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【一ノ章】異世界はテンプレが盛り沢山
第四話 嘘と優しさ、時々面倒
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「さて、こちらの用件も済んだことだし、シルフィに新しい編入生について教えないとね」
「ああ……って、ほんとに俺の勧誘だけだったのかよ」
立ち上がって肩を回し、笑みを崩すことなく扉に向かう彼女に、俺は苦笑いを浮かべる。
「う~ん、他にも聞きたい事はあるんだけど……アカツキくん、今日はいろいろあって疲れてるでしょ?」
ドアノブに手をかけたまま、半身だけこちらに向き直して、気遣うような声音で問いかけてきた。
そう言われると、俺は不意に眩暈と強烈な眠気に襲われた。
確かに今日は慣れない環境のせいで疲れているみたいだ。
森で全力疾走、ひどい頭痛、美人との邂逅。
この目まぐるしい環境の変化についていけてただけでも保っていた方だと思っていたが、さすがに身体的にも精神的にも限界が近づいていたらしい。
「学園についても教えたい事があるんだけど、私とは違って君達はもう眠らなきゃいけない時間だしね」
頬に手を当てて首を傾げ、まるで我が子を見守るような優しい目を向けてくる。
揺れる桃色の髪が、照明の光を浴びることで艶やかな光沢を放っていて、はにかんだ笑顔に妙に似合っている。
「私はこれから君の入学手続きと事情説明、その他諸々の用意しなきゃいけない書類が大量にあるから、後はシルフィに君が転入する経緯を話して受け継がせるわ」
ほほほ、と愉快そうに笑う彼女は、狡猾かつ愉悦を餌とする悪魔のように見えた。
絶対ミィナさん弄って楽しむつもりだよこの人。
「まぁ、今日のところはここで眠りなさい。シルフィには君にベッドを貸してあげられるように話をつけておくから。明日の朝、職員に書類と朝食を持ってこさせるわ。じゃ、おやすみなさい」
テキパキと話を進める彼女はそれだけ言うと、軽快に扉を開けて出ていった。
──何故か投げキッスを送りながら。
冗談だろうと少しクラッときたのは俺が純粋だからだろうか。……自分で純粋とか、きもいな。
疲れてるからこんなこと考えちゃうんだな。うん、寝よう。
飛び起きた時に払いのけた毛布を手繰り寄せて、体を横にする。
肩のあたりまで毛布をかけて目をつむり、ふと耳を澄ますと、扉の外から二人の会話が聞こえてきた。
「何か、聞けましたか?」
「いや、どうやら彼は記憶障害を起こしてるみたいでね、あれ以上の事は思い出せないそうよ。名前の時に言い淀んだのはそれが関係してるみたい」
「まさかあの時に……」
「残酷だけれど……彼は自分の名前は覚えている。けど出身地、家族、親友は覚えていない。ニルヴァーナや分校にも在学している生徒でもなく、言語や常識的な部分は理解できるみたいだけど、それ以外の記憶が無い可能性があるわ」
「……記憶が、無い」
な、なんか誇張された説明されてないか? ほとんどは間違ってないけど、記憶が無いなんて言った覚えはないぞ。
「どこの生まれかも判明しない以上、彼をこのままにしておくといつか死んでしまう。だから私からの案で、彼を特待生としてニルヴァーナに転入させることになったわ」
「特待……前例も無いのに大丈夫ですか?」
「説明した上で、彼はこの案を快く聞き入れてくれたわ。まあ、この事については詳しい内容を記載した書類を提出する。彼も疲れているだろうから、今日はここで寝てもらうように言ったけどよかったかしら?」
「それは、構いませんが……」
異世界一日目の寝床確保。やったね。
すでに寝る気満々だったけど。
「そう……じゃあ私は書類づくりに勤しむから、シルフィも体を休めてね。あっ、せっかくだから彼に添い寝でもしてあげたらどう? 一人で寂しくなってるかもしれないわよ」
なん……だと……?
添い寝……? そんなナイスで素敵でブリリアントな単語がこの世にも在ったというのか!?
仮にミィナさんの寝相が悪かったとして、包容力豊かな体に抱きつかれたとしたら。
逃げようとしても腹に腕を回されてギュッとされたら。
背中から漂う女性特有のいい匂いとか、寝言で甘えるような一言でも言われたとしたら。
堂々と見てるようで実は気づかれないように見つめていた胸を押し付けられたとしたら。
そんなことされたら、俺は世界の中心でラブをシャウトする覚悟すらあるぞ!!
ありとあらゆる妄想を重ねる俺は、疲れと眠気が吹き飛ぶのを骨身に実感していた。
静まらない胸の鼓動が煩わしくもあり、同時に歓喜に身を高揚させている。
声を出さずとも、静かに俺の内面を象徴しているのが理解できた。
「な、何言ってるんですか!? そんなのできるわけ……!?」
私は一向に構わん!
さあ、胸に飛び込んでおいで!!
「ふふ、冗談よ。相変わらず弄りやすいわねぇ」
「~~~っ、からかわないでください! 私もう帰りますからね!」
「ええ、お疲れ様」
ダメだったよ、残念。
二つの足音が遠ざかっていく。やがて完全に聞こえなくなり、一気に体の力が抜けていった。
ふさぎ込んでいた疲労と眠気が湧き出すと、重くなる瞼に逆らわず、完全に目を閉じる。
深く、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
次第に暗くなる室内で、俺の意識も暗闇へと落ちていった。
冷えた空気が太陽に温められていく早朝。
白塗りの現代的な建築様式を感じさせる造りの廊下に、乾いた靴音が反響する。
「私たちの生活には様々な多属性印魔法、魔法が利用されています。これは魔力を用いてルーン文字を抽出し、意味を持つ文章として発音する事で発動させる……というのは皆さんも周知の常識ですね。
続けますが、人は生まれにして必ず魔法の素養──適性があり、基本的に火、水、雷、風、土、光、闇、そして特殊の八属性に分類されています。迷宮や外壁の外に蔓延る魔物など、対人戦闘においても非常に強力な武器となり、時には傷付いた人を癒す事も出来る力ですが、それぞれに良い点・悪い点があります。
その中でも多属性の適性を持つ者がいますが、本学園は初等部から高等部にかけて二千を超える生徒が在学、並びに相当数の教師が指導していますが、確認できるだけでも三割足らずしかおりません」
「約半世紀ほど前、世界に変革をもたらした『魔導革命』によって私達の生活水準は大幅に向上しました。
これにより古代文明の遺物──アーティファクトの技術を再現した事で日常的に使われる道具や建築技術は一新され、中世の建物から高層ビルや本学園のように耐久性に優れた建造物へ変化しました。
しかしニルヴァーナ、グリモワールなどの大国家は現代国家としての型を形成していますが、大多数の小国家などは財力などの問題から未だその技術を取り入れておりません。また長年続いてきた中世の歴史を尊重する国家は建造物をそのままに情緒を保つという事で、アマテラスやグランディアは中世国家という枠組みに置かれています。
ですが都市機能の全てを中世のままにしている訳ではなく、大気中の魔素を魔力へと変換し動力にする事で推進力を得る魔導車と魔導列車──特に荷物の搬送、大勢の移動手段として需要の高い魔導列車は各国に多数の駅を建設しており、気軽に他国へ足を運べる馴染み深い車両として人気が高いです」
俺とミィナさんが歩く廊下の右側。
比較的大きな教室からは朝早くというのにもかかわらず、若い男性教師の声が漏れ聞こえてきた。
「モンスターは人類にとって脅威である事に変わりはありません。魔法を使えたとしても、戦いに必ず勝てるとはいえないのです。あなた達は魔法だけではなく、武器を手に取り、強大な魔物を相手にします。
そのためにも我が学園と冒険者ギルドで支給される、大気中に漂う属性の元となる魔素──マナを利用し、装着者の経験として蓄積されたマナを解析、分析した後に多種多様なスキルとして具現化させる携帯型技能覚醒装置、通称デバイスの存在が必要不可欠です。
デバイスは『魔導革命』の技術研究の過程で発明され、研究対象の一つとしても注目されています。今も開発が続けられており、あなた達に支給されているデバイスは第四世代の物ですが、グリモワールでは最新型である第五世代目のデバイスが普及しています」
「『魔導革命』の技術により中世に使用されていた化石燃料は過去の物とされ、現在の動力の主流は特殊な環境下で生成される魔力結晶や私たちが内包している魔力、大気中を漂う魔素です。
相手の持っているデバイスの魔力波を数字化し、魔素を経由し感知して繋いでいるので、デバイス間での音声や映像の送信を可能としているのです」
続いて次の教室。
女性教師の凜とした声は、眠気を覚ますにはぴったりだ。
証拠に、覗き込んだ教室の生徒の大半は、背筋をまっすぐに立てて授業に集中している。
「ニルヴァーナの長い歴史に輝く功績は、あなた達の冒険者としての活動を意欲的に向上させています。学園は設立されてから実に何年もの間、数え切れないほどの優秀な冒険者を育成してきました。
それは本学園の最高権力者であるアーミラ・フレン学園長の手腕の賜物です。さらには二大国家の日輪の国と魔科の国に分校という形で学び場を提供するなど、人々のために精力的な行動を多くとっています」
階段を上がって三階へ。
学園長室は三階にあるため、必然的に階段を上らなければならない。
途中の踊り場で、教本通りの内容を垂れ流すように言い続ける老いた男性の声が聞こえた。
「こんな時間なのに、もう授業をやってるんですか?」
「はい。生徒の中には勉強熱心な子もいますので、そういった生徒のために朝早くから補強授業を開始しているんですよ」
「なるほど」
ミィナさんの話を聞いて、補習みたいなものかと納得した。
「ニルヴァーナは比較的自由なカリキュラムが組まれていて、歴史、地理、薬学、魔法、精神、戦闘などの分野に別れた授業を、生徒が自分の都合に合わせて受講できるように扱っています。今日は早い時間ですから、座学中心の授業をやってるみたいですね」
「そんなに分かれてるのは、やはり経験を蓄積させるために?」
「それもありますが、突然の事態において“何も知らなかった”とさせないようにするため、というのも一因しているでしょう。個人的に調べ学習をする生徒などは図書室に入り浸ることがありますが、やはり誰かに教えてもらったり、多くの人と知識を共有するという方が頭に入りやすいですし、なによりパーティを組んだ際の協調性も鍛えられますからね」
「まさに一石二鳥、ですか」
今朝方渡された、書類の最終手続きのために学園長室に向かうことになった俺達の会話は、ほとんどが俺の疑問に仕事モードのミィナさんが答えるというもの。
廊下を歩いている時も階段を上る時も、浮かんだ疑問を口にしてはミィナさんがすべて答えてくれた。
何も知らない俺には、初めて耳にするような事ばかりでワクワクしてくる。
(スキルかぁ……もしかしてもしかするとゲームとかアニメの動きも出来ちゃったり!? ……ふへへっ)
誰よりもゲーム好きで、その関係からアニメにも造詣が深い俺の心を揺さぶる衝動に、内心気持ち悪い笑い声が漏れた。
誰もが夢見る、ゲームの世界に行ってみたいという願望。
その願望に似た世界であるここが、俺にとって新しい現実になるんだ。
歓喜を覚えずにいられないわけがない。
「ここです」
最後の質問をしたところで、学園長室と名札が彫られた両開きの扉の前で立ち止まる。
しかしミィナさんはすぐに扉をノックせず、ゆっくりとこちらへ振り向いた。
怖がるようにも、恐れているようにも見える曇った表情に、その瞳は迷いの葛藤を奥に揺らめかせている。
「……あの、アカツキ、さん」
それが彼女の本来の姿を写しているように見えて、か細く呼びかけられた名前に反応が遅れた。
「──はっ、ぃい!?」
返事と同時に両手を掴まれた。
柔肌に包められた手を強く握ったまま、ミィナさんは自分の胸の前まで持ち上げる。
宝物を大切に握り締めるように、けれど割れ物を繊細に扱うように。
「き、記憶が無くても、心細くなることはないです。私や学園長もいますし、事情を知っている先生も、同級生だって力になってくれますから。だから、不安にならないでください」
「……」
真正面から言われた善意の言葉が、手を握られ動揺した心に澄み渡る。
この人はこの人なりに、俺のことを気にかけてくれてるのか。
触れることさえ苦手なはずなのに、震えを必死に抑えて俺の手を包んでくれてる。
仕事モードでもいつも通りでも、この人は本当に優しいんだ。
「……ありがとうございます」
「はいっ!」
華やかな笑顔を咲かせるミィナさんはそれだけ言うと手を放し、咳払いをしてから仕事モードに戻った。
俺もその言葉を受け取り、記憶が無いと嘘をつかれていたことを思い出して罪悪感を感じ、頬を掻く。
話を進めるためだとしても、あんな風に言われたら正直困る。
後で学園長を問い詰めてみよう。
「学園長。彼を連れてきました」
「ん、入ってちょうだい」
「「失礼します」」
入室した部屋は、壁に本棚とニルヴァーナを遠景で描いた絵画が、広い窓際に執務机、四隅に観葉植物が置いてあり、床に茶色の絨毯が敷かれている。
調度品や額縁が飾られた部屋で、まさに大物といった風格を感じさせる学園長は椅子に座り、机上に並べられた大量の書類を束ねていた。
昨夜より少しやつれた様子が見られるが、窓を背にしているせいで影ができているからだろうか。
それとも、俺の手続き処理を徹夜で行っていたからだろうか。
そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめんなさいね、朝だからちょっと元気が無くて。少し経ったら元通りになるはずだから、安心しなさい」
あれ、心配してたの顔に出てたかな?
「学園長、いつも言ってるじゃないですか。朝日が辛いなら、ちゃんと寝ておいてくださいって」
「そうなんだけどねぇ。書類整理が楽しくなってきちゃって、つい」
「はぁ……」
何度も交わしたやりとりなのか、気遣っているミィナさんもやれやれとため息を吐いている。
学園長はその反応を見て小さく笑うと、呼び出した理由を説明し始めた。
「アカツキくんを呼んだ理由は二つあるけど、まずは一つ目ね。この学園で支給される装置の事は知っているかしら?」
「携帯型のデバイス、でしたっけ? 書類に書いてありましたし、通りかかった教室でも話してました」
「そう、ニルヴァーナの生徒としての身分も証明する大切な道具なんだけど、生徒専用にカスタマイズしなくちゃいけないのよ。その調整を細くするために連れてこさせたってわけ」
「他の生徒などは自分で調整を行うのですが、アカツキさんは事情が事情ですので学園長直々に、という事です」
「すごいでしょう? 誇りに思っていいわよ?」
「調子に乗りそうなんでやめときます」
不貞腐れた様子ながらも、学園長は書類の横に淡い光を透過させる結晶を置いた。
ゴツゴツとした感じではなく、綺麗に整えられ滑らかな曲線に光を巡らせるそれは、俺が知りえない可能性を秘めやかに輝かせている。
「……何これ?」
「魔力結晶。大気中のマナを吸収し、高い純度で自然生成された多属性魔素体よ。日常生活でも照明器具や発火装置などの媒体とされるけど、デバイスに使用するのはその中でも特殊な魔力結晶を使うのよ。……ちょっと近くに寄ってくれるかしら」
言われるがままに机に近寄り、結晶を指差す学園長に従い、右手を添える。
手が持つ温度を全て持っていかれるような冷たさ。
肌を貫き、骨にまで到達するような冷気に全身がざわつく。
「そのままでいいわ」
さらにその上に学園長の手が重ねられた。
手のひらに感じる無機質な冷たさよりも、手の甲に触れる柔らかい冷たさが強く伝わってくる。
次第に手先から腕に絡みつく光の奔流が、全身を埋め尽くすように発生し、結晶と身体に吸い込まれていく。
煌めきと光芒が入り混じり、それが自分の一部となっていく不思議な感覚があるが、不快感はなかった。
「これって……魔法?」
「その一種ね。秘積結晶をクロトくんの魔力と同調させて、情報を読み込ませてるのよ」
未だ調整中の秘積結晶から手を離さず、フレンは傍に置いたメモ用紙を黒く染める。
「それで、どうです?」
次々と空間に浮かび上がる表示枠から読み取った内容を綴る学園長に、結果が気になったのかミィナさんが問いかけた。
「ちょっと待ちなさい。……ほほぅ、これはこれは」
頑丈そうな金属製のフレームに結晶をはめ込み、学生証の機能を持ち合わせた、特製デバイスが手渡された。
裏側に鮮やかな色彩の花が描かれたデバイスを受け取った直後、学園長は満足そうに調整結果を記した紙を差し出す。
その場にいる全員が顔を寄せ合い、紙面に書かれた概要を確認する。
二年七組 アカツキ・クロト
今期ニルヴァーナ学園在学特待生
称号【】
学園ランキング無し
冒険者ランク無し
写された用紙にいくつかの項目があり、氏名と所属学園名、それと俺の知らない制度が並べられていた。
「ランキング? ランク?」
「言ったでしょう、情報を読み込ませるって。今はクロトくんの学生としての位と、冒険者としての位が無いから何も書かれていないけれど、学園主催の各イベントに参加して功績を残すとこれが上昇する。位が上がれば上がるほど、周囲に実力を証明できるわ」
「デバイスは情報端末の役割も兼ねているので、ランキング表は誰でも確認できます。称号に関しては学園やギルドで付けられる二つ名のようなものです」
「ははぁ、なるほど」
その下にも二つほど記述された文面がある。
ある意味、俺が一番楽しみにしていた部分だ。
せめて平凡から少し足を踏み外してほしいと願い、慎重に視線を移す。
魔法属性:特殊 魔力量:C
「……これってどうなんです?」
「一般的ですね」
無慈悲に告げられた解答に項垂れる。やはり異世界でも平凡は変わらないらしい。
ミィナさん曰く量は平均、属性が特殊である以外はとりわけ珍しくもないとのこと。
さらに特殊属性というのは、人それぞれがまったく同じということはありえないらしく、自身がその魔法を使うまで詳細が不明という非常に不便な魔法のようだ。
しかもその大半が魔力を大量に消耗するものが多く、使い勝手がすこぶる悪いと評判。
なんというか、悪い意味で期待を裏切らなかった。
「意気消沈してるみたいだけど、特殊だからって決して悪いということはないわ。むしろ他の属性よりも強力な魔法かもしれないし、魔力量に関しても関連した知識を学べば学ぶほど多くなっていく可能性はあるから、まぁ……伸び代に期待しなさい」
「つまり努力しろって事ですね、わかります」
「私も頑張って指導します。だから、わからないところがあったらどんどん聞いてください」
「ありがとうございます……」
「でも、私としては魔法よりも──こっちの方が興味深いけどね? 」
「「?」」
とんとん、と指で示された文字に、二人で首を揃えて見下ろした。
そこはスキル欄。
道中聞いた授業の説明通りなら、この世界に来てから散々な経験しかしていない俺のそれには、何も書かれていないはずだ。
『スキル』
《異想顕現》
・未完たる器に異元の力を宿す。
・想像せよ、位相たる汝の身を。
・創造せよ、確固たる我が身を。
しかし、その欄にはちゅう……いた……仰々しい名前のスキルが刻まれていた。
信じられないといった様子で口を押さえるミィナさんの横で、俺はその名をじっと見つめ、そして頭に疑問符を浮かべ、口にする。
「これは?」
「さあ? ただ一つわかるとすれば、私ですら聞いた事も見た事もない、初めて確認したスキルということだけよ」
「しかもこれ、詠唱系列のスキルじゃないですか……! 大抵のスキルは常時発動するパッシブ系ですが、これは詠唱する事で力を発揮する特別なスキルですよ!」
他のスキルがどんなものか知らないので比較はできないが、少なくとも平凡からは踏み外しているスキルのようだ。
まるで自分の事のように喜ぶミィナさんの隣で、俺も声には出さないが笑みを浮かべていた。
この世界に来て一日しか経過していないにも関わらず、すでにスキルが発現している。
どんな効果なんだろう? 未完たる器って? 異元ってなんだ?
純粋に、好奇心から、そのスキルを試したくなった。
デバイスを掴む右手に力が入る。
「たった一人にしか発現しないスキルっていうのもあるにはあるけど、その中でもこれはどういう効果なのかが解らないわね。詠唱文がヒントになりそうだけど。……間違ってもここでやらないでよ?」
「そりゃもちろん」
ワクワクしていたら釘を刺された。
まぁ、さすがにここでやらない方がいいよな、うん。
「兎にも角にも、これで調整と手続きは終わりよ。クロトくん」
革張りの椅子から立ち上がり、学園長は窓の外に視線を向ける。
その視線を追うと、国家としての機能を果たす街並みと、学園施設が見下ろせた。
異世界だから石や木材を建材とした洋風建築の建物が多い、というイメージが定着していたが……。
…………その安易な想像は、儚く散った。
その景色には見慣れた高層建築物──ビルが空高く建っていて、市民が住む居住区は、地球のように隙間なく敷き詰められている。
石やレンガ造りの建物がないわけではないが、その数は少ない。
視界の中心に伸びる大通りには、露店を開く準備をしている人がいるのだが、それを含めて見ても都会にしか見えない。
うぅん……と、コレジャナイ感に苛まれたが、舗装された大通りを歩く民衆の中に、ところどころ目を引くような特徴が体に表れている人がいた。
やけに背の低い男性や、猫耳を生やした少女に振り回される母親など。
物々しい武器を背負う屈強な半裸の冒険者や、ローブに身を包み杖を携え、とんがり帽子をかぶる魔法使い風の女性など。
(おぉ……!)
しかも、木の頂上から見えたあの外壁が、遠くに立ちはだかっている。
あれはやはり人工物だったようで、壁に張り付いて補修工事をする人達が確認できた。
異様な空気を感じさせ、自然の荒波から保護してくれる隔壁に、俺もいつか慣れる日が来るのだろうか。
その頃にはきっと、俺も何か必死になれる目標を掲げているかもしれない。
(とりあえず、まずは当面の資金繰りかな)
楽しくなりそうだ、と付け加えて、しばらくの間眺めていた視線を外す。
いつの間にかこちらを向き、まるで慈母のような微笑で見つめる学園長は、軽く結んだ口唇を開いた。
「あなたはこれから本学園にて、冒険者に必要な知識、技術、能力を高め、精進し、特待生の責務も果たしながら、同級生と一緒に面白おかしく楽しい学園生活を送りなさい。改めて、よろしくね?」
「はい!」
学園長らしい歓迎の言葉と共に、握手を求めるよう伸ばされた手を握り、こうして俺の学園入学が確定した──はずだった。
「ああ……って、ほんとに俺の勧誘だけだったのかよ」
立ち上がって肩を回し、笑みを崩すことなく扉に向かう彼女に、俺は苦笑いを浮かべる。
「う~ん、他にも聞きたい事はあるんだけど……アカツキくん、今日はいろいろあって疲れてるでしょ?」
ドアノブに手をかけたまま、半身だけこちらに向き直して、気遣うような声音で問いかけてきた。
そう言われると、俺は不意に眩暈と強烈な眠気に襲われた。
確かに今日は慣れない環境のせいで疲れているみたいだ。
森で全力疾走、ひどい頭痛、美人との邂逅。
この目まぐるしい環境の変化についていけてただけでも保っていた方だと思っていたが、さすがに身体的にも精神的にも限界が近づいていたらしい。
「学園についても教えたい事があるんだけど、私とは違って君達はもう眠らなきゃいけない時間だしね」
頬に手を当てて首を傾げ、まるで我が子を見守るような優しい目を向けてくる。
揺れる桃色の髪が、照明の光を浴びることで艶やかな光沢を放っていて、はにかんだ笑顔に妙に似合っている。
「私はこれから君の入学手続きと事情説明、その他諸々の用意しなきゃいけない書類が大量にあるから、後はシルフィに君が転入する経緯を話して受け継がせるわ」
ほほほ、と愉快そうに笑う彼女は、狡猾かつ愉悦を餌とする悪魔のように見えた。
絶対ミィナさん弄って楽しむつもりだよこの人。
「まぁ、今日のところはここで眠りなさい。シルフィには君にベッドを貸してあげられるように話をつけておくから。明日の朝、職員に書類と朝食を持ってこさせるわ。じゃ、おやすみなさい」
テキパキと話を進める彼女はそれだけ言うと、軽快に扉を開けて出ていった。
──何故か投げキッスを送りながら。
冗談だろうと少しクラッときたのは俺が純粋だからだろうか。……自分で純粋とか、きもいな。
疲れてるからこんなこと考えちゃうんだな。うん、寝よう。
飛び起きた時に払いのけた毛布を手繰り寄せて、体を横にする。
肩のあたりまで毛布をかけて目をつむり、ふと耳を澄ますと、扉の外から二人の会話が聞こえてきた。
「何か、聞けましたか?」
「いや、どうやら彼は記憶障害を起こしてるみたいでね、あれ以上の事は思い出せないそうよ。名前の時に言い淀んだのはそれが関係してるみたい」
「まさかあの時に……」
「残酷だけれど……彼は自分の名前は覚えている。けど出身地、家族、親友は覚えていない。ニルヴァーナや分校にも在学している生徒でもなく、言語や常識的な部分は理解できるみたいだけど、それ以外の記憶が無い可能性があるわ」
「……記憶が、無い」
な、なんか誇張された説明されてないか? ほとんどは間違ってないけど、記憶が無いなんて言った覚えはないぞ。
「どこの生まれかも判明しない以上、彼をこのままにしておくといつか死んでしまう。だから私からの案で、彼を特待生としてニルヴァーナに転入させることになったわ」
「特待……前例も無いのに大丈夫ですか?」
「説明した上で、彼はこの案を快く聞き入れてくれたわ。まあ、この事については詳しい内容を記載した書類を提出する。彼も疲れているだろうから、今日はここで寝てもらうように言ったけどよかったかしら?」
「それは、構いませんが……」
異世界一日目の寝床確保。やったね。
すでに寝る気満々だったけど。
「そう……じゃあ私は書類づくりに勤しむから、シルフィも体を休めてね。あっ、せっかくだから彼に添い寝でもしてあげたらどう? 一人で寂しくなってるかもしれないわよ」
なん……だと……?
添い寝……? そんなナイスで素敵でブリリアントな単語がこの世にも在ったというのか!?
仮にミィナさんの寝相が悪かったとして、包容力豊かな体に抱きつかれたとしたら。
逃げようとしても腹に腕を回されてギュッとされたら。
背中から漂う女性特有のいい匂いとか、寝言で甘えるような一言でも言われたとしたら。
堂々と見てるようで実は気づかれないように見つめていた胸を押し付けられたとしたら。
そんなことされたら、俺は世界の中心でラブをシャウトする覚悟すらあるぞ!!
ありとあらゆる妄想を重ねる俺は、疲れと眠気が吹き飛ぶのを骨身に実感していた。
静まらない胸の鼓動が煩わしくもあり、同時に歓喜に身を高揚させている。
声を出さずとも、静かに俺の内面を象徴しているのが理解できた。
「な、何言ってるんですか!? そんなのできるわけ……!?」
私は一向に構わん!
さあ、胸に飛び込んでおいで!!
「ふふ、冗談よ。相変わらず弄りやすいわねぇ」
「~~~っ、からかわないでください! 私もう帰りますからね!」
「ええ、お疲れ様」
ダメだったよ、残念。
二つの足音が遠ざかっていく。やがて完全に聞こえなくなり、一気に体の力が抜けていった。
ふさぎ込んでいた疲労と眠気が湧き出すと、重くなる瞼に逆らわず、完全に目を閉じる。
深く、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
次第に暗くなる室内で、俺の意識も暗闇へと落ちていった。
冷えた空気が太陽に温められていく早朝。
白塗りの現代的な建築様式を感じさせる造りの廊下に、乾いた靴音が反響する。
「私たちの生活には様々な多属性印魔法、魔法が利用されています。これは魔力を用いてルーン文字を抽出し、意味を持つ文章として発音する事で発動させる……というのは皆さんも周知の常識ですね。
続けますが、人は生まれにして必ず魔法の素養──適性があり、基本的に火、水、雷、風、土、光、闇、そして特殊の八属性に分類されています。迷宮や外壁の外に蔓延る魔物など、対人戦闘においても非常に強力な武器となり、時には傷付いた人を癒す事も出来る力ですが、それぞれに良い点・悪い点があります。
その中でも多属性の適性を持つ者がいますが、本学園は初等部から高等部にかけて二千を超える生徒が在学、並びに相当数の教師が指導していますが、確認できるだけでも三割足らずしかおりません」
「約半世紀ほど前、世界に変革をもたらした『魔導革命』によって私達の生活水準は大幅に向上しました。
これにより古代文明の遺物──アーティファクトの技術を再現した事で日常的に使われる道具や建築技術は一新され、中世の建物から高層ビルや本学園のように耐久性に優れた建造物へ変化しました。
しかしニルヴァーナ、グリモワールなどの大国家は現代国家としての型を形成していますが、大多数の小国家などは財力などの問題から未だその技術を取り入れておりません。また長年続いてきた中世の歴史を尊重する国家は建造物をそのままに情緒を保つという事で、アマテラスやグランディアは中世国家という枠組みに置かれています。
ですが都市機能の全てを中世のままにしている訳ではなく、大気中の魔素を魔力へと変換し動力にする事で推進力を得る魔導車と魔導列車──特に荷物の搬送、大勢の移動手段として需要の高い魔導列車は各国に多数の駅を建設しており、気軽に他国へ足を運べる馴染み深い車両として人気が高いです」
俺とミィナさんが歩く廊下の右側。
比較的大きな教室からは朝早くというのにもかかわらず、若い男性教師の声が漏れ聞こえてきた。
「モンスターは人類にとって脅威である事に変わりはありません。魔法を使えたとしても、戦いに必ず勝てるとはいえないのです。あなた達は魔法だけではなく、武器を手に取り、強大な魔物を相手にします。
そのためにも我が学園と冒険者ギルドで支給される、大気中に漂う属性の元となる魔素──マナを利用し、装着者の経験として蓄積されたマナを解析、分析した後に多種多様なスキルとして具現化させる携帯型技能覚醒装置、通称デバイスの存在が必要不可欠です。
デバイスは『魔導革命』の技術研究の過程で発明され、研究対象の一つとしても注目されています。今も開発が続けられており、あなた達に支給されているデバイスは第四世代の物ですが、グリモワールでは最新型である第五世代目のデバイスが普及しています」
「『魔導革命』の技術により中世に使用されていた化石燃料は過去の物とされ、現在の動力の主流は特殊な環境下で生成される魔力結晶や私たちが内包している魔力、大気中を漂う魔素です。
相手の持っているデバイスの魔力波を数字化し、魔素を経由し感知して繋いでいるので、デバイス間での音声や映像の送信を可能としているのです」
続いて次の教室。
女性教師の凜とした声は、眠気を覚ますにはぴったりだ。
証拠に、覗き込んだ教室の生徒の大半は、背筋をまっすぐに立てて授業に集中している。
「ニルヴァーナの長い歴史に輝く功績は、あなた達の冒険者としての活動を意欲的に向上させています。学園は設立されてから実に何年もの間、数え切れないほどの優秀な冒険者を育成してきました。
それは本学園の最高権力者であるアーミラ・フレン学園長の手腕の賜物です。さらには二大国家の日輪の国と魔科の国に分校という形で学び場を提供するなど、人々のために精力的な行動を多くとっています」
階段を上がって三階へ。
学園長室は三階にあるため、必然的に階段を上らなければならない。
途中の踊り場で、教本通りの内容を垂れ流すように言い続ける老いた男性の声が聞こえた。
「こんな時間なのに、もう授業をやってるんですか?」
「はい。生徒の中には勉強熱心な子もいますので、そういった生徒のために朝早くから補強授業を開始しているんですよ」
「なるほど」
ミィナさんの話を聞いて、補習みたいなものかと納得した。
「ニルヴァーナは比較的自由なカリキュラムが組まれていて、歴史、地理、薬学、魔法、精神、戦闘などの分野に別れた授業を、生徒が自分の都合に合わせて受講できるように扱っています。今日は早い時間ですから、座学中心の授業をやってるみたいですね」
「そんなに分かれてるのは、やはり経験を蓄積させるために?」
「それもありますが、突然の事態において“何も知らなかった”とさせないようにするため、というのも一因しているでしょう。個人的に調べ学習をする生徒などは図書室に入り浸ることがありますが、やはり誰かに教えてもらったり、多くの人と知識を共有するという方が頭に入りやすいですし、なによりパーティを組んだ際の協調性も鍛えられますからね」
「まさに一石二鳥、ですか」
今朝方渡された、書類の最終手続きのために学園長室に向かうことになった俺達の会話は、ほとんどが俺の疑問に仕事モードのミィナさんが答えるというもの。
廊下を歩いている時も階段を上る時も、浮かんだ疑問を口にしてはミィナさんがすべて答えてくれた。
何も知らない俺には、初めて耳にするような事ばかりでワクワクしてくる。
(スキルかぁ……もしかしてもしかするとゲームとかアニメの動きも出来ちゃったり!? ……ふへへっ)
誰よりもゲーム好きで、その関係からアニメにも造詣が深い俺の心を揺さぶる衝動に、内心気持ち悪い笑い声が漏れた。
誰もが夢見る、ゲームの世界に行ってみたいという願望。
その願望に似た世界であるここが、俺にとって新しい現実になるんだ。
歓喜を覚えずにいられないわけがない。
「ここです」
最後の質問をしたところで、学園長室と名札が彫られた両開きの扉の前で立ち止まる。
しかしミィナさんはすぐに扉をノックせず、ゆっくりとこちらへ振り向いた。
怖がるようにも、恐れているようにも見える曇った表情に、その瞳は迷いの葛藤を奥に揺らめかせている。
「……あの、アカツキ、さん」
それが彼女の本来の姿を写しているように見えて、か細く呼びかけられた名前に反応が遅れた。
「──はっ、ぃい!?」
返事と同時に両手を掴まれた。
柔肌に包められた手を強く握ったまま、ミィナさんは自分の胸の前まで持ち上げる。
宝物を大切に握り締めるように、けれど割れ物を繊細に扱うように。
「き、記憶が無くても、心細くなることはないです。私や学園長もいますし、事情を知っている先生も、同級生だって力になってくれますから。だから、不安にならないでください」
「……」
真正面から言われた善意の言葉が、手を握られ動揺した心に澄み渡る。
この人はこの人なりに、俺のことを気にかけてくれてるのか。
触れることさえ苦手なはずなのに、震えを必死に抑えて俺の手を包んでくれてる。
仕事モードでもいつも通りでも、この人は本当に優しいんだ。
「……ありがとうございます」
「はいっ!」
華やかな笑顔を咲かせるミィナさんはそれだけ言うと手を放し、咳払いをしてから仕事モードに戻った。
俺もその言葉を受け取り、記憶が無いと嘘をつかれていたことを思い出して罪悪感を感じ、頬を掻く。
話を進めるためだとしても、あんな風に言われたら正直困る。
後で学園長を問い詰めてみよう。
「学園長。彼を連れてきました」
「ん、入ってちょうだい」
「「失礼します」」
入室した部屋は、壁に本棚とニルヴァーナを遠景で描いた絵画が、広い窓際に執務机、四隅に観葉植物が置いてあり、床に茶色の絨毯が敷かれている。
調度品や額縁が飾られた部屋で、まさに大物といった風格を感じさせる学園長は椅子に座り、机上に並べられた大量の書類を束ねていた。
昨夜より少しやつれた様子が見られるが、窓を背にしているせいで影ができているからだろうか。
それとも、俺の手続き処理を徹夜で行っていたからだろうか。
そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめんなさいね、朝だからちょっと元気が無くて。少し経ったら元通りになるはずだから、安心しなさい」
あれ、心配してたの顔に出てたかな?
「学園長、いつも言ってるじゃないですか。朝日が辛いなら、ちゃんと寝ておいてくださいって」
「そうなんだけどねぇ。書類整理が楽しくなってきちゃって、つい」
「はぁ……」
何度も交わしたやりとりなのか、気遣っているミィナさんもやれやれとため息を吐いている。
学園長はその反応を見て小さく笑うと、呼び出した理由を説明し始めた。
「アカツキくんを呼んだ理由は二つあるけど、まずは一つ目ね。この学園で支給される装置の事は知っているかしら?」
「携帯型のデバイス、でしたっけ? 書類に書いてありましたし、通りかかった教室でも話してました」
「そう、ニルヴァーナの生徒としての身分も証明する大切な道具なんだけど、生徒専用にカスタマイズしなくちゃいけないのよ。その調整を細くするために連れてこさせたってわけ」
「他の生徒などは自分で調整を行うのですが、アカツキさんは事情が事情ですので学園長直々に、という事です」
「すごいでしょう? 誇りに思っていいわよ?」
「調子に乗りそうなんでやめときます」
不貞腐れた様子ながらも、学園長は書類の横に淡い光を透過させる結晶を置いた。
ゴツゴツとした感じではなく、綺麗に整えられ滑らかな曲線に光を巡らせるそれは、俺が知りえない可能性を秘めやかに輝かせている。
「……何これ?」
「魔力結晶。大気中のマナを吸収し、高い純度で自然生成された多属性魔素体よ。日常生活でも照明器具や発火装置などの媒体とされるけど、デバイスに使用するのはその中でも特殊な魔力結晶を使うのよ。……ちょっと近くに寄ってくれるかしら」
言われるがままに机に近寄り、結晶を指差す学園長に従い、右手を添える。
手が持つ温度を全て持っていかれるような冷たさ。
肌を貫き、骨にまで到達するような冷気に全身がざわつく。
「そのままでいいわ」
さらにその上に学園長の手が重ねられた。
手のひらに感じる無機質な冷たさよりも、手の甲に触れる柔らかい冷たさが強く伝わってくる。
次第に手先から腕に絡みつく光の奔流が、全身を埋め尽くすように発生し、結晶と身体に吸い込まれていく。
煌めきと光芒が入り混じり、それが自分の一部となっていく不思議な感覚があるが、不快感はなかった。
「これって……魔法?」
「その一種ね。秘積結晶をクロトくんの魔力と同調させて、情報を読み込ませてるのよ」
未だ調整中の秘積結晶から手を離さず、フレンは傍に置いたメモ用紙を黒く染める。
「それで、どうです?」
次々と空間に浮かび上がる表示枠から読み取った内容を綴る学園長に、結果が気になったのかミィナさんが問いかけた。
「ちょっと待ちなさい。……ほほぅ、これはこれは」
頑丈そうな金属製のフレームに結晶をはめ込み、学生証の機能を持ち合わせた、特製デバイスが手渡された。
裏側に鮮やかな色彩の花が描かれたデバイスを受け取った直後、学園長は満足そうに調整結果を記した紙を差し出す。
その場にいる全員が顔を寄せ合い、紙面に書かれた概要を確認する。
二年七組 アカツキ・クロト
今期ニルヴァーナ学園在学特待生
称号【】
学園ランキング無し
冒険者ランク無し
写された用紙にいくつかの項目があり、氏名と所属学園名、それと俺の知らない制度が並べられていた。
「ランキング? ランク?」
「言ったでしょう、情報を読み込ませるって。今はクロトくんの学生としての位と、冒険者としての位が無いから何も書かれていないけれど、学園主催の各イベントに参加して功績を残すとこれが上昇する。位が上がれば上がるほど、周囲に実力を証明できるわ」
「デバイスは情報端末の役割も兼ねているので、ランキング表は誰でも確認できます。称号に関しては学園やギルドで付けられる二つ名のようなものです」
「ははぁ、なるほど」
その下にも二つほど記述された文面がある。
ある意味、俺が一番楽しみにしていた部分だ。
せめて平凡から少し足を踏み外してほしいと願い、慎重に視線を移す。
魔法属性:特殊 魔力量:C
「……これってどうなんです?」
「一般的ですね」
無慈悲に告げられた解答に項垂れる。やはり異世界でも平凡は変わらないらしい。
ミィナさん曰く量は平均、属性が特殊である以外はとりわけ珍しくもないとのこと。
さらに特殊属性というのは、人それぞれがまったく同じということはありえないらしく、自身がその魔法を使うまで詳細が不明という非常に不便な魔法のようだ。
しかもその大半が魔力を大量に消耗するものが多く、使い勝手がすこぶる悪いと評判。
なんというか、悪い意味で期待を裏切らなかった。
「意気消沈してるみたいだけど、特殊だからって決して悪いということはないわ。むしろ他の属性よりも強力な魔法かもしれないし、魔力量に関しても関連した知識を学べば学ぶほど多くなっていく可能性はあるから、まぁ……伸び代に期待しなさい」
「つまり努力しろって事ですね、わかります」
「私も頑張って指導します。だから、わからないところがあったらどんどん聞いてください」
「ありがとうございます……」
「でも、私としては魔法よりも──こっちの方が興味深いけどね? 」
「「?」」
とんとん、と指で示された文字に、二人で首を揃えて見下ろした。
そこはスキル欄。
道中聞いた授業の説明通りなら、この世界に来てから散々な経験しかしていない俺のそれには、何も書かれていないはずだ。
『スキル』
《異想顕現》
・未完たる器に異元の力を宿す。
・想像せよ、位相たる汝の身を。
・創造せよ、確固たる我が身を。
しかし、その欄にはちゅう……いた……仰々しい名前のスキルが刻まれていた。
信じられないといった様子で口を押さえるミィナさんの横で、俺はその名をじっと見つめ、そして頭に疑問符を浮かべ、口にする。
「これは?」
「さあ? ただ一つわかるとすれば、私ですら聞いた事も見た事もない、初めて確認したスキルということだけよ」
「しかもこれ、詠唱系列のスキルじゃないですか……! 大抵のスキルは常時発動するパッシブ系ですが、これは詠唱する事で力を発揮する特別なスキルですよ!」
他のスキルがどんなものか知らないので比較はできないが、少なくとも平凡からは踏み外しているスキルのようだ。
まるで自分の事のように喜ぶミィナさんの隣で、俺も声には出さないが笑みを浮かべていた。
この世界に来て一日しか経過していないにも関わらず、すでにスキルが発現している。
どんな効果なんだろう? 未完たる器って? 異元ってなんだ?
純粋に、好奇心から、そのスキルを試したくなった。
デバイスを掴む右手に力が入る。
「たった一人にしか発現しないスキルっていうのもあるにはあるけど、その中でもこれはどういう効果なのかが解らないわね。詠唱文がヒントになりそうだけど。……間違ってもここでやらないでよ?」
「そりゃもちろん」
ワクワクしていたら釘を刺された。
まぁ、さすがにここでやらない方がいいよな、うん。
「兎にも角にも、これで調整と手続きは終わりよ。クロトくん」
革張りの椅子から立ち上がり、学園長は窓の外に視線を向ける。
その視線を追うと、国家としての機能を果たす街並みと、学園施設が見下ろせた。
異世界だから石や木材を建材とした洋風建築の建物が多い、というイメージが定着していたが……。
…………その安易な想像は、儚く散った。
その景色には見慣れた高層建築物──ビルが空高く建っていて、市民が住む居住区は、地球のように隙間なく敷き詰められている。
石やレンガ造りの建物がないわけではないが、その数は少ない。
視界の中心に伸びる大通りには、露店を開く準備をしている人がいるのだが、それを含めて見ても都会にしか見えない。
うぅん……と、コレジャナイ感に苛まれたが、舗装された大通りを歩く民衆の中に、ところどころ目を引くような特徴が体に表れている人がいた。
やけに背の低い男性や、猫耳を生やした少女に振り回される母親など。
物々しい武器を背負う屈強な半裸の冒険者や、ローブに身を包み杖を携え、とんがり帽子をかぶる魔法使い風の女性など。
(おぉ……!)
しかも、木の頂上から見えたあの外壁が、遠くに立ちはだかっている。
あれはやはり人工物だったようで、壁に張り付いて補修工事をする人達が確認できた。
異様な空気を感じさせ、自然の荒波から保護してくれる隔壁に、俺もいつか慣れる日が来るのだろうか。
その頃にはきっと、俺も何か必死になれる目標を掲げているかもしれない。
(とりあえず、まずは当面の資金繰りかな)
楽しくなりそうだ、と付け加えて、しばらくの間眺めていた視線を外す。
いつの間にかこちらを向き、まるで慈母のような微笑で見つめる学園長は、軽く結んだ口唇を開いた。
「あなたはこれから本学園にて、冒険者に必要な知識、技術、能力を高め、精進し、特待生の責務も果たしながら、同級生と一緒に面白おかしく楽しい学園生活を送りなさい。改めて、よろしくね?」
「はい!」
学園長らしい歓迎の言葉と共に、握手を求めるよう伸ばされた手を握り、こうして俺の学園入学が確定した──はずだった。
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