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第6章 剣士学校
第50話 羅刹一閃
しおりを挟む「なぁ、ソルト。本当にやるつもりなのか?…悪い事は言わねぇからやめたほうが…」
時刻はくだんのお昼から、夕方へと移り変わっている。炎に燃えるような風景は通常なら目を奪うほど完美な物だろう。
だが、タイガとソルトはそれすらも見てはいない。
二人は闘技場のそばにある準備室にて剣の手入れを施していた。
「一度受けた決闘を投げるのは俺がゆるさねぇ。」
「だけど……っ!」
そこまで言ってタイガは言葉を飲み込む。それから先は、何故か言いたくない。
「大丈夫だ。武道場だろうが闘技場だろうが、俺たちは負けねぇ。」
そんなタイガの心中を察してか、ソルトは口元に笑みを浮かべた。
「確かに、闘技場での決闘は…下手すれば死を意味する。だがな、タイガ。」
「剣士は最後の一瞬まで剣を握って死ねたら本望だろうが。」
その瞬間、タイガの視界がどこか広くなったかのような気がした。
滅茶苦茶言ってても、ちゃんと筋だけは通っていやがってムカつくな。とタイガは口の中で呟き笑った。
「ライムは…おそらくあいつは初撃勝利を選ばないだろう。」
武道場の初撃勝利とは違い、闘技場には二つの勝利方法が選べる。
一つは武道場での決闘と変わらない初撃勝利だが……もう一つは。
「「ブザー勝利」」
二人は声を揃えて口にする。
初撃勝利は名前の通り一撃おみまいしてやる事で勝利をつかむ方法だ。
だが、ブザー勝利はそれとは別。相手より早くブザーを鳴らせば勝利というものだった。
それなら敵より早くブザーを鳴らしてしまえば、最悪数秒で決着もつくだろうと考える輩もいるが……この決着方法の嫌なところが、ブザーが出てこないというものだった。
ならどうすれば決着はつくのか?簡単だ。
相手を戦闘不能まで追いやればいいのだ。
そこまでして、初めて闘技場内にブザーが現れる事になる。
相手より早くブザーを鳴らせば良いなんて生温い考え方ではない。簡単に言えば、"決闘者を殺せば勝ち"なのだ。
「っと、こーしてる時間もねぇ。さっさとメンテ終わらせねぇと。」
そう言ってソルトは近くに立てかけてあった一振りの片手剣を鞘から出す。
「それがお前の相棒か。」
「おう!名前はリメインズハート、決して折れることのねぇさいっこうの剣だ!確か意味は…真紅の剣??だっけか。タイガ、お前のは?」
「これだ。」
ガシャンと重量感のある音が耳につく。
タイガの鞘から出てきたのは、刃渡りが1メートル以上にもなる巨大な剣だった。巨剣という限り、タイガの剣の分類名はおそらくバスターソード。ハンマーの如くの重量感と剣の如くの切れ味が産み出しているのは力の象徴を感じさせるようだった。
「セイクリッドバスター。意味は覚えて無いが、俺にとっては馴染みのある剣だ。」
誇らしそうにタイガは剣を持ち上げるが、ソルトはブッと吹き出し笑った。
「なんだよ……」
「ははっ、不恰好だなッ」
「うるせぇよ…」
二人はその後も、何語かは言葉を交わしたが、別段作戦のようなものを考えている風ではなかった。
防具を身体に着け、刀を研いで鞘に収める。幾度か、抜刀する際の速度が一番早くなるようなシミュレーションもするが、実際戦闘が始まってからでは身体の自然な動きが一番早いだろうと高を括りやめた。
タイガがふと気付く。相変わらず、ソルトの軽装備ぶりには驚くのだが、片手剣だから盾(バックラー)があるだろうと思っていた。
だが、視線を写してもそれに相応する目ぼしい物は見当たらない。はてと思いタイガは率直に疑問を口にした。
「お前、バックラーばどこだ?」
「邪魔だから武具店で売り捌いた。」
「……は?」
「あれ片手の動きが制限されるから嫌いなんだよ。俺はスピード特化型なんだ。」
「何もかも規格外だなお前…」
普通ならば、片手剣はバックラーを持っての応戦が定石だろう。敵の攻撃をバックラーで流しつつ自分でスイッチ、攻防一体のトリッキーな剣さばきには見惚れるものがある。
だが、ソルトはその定石をいとも簡単に破く。攻撃のみを考えた戦闘スタイル。ソルトらしいと言えばソルトらしいのだが、やはり異形には驚いた。
「さて…と、そろそろ時間だな。」
「ああ。」
ふと、ソルトとタイガは目を合わせる。お互いが昨日闘った敵である。だが、今日の日は友だ。何者にも代え難い相棒の姿がそこにあった。
「タイガ」
「ソルト」
二人同時に二人の名を口にする。それがなんとも可笑しくて、二人は互いにイタズラな笑みを浮かべた。
「こりゃ明日の授業もサボらなきゃだな!!」
「ああ、全くだ。お前のせいで頭が錆びそうだぜ。」
二人は拳を作り互いの拳を軽く打ち付ける。さながらその拳は、勝つぞ。と語っているかのようだった。
二人が闘技場の西門から入場すると、遥かその先の闘技場の真ん中に、1人の男の人影がある事に気付く。
ソルトは真ん中に佇む男の方へと早足に距離を詰めた。
「あ、来たんだ。逃げたかと思ってた。」
男はソルトの接近に気付いたのか、首だけをこちらに向けて脳に張り付くような笑みを見せる。
「当たり前だ。一度受けた戦闘は投げねぇよ。てかなんだよテメェ。リングの中心に立ちやがって、このステージは俺のもんだっつの。」
「ご立派な威勢だ。」
両者、立ち位置に着く。タイガも至って冷静な対応を見せ腰を少しだけ落とす。
「君達に勝利ルールでも決めさせてあげようか。」
「ブザー勝利。」
即答だった。ライムは一瞬目を見開いて、不意に感心したかのような仕草をとる。
「まさか、君達からブザー勝利を選んでくるなんて。少し侮れなくなってきた。」
ライムは腰に付けられた線の細い剣の鞘を握る。一瞬にして放たれるように抜刀されたその剣は、白銀とも呼べる美しさをその身に纏い、1つの芸術品のような風貌を持っていた。
「とある東方の街で鍛え上げられた剣だ。刀と言う名前を持ってその地に絶対的な斬れ味の繁栄を見せた。」
そして、ライムは静かに構えを取る。それに呼応して、ソルトとタイガも抜刀。敵の眉間を切り裂かんとばかりに構えを取る。
「長剣、Aランク剣士、ライム・ネペンテス」
「片手剣、Aランク剣士、ソルト・ブレイクロック」
「巨剣、Aランク剣士、タイガ・アーガイル。」
3秒の沈黙が訪れる。
それぞれの剣は眩い反射光を、様々なところに撒き散らして地面を万華鏡のように照らした。
「戦闘……開始ッ!!!」
誰ともなく放った言葉が、一戦の火蓋を切ることになる。
それが、どれだけ長く続く戦になろうとも。
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