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ワンワンと聖域

第27話 ワンワンの秘密特訓

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 世界樹から離れ、森の中を進むナエとクロ。
 ワンワン達の小屋がある開けた場所にいると忘れがちだが、聖域は大森林が広がる未開の地。そこには強力な魔物が生息し、一国の軍が攻め入っても世界樹まで辿り着く事は難しいだろう。

 それに最近までは、聖域の中央、世界樹にはエンシェントドラゴンがいた。
 過去、エンシェントドラゴンを討伐しようとして国が動いた事もあるが、結果は全滅。余談ではあるが、その軍勢が所持していた物は全てワンワンの【廃品回収者】によって回収されている。

 全滅から、聖域に踏み入れても不利益にしかならない事を悟ると、国は大規模な進攻をする事はなくなった。稀に聖域に入ろうとする者はいるが、世界樹に辿り着く前に凶暴な魔物によって命を落とす。

 そんな危険地帯をクロは鼻歌混じりで歩いていた。
 ナエはその後を暗い表情で歩く。ただ、それは凶悪な魔物が潜む森を歩いているからではない。全く別の事で彼女は思い悩んでいた。

「……なあ、クロ。やっぱりワンワンにばれないよう夜の方が良かったんじゃないか? ワンワン凄く一緒に行きたそうだったぜ」

 魔物の心配など二の次どころか、まるで頭の中になく、自分達を見送ったワンワンの寂しそうな顔を思い浮かべていた。

「うーん、気持ちは分かるけどね……」

 クロもワンワンの顔を思い出しながら苦笑する。だが、ゆっくりと首を横に振って、ナエの希望は難しいと応える。

「夜は視界が悪いし、私一人なら問題ないけど……初めての実戦で夜は危ないよ。ただでさえ初めての魔物との実戦になれば、注意散漫になるしね」
「そうか……でもなぁ……」
「ワンワンが可哀想なのは分かるよ。私だって心苦しいよ……でも、まだまだワンワンじゃ実戦は早いしさ。私達が前に出て、ワンワンが後ろで守りに専念するなら問題ないけど……それじゃあ、いざっていう時に上手く立ち回れないよ」

 ワンワンを自分達で守るというだけなら問題ない。今は守護霊としてレイラもいる。だが、万が一ワンワンが一人きりになって襲われてしまったら……。

 そんな可能性を考えれば、心を鬼にしてでもワンワン自身に強くなって貰いたいと思う。それはナエも同じだ。だから今は切り替えて自分の事に集中する。

「グルルルルルルッ!」
「……あっ、早速出て来たね。一体だしちょうどいいかな?」

 二人の前に一体の魔物が、敵意を剥き出しにして姿を現した。

 世界樹にのみ生息する狼型の魔物、ユグドラシルウルフ。
 ジェノスが魔法を使わないで戦うとすれば、五~六人集まってようやく倒せるだろう。

 クロのステータスであれば余裕で倒せるが、ナエであれば単純なステータスで考えると、百人集まっても倒せるか分からない。

 だが、ナエは臆する事なく強気な笑みを浮かべる。

「ああっ、やってやるぜっ!」

 そう言って、ナエは戦闘に備えて魔力を全身に滾らせるのだった。



 ――ナエ達が魔物と遭遇した頃、ワンワンは世界樹に背を預けて、機嫌が悪そうに唸っていた。

「わうぅぅぅぅ……」

 怒っている訳ではないようだが、ご機嫌斜めといった様子のワンワン。そんな彼を見て、レイラは隣に寄り添い静かに語り掛ける。

「ワンワン、そんなにナエ達と行きたかったのかのう?」
「うん……早く外に行ってみたいよ……」

 ワンワンはナエ達と一緒に行きたかった。だが、エンシェントドラゴンとの約束で、自分の身を守れるまでは外に出ない約束をしている。その約束がワンワンをこの場に留めていた。

「そうか。なら、もっと頑張らなければのう。ワンワンは既に外で生き抜く力は秘めている。あとはそれを活かせるようにならんとな」
「わうっ、魔法をもっと上手く使えるようになりたいよ! …………ねえ、レイラ。お願いがあるんだけど……」
「んっ? なんじゃ? ワンワンが儂にお願いとは初めてじゃないかのう」

 レイラの言うように、ワンワンからお願いをされる事は初めてだった。

 外に行けない代わりに、せめてお願いの一つや二つ聞いてあげようという心積もりで、ワンワンがお願いを口にするのをレイラは待った。

「あのね……人形を使いたいんだ……」
「人形というと、訓練で使っとるやつか?」
「わうっ! もっと魔法を上手く使えるようになりたいのっ! だから人形を使わせて!」

 どうやら普段の訓練とは別に、訓練を行いたいようだ。ワンワンのお願いを聞いて、レイラは彼の正面に回り込んで笑みを浮かべる。

「それは、つまり…………秘密特訓をしたいんじゃな?」
「ひみつ……とっくん? 秘密特訓! なんかカッコイイね! わうっ、秘密特訓をするんだ! それでもっと上手く魔法を使えるようになるの!」
「そうか、そうか……。儂は構わんぞ。お兄ちゃんの頼みじゃしのうっ」
「ありがとう! レイラ! ジェノス達には秘密だよ! 秘密特訓だからね!」
「のじゃ! じゃが、それならもっと声を抑えんとな……ジェノスに聞こえるぞ」
「わむっ……!」

 両手で口を塞ぐワンワン。その仕草が愛らしく、レイラは頬を緩ませる。
 
 ワンワンが喜んでくれるのなら、これぐらい大した事はない。【操り人形】のスキルをフル活用して何十、何百でも人形を動かそうと思うのだった。

「よし。ジェノスは自分の小屋の中じゃし、世界樹の裏でひっそりとやるとしようかのう」
「わうわうっ! 頑張るようっ!」
「うむ、じゃあ人形が入った格納鞄を持ってきてくれるかのう。ナエ達の小屋の方に置いてあるじはずじゃ」
「わうっ! 了解!」

 小屋に向かって駆け出す。それを見送ってからレイラは、この場にいたもう一人の人物に声を掛ける。

「さてと……ジェノスよ」
「……気付いてたのか。《サイレンス》を使ってたんだがな」

 世界樹の陰からジェノスが姿を現した。

「《サイレンス》は自身の発する音を消す事ができ、気配を遮断する。普通ならば気付かんが、儂には【超嗅覚】があるからのう。匂いで分かるんじゃ」

 儂から隠れる事はできぬぞと笑うレイラ。それを聞いてジェノスは思わず肩を竦める。

「お前、いくつかスキル失ってるんじゃなかったのか?」
「失っとるぞ。まあ、元々スキルは百ぐらいあったのじゃから、別に二十や三十スキルが使えても不思議ではないじゃろう?」
「二十、三十でも充分多いぞ。……まあ、ワンワンを守るのに使ってくれるなら、どれだけスキルを使えても別にいいけどな」
「任せるのじゃ。ワンワンは儂の使えるスキル全てをもって必ず守るのじゃ。……で、ワンワンの秘密特訓は父親としては問題ないかのう?」

 ジェノスの顔色を窺うようにレイラは尋ねた。魔法の訓練を毎日決まった時間を行うのは、ワンワンに負担をかけない為だ。魔力が元々膨大なワンワンにとって、もう少し魔法の訓練をしても問題ないようにレイラは思っていた。
 だが、保護者であるジェノスが反対するようであれば、ワンワンに嫌われてでも秘密特訓は無しにしようと考えていた。

 ワンワンが悲しまないよう、ジェノスに対して必死にお願いをするつもりではいるが……。

「……無理はさせるなよ。魔力は簡単に尽きる事はないだろうが」

 だが、ジェノスはあっさりと許可を出してくれた。レイラは安堵しつつ、自分の胸を叩く。

「勿論じゃ。お兄ちゃん想いの妹はちゃんと安全第一でやるからのう。それじゃあ、そろそろワンワンが戻って来るから、おぬしは隠れておくのじゃ」
「ああ……《サイレンス》」

 再びジェノスは《サイレンス》の魔法を唱えて、世界樹の陰に隠れた。

 そしてワンワンが人形の入った格納鞄を持って戻って来ると、ジェノスがいる反対側から世界樹の裏へと回り込んだ。

 ワンワン達が世界樹の裏に行ったのを確認すると、気付かれないようにそっと小屋へと戻ろうとする。

「……頑張れよ、ワンワン」

 ジェノスは決して聞こえる事のない、応援の言葉を口にして小屋へと戻るのだった。
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