あなたを騙した夏の夜

塚本正巳

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智也【八】

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「学校は同じでも、会おうと思わなければ案外出くわさないものだよ」
「何だよ。結局トモだって俺と同じじゃんか。いや、近くにいるくせに声もかけないんだから、俺より薄情だろ」
 仕方ないだろ。僕だってそばにいたかったよ。でもあんな目で見られて、赤の他人のふりをされて、それでも強引につきまとうことが最善だったって言える? あれ以上あーちゃんに拒絶されるなんて、僕には堪えられない。
「あーちゃんは、僕らと離れる必要があった。僕は一年生のとき、あーちゃんの学校生活を見てそう感じた。だからそれ以来、わざと距離を置いてる」
「なんだよ、それ。俺たちは嫌われてるってことか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。答えを知っているのは、あーちゃんだけだよ。でも、これだけははっきりしてる」
 勇ちゃんだって本当はわかってるくせに。どうしていつまでもとぼけてるんだよ。勇ちゃんがそんなだから、話が余計にややこしくなるんだ。とばっちりを食ってる僕の身にもなってよ。
「今のあーちゃんは、僕たちを必要としている」
「だろうな。花火を観ようって切り出したのはあいつなんだろ? そして俺たちは誘われるままに集まって、性懲りもなく二年前みたいに待ちぼうけを食ってる。てことは、俺たちの役目はこの突き合わせた馬鹿面をあいつに笑われることか?」
 突き合わせた馬鹿面、か。本当にそうだね。僕も勇ちゃんも本当に馬鹿だ。あんなに仲が良かった僕たちなのに、どうして衝突し合っているんだろう。あーちゃんに、迷いや、ばつの悪さを与えない選択肢だってあったはずだ。でも、今さら後悔したって仕方がない。だって僕と勇ちゃんは、幼い頃からずっと一緒に遊んできた幼馴染同士。だからなのか、見た目も性格もちっとも似ていないけれど、たくさん転ぶことでしか成長できない馬鹿ってところだけはそっくりだ。
「そうかもしれないね。でも、本当に僕らを笑いたいだけかな? 一度見切りをつけた旧友をこうして呼び出すなんて、かなり勇気がいることだよ」
 勇ちゃんが、大嫌いなピーマンを食べたときの顔をしている。苦くて青臭いかもしれないけれど、もう少しだけ僕の話に付き合ってもらうよ。
「僕たちが会っていない時間は、たったの二年ちょっと。仲が良かった頃の記憶も、あーちゃんに背を向けられたときの驚きも、まだまだ鮮明だよね。だから今回、僕たちを花火に誘ったあーちゃんは、相当気まずかったんじゃないかな」
「──何が言いたいんだよ」
 言いたいことはいっぱいある。でも、すべてはもう終わったことだ。過去の過ちをいくらほじくり返したって、今の僕らは何も変わらないし、救われることもない。だから僕は、勇ちゃんと未来の話をするためにここに来た。本当は勇ちゃんだって、僕とこの話がしたくてたまらなかったんだろう?
「あーちゃんが僕たちに声をかけた理由は、二つあると思う。一つは、自分ではどうすることもできない窮地に立たされた心細さから」
 勇ちゃんの目つきが、さっと鋭くなった。ほら、早く思い出してよ。中学の頃、あーちゃんはこの浜で溺れそうになった。そのとき僕と勇ちゃんが、どれほど必死になって彼女を助けたか。
「窮地って、あの噂のことか」
 そうだよ。勇ちゃんだってあの噂、絶対に聞きたくなかっただろう? 中学のときは僕たち二人であーちゃんを救った。でも今回あーちゃんは、取り返しのつかないところまで流されてしまった。僕と勇ちゃんが、自分のことばかりにかまけていたせいで。
「停学は本当だったんだな。あの馬鹿……」
 僕たちは馬鹿だからこそ、三人で一緒にいたんじゃないか。誰かが道を踏み外しそうになったら、あとの二人がすぐに助ける。どうして僕たちは、自分一人でも生きていけるなんて傲慢な勘違いをしちゃったんだろうね。
「僕も本人に訊いたわけじゃないから、真実かどうかはわからない。でも、学校で広まっている噂は作り話とは思えないくらい具体的で、しかもしばらくの間、学校を休んでいたのも事実……」
「だとすると、自業自得の停学を同情してもらうために俺たちを呼んだってことか。ふざけやがって……、トモもそう思うだろ?」
 まあね。それが事実なら僕も同意見だよ。でも僕は、それが事実ではないことを知っている。だから僕は、勇ちゃんみたいにあーちゃんを責めたりしないと思うだろう? 違うよ。さっきも言った通り、僕は勇ちゃんが思ってるようなお人好しじゃない。本当は僕だって言ってやりたいんだ。あーちゃんに向かって大声で、ふざけんな、って。
「同情が目的なのか、それとも他に理由があるのか。僕にとってはどっちでもいいことだよ。だけど、沖まで流されて自力で戻って来られないあーちゃんが、この砂浜に帰りたがっていることだけは間違いない」
 あの勇ちゃんが絶句している。さっきまで勇ちゃんの矛先は、来る気配のないあーちゃんに向いていた。でも今、矛先は僕に向いている。もう一息。こんな僕でも勇ちゃんと互角に渡り合えるってことを、今日この場で証明してあげるよ。
「あーちゃんは現実的にも、精神的にも追い詰められている。僕たちを呼んだもう一つの理由は、そこにあるんじゃないかな。あーちゃんはきっとこう感じてる。この先、自分ひとりで立ち直るのは無理なんじゃないかって」
 顔を苦々しく歪めてはいるが、それでも勇ちゃんは何も言おうとしなかった。もしかすると、煮えたぎる感情はあっても、それを言葉にすることができないのかもしれない。その感情があまりにも熱すぎて、脳が言語化のために触れることを拒否しているのだろう。
 花火の小休止が終わり、鋭い光が勇ちゃんの強張った顔を照らし出した。続けて七色の火花が夜空に飛び散り、力強い和太鼓のような破裂音が景気よく拍子を刻む。僕は覚悟を決めた。どうしても返事をしないなら、僕が先に勇ちゃんを殴る!
「だから今夜、僕はあーちゃんにとって特別な男になる」
 勇ちゃんだって男だろ。だったら僕の言葉に殴られっぱなしになんてならないで、思い切り殴り返してこい!
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