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稽古
ミスターポジティブ
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松尾女史の父である順二から京都医科大学との団体戦、および、その先にある京都市大学剣道競技会への復帰を告げられてからというもの、メンバーたちの剣道に対する姿勢に変化が見られるようになった。
浦賀氏は入部試験で私に一本取られて以来、明らかに私との稽古を避けていたが、素直に私に教えを請うようになった。私は浦賀氏の性格を踏まえ、駄目なところを正すのではなく、良いところを伸ばすように努めた。
理想を言えば、弱点を克服してもらいたかったが、私にたった一度負けただけで、二ヶ月間もショックを引きずってきた実績がある。また同じことが起きれば、浦賀氏は自信を失い、逃亡する可能性すらある。現メンバーの中でまともな剣道経験者は、ルーカスと私を除けば、この浦賀氏と木田氏の二人だけである。ダンディー霧島の剣道歴には私もルーカスも懐疑的な見方をしている。つまり、この2人のどちらかに是が非でも勝ってもらわなければならない。さもなければ団体戦に負けてしまう。そのため、私は自分が恥ずかしくなるほど褒めて、褒めて、褒めまくることにした。
「いいね、浦賀君、鋭い面打ちだ!」
「今日の浦賀君の守備は鉄壁だな!隙が全くないよ!」
「そうそう、その調子!」
「最高だよ!」
「日本一!いや世界一の剣士だよ!」
「オリンピック目指しなよ!」
「国民栄誉賞は君のもの!」
「フォースは君とともにあるね!」
いつしか私と浦賀氏の稽古は松竹寺道場名物となり、私は陰で「ポジティブ武田」という、あまり格好良くないあだ名で呼ばれるようになった。しかし、最初は私の大袈裟なアドバイスに笑いを堪えるのに必死だったメンバーたちだが、浦賀氏の真剣な眼差し、そして、実際にめきめきと力をつける様子を目の当たりにすると、「自分も負けてられるか」と気合いが入り、サークル全体にプラスの影響を与えるようになった。
もう一人の有望株、木田氏の立会稽古を主に担当したのはルーカスであった。木田氏は剣道歴が長いこともあり、一度の敗北でルーカスの実力を悟っていた。また、元剣道部の一員として、剣道サークルに格下げさせてしまった責任を感じているのか、素直にルーカスのアドバイスに耳を傾けていた。ルーカスが特に意識して教えていたのは、長い腕を活かした戦い方であった。そして、浦賀氏と同様に、木田氏も驚くべきスピードで剣士として成長を遂げるのであった。
問題は、ダンディー霧島と幽霊部員のトモッチこと葛城智彦である。冷泉堂大学剣道改め剣道サークルのメンバーはマネージャーを除くと、全員で6名である。そのため、団体戦に臨む場合は、私、ルーカス、木田氏、浦賀氏に加え、ダンディー霧島かトモッチこと葛城智彦のどちらかが出場しなければならない。しかも、経験者の木田氏と浦賀氏が2人とも負けてしまった場合は、勝利も求められることになる。そこで、勝つ確率を少しでも上げるため、ダンディー霧島には松尾女史が、そして、トモッチには松尾順二がほぼマンツーマンで徹底的に指導にあたった。
ちなみに、当たり前だが、このシナリオは、私とルーカスが勝つということが大前提である。私とルーカスは絶対に負けられない。
正直に言うと、私は早い段階でこの剣道部改め剣道サークルを辞めるつもりでいた。しかし、濃厚すぎるキャラクターのメンバーたちと練習を重ね、週末になると例の中華料理店「龍虎」で浴びるほどビールを飲み、そして、吐く直前まで餃子を競うように食べる日々に充実感を覚えるようになっていた。
そして、佐々木由紀マネージャーの存在だ。ダンディー霧島とやけに仲が良いのは気になるが、彼女が道場に来るだけで、私の心は晴れやかになり、一段と気合を入れて稽古に励むことができるのだ。その美しさは天女のようであった。
この今まで感じたことがない居心地の良さを失いたくなかった。一ヶ月後に迫った京都医科大学との団体戦に勝利すれば、剣道サークルを続けられる。この奇妙な仲間たちと充実した青春を謳歌することができる。そして、絶世の美女、佐々木由紀マネージャーに毎日会うことができる。負けられない。絶対に負けることが許されない戦いであった。
浦賀氏は入部試験で私に一本取られて以来、明らかに私との稽古を避けていたが、素直に私に教えを請うようになった。私は浦賀氏の性格を踏まえ、駄目なところを正すのではなく、良いところを伸ばすように努めた。
理想を言えば、弱点を克服してもらいたかったが、私にたった一度負けただけで、二ヶ月間もショックを引きずってきた実績がある。また同じことが起きれば、浦賀氏は自信を失い、逃亡する可能性すらある。現メンバーの中でまともな剣道経験者は、ルーカスと私を除けば、この浦賀氏と木田氏の二人だけである。ダンディー霧島の剣道歴には私もルーカスも懐疑的な見方をしている。つまり、この2人のどちらかに是が非でも勝ってもらわなければならない。さもなければ団体戦に負けてしまう。そのため、私は自分が恥ずかしくなるほど褒めて、褒めて、褒めまくることにした。
「いいね、浦賀君、鋭い面打ちだ!」
「今日の浦賀君の守備は鉄壁だな!隙が全くないよ!」
「そうそう、その調子!」
「最高だよ!」
「日本一!いや世界一の剣士だよ!」
「オリンピック目指しなよ!」
「国民栄誉賞は君のもの!」
「フォースは君とともにあるね!」
いつしか私と浦賀氏の稽古は松竹寺道場名物となり、私は陰で「ポジティブ武田」という、あまり格好良くないあだ名で呼ばれるようになった。しかし、最初は私の大袈裟なアドバイスに笑いを堪えるのに必死だったメンバーたちだが、浦賀氏の真剣な眼差し、そして、実際にめきめきと力をつける様子を目の当たりにすると、「自分も負けてられるか」と気合いが入り、サークル全体にプラスの影響を与えるようになった。
もう一人の有望株、木田氏の立会稽古を主に担当したのはルーカスであった。木田氏は剣道歴が長いこともあり、一度の敗北でルーカスの実力を悟っていた。また、元剣道部の一員として、剣道サークルに格下げさせてしまった責任を感じているのか、素直にルーカスのアドバイスに耳を傾けていた。ルーカスが特に意識して教えていたのは、長い腕を活かした戦い方であった。そして、浦賀氏と同様に、木田氏も驚くべきスピードで剣士として成長を遂げるのであった。
問題は、ダンディー霧島と幽霊部員のトモッチこと葛城智彦である。冷泉堂大学剣道改め剣道サークルのメンバーはマネージャーを除くと、全員で6名である。そのため、団体戦に臨む場合は、私、ルーカス、木田氏、浦賀氏に加え、ダンディー霧島かトモッチこと葛城智彦のどちらかが出場しなければならない。しかも、経験者の木田氏と浦賀氏が2人とも負けてしまった場合は、勝利も求められることになる。そこで、勝つ確率を少しでも上げるため、ダンディー霧島には松尾女史が、そして、トモッチには松尾順二がほぼマンツーマンで徹底的に指導にあたった。
ちなみに、当たり前だが、このシナリオは、私とルーカスが勝つということが大前提である。私とルーカスは絶対に負けられない。
正直に言うと、私は早い段階でこの剣道部改め剣道サークルを辞めるつもりでいた。しかし、濃厚すぎるキャラクターのメンバーたちと練習を重ね、週末になると例の中華料理店「龍虎」で浴びるほどビールを飲み、そして、吐く直前まで餃子を競うように食べる日々に充実感を覚えるようになっていた。
そして、佐々木由紀マネージャーの存在だ。ダンディー霧島とやけに仲が良いのは気になるが、彼女が道場に来るだけで、私の心は晴れやかになり、一段と気合を入れて稽古に励むことができるのだ。その美しさは天女のようであった。
この今まで感じたことがない居心地の良さを失いたくなかった。一ヶ月後に迫った京都医科大学との団体戦に勝利すれば、剣道サークルを続けられる。この奇妙な仲間たちと充実した青春を謳歌することができる。そして、絶世の美女、佐々木由紀マネージャーに毎日会うことができる。負けられない。絶対に負けることが許されない戦いであった。
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