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第一話
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私こと勇者戸希乃は魔王討伐を成し遂げました。
討伐を果たした私は……まるで抜け殻のようになっていました。
様々な苦難を乗り越えて目的を果たした達成感や、戦いの中で感じた虚しさ、次々倒れていった仲間たちへの想いのせい、ではなくて。
「お前が勇者か?」
魔王は自ら私の前に姿を現したのです。
討伐の旅を始めて、2分後に。早すぎ。
より詳しくいうなら、召喚されて、王様のお城でレクチャーを受けて、旅の準備を整えて、いざ魔王討伐の旅へ出発!と街を出て意気込んだ矢先に出会ったのが魔王でした。
ここまでで正味2時間58分。早すぎ。
「我こそは魔王なり!勇者よ、我と勝負だ!」
魔王の姿はあたかも死が形を得たかのような邪悪そのものの姿……なんてことは全然なくて、傍で支えてあげないと今にも転倒しちゃいそうな足取りの、茶色いローブを纏い、棒のようにやせ細った手足をした、歯も頭髪もほとんど残っていないただのおじいちゃんでした。
……。
ごめんなさい、名乗られても正直信じられません。「魔王」というのはもしかしてあなたのお名前ですか?マオウさん?マオーさん?
魔王を名乗るおじいちゃんは私に向かってきたけど、何しろおじいちゃんだったので足元もおぼつかず、つまずいて私に向かって倒れ込んできたのです。
私は私で、勇者としての初戦で魔王|(を名乗るおじいちゃん)と遭遇という予想外の事態に混乱して腰が引けた状態で目をきつく閉じて剣も抜かずにとにかく腕を振り回していました。
その結果……。
私は魔王|(を名乗るおじいちゃん)を突き飛ばしてしまい、よろけた魔王|(を名乗るおじいちゃん)は転倒して道端の石で後頭部を強打してそのまま絶命。
2時間59分42秒の魔王討伐の旅。早すぎ。
私は不慮の事故で魔王|(を名乗るおじいちゃん)を〇っちゃった勇者になっちゃいました……。
別の意味で死が形を得たようだ、なんて考えるのは不謹慎ですか?
側から見れば老人を突き飛ばして〇っちゃった、傍若無人な振る舞いの思慮の浅い若者です。
そう。普通に考えればこんなところに魔王がいるわけはないし、仮にいたとしても突き飛ばされて後頭部強打で死ぬはずがありません。
「どうすんのよ、コレ……」
こんなので「ミッションコンプリート!」なんて喜べません。罪悪感と遺族から訴訟を起こされる恐怖感しかありません。
真っ白です。頭の中が。認めたくない現実を見ないように、自称魔王なおじいちゃんのご遺体に背を向けて体育座りしてしまいます。
それゆえ冒頭の抜け殻状態に至ったのです。
どのくらい時間が経ったのか、突然誰かが声をかけてきました。
「おい、勇者よ、おい、おいってば」
誰でしょう、私を勇者と呼ぶのは。
考えてみれば私はまだ勇者らしいことしてませんよね。やったことといえば老人を一人突き飛ばしただけ。
そんな私をまだ勇者と呼んでくれる人がいるなんて……。
私は声のする方へのろのろと振り返ります。
そこにはおじいちゃん……魔王さんのまとっていたローブがあって風にたなびいていました。
中身はどこに?というかローブだけがここにあるとすると中身はストリーキング中ということに。
いえ、中身はありました。
よくよく見ればローブにくるまれるように何かがもぞもぞ動いています。
私は恐る恐るローブをめくってみます。
そこには……まるで生まれたばかりのような赤ちゃんがいたのです。
おじいちゃんが赤ちゃんになった!?
我ながらなにをバカなことを考えているんでしょう。
「俺だよ、魔王だよ」
確かに目の前の赤ちゃんはそう名乗ります。
バカな考え、当たってました。
「なんでおじいちゃんが赤ちゃんで魔王ちゃんなんですか!?」
「魔王ちゃんてなんだよ。まあ混乱するのも無理はないが、魔王は不死なのだ。なので殺されてもすぐに再生するのだよ」
いやそれ死んでるよね!?
「いやそれ死んでるよね!?」
頭で考えたことがそのまま口を突いて出てしまいました。
「細かいことはいいんだよ。大事なのは、魔王は滅びないということだ」
「ええっ!?じゃあ私の使命は果たせないってことですか!?」
「まあ本質的にはそうだな。だから歴代勇者たちは妥協案を採って来たのさ」
「どういうこと?」
「滅せないにしても一旦倒してしまえば、再び魔王としての力を振るえるようになるまでに時間がかかる。それで魔王を倒したってことにすれば、晴れて勇者は任務完了ってわけだ」
「……じゃあ歴代勇者はみんなあんなおじいちゃんを……」
「いや、そうでもないさ。今回は俺もいろいろ試してみて、その結果歳食っちまったが、いつもはもっと若い頃に軍団を動かしていたのさ」
「試したって、何を?」
「それをお前が気にする必要はないだろ?まあいろいろって言ったらいろいろなのさ」
なんだろう、ちょっと気になる。
「さて、それでは腹が減った。飯にしよう」
「え、何?ご飯?」
「そうさ。赤ん坊ってのはなりが小さい分、溜め込めないからな。こまめに口にしなきゃならないんだ」
「あ、そっか……。王様にもらった保存食しかないけど、いい?」
「いいわけないだろ!赤ん坊ってのはまだ胃腸も弱いし、そもそも硬いものを噛み砕く歯も持ってないんだ。そんなもの、食えるわけない!」
「ご、ごめんなさい!……でもじゃあ何を……」
それにしたって、歯もない口でよく喋ってるじゃないの。
「母乳だよ!母乳!赤ん坊の食事って言ったらそれに決まってんだろ?さっさと出せ!」
「母乳!?おっぱい!?」
「そうだよ!お前だって女だし、ちゃんとあるんだ……ろ……?」
魔王は私の姿を見て言い淀みます。おい、何を見て何を考えた?
「悪い、無理を言ったな。そんな様子じゃ……」
「ちょっと!何が言いたいのよ!」
「だってよ……。そんな真っ平ら……おい、まて!何拳を振り上げてるんだ!?」
たたたたしかに私のバストは決して豊かとは言えませんが……ていうかあまりメリハリのある方ではございませんが……ていうか関東平野とか相模平野とか足柄平野とか、地理の授業で先生に平野の名前だけは詳しいと言われるくらい、様々な平野の名前でからかわれるほど真っ平らですがコンチクショウ!
でもまだ17歳なのです!若いのです!可能性です!伸び代なんです!
それにバストサイズが女の価値だなんて考えには囚われないのです!ジェンダーロールからの解放なのです!
「さっきからぶつぶつ、お前怖いぞ……」
「伸び代だもん。未来の可能性だもん……」
「泣くほどかよ!?……まったく、悪かったよ。俺も無神経だった。謝るよ」
「ジェンダーロール?」
「いや、何言ってんだかわかんないよ。とにかくさ、泣き止んでくれよ……。そうだ!一度街に戻ろうぜ!そしたら俺の食えるものも手に入るだろ?な?」
「……そうね。あんたを王様の前まで連れて行けば魔王討伐成功だし、なんなら地下牢とかに監禁して放置すれば何もせずとも餓死と再生を繰り返して……」
「な!?お前、それ絶対勇者が言っちゃいけないやつだぞ!?」
「ふふふ……関東平野を愚弄するなんて、万死に値するわ……」
「ちょ、待てよ!おい、話を聞けってば!」
私は魔王をローブで包み掴み上げると、元来た道を戻ることにしました。
任務完了です、凱旋です、元の世界への帰還です。ヤッタネミ☆
「勇者よ、そなたは我を謀るつもりか?」
王様めちゃくちゃ御立腹です。なんか疑う余地なく風向きが悪いです。なんで?
「その赤子が魔王だなどと、世迷いごとを」
「いえ!嘘じゃないです!本当に魔王なんです!ほら、あんたも自己紹介して!」
「オギャー、オギャー!」
「こ、こら!赤ん坊のふりなんてやめて、ほんとのことを言って!」
「オギャー、オギャー!」
「つまらぬ演技でこの上まだ嘘を上塗りするのか」
「嘘じゃないんです!信じて!」
「オギャー、オギャー!」
「勇者よ……魔王が恐ろしいのはわかる。だが、だからと言ってそのような方法で逃れようと言うのなら……」
なんですか?どうするんですか?
謁見の間の誰もが私に冷たい視線を注いでいます。凍らないのが不思議なくらい。
そして王様の半端ない威圧感を伴う沈黙に押しつぶされそうになります。
それはほんの数秒だったんだろうと思いますが、一気に歳を取った気がしました。というか半ば走馬灯が見えかけました。
なんか足元がグラグラし、天井がやけに高くなった気がし、世界がぐるぐる回っているような気がします。風邪をひいた時がこんな感じかな。
結局私は王様の命じるままに再度魔王討伐の旅に出ることになりました。
同調圧力。うなづくしかなかったんです。
Noと言える勇者への道は遠いです。
赤ちゃん魔王は王様に頼んで乳母さんをあてがってもらいお城において行こうかと思いましたが……
「ぎゃーーーーーん!!!」
私から引き離そうとするたび赤ちゃん魔王、ギャン泣きしやがります。
そのうるささと言ったら、もはやエリア攻撃兵器です。
仕方なく乳母さんを伴っての旅立ちです。
なんかもう色々不安しかありません。
乳母さんの名前はマリアさんです。
聖母様と同じ名前ですがこっちの世界では特に逸話はないそうです。
お世話になっておいてなんですが、マリアさんはおばさんです。
ウエストのサイズとか、あんまり気にしてません。
線の細い儚げな美女とかそんな要素全然ありません。
お料理や繕い物など家事全般が得意ですが、戦闘には参加しません。
戦闘になると後ろで簡易結界を張って応援モードです。
「ほーら、ママが頑張ってるわよー」
「あうー」
ママじゃないです。戸希乃《ときの》です。17歳で赤ちゃんができるようなことはまだしてません!
でっかい鼠っぽいモンスター(たぶん雑魚)をやっとの思いで倒したけど、今までの生活で武器なんか持ったことのない女子をなんで勇者として召喚するのかな、あの王様は。
「ねえ魔王」
「なんだ?」
「魔物とかってあんたの支配下にあるんだよね?じゃああんたが命じれば戦闘を避けられるんじゃない?」
「どうだろうなぁ、俺の姿を見て魔王と認識できるかどうか。まあ威圧して追い払うぐらいはできるかもしれないから、どうしようもない相手の時はそうしてやるよ」
「私、基本的に戦いたくないんですけど……」
「でも修業はしておいた方がいいぜ?」
「もっと簡単にレベルが上がったりしないのかなぁ」
「レベルってお前……そんなのゲームの中の話だろ?お前のいた世界とは別物でもここはここで現実なんだよ。レベルだの経験値だの、そんなものあるもんか。ひたすら鍛錬するしかないんだよ」
「そんなぁ~……」
この時は会話の流れでスルーしていたけれど、魔王がこの世界にないゲームについて知っていたこと、もっと深く考えるべきだったと気がつくのはだいぶ後になってからでした。
その後も旅は順調に……進むわけないです。
剣も重いし盾も重いし鎧も重いし、その他の荷物もみんな重くて全部持ったら正直歩くのがやっとです。
一応お城で一番軽い装備を選んでもらったのですが、勇者に与えるなら重さのない魔法の鎧とか強力なビームが出る魔法の剣とかにするべきだと思います。
しょうがないので雑多な荷物は全部マリアさんにお任せです。
マリアさん、正直体力だけなら私よりもあります。
ていうか武器を持たせてもたぶん私より強いかも。
私の勇者要素、どこにあるんだろう?
魔王討伐の旅といっても、目的地もなく歩いているわけではありません。
まあ魔王は私が今抱っこしてるわけですが……。
王様のおすすめコースで隣の街まで行って仲間を募ることにしています。
……仲間も用意しといて欲しかったかな、王様。
まあとにかく次の街までレッツゴー!
鎧重いよ……
<< つづく >>
討伐を果たした私は……まるで抜け殻のようになっていました。
様々な苦難を乗り越えて目的を果たした達成感や、戦いの中で感じた虚しさ、次々倒れていった仲間たちへの想いのせい、ではなくて。
「お前が勇者か?」
魔王は自ら私の前に姿を現したのです。
討伐の旅を始めて、2分後に。早すぎ。
より詳しくいうなら、召喚されて、王様のお城でレクチャーを受けて、旅の準備を整えて、いざ魔王討伐の旅へ出発!と街を出て意気込んだ矢先に出会ったのが魔王でした。
ここまでで正味2時間58分。早すぎ。
「我こそは魔王なり!勇者よ、我と勝負だ!」
魔王の姿はあたかも死が形を得たかのような邪悪そのものの姿……なんてことは全然なくて、傍で支えてあげないと今にも転倒しちゃいそうな足取りの、茶色いローブを纏い、棒のようにやせ細った手足をした、歯も頭髪もほとんど残っていないただのおじいちゃんでした。
……。
ごめんなさい、名乗られても正直信じられません。「魔王」というのはもしかしてあなたのお名前ですか?マオウさん?マオーさん?
魔王を名乗るおじいちゃんは私に向かってきたけど、何しろおじいちゃんだったので足元もおぼつかず、つまずいて私に向かって倒れ込んできたのです。
私は私で、勇者としての初戦で魔王|(を名乗るおじいちゃん)と遭遇という予想外の事態に混乱して腰が引けた状態で目をきつく閉じて剣も抜かずにとにかく腕を振り回していました。
その結果……。
私は魔王|(を名乗るおじいちゃん)を突き飛ばしてしまい、よろけた魔王|(を名乗るおじいちゃん)は転倒して道端の石で後頭部を強打してそのまま絶命。
2時間59分42秒の魔王討伐の旅。早すぎ。
私は不慮の事故で魔王|(を名乗るおじいちゃん)を〇っちゃった勇者になっちゃいました……。
別の意味で死が形を得たようだ、なんて考えるのは不謹慎ですか?
側から見れば老人を突き飛ばして〇っちゃった、傍若無人な振る舞いの思慮の浅い若者です。
そう。普通に考えればこんなところに魔王がいるわけはないし、仮にいたとしても突き飛ばされて後頭部強打で死ぬはずがありません。
「どうすんのよ、コレ……」
こんなので「ミッションコンプリート!」なんて喜べません。罪悪感と遺族から訴訟を起こされる恐怖感しかありません。
真っ白です。頭の中が。認めたくない現実を見ないように、自称魔王なおじいちゃんのご遺体に背を向けて体育座りしてしまいます。
それゆえ冒頭の抜け殻状態に至ったのです。
どのくらい時間が経ったのか、突然誰かが声をかけてきました。
「おい、勇者よ、おい、おいってば」
誰でしょう、私を勇者と呼ぶのは。
考えてみれば私はまだ勇者らしいことしてませんよね。やったことといえば老人を一人突き飛ばしただけ。
そんな私をまだ勇者と呼んでくれる人がいるなんて……。
私は声のする方へのろのろと振り返ります。
そこにはおじいちゃん……魔王さんのまとっていたローブがあって風にたなびいていました。
中身はどこに?というかローブだけがここにあるとすると中身はストリーキング中ということに。
いえ、中身はありました。
よくよく見ればローブにくるまれるように何かがもぞもぞ動いています。
私は恐る恐るローブをめくってみます。
そこには……まるで生まれたばかりのような赤ちゃんがいたのです。
おじいちゃんが赤ちゃんになった!?
我ながらなにをバカなことを考えているんでしょう。
「俺だよ、魔王だよ」
確かに目の前の赤ちゃんはそう名乗ります。
バカな考え、当たってました。
「なんでおじいちゃんが赤ちゃんで魔王ちゃんなんですか!?」
「魔王ちゃんてなんだよ。まあ混乱するのも無理はないが、魔王は不死なのだ。なので殺されてもすぐに再生するのだよ」
いやそれ死んでるよね!?
「いやそれ死んでるよね!?」
頭で考えたことがそのまま口を突いて出てしまいました。
「細かいことはいいんだよ。大事なのは、魔王は滅びないということだ」
「ええっ!?じゃあ私の使命は果たせないってことですか!?」
「まあ本質的にはそうだな。だから歴代勇者たちは妥協案を採って来たのさ」
「どういうこと?」
「滅せないにしても一旦倒してしまえば、再び魔王としての力を振るえるようになるまでに時間がかかる。それで魔王を倒したってことにすれば、晴れて勇者は任務完了ってわけだ」
「……じゃあ歴代勇者はみんなあんなおじいちゃんを……」
「いや、そうでもないさ。今回は俺もいろいろ試してみて、その結果歳食っちまったが、いつもはもっと若い頃に軍団を動かしていたのさ」
「試したって、何を?」
「それをお前が気にする必要はないだろ?まあいろいろって言ったらいろいろなのさ」
なんだろう、ちょっと気になる。
「さて、それでは腹が減った。飯にしよう」
「え、何?ご飯?」
「そうさ。赤ん坊ってのはなりが小さい分、溜め込めないからな。こまめに口にしなきゃならないんだ」
「あ、そっか……。王様にもらった保存食しかないけど、いい?」
「いいわけないだろ!赤ん坊ってのはまだ胃腸も弱いし、そもそも硬いものを噛み砕く歯も持ってないんだ。そんなもの、食えるわけない!」
「ご、ごめんなさい!……でもじゃあ何を……」
それにしたって、歯もない口でよく喋ってるじゃないの。
「母乳だよ!母乳!赤ん坊の食事って言ったらそれに決まってんだろ?さっさと出せ!」
「母乳!?おっぱい!?」
「そうだよ!お前だって女だし、ちゃんとあるんだ……ろ……?」
魔王は私の姿を見て言い淀みます。おい、何を見て何を考えた?
「悪い、無理を言ったな。そんな様子じゃ……」
「ちょっと!何が言いたいのよ!」
「だってよ……。そんな真っ平ら……おい、まて!何拳を振り上げてるんだ!?」
たたたたしかに私のバストは決して豊かとは言えませんが……ていうかあまりメリハリのある方ではございませんが……ていうか関東平野とか相模平野とか足柄平野とか、地理の授業で先生に平野の名前だけは詳しいと言われるくらい、様々な平野の名前でからかわれるほど真っ平らですがコンチクショウ!
でもまだ17歳なのです!若いのです!可能性です!伸び代なんです!
それにバストサイズが女の価値だなんて考えには囚われないのです!ジェンダーロールからの解放なのです!
「さっきからぶつぶつ、お前怖いぞ……」
「伸び代だもん。未来の可能性だもん……」
「泣くほどかよ!?……まったく、悪かったよ。俺も無神経だった。謝るよ」
「ジェンダーロール?」
「いや、何言ってんだかわかんないよ。とにかくさ、泣き止んでくれよ……。そうだ!一度街に戻ろうぜ!そしたら俺の食えるものも手に入るだろ?な?」
「……そうね。あんたを王様の前まで連れて行けば魔王討伐成功だし、なんなら地下牢とかに監禁して放置すれば何もせずとも餓死と再生を繰り返して……」
「な!?お前、それ絶対勇者が言っちゃいけないやつだぞ!?」
「ふふふ……関東平野を愚弄するなんて、万死に値するわ……」
「ちょ、待てよ!おい、話を聞けってば!」
私は魔王をローブで包み掴み上げると、元来た道を戻ることにしました。
任務完了です、凱旋です、元の世界への帰還です。ヤッタネミ☆
「勇者よ、そなたは我を謀るつもりか?」
王様めちゃくちゃ御立腹です。なんか疑う余地なく風向きが悪いです。なんで?
「その赤子が魔王だなどと、世迷いごとを」
「いえ!嘘じゃないです!本当に魔王なんです!ほら、あんたも自己紹介して!」
「オギャー、オギャー!」
「こ、こら!赤ん坊のふりなんてやめて、ほんとのことを言って!」
「オギャー、オギャー!」
「つまらぬ演技でこの上まだ嘘を上塗りするのか」
「嘘じゃないんです!信じて!」
「オギャー、オギャー!」
「勇者よ……魔王が恐ろしいのはわかる。だが、だからと言ってそのような方法で逃れようと言うのなら……」
なんですか?どうするんですか?
謁見の間の誰もが私に冷たい視線を注いでいます。凍らないのが不思議なくらい。
そして王様の半端ない威圧感を伴う沈黙に押しつぶされそうになります。
それはほんの数秒だったんだろうと思いますが、一気に歳を取った気がしました。というか半ば走馬灯が見えかけました。
なんか足元がグラグラし、天井がやけに高くなった気がし、世界がぐるぐる回っているような気がします。風邪をひいた時がこんな感じかな。
結局私は王様の命じるままに再度魔王討伐の旅に出ることになりました。
同調圧力。うなづくしかなかったんです。
Noと言える勇者への道は遠いです。
赤ちゃん魔王は王様に頼んで乳母さんをあてがってもらいお城において行こうかと思いましたが……
「ぎゃーーーーーん!!!」
私から引き離そうとするたび赤ちゃん魔王、ギャン泣きしやがります。
そのうるささと言ったら、もはやエリア攻撃兵器です。
仕方なく乳母さんを伴っての旅立ちです。
なんかもう色々不安しかありません。
乳母さんの名前はマリアさんです。
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お世話になっておいてなんですが、マリアさんはおばさんです。
ウエストのサイズとか、あんまり気にしてません。
線の細い儚げな美女とかそんな要素全然ありません。
お料理や繕い物など家事全般が得意ですが、戦闘には参加しません。
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「ほーら、ママが頑張ってるわよー」
「あうー」
ママじゃないです。戸希乃《ときの》です。17歳で赤ちゃんができるようなことはまだしてません!
でっかい鼠っぽいモンスター(たぶん雑魚)をやっとの思いで倒したけど、今までの生活で武器なんか持ったことのない女子をなんで勇者として召喚するのかな、あの王様は。
「ねえ魔王」
「なんだ?」
「魔物とかってあんたの支配下にあるんだよね?じゃああんたが命じれば戦闘を避けられるんじゃない?」
「どうだろうなぁ、俺の姿を見て魔王と認識できるかどうか。まあ威圧して追い払うぐらいはできるかもしれないから、どうしようもない相手の時はそうしてやるよ」
「私、基本的に戦いたくないんですけど……」
「でも修業はしておいた方がいいぜ?」
「もっと簡単にレベルが上がったりしないのかなぁ」
「レベルってお前……そんなのゲームの中の話だろ?お前のいた世界とは別物でもここはここで現実なんだよ。レベルだの経験値だの、そんなものあるもんか。ひたすら鍛錬するしかないんだよ」
「そんなぁ~……」
この時は会話の流れでスルーしていたけれど、魔王がこの世界にないゲームについて知っていたこと、もっと深く考えるべきだったと気がつくのはだいぶ後になってからでした。
その後も旅は順調に……進むわけないです。
剣も重いし盾も重いし鎧も重いし、その他の荷物もみんな重くて全部持ったら正直歩くのがやっとです。
一応お城で一番軽い装備を選んでもらったのですが、勇者に与えるなら重さのない魔法の鎧とか強力なビームが出る魔法の剣とかにするべきだと思います。
しょうがないので雑多な荷物は全部マリアさんにお任せです。
マリアさん、正直体力だけなら私よりもあります。
ていうか武器を持たせてもたぶん私より強いかも。
私の勇者要素、どこにあるんだろう?
魔王討伐の旅といっても、目的地もなく歩いているわけではありません。
まあ魔王は私が今抱っこしてるわけですが……。
王様のおすすめコースで隣の街まで行って仲間を募ることにしています。
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