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智也【七】
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勇ちゃんは、僕が誘った通りの時間に砂浜に現れた。あーちゃんも来ると伝えただけで、この変わりよう。昨年とは打って変わって誘いをすぐに快諾し、こうして時間通りに現れるのだから、表情は不機嫌そのものだが、心は少なからず躍っているに違いない。もちろん勇ちゃんだけでなく、僕の胸も張り裂けんばかりに躍っていた。ただ僕の躍りは、勇ちゃんとはかなり種類が違ったのだけれど。
波打ち際で勇ちゃんと世間話を話していると、昼の熱気が冷め始めた夜の空気を鋭く震わせる一発が夜空に上がった。今年も始まったねと言うと、勇ちゃんは「誰かのせいで一回、観損ねたけどな」と皮肉っぽく呟いて、最初の花火が上がった辺りへ目を向けた。僕も勇ちゃんに倣って、夜空に目を遣った。次の花火を待ち受ける僕たちの視界に、これからの僕と勇ちゃんを暗示するかのような、バンバンと騒がしい音を立てて閃く花雷が上がった。
砂浜には僕と勇ちゃんしかいない。でも多分あーちゃんも到着していて、この付近に潜んでいるはずだ。大方、砂浜沿いに茂っている松林あたりに隠れているのだろう。取りあえず僕は、花火が小休止に入るまで静かに待つことにした。待ちわびた二年ぶりの花火だったし、花火が上がっている最中は騒がしくて、僕たちの会話があーちゃんまで届かないかもしれないと思ったからだ。
二十分ほど経って打ち上げが小休止に入ると、辺りは怖いくらいの闇に沈んだ。これまで何度も遊んできた馴染み深い砂浜なのに、まるで果てしない宇宙に放り出されたかのようだ。しかし、どれほど心細くても頼れるものは何もない。僕は今、三人のすべてをこの頼りない双肩に担っている。改めて自分にそう言い聞かせると、いつもは心地好い潮鳴りさえ気持ちを逆撫でするノイズのようで、思わず耳を塞いでしまいたくなった。
「亜美のやつ、またかよ。俺たちだって暇じゃねえんだぞ」
勇ちゃんが苛立ち始めている。それはそうだろう。ここまでの展開は、あーちゃんが現れなかった二年前とまったく同じだ。でもあーちゃんはすでに到着しているし、たった今の悪態だって聞いているはずだ。何も知らないのは、勇ちゃんだけ──。
「勇ちゃんは水泳部の部長だし、昔からモテるもんね。もしかして、女の子との約束をすっぽかしてここに来た?」
そんなはずはない。モテるのは事実だが、今夜は抜かりなく予定を空けていたはずだ。それくらい再会を期待していたからこそ、あーちゃんが現れないことにこれほど苛立っている。勇ちゃんは昔も今も、考えていることがとてもわかりやすい。
「あーちゃんにも色々あって、どうしても間に合わなかったんだよ。それに女の子だし、着の身着のままで出て来られる僕たちのようにはいかないんじゃない?」
「女の子? 俺たちと一緒に裸同然で泳いでたあいつが? トモだって覚えてるだろ。この浜でずぶ濡れになって馬鹿笑いしてたあいつの、色気の無さといったら……」
それはまあ、確かにそうかもしれない。でも僕は、そういうところもあーちゃんの魅力だと思う。やっぱりあーちゃんには、いつも夏の太陽みたいに笑っていてほしい。学校で同じグループの仲間に見せている笑みは、いつだってどこか冷たく、人を見下しているようで、あんなに笑うのが上手かったあーちゃんらしくない笑みばかりだ。急いで大人にならなくていい。あーちゃんは素のままで、充分素敵なんだから。
僕と勇ちゃんは、ひとしきり昔話に花を咲かせた。ただ、話題は幼いあーちゃんが仕出かした愉快な失敗ばかりで、どこかで会話を聞いていたであろうあーちゃんは、頭に上った血を冷ますのに一苦労だったかもしれない。
「──あのさ、あーちゃんはどうして今年、僕たちを花火に誘ったんだろうね?」
無駄話はこのくらいにして、そろそろ本題だ。僕は努めて何気ない素振りを作って、勇ちゃんの返事を待った。勇ちゃんは少し首をすくめて、静かに苦笑いを浮かべている。やはり、あまり答えたくないようだ。二年以上、あーちゃんと言葉すら交わしていない勇ちゃんが、誰よりも彼女のことを気にしていることはわかっている。勇ちゃんが語るに落ちるのも時間の問題だろう。
「あいつ、強情なくせにすげえ寂しがりだからな。今になって、俺たちと過ごした夏が恋しくなった、ってところじゃねえの? でもいざ会うとなると、寂しくて音を上げたことがカッコ悪くて出て来られない。いかにもあいつらしいよ」
そうだよ、勇ちゃん。僕に連絡をくれた十日前のあーちゃんは、きっと頭から布団を被って、口に押し当てた枕に向かって大声を張り上げていたと思う。僕にテキストメッセージを送るだけでもそんな有様だったはずなんだから、近くでこの話を聞いているあーちゃんがどんな気持ちかは推して知るべしだ。他ならぬ僕たちに頭を下げて来てもらうなんて、カッコ悪いどころじゃない。今頃は、頭からもうもうと湯気でも上げているんじゃないかな。
「気づいてたんだ。あーちゃんが寂しがり屋だってこと。それならさ、学校が離れてからどのくらい連絡してあげた?」
思った通り、勇ちゃんは反射的に両目を吊り上げた。勇ちゃんの痛いところを言い当てるくらい、僕にとっては昔三人でよくやったなぞなぞより簡単だ。そういえば勇ちゃんが出す問題は、どれも単純だったけど笑える答えが多かったな。今思うと、勇ちゃんにとっては僕らを困らせる難しさより、面白さのほうが大事だったんだね。
「はあ? どうして俺が連絡すんだよ」
ごもっともだ。あーちゃんは二年以上も前に、勇ちゃんの日常から出て行った人。返信のない相手に連絡をし続けなければならない義務などない。
「そう言うトモだって、あいつのことかまってんのか? あいつがトモを避けているとしても、同じ学校なんだからばったり会ったりすることもあるだろ?」
そりゃあるよ。でも勇ちゃんはそれでいいの? 僕があーちゃんをかまって、助けて、僕たちの三角形の一辺だけが太く短くなっても。それとも、そんなことできないと思ってる? だとしたら勇ちゃんは、僕を侮りすぎだ。僕は勇ちゃんが思っているほど淡白でもなければ、お人好しでもない。
波打ち際で勇ちゃんと世間話を話していると、昼の熱気が冷め始めた夜の空気を鋭く震わせる一発が夜空に上がった。今年も始まったねと言うと、勇ちゃんは「誰かのせいで一回、観損ねたけどな」と皮肉っぽく呟いて、最初の花火が上がった辺りへ目を向けた。僕も勇ちゃんに倣って、夜空に目を遣った。次の花火を待ち受ける僕たちの視界に、これからの僕と勇ちゃんを暗示するかのような、バンバンと騒がしい音を立てて閃く花雷が上がった。
砂浜には僕と勇ちゃんしかいない。でも多分あーちゃんも到着していて、この付近に潜んでいるはずだ。大方、砂浜沿いに茂っている松林あたりに隠れているのだろう。取りあえず僕は、花火が小休止に入るまで静かに待つことにした。待ちわびた二年ぶりの花火だったし、花火が上がっている最中は騒がしくて、僕たちの会話があーちゃんまで届かないかもしれないと思ったからだ。
二十分ほど経って打ち上げが小休止に入ると、辺りは怖いくらいの闇に沈んだ。これまで何度も遊んできた馴染み深い砂浜なのに、まるで果てしない宇宙に放り出されたかのようだ。しかし、どれほど心細くても頼れるものは何もない。僕は今、三人のすべてをこの頼りない双肩に担っている。改めて自分にそう言い聞かせると、いつもは心地好い潮鳴りさえ気持ちを逆撫でするノイズのようで、思わず耳を塞いでしまいたくなった。
「亜美のやつ、またかよ。俺たちだって暇じゃねえんだぞ」
勇ちゃんが苛立ち始めている。それはそうだろう。ここまでの展開は、あーちゃんが現れなかった二年前とまったく同じだ。でもあーちゃんはすでに到着しているし、たった今の悪態だって聞いているはずだ。何も知らないのは、勇ちゃんだけ──。
「勇ちゃんは水泳部の部長だし、昔からモテるもんね。もしかして、女の子との約束をすっぽかしてここに来た?」
そんなはずはない。モテるのは事実だが、今夜は抜かりなく予定を空けていたはずだ。それくらい再会を期待していたからこそ、あーちゃんが現れないことにこれほど苛立っている。勇ちゃんは昔も今も、考えていることがとてもわかりやすい。
「あーちゃんにも色々あって、どうしても間に合わなかったんだよ。それに女の子だし、着の身着のままで出て来られる僕たちのようにはいかないんじゃない?」
「女の子? 俺たちと一緒に裸同然で泳いでたあいつが? トモだって覚えてるだろ。この浜でずぶ濡れになって馬鹿笑いしてたあいつの、色気の無さといったら……」
それはまあ、確かにそうかもしれない。でも僕は、そういうところもあーちゃんの魅力だと思う。やっぱりあーちゃんには、いつも夏の太陽みたいに笑っていてほしい。学校で同じグループの仲間に見せている笑みは、いつだってどこか冷たく、人を見下しているようで、あんなに笑うのが上手かったあーちゃんらしくない笑みばかりだ。急いで大人にならなくていい。あーちゃんは素のままで、充分素敵なんだから。
僕と勇ちゃんは、ひとしきり昔話に花を咲かせた。ただ、話題は幼いあーちゃんが仕出かした愉快な失敗ばかりで、どこかで会話を聞いていたであろうあーちゃんは、頭に上った血を冷ますのに一苦労だったかもしれない。
「──あのさ、あーちゃんはどうして今年、僕たちを花火に誘ったんだろうね?」
無駄話はこのくらいにして、そろそろ本題だ。僕は努めて何気ない素振りを作って、勇ちゃんの返事を待った。勇ちゃんは少し首をすくめて、静かに苦笑いを浮かべている。やはり、あまり答えたくないようだ。二年以上、あーちゃんと言葉すら交わしていない勇ちゃんが、誰よりも彼女のことを気にしていることはわかっている。勇ちゃんが語るに落ちるのも時間の問題だろう。
「あいつ、強情なくせにすげえ寂しがりだからな。今になって、俺たちと過ごした夏が恋しくなった、ってところじゃねえの? でもいざ会うとなると、寂しくて音を上げたことがカッコ悪くて出て来られない。いかにもあいつらしいよ」
そうだよ、勇ちゃん。僕に連絡をくれた十日前のあーちゃんは、きっと頭から布団を被って、口に押し当てた枕に向かって大声を張り上げていたと思う。僕にテキストメッセージを送るだけでもそんな有様だったはずなんだから、近くでこの話を聞いているあーちゃんがどんな気持ちかは推して知るべしだ。他ならぬ僕たちに頭を下げて来てもらうなんて、カッコ悪いどころじゃない。今頃は、頭からもうもうと湯気でも上げているんじゃないかな。
「気づいてたんだ。あーちゃんが寂しがり屋だってこと。それならさ、学校が離れてからどのくらい連絡してあげた?」
思った通り、勇ちゃんは反射的に両目を吊り上げた。勇ちゃんの痛いところを言い当てるくらい、僕にとっては昔三人でよくやったなぞなぞより簡単だ。そういえば勇ちゃんが出す問題は、どれも単純だったけど笑える答えが多かったな。今思うと、勇ちゃんにとっては僕らを困らせる難しさより、面白さのほうが大事だったんだね。
「はあ? どうして俺が連絡すんだよ」
ごもっともだ。あーちゃんは二年以上も前に、勇ちゃんの日常から出て行った人。返信のない相手に連絡をし続けなければならない義務などない。
「そう言うトモだって、あいつのことかまってんのか? あいつがトモを避けているとしても、同じ学校なんだからばったり会ったりすることもあるだろ?」
そりゃあるよ。でも勇ちゃんはそれでいいの? 僕があーちゃんをかまって、助けて、僕たちの三角形の一辺だけが太く短くなっても。それとも、そんなことできないと思ってる? だとしたら勇ちゃんは、僕を侮りすぎだ。僕は勇ちゃんが思っているほど淡白でもなければ、お人好しでもない。
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