霊飼い術師の鎮魂歌

夕々夜宵

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第3章 狂いし頂点

第22話 チェック・メイト

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「次は君の番だ、カナルくん。万人が受けた痛みをその身にしっかりと刻むんだね。」
 メイトは静かに怒りを顕にする。その眼にはもう笑みなどない、僕はこんなメイト見たことないだろう。だが、相変わらず口元には微笑が浮かび上がる。
「メイト……テメェは俺にャ勝てねェよ。もうこの空白の時間で実力差出来過ぎちまったんだよォ」
「確かにカナルくんは以前よりも強くなってるかもしれないね。それは威力から見てわかる。だけどね。」


「君がどれほど強くなった所でボクに追いつく事は出来ないんだよ」


 メイトは拳を握りしめカナルを見る。その双眸は一直線にカナルを貫き動きを封じ込めた。
「寝言はそこまでにしやがれェァェ!!!」
 カナルは風を身に纏いメイトに向かって突進をかます。風圧が周りの空間を襲い砂塵や瓦礫を巻き上げまたもや視界の確保がままならなくなってしまう。これには最早何も言うことはない、流石Sランクと、危機的状況に置かれた僕らでさえ関心の念を抱くほどである。もうこのカナルという男は蓋世不抜の世を渡ってきたのだろう。
 同じ土俵になど最初から立てる訳もない。僕らはただ、それこそ指を咥えて見てるしか出来ないような戦いが繰り広げられているのだ。
「ゥオラァ!!!崩れろメイトォ!!!」
 まさに風神、風の天狗と呼ばれる程の風に密着したこの妖怪こそ、エアロマスターとしての意識も実力も高いであろう。
 だが、僕らが口を開けてる現状をも笑って過ごすメイトは……一体なんなのだろうか……
 轟音、破裂音。
この単語が似合う目の前の情景はまさにそれだ。風に乗って加速していたカナルの身体は唐突に空中で止まり地に落ちる。
「人間万事塞翁が馬。」
 言葉を紡いだのはメイトだった。
「あの時、カナルくんは僕達のもう一人の仲間、あの子にこう言ったらしいね。」
「あ………?」
「この事故はボクにとって必ずしも不幸になることはない、と。君の言った事はその通りだった。」
「テ……テメェ……そりゃァ…」
「まさか…嘗ての仲間に使うことになるとは、時の流れは恐ろしいもんなんだぜ?」
 メイトはゆったりとした動作でポケットから左腕を出す。その何気ない動作でカナルの顔は引きつり、僕はある一つの事を思い出した。
「メイト………」
「なんだい?」
「僕は……お前の左手を見たことがないかもしれない……。」
 馬鹿げた事を言っているのかもしれない。だが、本当に、僕はメイトにあった時からメイトの左腕と言うものが見たことがなかった。
「ボクの左手はいつもポケットに入れてるからね。」
 そして僕はメイトの左手の全貌を見た瞬間、驚愕で言葉を失った。それは…


 メイトの左手は、見えている手首から指先まで、まるで何かに塗りつぶされたかのように真っ黒に染まっていたからだ。


「なんで……黒い…」
「電撃の威力が馬鹿にならなくてね。その代償か何かで焦げちゃったんじゃないかな?」
 メイトは漆黒の左手をひらひらと揺らす。
「ボクの能力は赤性雷電、文字通り真紅の雷を繰り出す能力さ。でもねぇ、赤い雷なんてボクの中じゃ全然物足りないくらい弱い物さ。」
「チッ……めんどくせェもン持ちやがって!!」
 カナルは毒付き舌打ちを盛大にかます。その顔には脂汗のようなものが見えており、さっきとは打って変わったかのような表情に変貌していた。
「さて、見せてあげようか。これこそが、本当の奥の手って奴さ。」

 メイトは左腕をゆっくりとカナルに向けて翳す。そして僕は見た…メイトの"赤くない雷"を。

「っ!!!!!」
 メイトの左手から電撃が射出された瞬間、カナルは今まで見ることのなかった驚愕の表情を顔に塗りたくり風を生み出す。
 だが、その旋風も今は攻撃する物としてではなく、自分の身体を無理矢理押し出すことに使用したのだ。
「ガハッ!!!」
 カナルは飛んだ先のコンテナにぶつかり息を吐き出す。周りの物の配置がわからなくなるほど焦りで思考が埋め尽くされていたのだ。
  そして激しい閃光が止み、チカチカする視界に目を慣らし辺りを見る。
「ん……な……」
「馬鹿な……」
「うそ…」
 僕とレント、治癒魔術を受け回復したアカネが声を揃って言葉を発する。だが、そのどれもに共通しているのは、信じられないものを見たような呟きだということだ。
 味方ながら恐怖の像が生まれ、身体が動く事を拒否する。
 メイトが電撃を放った延長線上は……無惨にも大きく地面は捲られ、乱暴にもコンクリートの地面は引き剥がされ、地面には土までもが顔を出していた。
 そしてメイトが放った電撃の色は。
「……紫?」
 僕がそう呟くとほぼ同時に、メイトはくるりとこちらを向き笑顔になる。
 その笑顔までもが僕らに恐怖を呼び起こさせる。
「空気や水に左右されない、どの場面においても直線に飛んでいく電撃、これは最早レーザー光線だね。」
 メイトは言葉を続ける。その電撃の名称を…

「……紫電(シデン)だね。」
   
 メイトが放った紫電は今まで見てきたメイトの電撃とは訳が違う。威力もスピードも比にならないくらいに上がっている。
「これが……Sランク……」
「ウルァァォァア!!!!」
 突如カナルが雄叫びを上げて風を身に纏わせ高速で飛んでくる。握られた拳に一層濃い風圧を手に纏わせてメイトを殴りつける。
 だが、その拳すらもメイトには届かない。
「面白くないね、殴るならこうしなきゃ。」
 メイトが左腕を翳し紫電を射出。真っ直ぐその尾を伸ばした紫電はコンテナに当たるが、コンテナは爆散せずにカタカタと小さく震えるように動くだけだ。
「磁化しろ。」
 メイトは短く言葉を発する。それに呼応してコンテナはその震えを激しくさせ、思い切りメイトを引き寄せた。
 高速で磁化したコンテナに引き寄せられるメイトはカナルとのその距離をみるみるうちに縮めていく。そしてカナルの能力の発動を許す前にメイトは右手を固く握りしめる。
「これが、"殴る"だよ。」
 そしてそのままのスピードに全体重を乗せ、メイトは思い切りカナルの頬を殴りつけた。
 ドシャアっと鈍く硬い音を立ててカナルの身体は地面に叩きつけられ二度、三度とバウンドして沈黙する。

「あれ…?もしかしてこれで終わりなんてシラけた展開にはならないよね…?」
 メイトは一歩一歩、足を踏み出してカナルの元へと歩みだす。カナルは仰向けになったまま無反応だ。
「え、ちょっと…おーい。」
 メイトがカナルの顔を覗き込む。その瞬間だった。
「アァァアァァアアァァアァァアアァァアァァアアァァアァァアアァァアァァアアァァアァァアアァァアァァアアァァアァァアアァァアァァアアァァアァァアァァァァァァアァァアァァア!!!!!!」

 怒り狂った形相を浮かべカナルは今までで一番強い暴風を生み出しメイトのその姿を風で隠す。
 段々と風の範囲は広がり、砂利を、瓦礫を、壊れた建物の一部を巻き取り僕らの体をも飲みこんだ。

  ◇

 風が止む。
僕らが形を維持したままここに立っていられるのがメイトのお陰ということは知っている。
 閉じた瞼を開けた時に見た光景は、路地裏だったというのに今では更地と化し、鉄筋やコンクリートが無惨にひしゃげられ、引き千切られている物達と、その中心でメイトの左手で頭を鷲掴みにされているカナルだけが、僕の視線を釘付けにした。
「へ……へへ……建物は木っ端……運悪く逃げ遅れた生物どもは全て死に……飛ばされたコンテナに当たった奴も死んだ…だろうな……。」
 カナルのキレキレの声を最後まで聞いていたメイトが放った言葉は一言だけだった。

「ゲスが。」

 メイトは左手から紫電を放つ。紫電はカナルを包み込み、暗闇に相反する明るく綺麗な光線は遠く彼方までその美しい尾の距離を伸ばした。

 電撃が止んだときには、もうカナルの姿はメイトの左手から消え去り、そこには微笑を浮かべたメイトだけが、左手をポケットに戻して佇んでいた。
「ふふ、カナルくん。チェック・"メイト"。ボクの勝ちさ。」
 最後にメイトはそう言って、長いローブ状の上着をたなびかせ身を翻したのだった。
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