掌編集「十二の月虹」

涼格朱銀

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桜花一片に願いを ――Infrared

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 ここしばらくは体調も優れず、元気な姿を見せることが出来ませんでしたが、今年は皆様のおかげで、花を咲かせることができました。
 是非とも皆様にご覧頂きたかったのですけれど、訪れる方がいらっしゃらなかったのは残念でした。
 けれど、それは仕方のないことなのかもしれません。ここ数年、訪れた皆様をがっかりさせ続けてきたのですから。
 はるばるいらっしゃった方々が皆、肩を落として帰っていくのを見るのは心苦いものがありました。
 そんな皆様の姿を毎年のように見送る内、私はこの季節になると、祈るようになっていました。もう、私のことは忘れてほしい、誰も訪れないでほしい、と。
 その願いが今頃になって叶ってしまうとは。運命とはなんと意地悪なものだろうと、思わずにはいられません。

 この丘から見える景色も、この一年で様変わりしました。いつもは空から明るく照らして、遠くの景色まで見せてくれるお月様が、隠れてしまったのです。今では何も見えません。

 私は隠れているお月様に、なぜ隠れるのか尋ねました。お月様は言いました。観客のいない舞台に照明は必要ない、と。
 私には、その言葉の意味が分かりませんでした。重ねて訊くと、お月様は言いました。この丘にはもう、誰も訪れない。誰も訪れないということは、誰もこの丘から遠くの景色を眺めたり、俺やお前を見上げる人もないということだ。だったら、俺がこの辺を照らす意味もないだろう。

 本当にもう、この丘には誰も訪れないのでしょうか。もしそうだとして、それは、私がそう願ったからなのでしょうか。私は恐ろしくて、お月様に尋ねることは出来ませんでした。

 お月様の言うことが正しいのかもしれません。もう、ここに訪れる人は誰もいないのかもしれません。
 それでも私は、花を咲かせようと思います。そして、風に乗って飛んでいった私の花片が、誰かの元に届くことを願っています。
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