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第1話 捨てられたカップメン
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真っ暗な空に、ようやく細い月が昇り始め、薄い明かりで荒野を照らそうとする。太陽に焼かれ続けていた砂の大地はすでに冷え切っている。息を潜めていた動物たちが、そろそろと這い出すころ。
暗闇の中、一台の幌馬車が道なき道を疾走していた。ときおり車輪が石に乗り上げ、危なっかしい動きをしている。
「あぁ、アニキアニキ! もう少し速度を落としましょうや! ヤバイですって!」
御者台に座る二人のうちのひとりが声をあげる。
もうひとりは手綱を持ったまま、そいつの頭を殴った。
「いでっ」
「ちったぁ黙れよ間抜け。こんな仕事はさっさと終わらすに限る」
「そうは言っても、馬車がイカれちまったら元も子もないですぜ……いでっ」
「おめぇがうるせえと集中できねぇだろうが! 死にたくなかったら黙ってろ! ……うおぉっ!?」
そのとき、馬車が片側へ大きく傾いた。馬の嘶きと、人の叫び声、太い木が折れる音。その他諸々が、暗い荒野の中に響く。
そして、沈黙。
しばらくして、馬が起き上がろうともがく音がする。そして、がれきの中からひとつの影が起き上がる。
「……つっってぇなぁ……だから言ってんだろ! 黙っとけって!」
人影は倒れているもうひとつの影に拳を振り下ろす。
「いでっ……ってか、だいたいアニキの手綱さばきが下手だから……いでっ」
「ったく……まあ、こうなっちまった以上は仕方ねえ。馬で引き返すぞ。ボスへはうまく言っとくとしよう。……先に言っとくが、おめえは一切喋るんじゃねえぞ。今度喋ったらあいつと同じようにしてやるからな。わかったか。……わかったか!」
「……いでっ」
「返事はどうしたい!」
「だって……アニキが喋るなって言うから……」
「まったく……本当にどうしようもねぇ間抜けだな、おめぇは。いいから手伝え。馬を起こすぞ」
ふたつの影は、馬の上にのしかかっている木やら何やら、さきほどまで荷馬車だったものをどかし、いろんなところに絡まったり引っかかったりした手綱をほどいたりした。
やがて馬は起き上がり、二人はそれに乗って、元来た道を引き返していった。
夜の荒野に、静けさが訪れる。
それからしばらく後。
荷馬車の残骸が、音を立てた。がれきの中から、木製の樽が転がり出てくる。
樽の中からは断続的に、叩くような音がしている。
どれだけその音が鳴り続けただろうか。ついに、樽の底が破られ、中から両足分のブーツが揃って顔を覗かせる。
芋虫のようにして破れた樽の中から出てきたのは、薄汚れた一人の男だった。両脚と両腕は縄で縛られており、地面をのたうち回るようにしてその辺を転がっている。
やがて男は、折れてささくれた木の柱が、地面に刺さっているのを見つけた。蛙のように飛び跳ねて、なんとか起き上がると、腕を縛る縄を柱の折れ目に当てて、何度もこすりつける。
細い月がだんだんと暗い空を昇っていき、そろそろ夜も白みはじめようかというころ。ついに男を縛っていた縄が切れた。自由になった手で、今度は足の縄をほどきにかかる。
男はさらにしばらくもがいていたが、ようやく全ての拘束を解いたらしい。大きくため息をつくと、その場に座り込み、息を整える。
そのとき男は、自分の近くに何かが転がっているのを見つけた。
妙に山の高い、どこか異国の風情のある砂色の帽子。
男は腕を伸ばしてそれを拾い上げ、表裏とひっくり返して眺める。そして、それを頭に被った。それから立ち上がり、荷馬車の残骸をいろいろと物色し始める。
しばらくごそこぞと物音を立てた後、男はがらくたの中から砂色のダスターコートを引っ張り出した。何度か叩いて埃を払ってから、それを身に纏う。
男はさらに周辺を探る。
すると、先ほどダスターコートを引っ張り出した時に一緒に転がり出てきたがらくたの中に、スティック型の水筒を見つけた。ライトブルーで美しく塗装された、ステンレス製の保温式。容量1パイント。その近くには革製のホルスターも横たわっている。
男は水筒を拾いあげると、手の中でくるりと一回転させた。そして、ホルスターを拾って腰に巻くと、水筒をそれに収める。
ゴミ漁りを終えた男は、周囲を見回す。そして、どこへともなく歩き始めた。
男の背中を、昇り始めた太陽が照らした。
暗闇の中、一台の幌馬車が道なき道を疾走していた。ときおり車輪が石に乗り上げ、危なっかしい動きをしている。
「あぁ、アニキアニキ! もう少し速度を落としましょうや! ヤバイですって!」
御者台に座る二人のうちのひとりが声をあげる。
もうひとりは手綱を持ったまま、そいつの頭を殴った。
「いでっ」
「ちったぁ黙れよ間抜け。こんな仕事はさっさと終わらすに限る」
「そうは言っても、馬車がイカれちまったら元も子もないですぜ……いでっ」
「おめぇがうるせえと集中できねぇだろうが! 死にたくなかったら黙ってろ! ……うおぉっ!?」
そのとき、馬車が片側へ大きく傾いた。馬の嘶きと、人の叫び声、太い木が折れる音。その他諸々が、暗い荒野の中に響く。
そして、沈黙。
しばらくして、馬が起き上がろうともがく音がする。そして、がれきの中からひとつの影が起き上がる。
「……つっってぇなぁ……だから言ってんだろ! 黙っとけって!」
人影は倒れているもうひとつの影に拳を振り下ろす。
「いでっ……ってか、だいたいアニキの手綱さばきが下手だから……いでっ」
「ったく……まあ、こうなっちまった以上は仕方ねえ。馬で引き返すぞ。ボスへはうまく言っとくとしよう。……先に言っとくが、おめえは一切喋るんじゃねえぞ。今度喋ったらあいつと同じようにしてやるからな。わかったか。……わかったか!」
「……いでっ」
「返事はどうしたい!」
「だって……アニキが喋るなって言うから……」
「まったく……本当にどうしようもねぇ間抜けだな、おめぇは。いいから手伝え。馬を起こすぞ」
ふたつの影は、馬の上にのしかかっている木やら何やら、さきほどまで荷馬車だったものをどかし、いろんなところに絡まったり引っかかったりした手綱をほどいたりした。
やがて馬は起き上がり、二人はそれに乗って、元来た道を引き返していった。
夜の荒野に、静けさが訪れる。
それからしばらく後。
荷馬車の残骸が、音を立てた。がれきの中から、木製の樽が転がり出てくる。
樽の中からは断続的に、叩くような音がしている。
どれだけその音が鳴り続けただろうか。ついに、樽の底が破られ、中から両足分のブーツが揃って顔を覗かせる。
芋虫のようにして破れた樽の中から出てきたのは、薄汚れた一人の男だった。両脚と両腕は縄で縛られており、地面をのたうち回るようにしてその辺を転がっている。
やがて男は、折れてささくれた木の柱が、地面に刺さっているのを見つけた。蛙のように飛び跳ねて、なんとか起き上がると、腕を縛る縄を柱の折れ目に当てて、何度もこすりつける。
細い月がだんだんと暗い空を昇っていき、そろそろ夜も白みはじめようかというころ。ついに男を縛っていた縄が切れた。自由になった手で、今度は足の縄をほどきにかかる。
男はさらにしばらくもがいていたが、ようやく全ての拘束を解いたらしい。大きくため息をつくと、その場に座り込み、息を整える。
そのとき男は、自分の近くに何かが転がっているのを見つけた。
妙に山の高い、どこか異国の風情のある砂色の帽子。
男は腕を伸ばしてそれを拾い上げ、表裏とひっくり返して眺める。そして、それを頭に被った。それから立ち上がり、荷馬車の残骸をいろいろと物色し始める。
しばらくごそこぞと物音を立てた後、男はがらくたの中から砂色のダスターコートを引っ張り出した。何度か叩いて埃を払ってから、それを身に纏う。
男はさらに周辺を探る。
すると、先ほどダスターコートを引っ張り出した時に一緒に転がり出てきたがらくたの中に、スティック型の水筒を見つけた。ライトブルーで美しく塗装された、ステンレス製の保温式。容量1パイント。その近くには革製のホルスターも横たわっている。
男は水筒を拾いあげると、手の中でくるりと一回転させた。そして、ホルスターを拾って腰に巻くと、水筒をそれに収める。
ゴミ漁りを終えた男は、周囲を見回す。そして、どこへともなく歩き始めた。
男の背中を、昇り始めた太陽が照らした。
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