中に入るよう指示する。
 エリック、シノノメ、俺の順番で入り、

「おわあ……!」

 その名の如く、岩肌から突出した水晶が暗闇を照らし、全体を埋め尽くしている幻想的な雰囲気のダンジョンに感嘆の声を上げる。

「綺麗だな……」
「ははっ、やっぱ最初はそう思うよな? 俺も初めてここに来た時は、同じようなリアクションだったぜ」

 だってこれは、相当だぜ?
 ダンジョンらしいダンジョンって感じがして、俺は好きだな、ここ。
 子供みたいにキョロっている俺を見て、楽しそうに微笑むシノノメが、あっ、と言ってエリックに向き直り。

「そういえば、アカツキさんはまだこのダンジョンについて、詳しくは知らないですよね?」
「ああ、そうか。んじゃ、説明しておくか」
「頼む頼む」

 俺の様子に苦笑いを浮かべながら、エリックは得意げに話す。
 中級ダンジョンと格付けされているが、それは鉱山資源による経済利益込みの格付けで、あまり手強いモンスターなどは出現しないらしい。
 確かに鉱石などに関連したモンスターが多く生息しているが、それは下層に行けば行くほどという話。
 上層・中層では、ゴブリンやヴァイパーといった蛇種のモンスター、そして水晶を武器として使うオークが生息しているそうだ。
 ユニークモンスターなるものもうろついているそうだが、そうそう出会うことはないらしい。

「しっかし、驚いたよな。まさか下位の段階からユニーククラスだなんて初耳だぜ。世界中探しても、そんなのクロトくらいじゃねぇか?」
「んー、どうだろう? ぶっちゃけ俺よりすごい人なんていっぱいいるだろうしな。……それよりさ、エリックはそんな装備でいいのか? もうちょっとこう、盾とか鎧とかさ……」

 歩きながら、互いの状態についての話し合いになった。
 防御系スキルが多いというわりには、身の丈ほどの大剣と大きなバックパックのみを背負うエリックに疑問を投げかける。

「俺は盾とかあんまし上手く使えなくてよ。スキルの問題で大剣を使った防御の方が上手いし、それに鎧は重すぎて苦手なんだ。胸当てでもいいんだが、防御力が低そうだし……。せめて着ても、いつも通りの機動性が保てる鎧があればいいんだけど、これがなかなか見つからねぇんだ」
「へー……」

 そうか、装備品の影響でスキルが障害になる事も有り得るのか。
 ふーんと納得して、ちらりと。
 横を歩くシノノメに目を向けると、視線に気づいたのか首を傾げる。

「どうかなさいましたか?」
「ああいや、その……、シノノメってそういう喋り方してるけど、どっかのお嬢様なのかなって思ってさ」

 鮮やかな花が描かれた刀を腰に差したシノノメにそう言うと、きょとんとした顔になって、次いで口に手を添えて静かに笑いだす。

「ふふっ、そう見えますか?」
「ああ、すごくそう見える。なんかこう、和服が似合う感じの」
「そりゃそうだ。シノノメは日輪の国アマテラスじゃかなり有名な家柄の娘だからな。お前が言った感想の通り、マジもんのお嬢様だぜ?」

 ほーほー、……ほ?

「……マジで?」
「ええ」

 やっべぇ。
 し、失礼な態度とかとってないよね?
 た、タメ口だけど大丈夫かな?
 く、首ちょんぱとかされないよね?

「大丈夫ですよ。私はそういうのは気にしませんし、家の威光など、ここでは意味を成しません。自然体でいてもらえれば、私は嬉しいです」
「ほっ……」

 よかった、寛大な心を持つ人でよかった……!

「あれ? だとしたらなんでこの学園にいるんだ? 日輪の国には分校があるんだろ?」
「…………別に深い意味はありませんよ。ただ、こちらのほうが見聞を広げられると思い、父に無理を言ってこの学園に入学しただけですので」

 なるほど。偉い人にありがちな家出物語みたいな裏は無いのか。
 あっても反応に困るけど。

「歓談中のところ悪いが、お二人さん。──来たぜ」

 口笛を吹きながら歩いていたエリックが、急に張り詰めた空気を作り出す。
 前を見据えたまま注意され、弾かれたように目を向けた先の通路に六匹のモンスター──色合いと子供と変わらない大きさから見て、ゴブリンだろう──がたたずんでいる。
 ぎょろっとした目を光らせる緑色の化け物は、まさしくゲームで登場する容姿のままだった。
 鋭利な爪は水晶の光を浴びて怪しげに光っていて、あれで裂かれたらかなりの痛手を負いそうだ。

「ゴブリンか。楽勝だな」
「数も大した事はありませんからね。……アカツキさん?」

 二人が言葉を交わす中、歩みを緩めずにゴブリン達へ近づいていく隙だらけの俺に、シノノメが焦ったように声をかけてくる。

「もしや一人で戦うおつもりですか? 確かにアカツキさんほどの実力なら、どうということはないでしょうが……」
「ああ、あれくらいならまだ大丈夫」

 ゲームでも弱いゴブリンが、たった六匹だけ。油断するつもりはないが、不思議と俺だけでも戦えると思った。
 それに──命を奪う感覚に慣れなければ、これから先やっていけない。覚悟を決めて、朝と同じように右手に血を滲ませ、魔力を込めていく。
 放出された血液は螺旋を描き、振り回すには丁度いい長さの剣を創り出す。
 軽く振りながら調子を確かめて、下卑た笑いを浮かべるゴブリンの集団に向かう。

「やらせてやれよ。俺もクロトの戦いが見たい」
「そうですか……」

 残念そうな声が背後から聞こえてきたが、構わず歩み続ける。
 それと同時に、集団の中の一匹が飛びかかってきた。
 細い体からは考えられない跳躍を見せつけて、鋭利な爪を振り下ろそうとしてくる。
 だが、

「──惜しいな」
『ギエッ!?』

 こちらの軸を半歩ずらし、右に持った剣をゴブリンの着地するであろう場所に向ける。
 それだけで、哀れなゴブリンは胴体から真っ二つに断ち切られ、絶命した。
 モンスターはその命が散ると、身体の全てが灰になり、消滅する。
 火の無い灰が虚空を舞う光景が、このダンジョンではとても綺麗に見えた。
 ゴブリンの集団は灰と散った同族と、血を払い、睨みつけた俺を見て、下卑た笑いを恐怖に変える。
 周囲の環境を理解し、自然な動きで敵のありとあらゆる力をすべて利用することで、自らの力として返す。
 暁流練武術の中でも特に異端と言われ、かつ有能と賞賛された技術。

 暁流練武術無級──“綺羅星きらぼし”。

 武器の姿形による自由な思想を大事とする暁流で、初めて俺が編み出した対両親用対抗手段だ。
 両親用とはいうものの、それはあくまで建前で、筋力の無い俺が格上と戦うために求めた形でもある。
 ほら、チンピラに絡まれた時とか、役に立ちそうでしょ?
 友達に言ったらドン引きされたけど。

「ほら、反応遅いぞ!」
『『ギャアアァ!?』』

 怯んだ集団へ剣を変形させた、意思を持つ血の鋼糸ワイヤーが絡みつく。
 天井を経由してシュルシュルと、二匹のゴブリンに巻きついた。
 この鋼糸はかなり丈夫で、切れることはほとんどない。
 腰を深く落とし、全身に《魔力操作》を施し、勢いよく引っ張り上げる。
 ひっかけた天井の水晶を支点にして、速度の乗った二匹を水晶へと突き刺した。
 地球では妄想の産物でしかなかった技も、こんな風に実現できる。
 たとえば。

「繋がっていれば、こういうことだって……!」

 回収した鋼糸を、柄頭に長い帯をつけた短刀に変え、刃先を持ち手にして投擲。
 狙い通り、向かってきたゴブリンの腹にまっすぐ刺さったそれを、引いても抜けないように刃をとげに変貌させる。

『グアッ!?』
「そら、踏ん張れ……よっ!」
『ゴッ……!』

 苦痛に喉を鳴らすゴブリンはよろめき、立ち止まった。
 そして短刀を中心として帯を巻き上げるように魔力を流し、一気に跳躍。ゴブリンの懐に飛び込んだ俺は、腰に下げた片手剣の柄で喉を打ち据える。
 呼吸困難となり、倒れていく体に引き抜いた短刀で一閃。
 無防備な首を刈り、その隙を狙って仕掛けてきたのであろう、背中側にいるゴブリンを察知する。
 それを屈伸するようにしゃがみ、伸ばした足でゴブリンの体勢を崩す。
 短刀を剣へ創り直し、腰を入れた回転斬りを転がろうとするその腹に叩き込む。

「さて、と……」
『ギ、ギイイィィッ!』
「あ、おい」

 豪快な血飛沫と共に灰へと帰る同族を見て、最後の一匹は脇目も振らず逃げ出そうとする。

「そっちは糸で道を塞いでる──」
『ガッ!?』
「──から危ない、って……忠告遅かったか」

 またも首を跳ね飛ばし、灰になるゴブリンを見て頭をかく。
 最後のヤツ、だいぶ間抜けな死に方だったな。
 ま、結果オーライってことで。

「ふう……」

 初めて命のやり取りをした。胸の鼓動が重くなった気がする。
 息を吐いて、血の剣についた血を払い、綺麗になった剣を体内へ戻す。
 この魔法。使うたびに魔力が消費されていくわけではなく、創ったものの大きさで消費量が変わるようだ。
 しかもそれを体内に戻せば、消費した分の魔力も血液も回収可能で、貧血も起こらないと一石二鳥。
 リサイクル可能って素晴らしい。

「終わったぞー」
「お疲れさん。いやぁ、かっこいい戦い方するな! 俺も負けてらんねぇぜ」
「さすがですね、あの鮮やかな連携……。昨日よりも洗練されているように見えました。思わず、見惚れてしまうほどに……」

 おお、なかなか好感触を得られているようで嬉しいな。

「よし、そんじゃ次にモンスターと会った時は、三人で連携の練習しようぜ。ユニーク以外の各モンスターを十五体倒さなきゃいけないし、最深部手前くらいまで進もう。あと、クロトの剣を直すための鉱石もここで採れるから、そんときゃピッケルで掘ろうぜ」
「え、いいのか?」

 簡潔にこの後の行動をまとめ、エリックは背中のバックパックに収納していたピッケルを手渡してきた。
 見た感じ新品に見えるピッケルを背負うが、さすがにここまでしてもらっては気が引けてしまう。

「いいっていいって、どうせ使い捨てだし。それに言ったろ? 俺はお前を応援するって。ほら、ゴブリンのドロップアイテム拾って先に行こうぜ。シノノメ、手伝ってくれ」
「わかりました」

 そう言ってエリックは気さくに笑うと、俺が倒したゴブリンの灰へシノノメを連れて歩いて行った。
 ……優しいヤツらばっかりだな、この世界は。



 ──ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!

「「──ぎぃぃいいいいやあああああああああああああっ!!」」

 人は優しいけど、このダンジョンは優しくなかった!
 俺達はすでにゴブリンやオーク、毒牙で噛んできたヴァイパー、この階層から出てきたロックウォークなどと何度か戦闘を行い、順調に依頼をこなしていた。
 そして良い鉱床と休憩場所を探すために下層へ。
 歩いていた通路で背後の不審な音に気づくと、いつの間にか体が縮……じゃなくて五メートルくらいあるでっかい岩石に追われていた!
 あいつ、水晶とぶつかって減速してないんだが……ていうか壊してる!? 結構硬いんだぞあの水晶!
 一回オークに叩きつけられたけど、壊れなかったくらい硬いんだぞ!

『ゴッゴッゴッゴッ!』

 しかもあの岩から変な声が聞こえてくるんですが!
 なんだあれ!?

「まさかよりにもよって中層で、しかもあの魔物と出会うとはついてませんね!」
「トラップとかじゃなくてモンスターなのかあれ!?」
「豊富な鉱山資源が眠っているダンジョンに現れるアイアンボール! 普段から硬い鉱石質の外皮で柔らかい内側を保護してて、自由の利かない体を利用した回転攻撃を仕掛けてくる厄介なユニークモンスターだ!」

 タチ悪いわ!
 つかそれ、ロードローラーも目じゃないくらいすり潰されるだろ。
 下手したら紅葉おろしになるわ。

「倒せないのか!?」
「シノノメの闇魔法で足止めして、俺の魔法を最大出力で撃てば、なんとか外皮を溶かして燃やせるかもしれないが……っと、そこを左だ!」
「なるほど! っとぉ!」

 このダンジョンには何回か入り浸っているというエリックの指示に従い、減速しないように壁を走って左に曲がる。
 直後に、後ろで壁と激突するアイアンボールの音が、衝撃波と共に襲いかかってきた。
 吹き飛ばされた俺達はゴロゴロと転がされ、ようやく止まった身体をなんとか起き上がらせる。
 ヤツ自身にもかなりの衝撃があったのか、苦悶の叫びを上げて動きを停止していた。
 頭部と思わしき部分は外皮が剥がれ落ちており、ピンク色の柔皮が露出している。

「やるなら今か!?」
「ならやるか! シノノメ、魔法頼む!」
「はい!」

 すぐに戦闘準備を始める俺達を見つけられないアイアンボールは、おろおろと辺りを見回している。
 よし、そのままでいろ!

「“深淵なる束縛の闇 無限と夢幻の縛鎖により 我を救いたまえ”《ジ・アビス》!」

 両手を前にかざし、神経を集中させたシノノメの上級魔法が唱えられ、アイアンボールを起点とした黒い魔手が地中からうごめき、這い出てきた。
 それは大柄な岩石の塊を縛りつけ、拘束していく。
 振り払うことが出来ず、されるがままに漆黒の縛鎖によって自由を奪われたアイアンボールに、エリックの魔法がとどろく。
 初級魔法では過剰ともいえる膨大な魔力が変換された、火属性魔法。

「得意じゃないが……いくぜ!    ──“焼き尽くせ魔球”《ファイヤー・ボール》!!」

 一声。
 手加減知らずの業火ごうかが、縛られたアイアンボール目掛けて放たれる。
 外皮と衝突した火球は凄まじい熱気と爆風を引き起こしながら、周囲を灼熱の海へと変えた。



 ──アイアンボールの一番近くで構えていた、俺さえも巻き込んで。



「──いいぃやああぁぁああ!? あづぅうういぃぃいよおおおおおおおおおお!」
「あっ、わりぃ」
「わりぃで済むかコラアアアアアアアアッ!」

 うおおお体が燃えるぅぅううう!?
 あっ、どっかの光の巨人みたいに頭まで燃えてきた!
 本格的にやばい!
 水……は無いから魔力操作でなんとかするしかない!

『「グオオオオオオオオオオッ!」』

 モンスターと同じような雄叫びを上げて、体に飛びついた魔法の火を、魔力で右腕に集約させると同時に剣を創る。
 するとなんということでしょう。
 右腕に集まった火は手を伝い燃え盛る火炎となり、剣をさらに紅く彩ったではありませんか。
 どゆこと?

「ああなんかなったけど今はどうでもいい! いい感じにあぶったよな、エリック!」
「おう! これで剣が通るはずだ!」
「いよっしゃくらぇぇええええええええええ!」

 《強靭》と《俊足》の恩恵を受けた速力を用いて、燃え盛る火の海を駆け抜ける!

「 宵闇の星空にあか散穿さんせんたる軌跡を──暁流練武術上級──“赫散かくさん穿跡せんき”!」

 赤熱した鋼鉄の装甲目掛けて、無数の突きを奔らせた。
 闇魔法ごとバラバラに斬り裂き、腹部を穿つ。
 アイアンボールは小さく唸るとその巨体を地面に伏せ、灰塵と化した。
 その様子を確認して、俺は見事に華麗な着地を行う──ことなく顔面から水晶群にダイブ。

「ごはっ!?」
「……痛そうですね」
「あー、悪いことしたなあ……」

 激突の衝撃をなぜか懐かしいと思いながら、ぼとりと、静かに地面へ落ちた。



「……丸焦げになりかけたんだが」
「いや、悪かったって。ファイターの影響で魔法の制御が効かないし、俺自身、魔法の扱いが元々苦手だからよ。……今度はやる前に離れるよう忠告する」
「アカツキさん、これを」
「ああ、助かるよ」

 先ほどの火の海から離れた奥の通路で。
 軽いやけどを負った俺を治療してくれているシノノメからポーションを貰い、申し訳なさそうにピッケルで鉱石を掘り出しているエリックに、恨みがましく視線を向ける。
 くわえたポーションを飲み干し、ほっと一息。
 大体、異世界モノで出るポーションは不味いという描写が多かったから、これもそんな感じなんだろうと想像していたが……。
 このポーション、なんとりんご味。
 色は青いのに中身はりんごと、なかなかインパクトが強いが、飲みやすい。
 毒を回復させるために飲んだ状態回復ポーションはレモン味で、魔力回復ポーションはグレープ味と。
 果物と一緒に錬金することで味を変化させるスキルがあり、それで作られたポーションらしい。
 雑貨屋などで売られているポーションは大抵まずいようだが、ギルドとか購買で売られているものはこういう加工がされているだとか。
 ありがたいね。

「ふぅ……まあ、過ぎたことだし、こうして無事だからいいさ」
「一応、それなりにポーションは持ってきてるが、あまり使いたくねぇし、無くならないように心がけなきゃな」

 高いからな、ポーション。

「にしてもさ、かなり丈夫だよなこの制服」
「そりゃ当然だろ。なんてったって、普通の冒険者が着ている防具とは比べものにならないくらい上質な素材が使われてるからな」

 今更だが、俺達全員は制服姿でこのダンジョンに来ている。
 そんな装備で大丈夫か? とつっこまれるところだろうが、大丈夫だ、問題ない。
 なんとこの制服、最高級の魔法銀糸で編み込まれた強化制服であり、モンスターの攻撃や魔法の威力を減少させる効果が備わっている優れモノだ。
 その効果はそこらの冒険者が装備している防具よりも優秀で、これさえあればBランクまでやっていけると言われるほど。
 エリックの魔法で完全に焼かれなかったのもこれのおかげだ。
 というか、これが無かったら俺は間違いなくこんがり焼かれていただろう。
 さすが異世界だぜぇ……。

「さて、と……。俺も働きますかね」
「おいおい。俺が言うのもなんだが、もう少し休んでろよ。疲れてるだろ?」
「それを言うならエリックだってずっと荷物背負って戦ってただろ。疲れてる度合いで言ったらお前の方が上だ。俺は十分休んだから大丈夫。……ほら、ピッケルよこせ」

 鉱床を目の前に振り返ったエリックのピッケルを奪い取る。
 背中を押して無理矢理座らせ、ポケットに入れていたポーションを手渡した。
 その隣ではシノノメが荷物を整理しつつ周囲を警戒しているため、心置きなく鉱石採取に勤しむことが出来る。

「うっし。じゃあ、やるか!」

 ぎゅっと握り締めたピッケルを上段に構え、腰を入れた鋭い一撃を振り下ろす!
 ガキンッ! と。
 手がしびれる感覚に鳥肌が立つが、構う事なく何度も振り下ろす。
 ガキガキガキガキッ!
 転がっていく石ころが足に当たって地味に痛い。
 くっ、俺の鑑定眼のお眼鏡に叶う鉱石が掘れないなんて。
 だがなぁ、ここに潜んでいる何かの輝きが、俺には見えてるんだぜ。
 まだだ、まだ終わらんよ!

「!」

 カーンッ、と。
 振り下ろしたピッケルの手ごたえが変わり、音が高くなった。
 これは──大当たりの予感だ。
 この一振りに、全身全霊を込める!

「せいやぁ!」

 裂帛の勢いと共に、強固な岩肌を貫いたピッケルが折れる。
 柄を残し、天寿を全うしたピッケルに合掌していると、そこに眠っていた鉱石達がごろごろと溢れ出てきた。
 その中の一つ。黒い光沢を放つずっしりと重い鉱石を持ち上げ、鑑定スキルを使って詳細を見る。

純黒じゅんこく鉱石。黒鉱石よりも硬く、強く、高い汎用性を持つ。この鉱石により作られ、強化された武具は黒色に近い外見になり、性能が優れたものになる……これ結構いいモノじゃね?」
「いいモノだな。鑑定スキル持ってないからわかんねぇけど」
「それは……確か、日輪の国の鉱山で稀に採れると聞いた事があります。加工をした防具は傷つく事を知らず、打った刀は鋼でさえも断ち切ると言われていますよ」

 おお、本当に大当たりなんだな!
 しかし、明らかに俺の鍛冶スキルでは練度が低くて、加工するのは苦労しそうだ。
 逆に言えば、それだけやりがいがあるという事だが。
 ひとまず手に持った純黒鉱石と、最後の一振りの際に転がり落ちてきた黒鉱石と鉄鉱石、それから剥がれた水晶を叩き割った時に出た属性結晶をバックに入れる。
 ジンジンとしびれが響く手を払い、これで鉱石採取は終わり──と思っていたのか?

「向こうにも鉱床あったよな。ちょっと行ってくる」
「おう、無理すんなよ」
「気をつけてくださいね」

 そのまま反対側の通路に見えた鉱床に、新しいピッケルを構えながら向かう。
 ふっ、この調子でばんばん掘り当ててやるぜ!
 唸れピッケル、我に鉱石を与えよ!

「ヒャッハー!」

 ──その後、なぜか怒り狂ったアイアンボール三体の出現により撤退を余儀なくされたのは、言うまでもないだろう。



「はぁ、はぁ。……なんとか、いたか」
「ぜぇ、ぜぇ。……みたいだな」
「ふぅ……。こんなに走ったのは久しぶりです」
「息切れもしてないなんて……体力あるな、シノノメ」
「これでも鍛えてますから」

 現在の場所は下層。
 冒険者がキャンプをしていたのか、焚き火の跡や携帯食料の袋が落ちている通路の突き当たりで、俺達は壁に寄りかかったり地面に倒れてたりしていた。
 周囲に強いモンスター除けの結界が張られているこの場所なら、さっきの場所よりも長く休めるだろう……というエリックの推測通り、追ってきていたアイアンボールは見事に道を逸れて何処かに転がっていった。
 結界って素晴らしい。
 倒れ伏した首を回して、辺りを見回す。
 より煌びやかな水晶の明かりに照らされた通路は、ここがダンジョンである事を忘れさせるほど美しい。
 半透明な水晶に浮かぶ自分の顔を見ながら、俺は気怠けだるい体を起き上がらせる。

「なあ、あいつらってもしかして岩石やら鉱石が主食なのか?」
「いや、普段は普通に水晶を食ってる。それが体内で変化し、硬化した物質が肌から染み出してあの外皮ができるんだ。なんで怒ってたのかは……俺たちがあいつらの主食を壊してるように見えたからだろ」

 なんという理不尽……あれ、理不尽?
 まあいいや、命あっての物種だしな。
 それよりも……。

「なあ、あれって宝箱? 宝箱なの? ってか宝箱じゃね?」
「何度も言うな、俺だって気づいてる」
「珍しいですね。宝箱なんて、簡単に見つからないものなんですが……」

 そう。
 俺達の目線の先には、RPGの定番である宝箱が、壁に生えた結晶の中に埋まっていた。
 豪華な装飾が施された金ぴかの箱は、まるで開けてほしいと懇願するように、細部をキラキラと輝かせている。

「確かにダンジョンで宝箱は自然出現するが、あそこまで豪華なものは初めて見るな。大抵ああいうのは中身もかなりレアものだったりするぜ。その分トラップが仕掛けられてる可能性もあるがな」
「開けるだけで周囲にいる生物の生命力を極限まで奪い取ったり、幻覚症状を引き起こす毒霧を噴出したり……でしたよね」

 なにそれ怖い。

「つっても、宝箱自体をダンジョンから持ち出してギルドに持って行けば、ギルド専属のシーフがトラップの有無を確認してくれて解除も出来る。ぶっちゃけシーフスキルでも取得できればこの場ですぐにでも解除できるけど」
「えー、《トラップ解除:初級》取得、余ったポイントを全振りして……と」
「……ああ。そういえばお前、そういうクラスだったっけ」

 ぴこぴことデバイスを操作し、シーフ関連のスキル項目を覗いている俺に、エリックは苦笑した。
 これまでの戦闘、そしてユニークモンスター討伐により手に入れたポイントが四十。
 ダンジョン攻略で冒険者が得る平均的な基準が十~十五。
 ユニークモンスターの討伐でかなりのポイントを入手したにせよ、一日で得る量としてはかなり破格だろう。
 所持するスキルポイント量に制限などは無いようだが、人が一生で得られるポイント量は決まっている。
 よくある話だが、若ければ若いほどポイントを稼ぎやすく、スキル成長も早い。
 そのため、普通は初期スキルだけを取得し、余ったポイントは無理に使わず次の機会まで残しておき、スキル熟練度とやらを上げていくことで成長させるのが基本的だとか。
 だがしかし、俺のユニーククラスは違う。

 《飛躍上達クイック・グロウ
 ・ポイントをついやし、スキルをある程度まで成長させる。
 ・その成長に限界はあるが、それは始まりに過ぎない。
 ・スキル使用による成長速度を当人の意志の力で上昇補正する。

 クラスを選択した事により自動取得されたこのユニークスキル。
 はっきり言ってチート以外のなにものでもない。
 今だって十五ポイントで取得した《トラップ解除:初級》の熟練度欄に、追加で二十ポイント振ったら《トラップ解除:中級》に上がった。
 等級をひとつ上げるために必要な時間は──すべての時間をスキル成長に集中させれば──早くて一ヶ月から約二ヶ月ほどかかるらしい。
 他のクラスは熟練度にスキルポイントを割り振る、なんてことは出来ない。
 それからこの極端な成長を比べれば、これの異常さがよくわかるだろう。
 とはいえ一ヶ月に一回しか使用できない制限付きのアクティブスキルで、普段はパッシブスキルとして働くようだ。
 ここで使ってしまうのはもったいないが、下手したら即死罠が仕掛けられてるかもしれない宝箱を開けるのだから、解除には力を入れたい。

「よし、これであったほうがいいレベルまで実用性は上がっただろ。もし何かあったら危険だから下がっててくれ」

 俺は二人にそう言うと、静かに宝箱に近寄った。
 鑑定とトラップ解除のスキルを併用し、周りの水晶をカツカツとピッケルで叩きながら、トラップの有無を確認する。
 すると、薄くぼんやりとした赤い光が宝箱の中心に現れた。
 やはりトラップが仕掛けられていたようで、水晶から姿を現した宝箱の詳細を調べる。
 ……なにこれ。

『性別転換トラップ。解除難易度は低く、危険性もほとんど無いわりとメジャーな罠。もし性別が変わったとしても、時間が経てば元に戻るので安心。別にそのまま開けてもいいのよ? のよ?』

 そんな詳細が頭に浮かぶ中、俺は動きを止めた。
 どうしよう。これ解除しなくていいんじゃね?
 このまま開ければかなりネタになるんじゃね?
 いや待てよ? メジャーな罠なら今後も出会うことがあるかもしれない。
 ここはひとつ、スキル練習の一環ということで解除すればいいんじゃ?
 そうすれば二人はハッピー、俺はアンハッピー。
 ……あれ、ダメじゃね?

「……中級でも解除可能だし、今回は普通に解除しよう」

 くそ、今日は理性が打ち勝ったか。
 だが油断するなよ。
 すぐにでも第二、第三の俺がそのうすっぺらい理性を叩き折るだろう。
 くっくっくっ……!

「ここがこーで、あそこがあーで、ぐりっとまるっと……よし、解除!」

 かちゃかちゃと鍵穴からワイヤーを差し込み、いじること数秒。
 カチリと何かが合わさった音と共にふたをあける。

「ごまだれ~……って、これは?」

 派手な宝箱の中に入っていたのは、同じく派手な装飾が施された一冊の本。
 ふちから破けないように保護された分厚い本は、表紙の所々に宝石が埋め込まれている。
 さらに本自体から魔力の波動を感じるため、何かしらの強い力を持った物のように思えた。
 明らかに雰囲気が違う本を、注意しながら手に取る。
 ふむ、ふむふむ。
 …………鑑定しても名前しか読み取れないんだが。

「……なんぞこれ? 『雷の魔導書』?」
「ぶほっ!?」
「ま、待ってください。今、魔導書と言いしましたか?」

 見上げたり見下ろしたり、いろんな角度から魔導書と鑑定された本を観察していると、エリックがいきなり吹き出した。
 気になって振り返れば、シノノメも驚愕の表情を浮かべている。

「詳細はわからないけど、名称は『雷の魔導書』だって。……これそんなにすごいのか?」

 ある特殊な本を持てばその属性魔法が使用可能になるが、何回か使えば消えてしまうというアイテムなら『ファンタジー・ハンター』にもあった。
 これもそれに類似した物だと思い、手のひらでくるくると回していたら。

「すごいなんてもんじゃない! それ、伝説級のアイテムだ!」

 ──ひょ?

「魔導書と呼ばれるレジェンドアイテムは、読んだその人に魔導書の適性属性をデメリット無しで宿す、文字通り“魔を導く書物”のことで、元から属性の素養が無い者でさえも適性が現れます。それは特殊属性の適性者も例外ではありません」
「上級か、それ以上のダンジョンの宝箱かボスのレアドロップで、もし出たら奇跡だとか言われてる代物だぞ! 現物を見るのは初めてだが、そうかこれが……!」

 どうやら俺達は、相当なレアものを引いたらしい。

「中級ダンジョンでこんなものを手に入れるなんて……。相当運が良いぞ、クロト」
「うぅん……、でもあまりパッとしないんじゃない? 確かに凄そうだけど、なんだかなぁ……」
「冒険者が出品するオークションなどで金額を見たことがありますが、数十億ほどの価値が付けられていたと思います」
「クロト、ほら。この袋で厳重に保管するんだ。後で戦利品分配の時にそれの対処の事で話そうそうしよう」
「そうだな。これは、イイモノだ……!」

 エリックが差し出した頑丈な革袋で魔導書を保護し、バッグの中に入れる。
 むっふっふっふ……、手のひら返しの笑いが止まりませんな。
 あっ、そうだ。

「この箱はどうする? 見た感じ、解体すれば宝石とか取れるんじゃないか?」

 他に危険性が無いかを確認した宝箱を、二人の前に持っていく。
 蓋の部分にはアメジストやルビー、トパーズにエメラルドといった、様々な宝石がはめ込まれている豪華な箱。
 さすがにダイヤモンドなんかは付いてないが、これを丁寧に剥ぎ取れば、良い値段で売れるはずだ。

「おっ、考えたなクロト。良いアイデアだ。宝石も鍛冶とか装飾品の材料になるから、取っておいて損はないぜ」
「そうと決まれば、早速取っちまうか。シノノメ、半分をやるからそっちを頼む」
「はい。道具はこれでいいですか?」

 追われていた時とは正反対の、なかなか充実した時間が過ぎていく。
 宝石以外を取られてほとんど丸裸になった宝箱を元の位置に戻して、俺達はホクホク顔で歩き出した。



「さて、依頼分のモンスターも倒したから、もう帰ってもいいんだが……」
「アカツキさん。ゴーレムからくらった攻撃で、その……頭は大丈夫ですか?」
「物理的にアウトだと思う。……ねぇ、へこんでない? てっぺんにクレーター出来てない?」

 ここの水晶から産み出された、弱点以外の魔法耐性が高く武器攻撃も通りにくいクリスタルゴーレムに苦戦し、投げ飛ばされたりぺちゃんこにされたりもしたが、無事に最深部まで到達した俺達。
 ダンジョンの最深部には必ず存在すると言われる、ボス部屋を区切る巨大な扉の手前で。
 簡易的な結界アイテムを使用し、休憩所を作り出したエリックのつぶやきを無視して、頭部の傷をシノノメに確認してもらう。

「えぇっと……。ああ、たんこぶがありますね」
「やっぱり? どうりで痛いわけだ……」
「なんだ……? どうしてここから邪悪な気配を感じるんだ……? ここのボスは闇属性持ちじゃないし、そもそもここくらいのダンジョンなら、キャンプ狩りをしている冒険者がすでに討伐しているはず……」

 エリックは扉の前に立ち、何かに気づいたのか地面を調べている。

「ポーションの残りはもうありませんから、水とタオルで冷やしましょう。いくらか痛みは引くと思います」
「おー、いちち。しみるけど、だいぶマシだな。ありがとうシノノメ」
「これは……大量の、モンスターの血。この階層のモンスターは鉱物系、ゴーレム系統しかいない。ボスもその系統だからここに血があるというのはおかしい……。何か引っかかるな」

 あー、水が冷たくて気持ちいいなぁ……。

「治癒魔法は魔法の中でも特別で、私は闇属性の阻害魔法しか覚えられなくて……。すみません」
「別に謝らなくていいって。こんなケガしたのは、エリックの防御が間に合わないところに俺が突っ立ってたせいだし、運が悪かっただけさ」

 申し訳なさそうに頭を下げるシノノメに、笑い混じりに両手を上げる。
 俺が言った通り、もともと機動力の高さを生かした戦い方に、盾役が無理に守ろうと動く必要はないのだ。
 世の中には回避盾という、ギリギリの緊張感を味わう為に危険へ立ち向かうプレイヤーもいる。
 俺もその中の一人だった。
 ただ、それを現実で忠実に再現しようとするのはかなり難しい。
 たとえ、どれだけ気配の察知に優れていようと、相手の動きを眼が捉えていようと、反応できなければ殴られ蹴られ投げられるサンドバッグになる。
 さすがに硬くて大きなクリスタルゴーレム五体に囲まれたら、どうすることもできない。
 俺の練武術のほとんどは、一対一を想定して練った技だ。
 多対一の技がないとは言わないが、それは母さんの連撃を防ぐために編み出しただけ。
 実際に集団へ使うとなると、試した事もないのだから戸惑ってしまうのも仕方ない。

「それは、私をかばうために動いたから……」
「死なないだけ良かったと思えばね? あの程度は軽いもんだ。ほら、この話はもう終わり。今はゆっくり休もう」
「引きずった跡……。大量の血痕……。中から感じる邪悪……いや、呪いか?」

 魔法詠唱中は、魔法を唱えるために集中しなければならない。
 失敗したら暴発する恐れがあり、危険だからだ。
 ましてサムライという近接極振りのクラスが、魔法を使う事態になるというのがおかしいのだ。
 しかも、モンスターに狙われている状況では集中できるものもできないだろう。
 だからシノノメをゴーレム集団の中から引っ張り出して、俺と位置を変えるのは必要なことだった。
 ……かっこつけてはいたが、ヤツらの一撃が重くて、何度か殴られては空を飛んだが。
 あの時も阻害魔法で縛りつけ、そこにエリックの魔法を放って窮地きゅうちを脱したが、火力が強すぎて危うく蒸発するところだった。
 そのおかげで《炎耐性》のスキルが取得されたから、あまり強くは言えないが。

「……わかりました」
「…………まあ、もし気に病んでるんなら、暇な時にでも学園とか街を案内してくれるとありがたいかな。この辺の地理はあまり詳しくないから」
「そんなもので……。ええ、もちろん構いません。差し出がましいようですが、ご案内させていただきます」

 ギャルゲの主人公ってこうやってヒロインとか誘うのかなぁ……とか思いつつ、頭に乗せたタオルを裏返す。
 同年代の女子とこんなに、しかも友好的に話したの初めてかもしれない。
 あの世界の大抵の女子は、俺を見たら。

「あっち行ってよ」
「私、この人と話すから。邪魔」
「男のくせに、どうして料理が得意なのよ!」

 彼女にクッキーを作ってあげたいと言った友人のために、調理室を借りてまで教えてやった、
 なのに教えた人物が俺だと分かった途端、友人の彼女に罵られたりとか。

「編み物やってるよあいつ……」
「うっわ、キモッ」
「うざいよね~。ああいうアピールの仕方」

 ……冬の寒さを凌ぐためにマフラーをペアルックで編みたいと言った友人に、学校の休み時間を利用して編み方を教えてやった。
 なのに指南役が俺だと分かった途端、友人の彼女は目の前で舌打ちしたりとか。

「なんであんたに男しか寄らないか教えてあげようか?」
「みぃんなホモだから、あんたを狙ってんのよ」
「「アハハハハハハハハハッ!」

 …………俺より顔の良い奴らがどうして集まってくるかを不思議に思って、女子に理由を教えてもらった。
 なのに相談相手が俺だと分かった途端、冗談にもならない答えを出して、さげすみの視線を向けてきたりとか。
 クッキーとマフラーの子はツンデレだったから後で謝ってくれたけど、こいつらには腹が立った。
 俺をバカにするのはいいけど、俺の友達をバカにするなよ。
 それでも他の女子に悪印象を与えないようになんとか頑張ってきたが、結局、あいつらの態度は何も変わらなかった。
 ……考えてみたらなんか泣けてくるな。

「ど、どうかしましたか?」
「いや……。なんでもない」

 だって泣いたってさ、こんな風に心配なんてしてくれなかった。
 やっぱりこの世界の人達は優しい。

「おーい。ちょっといいか……って、なんで泣いてんだ?」
「気にするな。ちょっと、人の優しさに感動してただけだ」
「そ、そうか……。話したい事があるんだが、後にした方がいいか?」
「大丈夫、話してくれ」

 目元を拭い、痕跡を調べ終わったエリックの話に耳を傾ける。

「このダンジョンのボスは少人数でも、実力さえ揃っていれば比較的討伐しやすいモンスターだ。でも鉱物系だから、傷をつけたら血を流すようなヤツじゃねぇ」
「じゃあ、あの血は?」
「あれは人間じゃなくて、モンスターのものだ。という事は、ここに冒険者は訪れていない。でも最下層にゴブリンやトロールがやってくるなんてありえない。確実に、中で何かが起こっているのは間違いないんだ」
「ボスが違う系統になった……とかじゃないのか?」
「それも違う。どんなダンジョンでも、最下層のボスは変動しねぇんだ。発見したらずっと、倒してもそのボスが出現し続ける」
「しかし、それを踏まえた上で、調べた条件に合致するボスモンスターがわからない……ですよね?」

 シノノメは俺と話してる間もエリックに注意を払っていたのか、思案した面持ちで推測を述べる。
 こくりと頷くエリックを見て、俺は思わずうつむいた。
 明らかに人為的ではない出来事で、モンスターが本能のおもむくままに残したような痕跡があって、あまり良くない空気が漂っている。
 つまり。

「──異常発生?」
「その通り」

 なんとまあ。
 ここ数日で面倒事に巻き込まれすぎじゃないか?
 俺って厄病神でも憑いてんのかね。

「このままにしておけば、後で訪れる冒険者が危ないかもしれねぇ。扉だけ開けて、中に何がいるかを確認したら脱出アイテムで即座に逃げるぞ。それでいいか?」

 俺とシノノメは頷くと、バックから取り出した使い捨て脱出アイテム、アリアドネの転移てんいせきを握り締める。

「よし、それじゃ──」

 いくぞ、と言おうとしたエリックの言葉が、ボス部屋から展開される結界に遮られた。
 幾度か見た事もあり、感じた事もあるこの魔力は……闇属性の魔法に似ている。
 しかし、闇よりも深い邪悪さが滲み出ていた。
 しかも俺は、この邪悪を知っている。
 森で感じた、異形に見つめられているような、生々しい殺気。
 それと同じものが怨恨のように、呪いのように混じっていた。

「なんだ!?」
「闇魔法の結界……いえ、でもこれは……」
「……脱出アイテムが使えねぇ。一体どうなって……」



「──来るぞ」



 静かに、重々しい扉が開け放たれていく様を見つめる。
 エリックとシノノメも、俺の声に反応して構えた。
 はじめに五感が感じたのは、むせ返るような肉の腐乱した臭気と濃厚な鉄の──血の臭い。
 次いで、べちゃり。
 水気を吸い込んだ土を落としたような音が、耳に嫌に絡みつく。
 ぎぎぎっ、と。硬い物体を擦り合わせた耳障りな振動と共に。
 ソレは、姿を現した。

「「ッ!?」」

 一言で言えば、バケモノ。
 モンスターでもあり、モンスターとは思えないその外見は赤と白が混ざりピンク色になった肉と、所々鎧のように組まれた樹木の破片で形成されている。
 容易に人の精神をむしり、吐き気と恐怖を植えつける人と獣の特徴が混じったような人型のソレは、見てるだけで正気を保てなくなりそうだ。
 頭部はただれていて、血が噴水のように噴出している。
 様々な動物の目が複合された不気味な赤眼が、無防備に立ち尽くしている俺達に向けられた。
 そして。

『──!』

 ソレは明確な殺気を溢れさせ、襲いかかってきた。
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