この恋は無双

ぽめた

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九章

教え子に教わる④

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「タリュス君、て呼んでいいのかな」

 ワトロンが恐る恐る、サークの様子に注意しながらオレを見てくる。

 オレが頷くと、全員が少し肩の力を抜いたようだ。

「攻め来んで来た時はすっごい恐い顔してたけど、今は別人みたいに落ち着いてるな」

「ほんとに魔王が降臨したみたいだったよ。
 銀の俺でも一瞬でやられたし」

 カイルとヨシュアの言葉に何も返せずにいると、先に食事を終えたジャネットが傍らの鞄から封筒を取り出しサークに差し出した。

「お話の途中にごめんなさい。
 先生宛に手紙が届いてたの、渡しておきますね」

「……なんで今だよ」

「だって忘れちゃうと困るじゃないですか。
 終業時間間際に来たんですよこれ。
 ご飯食べた後で、先生の部屋に届けて帰ろうと思ってたからちょうどよかったわ」

「階段行き来すんの面倒だったんだな?
 横着しやがって」

「えー明日渡すより早い方がいいかなーって。
 ね?」

 えへ、と小首を傾けるジャネットに一つ溜め息をつきながらも、フォークを置いて手紙を受けとったサークは、差出人を確認して上着の内ポケットにしまう。

「……仲いいんだな」

 ぽつりと呟くオレに、カイルは否定せずに肩をすくめた。

「イグニシオン先生と、ちょっとの間だけど一緒にいたからかな」

「さっき聞いた。
 魔術の事とか、色々教えて貰ったって」

「……ああ、僕達とライヒムで暮らしてた頃の話?
 懐かしいね」

 カイルの言葉に、ワトロンも懐かしそうに笑って話し出した。

「そっかタリュス君知らなかったのか。
 あのね、イグニシオン先生凄かったんだよ。
 俺達の位が銅と銀だから、魔術の説明もそこまでの内容しか出来なくてね。
 俺が金の位目指すから勉強したいってギルドに頼んで、上級の魔術書を何冊か借りて渡したんだ。
 そうしたら先生はあっさり内容も理解するし、いつの間にか理論組み上げて、新しい上級魔術を使いこなしてさ。
 一から始めても白金になれる人は凄いんだって皆で感心したんだよ」

「……そうなの?」

「なんつうか……感覚で覚えてた。
 用語とか術式とか聞けば自然と解ったし、試しに新しい術式組んでも考えが滞るとかは無かったな」

 何でもないように言っているが、魔術を学んでいる最中のオレはようやく、サークの実力がどれ程高いのかを理解した。

 オレも金の位の理論を教えられていた時は、急に難易度が上がって難しいなと感じたのだ。

 それを簡単に理解して、しかも新しい魔術まで作り出せるなんて。
 理解力と応用力が高くなければ出来ないだろう。

 例えば、問題集に出された問題を解けるのが普通の魔術師だとする。
 それと違って、設問する事が出来るのが、新しい魔術を作り出せる魔術師だ。
 オレはまだそこまで出来そうもない。

 食後の紅茶のカップを傾けてソーサーに戻してから、ワトロンはオレに視線を向けてくる。

「あの頃の先生ね。魔術の他にも国ごとの情勢とか、ギルドの仕組みとかいろんな事を覚えようとしててさ。
 そんなに焦らなくてもいいのにと思って、聞いたんだよ。
 なんで急いでいろいろ覚えようとしてるのか」

「おい止め」

「探さなきゃいけない何かがある。
 物なのか人なのか思い出せないけど、ずっと気がかりで。
 早く行って見つけたいんだって言ったんだ」

 ワトロンの言葉に、思い至ったような顔でカイルもオレを見た。

「もしかしてそれが、息子のタリュス君だった……とか?」

「多分そうだと思うよ。
 奥さんの事だったのかもしれないけど」

「ええと、先生が島に行ったのって……今から十六年前よね。
 タリュス君が産まれた頃になるのかしら」

「どうなんですか?先生」

 改めてヨシュアが問うと、サークはオレを見つめて目元を緩めた。

「……あの頃はずっと焦ってた。
 何処に行って何をしなきゃいけないか、それすら解らなかった。
 だけどお前を想ってた。いつも」

「……うん」

「一人で生きていけるようになるまでこいつらに世話になって、タリュスを偶然ディスティアで見つけたのは一年ぐらいしてからだ。
 お前の姿を見てようやく、全部思い出した。
 俺が探してたのはお前だってな」

 オレをまっすぐ見つめる金色の瞳が、僅かに熱を帯びた気がした。

 かあっとオレの頬に熱が集まる。

 何だよ、今の言い方。

 ……まるで、愛を……伝える、みたいに。

「そっか、子供の事を心配して無意識に焦ってたんですねぇ。わかりますよ。
 俺もきっと娘達の事ならそうなりますもん」

 ヨシュアが納得したようにうんうんと頷く。

 ……子供への、愛情?

 そうか……オレの思い違いか。また。

 ……また勘違いをするところだった。

「先生がちゃんとタリュス君に会えて良かった」

 カイルの言葉に、全員が頬を緩めた。

 けれど、オレの心中は。

 燻っていた燠がまた燃え上がる前に、力を失くしておさまっていくのを感じていた。

 目を伏せたオレの肩を軽く叩いて、ジャネットはにこりと微笑んだ。

「世界中を巻き込んだけどね。
 イグニシオン先生のとこの親子喧嘩は規模が違うわ」

「…………ごめんなさい」

 ジャネットの言葉がぐさりと胸に刺さって、オレは頭を下げた。

「うん、まあそりゃ魔術が使えなくなったのはつらいし不便だよ。
 でも魔道具への切り替えも今のところ形になってるしさ。
 何とかやってけそうだから、もう割りきって考える事にしたんだ。
 君も先生も僕達のために必死で頑張ってくれてるし」

「新しい理論も結構おもしろくて、研究しがいがあるから、俺はそんなに気にしてないよ」

 俯くオレに、カイルとヨシュアが声をかけてくれるので、そっと目を上げる。

「……イグニシオン先生。
 これで良かったんですよね……?」

 孤島からサークを連れ出した張本人であるワトロンが、テーブルの上の拳をぎゅっと握った。

「……お前は俺が自分を見つける覚悟を決めるきっかけをくれた。
 今思えば、リヴリスに気付かれたら罰せられたかもしんねえのに、俺を匿って世話を焼いてくれたんだよな。
 お前達のおかげで魔術師の俺を取り戻せたんだ。
 ……今回の事は、お前らにも迷惑かけて悪かったと思ってる。
 それでも俺は、世界を巻き込もうがどっかの誰かにどれ程恨まれようが、タリュスと手を繋ぎ直したかった」

 サークはこれ以上ないくらい嬉しそうに、オレに微笑みかけた。

「良かったに決まってんだろ」

 その横顔に、ワトロン達も自然と笑い合う。

 オレは、堪らなくなってまた俯いた。

 オレは……僕だけは。

 許された気になって、微笑みを返しては、いけない。

 罪を忘れてはいけないんだ。

 談笑するサーク達に見つからないよう、オレは一人奥歯を強く噛み締めた。





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