162 / 227
八章
親代わりの想い
しおりを挟む
「サークスの昔の字が見たい?
随分と妙な願いだね悪ガキ。そいつをどうするってんだ」
「……大事な事なんだ。
古いものだし、探すの大変なら、場所を教えてくれれば一人で探す。
仕事に差し支えないようにするから……
おねがい、します」
壁一面を本棚で埋め尽くされた、リヴリスの執務室。
搭の皆は仕事を終えて床につき始める時間だったが、まだ何か書類と向き合っていたリヴリスに机の向こうから鋭い眼差しを向けられながら、オレは深く腰を折って頭を下げた。
沈黙のあとでため息が聞こえてくる。
やはり罪人のオレには、そんな手間をかけてくれるはずもないか。
唇を噛んで絨毯を見つめていると、すっと視界に帳面が差し出された。
ぱっと顔を上げると、薄い笑みを浮かべたリヴリスが傍らに立っている。
「サークスが学生最後に提出してきた課題用の物だ。
なかなか出来が良かったんで、側に一冊置いといたんだよ」
古ぼけた帳面を受け取る。
震える指で頁をめくると、癖のある筆圧の強い文字が並んでいた。
ーー同じだ。
僕がずっと持っていた紙片の字と。
落ち込んだとき、小さい頃からすがるように何度も見返してきたから間違いない。
……サークの昔の字と、父親の字が同じという証拠が出てしまった。
紛れもなく、僕が垣間見たのは過去の事実なんだ。
認めなければならないんだと、沈む気持ちを抱えながら、過去のサークが必死に学んだ跡を辿っていく。
魔術の基礎をかじっただけのオレでは、とても理解出来ない複雑な理論だった。
最後の頁をめくると、今と違うサークのサインとともに短い文章が記されていた。
『偉大なる魔術師リヴリス・バルハイム師へ。
全ての教えに感謝する』
頁の一番下へ、まるで照れ隠しのように。
他の文字に比べれば、雑に書かれた一行。
「昔から素直じゃないんだよあの馬鹿は」
「……そうみたいですね」
煩いだ何だと言っていても、リヴリスが息子のように気にかけてくれたのを、サークはちゃんと分かっていたんだろう。
幼い頃のサークがぶっきらぼうに、それでも伝えた感謝の言葉が微笑ましくて、少し気持ちが和らぐ。
リヴリスもきっと嬉しかった。
だから三十年近くもこの帳面を手元に置いていたんだ。
「もう十分です。ありがとうございました」
翌日、リヴリスの所へ行って確認してきた事をサークに伝えた。
術具に嵌める魔石を並べて調節する作業をしていたサークに、行動の早さを笑われてしまった。
「よくババアが素直に資料出したもんだ」
「大事に取っておいたみたいだよ」
「は?なんで」
「そっか、覚えてないんだね」
「んだよ」
「いいのいいの。
じゃあ僕を預けたあとの事を教えてほしい。
誰かに頼み事されてたのが見えたけど、会話も聞こえた。
搭に居場所を教えられたくなかったら、魔獣退治を手伝えって言われてたのがね」
「……記憶が戻ってから記録を探したんだが。
結構な被害の出た事件だった」
サークの面が暗く沈む。
ディスティアの大きな港街で、魔獣の大量発生事件があったという。
ダンジョンから異常発生した魔獣が溢れて、冒険者ギルドが退治する事はまれにあるけれど、その時は様子が違った。
魔獣の中に、龍がいたのだ。
言うまでもなく、魔獣の中で頂点に君臨する最強種。
「棲みかを人間に荒らされたのが大きな原因らしい。でかい地龍だった。
知性も高いから、ダンジョンから湧き出た魔獣の魔力を操って人間を見境なく襲った。
冒険者ギルドも三日三晩は防衛したが、死傷者が出始めて、手に負えなくなって。
魔術師ギルドに応援要請出しつつ、近隣にすぐ戦える奴がいないか探してたとこに、偶然俺が居たわけだ」
「サークの事情を知ってる人がいたんだね」
「厄介な事にな。搭に深く関わる魔術師ギルドの連中が来るとなれば、俺は絶対に手を貸さない。
だが応援が来るまで持つか危ない状況。
となれば俺を脅してでも引っ張って時間稼ぎするしか助からない。
状況的にも、地龍なんか野放しにしたら近隣の街まで被害が及ぶ可能性がある上、金の位でも相当な数集めねぇと退治は難しいからな。
仕方なく奴の依頼に乗った。
……すぐに退治して、お前を迎えにいくつもりだったんだ。
どうにか地龍の息の根止めて、海に叩き落としたまでは良かったが……
巻き込まれて俺も海に投げ出された」
「そ、んな、助けてくれる人は?
居なかったの?」
「集まった奴らは皆やられた。
俺自身も相当な魔力を失って、動けなくて。
正直駄目だと覚悟したな」
「でも……助かったんだね」
「まあな。
気がついたら知らない島にいた。
奇跡的に流れ着いたのを、住人が拾って介抱してくれてて。
だが俺は、地龍に負わされた怪我と魔力を失いすぎたせいで、何も覚えちゃいなかったんだ。
自分の名前も、魔術師であることも……
タリュスのことも。全部な」
息をのむオレから目を逸らして。
サークは島で起こった事を静かに語り始めた。
随分と妙な願いだね悪ガキ。そいつをどうするってんだ」
「……大事な事なんだ。
古いものだし、探すの大変なら、場所を教えてくれれば一人で探す。
仕事に差し支えないようにするから……
おねがい、します」
壁一面を本棚で埋め尽くされた、リヴリスの執務室。
搭の皆は仕事を終えて床につき始める時間だったが、まだ何か書類と向き合っていたリヴリスに机の向こうから鋭い眼差しを向けられながら、オレは深く腰を折って頭を下げた。
沈黙のあとでため息が聞こえてくる。
やはり罪人のオレには、そんな手間をかけてくれるはずもないか。
唇を噛んで絨毯を見つめていると、すっと視界に帳面が差し出された。
ぱっと顔を上げると、薄い笑みを浮かべたリヴリスが傍らに立っている。
「サークスが学生最後に提出してきた課題用の物だ。
なかなか出来が良かったんで、側に一冊置いといたんだよ」
古ぼけた帳面を受け取る。
震える指で頁をめくると、癖のある筆圧の強い文字が並んでいた。
ーー同じだ。
僕がずっと持っていた紙片の字と。
落ち込んだとき、小さい頃からすがるように何度も見返してきたから間違いない。
……サークの昔の字と、父親の字が同じという証拠が出てしまった。
紛れもなく、僕が垣間見たのは過去の事実なんだ。
認めなければならないんだと、沈む気持ちを抱えながら、過去のサークが必死に学んだ跡を辿っていく。
魔術の基礎をかじっただけのオレでは、とても理解出来ない複雑な理論だった。
最後の頁をめくると、今と違うサークのサインとともに短い文章が記されていた。
『偉大なる魔術師リヴリス・バルハイム師へ。
全ての教えに感謝する』
頁の一番下へ、まるで照れ隠しのように。
他の文字に比べれば、雑に書かれた一行。
「昔から素直じゃないんだよあの馬鹿は」
「……そうみたいですね」
煩いだ何だと言っていても、リヴリスが息子のように気にかけてくれたのを、サークはちゃんと分かっていたんだろう。
幼い頃のサークがぶっきらぼうに、それでも伝えた感謝の言葉が微笑ましくて、少し気持ちが和らぐ。
リヴリスもきっと嬉しかった。
だから三十年近くもこの帳面を手元に置いていたんだ。
「もう十分です。ありがとうございました」
翌日、リヴリスの所へ行って確認してきた事をサークに伝えた。
術具に嵌める魔石を並べて調節する作業をしていたサークに、行動の早さを笑われてしまった。
「よくババアが素直に資料出したもんだ」
「大事に取っておいたみたいだよ」
「は?なんで」
「そっか、覚えてないんだね」
「んだよ」
「いいのいいの。
じゃあ僕を預けたあとの事を教えてほしい。
誰かに頼み事されてたのが見えたけど、会話も聞こえた。
搭に居場所を教えられたくなかったら、魔獣退治を手伝えって言われてたのがね」
「……記憶が戻ってから記録を探したんだが。
結構な被害の出た事件だった」
サークの面が暗く沈む。
ディスティアの大きな港街で、魔獣の大量発生事件があったという。
ダンジョンから異常発生した魔獣が溢れて、冒険者ギルドが退治する事はまれにあるけれど、その時は様子が違った。
魔獣の中に、龍がいたのだ。
言うまでもなく、魔獣の中で頂点に君臨する最強種。
「棲みかを人間に荒らされたのが大きな原因らしい。でかい地龍だった。
知性も高いから、ダンジョンから湧き出た魔獣の魔力を操って人間を見境なく襲った。
冒険者ギルドも三日三晩は防衛したが、死傷者が出始めて、手に負えなくなって。
魔術師ギルドに応援要請出しつつ、近隣にすぐ戦える奴がいないか探してたとこに、偶然俺が居たわけだ」
「サークの事情を知ってる人がいたんだね」
「厄介な事にな。搭に深く関わる魔術師ギルドの連中が来るとなれば、俺は絶対に手を貸さない。
だが応援が来るまで持つか危ない状況。
となれば俺を脅してでも引っ張って時間稼ぎするしか助からない。
状況的にも、地龍なんか野放しにしたら近隣の街まで被害が及ぶ可能性がある上、金の位でも相当な数集めねぇと退治は難しいからな。
仕方なく奴の依頼に乗った。
……すぐに退治して、お前を迎えにいくつもりだったんだ。
どうにか地龍の息の根止めて、海に叩き落としたまでは良かったが……
巻き込まれて俺も海に投げ出された」
「そ、んな、助けてくれる人は?
居なかったの?」
「集まった奴らは皆やられた。
俺自身も相当な魔力を失って、動けなくて。
正直駄目だと覚悟したな」
「でも……助かったんだね」
「まあな。
気がついたら知らない島にいた。
奇跡的に流れ着いたのを、住人が拾って介抱してくれてて。
だが俺は、地龍に負わされた怪我と魔力を失いすぎたせいで、何も覚えちゃいなかったんだ。
自分の名前も、魔術師であることも……
タリュスのことも。全部な」
息をのむオレから目を逸らして。
サークは島で起こった事を静かに語り始めた。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
断罪フラグを回避したらヒロインの攻略対象者である自分の兄に監禁されました。
慎
BL
あるきっかけで前世の記憶を思い出し、ここが『王宮ラビンス ~冷酷王の熱い眼差しに晒されて』という乙女ゲームの中だと気付く。そのうえ自分がまさかのゲームの中の悪役で、しかも悪役は悪役でもゲームの序盤で死亡予定の超脇役。近いうちに腹違いの兄王に処刑されるという断罪フラグを回避するため兄王の目に入らないよう接触を避け、目立たないようにしてきたのに、断罪フラグを回避できたと思ったら兄王にまさかの監禁されました。
『オーディ… こうして兄を翻弄させるとは、一体どこでそんな技を覚えてきた?』
「ま、待って!待ってください兄上…ッ この鎖は何ですか!?」
ジャラリと音が鳴る足元。どうしてですかね… なんで起きたら足首に鎖が繋いでるんでしょうかッ!?
『ああ、よく似合ってる… 愛しいオーディ…。もう二度と離さない』
すみません。もの凄く別の意味で身の危険を感じるんですが!蕩けるような熱を持った眼差しを向けてくる兄上。…ちょっと待ってください!今の僕、7歳!あなた10歳以上も離れてる兄ですよね…ッ!?しかも同性ですよね!?ショタ?ショタなんですかこの国の王様は!?僕の兄上は!??そもそも、あなたのお相手のヒロインは違うでしょう!?Σちょ、どこ触ってるんですか!?
ゲームの展開と誤差が出始め、やがて国に犯罪の合法化の案を検討し始めた兄王に…。さらにはゲームの裏設定!?なんですか、それ!?国の未来と自分の身の貞操を守るために隙を見て逃げ出した――。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
無気力令息は安らかに眠りたい
餅粉
BL
銃に打たれ死んだはずだった私は目を開けると
『シエル・シャーウッド,君との婚約を破棄する』
シエル・シャーウッドになっていた。
どうやら私は公爵家の醜い子らしい…。
バース性?なんだそれ?安眠できるのか?
そう,私はただ誰にも邪魔されず安らかに眠りたいだけ………。
前半オメガバーズ要素薄めかもです。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる