ソウサクスルカイダン

山口五日

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におう隣人

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 今井さんという男性は一つ悩んでいることがあった。

 彼が住んでいるマンションの部屋では、早朝、ちょうど日が昇るぐらいの時間になると何処からか焦げ臭い匂いがする。その匂いに悩まされていた。

 基本、日が昇る早い時間はまだ寝ているので、最近まで気付かなかったが、会社の仕事を家に持ち帰って朝まで作業をしていて気付いたのだ。

 この匂いの正体を今井さんは隣人がベランダで煙草を吸っているんだろうと思った。
 これまで気付かなかったが、知ってしまうと妙に気になってしまった今井さんは、その時間帯以外にも焦げ臭い匂いがするような気がして嫌だった。

 ある日、早朝に目が覚めた今井さんは、焦げ臭い匂いを感じてベランダに出ると、どうやら匂いは左の部屋のベランダからだと気付く。

 ただ、この時は何も今井さんはしなかった。
 あまり気の強い方ではなく、変にもめるのが嫌だったので隣人を注意する気にはなれなかったのだ。

 だが、再び会社の仕事を家に持ち帰って、日をまたいで遅くまで作業をしていた日があった。
 仕事が一区切りついて、開放的な気持ちになった今井さんは自分へのご褒美に家に置いていた高いお酒を飲んだ。今日も仕事があるので少しだけのつもりだったが、ついつい何杯も飲んでしまう。

 そして日が昇るころにはすっかり酔っぱらってしまった今井さんだったが、そこに例の焦げ臭い匂いがする。

 酒の力で気が大きくなった今井さんは注意してやろうと思い、ベランダに出て、仕切り板から顔を出して「おい」と少し乱暴に声を掛けたところで固まる。

 隣のベランダには誰もいなかったのだ。ただ、匂いは確実にこの隣からする。
 もしかすると室内で吸っているのかと思った。そこでより身を乗り出して隣の部屋の中を覗いてみる。カーテンはつけられてなく、暗いが室内を見ることができた。

 だが、室内をいくら見ても煙草の火は見えない。今井さんはおかしいなと思いながらも、もっとよく目を凝らして気付いた。

 室内の床でうつ伏せに寝ている男性がいた。ただ、その人は少し様子がおかしい。短パン、Tシャツを着ていて手足はぶくぶくと膨らんで赤黒く変色していた。
 とても普通の状態ではなく、病気なのかと思った瞬間、今度は焦げ臭い匂いに混じって腐った匂いがする。新たな別の匂いに困惑していると、その床で寝ている男性は今井さんの視線に気付いたのか顔を上げた。

 その顔を見て今井さんは驚く。手足と同じくぶくぶくと赤黒く膨らんでいる顔。そして開かれた目には眼球はなく、真っ暗な穴でしかなかった。

 そこで今井さんの記憶は途切れて、気付いた時には病院のベッドの上だった。

 今井さんは驚いた拍子にバランスを崩してベランダから落ちてしまったのだ。幸い今井さんの部屋は二階だったので、命に別状はなく右足の骨を折るぐらいで済んだ。

 ただ、警察の人や病院の人に落ちた経緯、隣の部屋の人がぶくぶくと身体が膨れ上がっていて、見間違いかもしれないが目がなくて驚いたと話したところ、お酒の飲み過ぎで誤って落ちた、隣の部屋で見たというのは夢だろうと判断されてしまう。

 自分の見たものは完全に夢だと判断されてしまった。そう判断されてしまったのには理由がある。それは隣の部屋には誰も住んでいなかったからだ。だから見間違えようがない。

 その後、今井さんは気になって自分の住むマンションを調べてみた。
 すると部屋まではわからなかったが、昔練炭自殺があったことがわかった。室内の報知機を破壊し、感知されないようにして練炭を焚いたのだ。そのせいで死後なかなか気付かれず、身体が腐り、腐乱臭が漂い始めてマンションの当時の入居者が通報して発見された。

 発見された死体は、腐敗が進んで赤黒く、ぶくぶくと膨らんでいたそうだ。
 今井さんは退院後、すぐに引っ越した。
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