この恋は無双

ぽめた

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閑話

乙女に捧げる恋の花②

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 作業一日目。
 魔術道具の配置が描かれた城の平面図を渡される。
 専門用語が多く、司書仲間も困っているふうだったので説明を求めた。
 今からすんだ黙ってろ、一度しか言わねえから各自書き取れとぞんざいに言われる。
 相変わらず口が悪い。陛下のお友達でも腹が立つ。
 陛下から直々に手伝いを命じられていなければ、履物ではたいて矯正してあげたものを。


 作業三日目。
 図面と実際の状態が違う箇所が幾つかある事が判明。
 部屋の用途を変えた経緯があり、その時に図面の訂正をしなかったようだと室長が認めた。
 連携がなってねえなと呆れられる。
 計算し直しだ、城仕えもぬるい仕事してんなとぼやかれてやっぱりむかついた。
 タリュス君が言い方を注意していなかったら、私が文句を言っただろうし今度こそ手が出ていたと思う。



 このあたりになると、仕事の内容が大分減って来ていた。
 初日はあまりの書き込みの多さに、帳面が真っ黒に見える程だったのに。

 イグニシオン様への不満を抱えつつも、きちんと仕事を理解してきたのだろう。記憶力が素晴らしいと言われているマルーセル様の努力が感じられた。

 様子が変わったのはこの後。



 作業四日目。
 タリュス君が作る魔術道具の配置を全員で進める。
 高い壁への取り付けに苦心していると、代わりにイグニシオンさんがやってくれた。
 踏み台くらい使えとか、ちっせぇのに無理にやるな転んで怪我したらどうすんだとか、小言を言われる。
 小馬鹿にするみたいに笑われたけど、手伝ってくれたのには感謝しよう。一応。
 いつもあんなふうに笑顔でいれば、他人からの反感も買わなくて済むのに残念なひとだ。
 まあ私だけでも知っていればいいか。



 作業五日目。
 今日は雨。纏めた資料に不備がないか書庫で一人再確認していたら、イグニシオンさんが来た。
 仕事熱心なのはいいが程々にしろよ、と私の頭にストールをかけていなくなった。
 気温が思ったより低くて、確かに少し寒いかなと思っていた所にちょうどよく現れた。
 資料を探しに来たわけでもなさそうだった。
 まさかそれだけのために来たのだろうか。
 急に労られると、どうしていいかわからなくなる。
 ⋯⋯意外と優しい人なのかもしれない。



 作業六日目。
 昨日確認した資料に不明点があったので、ホールの設置物を見に行った。
 天井に吊られた魔術道具の数を確かめていた時に、掃除をしていたメイドさん達が、換気をする為に扉や窓を開けた。
 突風がその時に吹いてきて、天井の道具が激しく揺れた。
 危ない、とその場にいた同僚が叫んで。


 この日付は五日前だ。
 仕事の話をしているイグニシオン様とマルーセル様を、私が見かけた後だと思われる。

 ーー以下、今日までの記録は、マルーセル様が混乱したままのためか、要領を得ない走り書きばかりになった。
 仕方がないので、私は六日目に起こった事を、想像力を駆使して頭の中で再現をしてみる事にした。





 縄で吊られた魔術道具は激しく揺れて、うちの一本の取り付けが甘かったのかマルーセル様の頭上に偶然落ちてきた。
 道具は木を組み合わせた物でわりあい大きく、鋭利な部分がある。

 ぶつかれば怪我は避けられないだろう。

 しかし咄嗟にマルーセル様は、保身よりも道具が壊れる方を懸念した。
 作り直す費用が多くかかる事まで計算し、少しでも損害を減らさなければと考えて。

 だから落下物を避けずに天井を見上げたまま、受け止めるように両腕を頭上にかざしてその場に留まった。

 先に落ちた道具がガシャンガランと大きな音を立てて、これはもしかして相当痛いかもと覚悟しながら、ぎゅっと目を閉じたその時。

 ふわりと頭の上から、温かい何かで覆われた。

 訝しむ間もなく、落ちた道具の激しい音が続く。あがる悲鳴。

「マルーセル!大丈夫か!」

 同僚の慌てた声がするけれど、どこも痛くない。

 おかしいなと思って閉じていた目を開ければ、誰かの胸元が目に飛び込んできた。

 はて?ともうしばし考えてみて、温かい腕に包まれていると気がついて、ずれた眼鏡のまま顔を上げる。

「なんで逃げねえんだ馬鹿」

 むすりと顔をしかめたイグニシオン様と目が合った。

 切れ長の金の瞳が綺麗で、近くで見る顎の線もいいなあなどと明後日に思考が飛ぶ。

 両腕を伸ばした姿勢のまま、正面からイグニシオン様に抱きしめられているのだとようやく気がついた時、ぼわっと全身火が着いたみたいに熱くなった。

「こ、壊れるから、受け止めようと」

「本物の馬鹿か。
 道具はいくらでも作り直せる」

 辛辣な言葉を吐きながらイグニシオン様は体を離して、マルーセル様の手を取って眺め、そのまま背中や足の方まで順番に視線を下ろしていく。

 あっと途中で気がついて、マルーセル様は慌てて告げた。

「わ、私は何ともないです。
 それよりイグニシオンさんの腕⋯⋯」

 鋭利な破片がぶつかったのか、シャツが少し切れていた。
 よくみると薄く血が滲み始めていてマルーセル様は青ざめる。

「血が出てますよ!他にもぶつけたんじゃないんですか!?
 早く医務室に、そ、それにどうして魔術使わなかったんです!?」

「城内の魔力調整してっから使えなかったんだ。
 こんなもん怪我の内に入るかよ。
 それより素材考え直さねえと」

 すがるマルーセル様の腕を払いのけつつ、イグニシオン様は「事故の想定出来なかったのは俺の責任だ」と呟いて歩きだす。

「待ってください、あの」

 マルーセル様が追い縋ると、ぴたりと足を止めイグニシオン様は肩越しに振り返った。

 そして小さく笑って言ったのだ。

「恐がらせて悪かったな。
 お前が怪我しなくて良かった」



 急に優しくするなんてずるいだとか最初は冷たかったくせにだとか、お礼を言いそびれてしまった反省だとか。
 壊れた道具は、柔らかい布地に魔術の図面を簡素にしてインクで描くよう変更になり、作り直しになったとか。
 間に合う気がしないから、たくさんのメイドさん達にも手伝って貰わないととか。

 とにかく思いつくまま書き散らした文面を読み終えて、私はそっと帳面を閉じた。


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