霊飼い術師の鎮魂歌

夕々夜宵

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第6章 剣士学校

第49話 首席ライム・ネペンテス

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   「おい!!急げ!!なくなるぞ!!!」
   「はぁ…はぁ…ソルト……待て…」
   天井が邪魔をしてるからこそ見えないが、おそらく太陽はすでに頭上を通り過ぎているだろう昼下がり。タイガとソルトは剣士学校の長い廊下を駆けていた。
   と、言うのも、先日の決闘後の会話通り、2人は屋上で授業をサボって寝ていたのである。あまりに心地良い麦秋の風は優しく肌をなぶり、昨日の疲れがあってか2人は寝入ってしまったのだ。
   その結果、起きた時にはお昼過ぎ。飯争奪戦になるのを避けたい2人はなるべく早く食堂に行って腹ごしらえする予定が崩壊。青ざめた2人は飛び跳ねて食堂に向かって走ったのが今の現状だ。
   だが体力の差は一目瞭然。底知らずの体力を持つソルトはタイガを簡単に置き去りにしてしまった。
   「なんだぁタイガ!?おめぇの筋肉は飾りかよ!やっぱ俺が最強だなぐはははは!!!」
   「な…んだよアイツ……妖怪の…なんだよ…化け物かよ…もうダメ…ソルト、俺の分もよろしく頼む……バタ。」
   更に前を行くソルトにタイガは力を振り絞り発声。何かをやり遂げた後の燃え尽きた戦士のように、タイガはその廊下に突っ伏した。
   因みにタイガは剣士学校では珍しい人間なのだ。しかし先祖に妖怪の血筋を持つ姻族が居たため、未だ妖怪の血は通っていたりするのだ。
   これを分類名では"半妖"と呼んだりもするが、生憎純血の妖怪にはやはり身体能力は少し劣っていたりする。タイガは人生で初めて、しょうもない敗北を感じることになった。

       ◇

   「なんでAランクは1番優遇されるランクなのに1番食堂から遠いんだよ…ったく」
   しばらくして復活したタイガは、ソルトの向かった食堂へと歩を進めていた。
   歩き始めて数分、やっとの事で食堂の前に着いたタイガはソルトが自分の分のパンを買っておいてくれているだろうと期待して食堂の分厚い扉を開く。
   余談だが、この剣士学校に設けられている全ての扉の厚さが普通の扉の2~3倍ある。
   理由が、常に重たい扉を開ける事で多少なりとも筋肉がつくと見ているからだ。
   と、慣れてしまえば簡単な物で、タイガは軽々しくその扉を開ける。
   そして、タイガは驚くべき風景を目の当たりにした。
   「おーぅ、タイガー。待ってたぜー。ちゃんとお前の分も買っておいたからな!」
   扉を開くと真っ先に相棒であるソルトが左手で焼きそばパンを持ちながら右手で手を振っていた。
   だが、そんな笑顔なソルトの背後では、地獄絵図とも呼べる風景が広がっていたのだ。
   とりあえず流血した人達が山のように積み重なっている。おそらく…いや、確実にソルトがやったものだろう。ソルトは笑顔のまま、近くで山積しているパンの中から、自分の持っているものと同じ焼きそばパンを手に取りタイガに放り投げた。
   「食べな!俺様のおごりだぜ!にしし!」
   「おう、サンキューなソルト。」
   空中で放物線を描くパンは、タイガの元へ吸い込まれるように飛んでいく。タイガはそれを難なくキャッチして、パンを包む包装紙をめくり一口かぶりつく。
   「おう、うめえな。」
   「だろ。」 
   「あぁ…最高だ。」
   タイガが目を瞑り、数秒間の咀嚼を開始する。そして……
    「じゃねぇよおおおおおおッっ!なんだこの人の山!!お前何したんだ!」
   「いや、邪魔だったから。でもコイツラ俺に譲ってくれたぜ?」
   「実力行使にも程があるぞ!大体そんな大量のパン、買える金はどこにあったんだ……」
   「こいつらが奉仕してくれてよ!ソルト様ーソルト様ーつって買ってくれたんだぜ!」
   暴力のうえにカツアゲまでしたのか……。とタイガはソルトの言動に肩をがっくりと落とす。
   だが、タイガは此処では何も言えなかった。
   剣士学校というのは全てが弱肉強食の世界。飯一つすらも強くなければ満足に食べれない。
   まぁ、今のソルトは例外を逸しているが……。
   それ故に、食堂の馴染みの深いおばちゃんも、驚かずに振る舞えるのだろう。歳老う人ほど賢しく強いのがこの世界のルールなのだ。
   「はぁ…仕方ない奴だな。」
   笑うソルトを見てタイガは辟易してみせるが、ソルトの強さには自分も圧巻していた。
   確かに、お昼時をいきなり殴り飛ばされて金を巻き上げられた奴のことを考えると色々可哀想な所もあるが、残念な事にこれが剣士学校なのだ。
   「大体なー、俺より先に飯を食おうとするのが間違いなんだよ。な、タイガ?」
   「それは俺らが寝てたからだろう。」
   「まぁ、譲ってくれたから今回は良しとしようかな。」
   「九割が流血してんぞ。」
   他愛のない話をしながらソルトとタイガはパンを貪り始める。この時二人は、自分より更に上の存在がいる事を忘れていた。
   チリン…。と短く甲高い音が一瞬、食堂の空気を支配する。
   「ん?なんだ?」
   「さあ…」
   食堂の扉を開けて現れたのは銀髪に紫のメッシュを片方の髪に入れた青年だった。彼はしばらく食堂の中をぐるりと見回してから、食堂のおばちゃんが構う老舗の味がするカウンターへと歩を進める。
   「おばちゃん、いつものやつで。」
   「はぁいよ~~」
   パンが並んでいた所は既にソルトが買い占めたはずだが、青年は特に気にすることもないままそれだけを言って、間近な席に着いた。
   「おいなんだなんだ。あいつなんだよ。」
   「誰だろうな…俺も知らない。」
   しばらく観察していると、青年が頼んだ注文を持ってくるおばちゃんが見える。
   そして、その持ってこられた食糧を見て、二人は驚きを露わにした。
   そこには、パンではなく、作りたてのご飯が白湯気を立ち上がらせている。その横には味噌汁。そしておかずにおひたしと煮魚という、東洋の食卓を思い出させるような料理が運ばれて来たのだった。
   それを見たソルトは何を思ったのか、パンを一気に口に入れ席を立つ。そして、その行動からギョッとしたタイガが手を伸ばした時には時既に遅く、ソルトは銀髪の男の方へ歩いていく。
   「おうおう、なんだテメェ、その素晴らしい注文システムはよぉ?何様だこら。」
   ソルトのシステムに箸を運ぶ手を止める青年。特に興味を示すような行動ではないが、それでもソルトの方へ顔を動かして見据える。
   そして、その顔を見たタイガは、背筋に氷塊を入れられたような寒気にビクッと大きく身体を揺らした。
   銀髪に紫のメッシュが入った少年の目は、塗りつぶされたように真っ暗で光を反射しようとしない。
   そしてその姿が、以前ある人から聞いた情報と一致した。
   「首席……ライム・ネペンテス……」
   タイガはその少年の名を口にする。剣士学校Aランクトップ、ライムネペンテス。とか表の発表であり、裏ではSランクの境地にいるのではないかという噂も絶えることはない。
   「あ?こいつが首席かぁ?」
   ソルトが更に睨みを利かせライムを見つめる。すると、ライムは口元に微かな笑みを浮かべて言葉を発した。
   「なんだい?この汚い風景は。」
   「あ?」
   「ボクは、食堂の扉を開けたら道を譲ってくれる。そんな光景が見たいんだよ。それをこんな流血沙汰にして。品が無いのも甚だしい。」
   男はまるで風景を見つめるかのように静かな目でソルトと相対する。その姿が酷く気に食わなかったのか、ソルトはライムの胸元を強く掴み引き寄せた。
   「淡々と話しやがって。俺はテメェみてぇな奴が恐ろしく気にくわねんだよ」
   「ボクも、君のような奴は嫌いだな。」
   言葉を切ったその瞬間だった。ライムは無動作、余興すらも与えずにソルトに向かって何処に入っていたのかわからないが短剣を取り出して斬り付けようとする。そしてそれに反応できたのは、ソルトではなく、タイガだった。
   硬い金属音を鳴らしタイガも短剣でライムの短剣を受け止める。木刀の模造品だったので大丈夫かと一瞬心配になりかけたが、すぐにライムの持つ短剣も模造品だったと言う事がわかった。
   「おや、反応がいいね君。称賛しようか」
   「これはこれは光栄だな。」
   両者ともにバックステップ。ソルトもそれに続いて距離を取ると、ライムは手元に持っていた短剣と柄を放り捨てて出口に向かって歩く。
   「続きは後で。って事でいいかな?」
   「その顔歪めさせてやらぁ。夕方武道場だこら。」
   ソルトの声を聞くと、ライムがピクッと反応し立ち止まる。
   「武道場……?」
   ライムは首を少しこちらへ向ける。
    
   「面白くない。夕方闘技場だ。真剣で来いよ下っ端。」
   
   そしてライムは、静かにその場を後にした。
   「闘……技場……。」
   タイガが呆気を取られて佇んでいると、ソルトはライムの置いていった短剣を手に取る。
   木刀ではあるが、鍛治師が鍛えた剣と同じように作られている。その刻印から、寸法まで、忠実に再現された木刀は一瞬だけ模造品である事すらも忘れさせた。
   その木刀の柄部分。刀身との境界線になる鍔部には、棺の形が彫られていて、その棺に掲げられているかのように十字架が刻印されている。そして刀身の部分には『The right hand which promises death』、死を約束する右手と小さく彫られていた。


   「悪趣味な剣だな……」
   ソルトはそう言い、静かにその剣を鞘に収めた。
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