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十一章
嫉妬
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消費した魔力のせいで、自分がぜいぜいと呼吸する音が耳について、我に返る。
「……どうしたの。わたしを殺せたのに。
なぜ止めた?」
静かに俺を睨み、ルーナが問う。
俺は唇を噛み締めた。
「今さら怖くなったとでも?
タリュス。認めなよ。わたしが憎いんだろう。
この身体全部でサークを愛したわたしが」
「……ああ憎いよ。考えたくもない。俺がどうやって産まれてきたかなんて。
でも」
俺はまっすぐ、ルーナを見据えた。
「サークが、やめろって……言ったんだ」
瞳が潤んだ。
姿もなく、声もしないはずなのに。
最後に残った月の瞳だけは。
まだ僕を、ルーナを見守ってる。
「都合のいい幻聴だ」
「ちがう。聞こえたんだ。
そのピアスが……俺を、止めた」
ルーナの構えた両腕が、びくりと震えた。
「そんなわけない。サークはもう」
「きっと姿が見えなくてもそばに居て、宝石を通して俺たちを見てる。
ルーナだって、形見のこれをそう思ったから俺を引き止めてるんだろ」
ぱたりとルーナの両腕が、力無く下ろされた。
「わたしは、そうであって欲しいと思っただけだ。声なんて聞こえない。
聞こえないんだよ、もう。
サークは、いないんだから」
「……そう思わないと、立ってられない?」
俺の問いに、ルーナがくしゃりと泣きそうに顔を歪めた。
「だって、タリュス。サークが居なくても、お腹のこの子は毎日大きくなるんだよ。
もう内側からお腹を蹴るんだ。
生きてる、産まれようと育ってる。
わたしが絶望していたら、残ったこの子を守れない。
だけど折れそうになる。タリュスに支えてもらいたくて、だけど君は旅に出るって言うんだ」
ルーナは切実な胸の内を訴える。
けれど涙はこぼさなかった。
「わたしの我儘だとわかってる。
だけど物分りのいいふりをするのも嫌だ」
「ねえ……ルーナ。そんなに俺に側にいて欲しいって言うけどさ。
ちゃんと考えたことある?
例えば俺が、これから産まれてくるきょうだいを……歓迎してるかどうか、とか」
殺意をわざと込めて、俺は問う。
「いっそ産まれる前にルーナごと手にかけてしまうかも、とか。
俺の殺意はね、サークがいたから自制できてたんだよ。サークが悲しむから、しなかった。
でも今、止める人はいない。
こんな危険な俺を、これから出産して動けなくなるのに、側に置くなんて。
本当に、大丈夫?」
ルーナは答えられなかった。
「俺を甘く見すぎだ」
ため息とともに、俺は吐き捨てた。
「俺はもうそんなに都合よく騙せないよ。
これから頼るなら、陛下とかゼルネッカ亭の二人にしなよ。
陛下なら特にいいんじゃない。
あの人はサークの子供を軽んじたりしないから」
「……どうして」
俯いて、ルーナは呟く。
「どうしてだろうね。タリュスにはわかって、わたしにはわからない。
やっぱり、サークの想いの差なのかな」
「何の話だよ」
「聞こえたんだろう、声」
「……聞こえたよ。怒ってた」
「ねえタリュス。
サークが消える直前の話をするよ。
あの時、君の後ろにわたしもいたんだ。いなくなるかどうかの、ギリギリだったけど。
でもね、サークは君しか目に入ってなかった」
「それは……俺が、一番近くにいたから」
「サークは君に、一番側にいて欲しかったんだ。
最期にキスしただろう。
最愛の者へ、想いを全部こめて」
思い出して、俺は言葉に詰まる。
いつまでも鮮明に蘇る、唇の感触を思い出したから。
「わたしにはわかってたよ。何度もサークに教えてあげたのに、認めなかったけど。
サークは、君を一番愛してた。
わたしの向こうに君を見てたんだ。
本当はタリュスを抱きたくて仕方なかったくせに、親子だからと耐えて我慢したんだよ。
半端に子供だけ残して逝くなら、ちゃんとタリュスを愛せばよかったんだ」
「……落ち着いて。そんなわけ、ない……」
「素直になってくれれば、わたしだってそういう立ち位置になろうとできたのに、あくまでわたしが一番だなんて自分を誤魔化し続けてた。
だから、わたしだって怒るんだ」
その言葉に、俺は違和感を覚えた。
それは、もしかして。
「ルーナ。教えてあげる。
俺に嫉妬してるんだよ」
「馬鹿言わないでくれ」
「認めろよ。夫婦をやっとわかったんだろ?
ほら、やっと俺の気持ちが理解できるはずだ。
自分が相手の一番じゃないって思うのは辛いだろ?」
さっとルーナが怒りに顔を歪め、俺の胸倉を強く捕まえた。
「わたしにそんな感情はない!」
俺も怒りのままにルーナの胸倉をつかみ返した。
「だったらどうして俺に怒るんだよ!
悔しいからじゃないのか!?」
「違う!」
「こぉおおらお前らぁ!!そこで何やってんだ!!」
睨み合う俺達の背後から、別の怒鳴り声がした。
「……どうしたの。わたしを殺せたのに。
なぜ止めた?」
静かに俺を睨み、ルーナが問う。
俺は唇を噛み締めた。
「今さら怖くなったとでも?
タリュス。認めなよ。わたしが憎いんだろう。
この身体全部でサークを愛したわたしが」
「……ああ憎いよ。考えたくもない。俺がどうやって産まれてきたかなんて。
でも」
俺はまっすぐ、ルーナを見据えた。
「サークが、やめろって……言ったんだ」
瞳が潤んだ。
姿もなく、声もしないはずなのに。
最後に残った月の瞳だけは。
まだ僕を、ルーナを見守ってる。
「都合のいい幻聴だ」
「ちがう。聞こえたんだ。
そのピアスが……俺を、止めた」
ルーナの構えた両腕が、びくりと震えた。
「そんなわけない。サークはもう」
「きっと姿が見えなくてもそばに居て、宝石を通して俺たちを見てる。
ルーナだって、形見のこれをそう思ったから俺を引き止めてるんだろ」
ぱたりとルーナの両腕が、力無く下ろされた。
「わたしは、そうであって欲しいと思っただけだ。声なんて聞こえない。
聞こえないんだよ、もう。
サークは、いないんだから」
「……そう思わないと、立ってられない?」
俺の問いに、ルーナがくしゃりと泣きそうに顔を歪めた。
「だって、タリュス。サークが居なくても、お腹のこの子は毎日大きくなるんだよ。
もう内側からお腹を蹴るんだ。
生きてる、産まれようと育ってる。
わたしが絶望していたら、残ったこの子を守れない。
だけど折れそうになる。タリュスに支えてもらいたくて、だけど君は旅に出るって言うんだ」
ルーナは切実な胸の内を訴える。
けれど涙はこぼさなかった。
「わたしの我儘だとわかってる。
だけど物分りのいいふりをするのも嫌だ」
「ねえ……ルーナ。そんなに俺に側にいて欲しいって言うけどさ。
ちゃんと考えたことある?
例えば俺が、これから産まれてくるきょうだいを……歓迎してるかどうか、とか」
殺意をわざと込めて、俺は問う。
「いっそ産まれる前にルーナごと手にかけてしまうかも、とか。
俺の殺意はね、サークがいたから自制できてたんだよ。サークが悲しむから、しなかった。
でも今、止める人はいない。
こんな危険な俺を、これから出産して動けなくなるのに、側に置くなんて。
本当に、大丈夫?」
ルーナは答えられなかった。
「俺を甘く見すぎだ」
ため息とともに、俺は吐き捨てた。
「俺はもうそんなに都合よく騙せないよ。
これから頼るなら、陛下とかゼルネッカ亭の二人にしなよ。
陛下なら特にいいんじゃない。
あの人はサークの子供を軽んじたりしないから」
「……どうして」
俯いて、ルーナは呟く。
「どうしてだろうね。タリュスにはわかって、わたしにはわからない。
やっぱり、サークの想いの差なのかな」
「何の話だよ」
「聞こえたんだろう、声」
「……聞こえたよ。怒ってた」
「ねえタリュス。
サークが消える直前の話をするよ。
あの時、君の後ろにわたしもいたんだ。いなくなるかどうかの、ギリギリだったけど。
でもね、サークは君しか目に入ってなかった」
「それは……俺が、一番近くにいたから」
「サークは君に、一番側にいて欲しかったんだ。
最期にキスしただろう。
最愛の者へ、想いを全部こめて」
思い出して、俺は言葉に詰まる。
いつまでも鮮明に蘇る、唇の感触を思い出したから。
「わたしにはわかってたよ。何度もサークに教えてあげたのに、認めなかったけど。
サークは、君を一番愛してた。
わたしの向こうに君を見てたんだ。
本当はタリュスを抱きたくて仕方なかったくせに、親子だからと耐えて我慢したんだよ。
半端に子供だけ残して逝くなら、ちゃんとタリュスを愛せばよかったんだ」
「……落ち着いて。そんなわけ、ない……」
「素直になってくれれば、わたしだってそういう立ち位置になろうとできたのに、あくまでわたしが一番だなんて自分を誤魔化し続けてた。
だから、わたしだって怒るんだ」
その言葉に、俺は違和感を覚えた。
それは、もしかして。
「ルーナ。教えてあげる。
俺に嫉妬してるんだよ」
「馬鹿言わないでくれ」
「認めろよ。夫婦をやっとわかったんだろ?
ほら、やっと俺の気持ちが理解できるはずだ。
自分が相手の一番じゃないって思うのは辛いだろ?」
さっとルーナが怒りに顔を歪め、俺の胸倉を強く捕まえた。
「わたしにそんな感情はない!」
俺も怒りのままにルーナの胸倉をつかみ返した。
「だったらどうして俺に怒るんだよ!
悔しいからじゃないのか!?」
「違う!」
「こぉおおらお前らぁ!!そこで何やってんだ!!」
睨み合う俺達の背後から、別の怒鳴り声がした。
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