荒野のカップメン

涼格朱銀

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第19話 カップメンの決斗

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 夕陽が朱く荒野を染める中。馬を駆る一群が廃農場へと向かう。
 一群の先頭を行くのは、緑の羽根をあしらった白いキャトルマンを被った男。ショットガン・ジョー。
 その後ろには、農作業着に麦わら帽子を被った男。"ラクーン"サイモン。
 そしてその隣には、砂色のテンガロンハットを被った男。
 そのさらに後続には、ショットガン・ジョーとサイモンの手下が、十数人ほど続いている。
 荒野に土埃をあげ、彼らは進む。

 やがて、彼らの行く先に、今では棄てられた、荒れ果てた農場が見え始めた。
 農場の入り口に差し掛かったところで、先頭のショットガン・ジョーが手を挙げる。それを合図に、一行は馬を止めた。
 彼らの視線の先には、闇がわかだまっていた。漆黒を身に纏った長身の男。
「キリング!」
 ショットガン・ジョーがその名を呼ぶ。
「やあ、諸君。ようこそ」
 キリングは帽子を脱ぎ、仰々しく一礼する。全身闇色の男は、以前は、その胸にマーシャルのバッジを付け、それだけが異様な輝きを放っていたが、今はそれも付けていない。
「キリング。保安官はどうした!」
「安心したまえ。ここにいるよ」
 キリングは帽子を被り直すと、立っていたその場から一歩、横にずれた。すると、全身を縄で縛られ、口に布を突っ込まれて地面に転がっているキース保安官の姿が見えた。
「諸君らの行動が素早かったのは誤算だったよ。まさか問答無用で工場に突撃してくるとは思わなかった。俺が戦ってきた先住民や盗賊団のほうが、まだ紳士的だった。西部は無法地帯だと人はよく口にするが、ここの方がよほど野蛮な土地だね」
「馬鹿なことを言う。無法地帯にしたのはお前だろう。その保安官をとっ捕まえた時点で、ここの法は実力行使のみとなったんだ」
「ふん。まあ、そうだ。……ショットガン・ジョー。君にこの件を悟られるとはね。君は兄上への復讐しか頭にないと思っていた」
「あのイギリスかぶれの阿呆は兄貴じゃない。従兄弟だ。だが、あいつが何者かは関係ない。俺はまずいカップメンを人様に食わす連中を許さない。それだけさ」
 キリングは帽子のつばに手を添え、静かに笑った。

 両者の間に荒野の風が吹き抜ける。その風には乾いた砂と、夜の冷気が混ざり始めている。

 キリングは笑うのをやめ、真顔に戻ると、少し改まった調子で言った。
「俺の要求はひとつだ。勝負しよう。それで保安官はくれてやる。簡単だろう?」
「受けて立とう」
 ショットガン・ジョーが馬を下りようとする。だが、キリングはそれを手で制した。
「ジョー、お前とではない。お前との勝負も興味深いが、俺の対戦相手は決まっている」
「誰だ?」
 キリングは指をさした。お互い、距離があったので、誰をさしたかははっきり分からなかったが、その場に居た者は皆、それを察した。
「そこの、メキシカン風の帽子を被った奴だ。名前は知らんがな」
「名無しだ。少なくとも、ここでは」
 そう言って馬を下りたのは、砂色のテンガロンハットを被った男だった。

 夕陽が地平線に沈もうとする頃。風が吹き抜ける中、廃農場の広場で、二人の男がゆっくりと距離を詰める。
 二人の間にはいつの間にか、テーブルが置かれていた。そして、同じカップメンがふたつ。
 闇を纏った男と、砂色のテンガロンハットの男は、テーブルを挟んで対峙する。それを、馬に乗った男達が静かに見守る。

 テンガロンハットの男は、テーブルのカップメンに視線を落とした。見たことのないカップメンだった。男はそのカップメンを、手に取る。
「パスタのカップメンだ。茹で上がり3分、目安湯量400ml、麺が真空パックされていて、それを含めて4ピース」
 キリングが解説する間、男は、ふたや側面を確認する。そして、言った。
「初めて見るタイプだ」
「そりゃそうだ。イタリアン・マフィアがこれから売り出そうとしている未発売のものだ」
「これを生産するために、フォックスの工場を乗っ取ったのか?」
「クライアントの要望でね。だが、それで墓穴を掘ることになった。まあ、もう、どうでもいいことだ」
 テンガロンハットの男は、カップをテーブルに戻した。

 二人はどちらともなく、構えた。互いに互いの動きを探り、隙をうかがう。
 二人は睨み合ったまま動かない。廃農場は夕陽に染まり、あらゆるものが長い影を伸ばす。二人の影も長く、地面に張り付くように留まる。

 荒野に吹く風は二人の間を抜け、朽ちかけた納屋を軋ませる。
 そのとき、外れかけていた納屋の扉が、ついに支えを失い、地面に倒れる音がした。

 両者の、ふたの開封の瞬間を目に捉えられた者はいなかった。気付けば二人は左手の指の間にかやく袋をはさみ、麺の袋を開封している。
 麺を袋から出し、カップに投じると同時に、すでに腰のホルスターから抜かれていた水筒から湯を注ぐ。
 つや消しの黒の水筒を操るキリングに対し、テンガロンハットの男はロングバレルのグレーの胴に深緑のふたという、ちぐはぐな水筒を抜いた。それを見たキリングが、にやりと笑う。
 湯を注ぎ終えると、かやく袋を開封している。重しにふたを閉じる。

 両者は鏡合わせのように、水筒を手の中で一回転させ、ホルスターに収める。

 茹で上がりを待つ間、その場に居る者達は皆、一言も声を発しなかった。風が納屋を軋ませる音だけが、不規則に木霊する。
 キリングとテンガロンハットの男は、構えながらお互いに睨み合い、微動だにしない。

 3分後。
 両者は同時にふたをはがした。そして、当然のように背中から平ザルを抜き、傾けたカップから零れるパスタを掬う。
 小気味よい音をさせて湯を切ると、カップに戻し、ふたの上で温め、そして、ふたをはがすと同時に指に挟んでいたオイルの袋を切る。

 ……と、そのとき。
 テンガロンハットの男の動きが一瞬止まった。そして、平ザルを背中にしまう動作の返しで、小さな瓶を取り出す。
 それはにんにく片と唐辛子をつけ込んだ、オリーブオイルのようだった。袋のオイルの代わりにその瓶のオイルを入れ、それから、残りのかやくをカップに投じる。
 一瞬とはいえ、隙ができたために、割り箸でメンをほぐす工程に入ったのは、僅かにキリングが速かった。だが、テンガロンハットの男もそこから素早い箸さばきで追い上げる。

 全ての工程が終わり、テーブルにカップメンを置いたのは――ほぼ同時だった。少なくとも、見ている者の中で、どちらが速かったかを判じられる者は居なかった。

 カップメンを作り終えた両者は、テーブルにカップを置いたときのまま、お互いを睨み合う。

 ――と。キリングが口の端で笑った。
「……お前、わかっているのか? この勝負に味は関係ない。カップメンを工程通り作ればいいだけだ。料理対決じゃないんだぞ?」
 一方のテンガロンハットの男は、表情を変えない。ただ、応える。
「わかっている。だが、あの付属のオイルはいただけない。本場イタリアが聞いて呆れる。そう思っただけだ」
 キリングはしばらくそのまま、テンガロンハットの男の顔を見つめ続けていたが、やがて、目を閉じ、鼻で笑った。そして、顔を離す。
「まあな。連中もフォックスと同じ、粗悪なカップメンを売って儲けたいだけのクズどもだ。フォックスがうどんを売ろうが、マフィアがパスタを売ろうが、なにも変わりゃしない」
 キリングは、テンガロンハットの男が作ったカップメンを手に取った。そして、踵を返すと、沈む夕陽に向かって歩き出す。
 オリーブオイルとにんにくの香りを漂わせ、漆黒の闇は赤い夕陽の中へと消えていった。
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