この恋は無双

ぽめた

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八章

彼の執着

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 魔力なんてなくてもいい。
 オレにかけられた賞金を狙う者達から自分を守ってきた力は、精霊のものだけではない。

 恐らく首飾りの効果だろう。魔力も癒しを施す法力も封じられているが、魔術の使えない者達など、加減を止めればオレにとって取るに足らない連中だ。

「その身で確かめてみるか?
「元」魔術師ギルド最高責任者として」

 どうしようもなく苛々する。

 冷静に睨み返してくるリヴリスも、警戒を露にする男も、怯えたようにこちらに顔をむけた女も。

 ここにいる奴等を殴り飛ばせば少しは気が晴れるかもしれない。あれだけ恐ろしく見えたリヴリスだって、魔術を失った今ではただの老人にすぎないのだ。制圧なんて容易い。
 こいつらを黙らせたら、湖岸でオレを止めに来た連中をまた叩きのめすのも楽しそうだ。

 元魔術師達をどう制圧するか、素早く視線を走らせ立ち上がろうとした、その瞬間。

「止めろ」

 静かな声と同時に視界が真っ暗になる。
 動きが止まった一瞬で、後ろから腰を抱き込まれて強引に座らされた。

「うわ……!」

「少し落ち着け」

 すぐに目を塞いだ手は離れたけれど、サークの膝に座らされた事に気がついた。
 慌てて暴れるオレを、手首を捕まえながら金色の瞳が覗き込んでくる。

「離せ!」

「お前さ。さっきから気になって仕方ねんだけどさ」

 怒りを抑えた声音の迫力に押されたのと、思いがけない問いに僕は押し黙る。

「自分を「僕」か「オレ」って言ってんの、わかってんのか?誰に吹き込まれた?あ?」

「だ、れって」

「あいつか、魔人族の白いの。ランドールを出るまではひっついてやがったらしいな」

「ロフィは郷までの道案内させて後は勝手にいなくなったんだ、っていうかなんであいつが出てくるんだよ!関係ないだろ!」

「案内だけじゃねえだろ?あいつ狡賢いし取り込むの上手い奴だ。
 お前、そうやって庇うくらいには情が湧いてんだよな」

「庇うとか何だよ!?
 本当に意味がわかんないんだけど!っ痛」

 サークの表情が冷えていくのと対称的に、手首を掴んでいる力が強くなってくる。

「答えろタリュス。んな態度取るようになったのはあいつと」

「落ち着くのはあんただよこの馬鹿!」

 すぱあんとリヴリスが平手でサークとオレの頭をひっぱたいた。

「っってぇなクソ婆!」

「男の嫉妬ほど見苦しいもんはないんだ頭冷やしな!
 あんたもだよ悪ガキ!感情に任せて暴れるなんざ獣以下だみっともない!」

「っな……」

 じんじんと頭頂が痛い。
 こんな風に叩かれたのは初めてで、ただ戸惑う。

「サークス、あんたに悪ガキのお守りさせようと思ってたが止めとくよ。
 偉そうに言ってた、あたし達が生きてく方法とやらをさっさと見つけな。
 一週間以内にだわかったね!
 マックス、この悪ガキは翡翠宮に入れときな!」

「はっ、はいリヴリス先生」

 リヴリスは言い捨てて部屋を出ていく。
 慌てて女性が帳面を抱えて後を追い、マックスと呼ばれた男がサークに遠慮がちに声をかけてきた。

 その手にはオレに使う物だろう、手首を繋ぐ拘束具が握られていた。

「……イグニシオンさん。
 俺もう翡翠宮行きますけど」

「………ああ」

「離れて貰えませんか?」

 ちらりと拘束具を横目で眺めたサークは、しっかりとオレの右手を掴む。

「……それは使うな。俺が連れていく」

「駄目ですよ、これは規則で」

「頼む」

 マックスを見上げて請う横顔は、何故か必死な様子で。

 しばし困惑していたマックスは、やがて盛大なため息をついた。

「絶対絶対ぜーったいに離さないで下さいよ?」

「……悪い」

 沈んだ様子で答えて、サークは膝の上からようやくオレを下ろして立ち上がる。

「急いで行きますよ、リヴリス先生にばれたら頭を叩かれるだけじゃ済まないんですからね」

 ぶちぶちと言いながらマックスは廊下を歩き、上の階に続く階段を目指す。

 ……今なら。
 この手を振りほどけば逃げだせる。
 幾人も殺したあの日のようにすれば。

 そこではたと気がつく。

 逃げたその後。
 どこへ行けばいい?

 魔術師はもういない。魔人族の郷も滅ぼした。

 ーーああ、さっき名前を言ったから思い出した。

 あと二人、いるじゃないか。
 最たる元凶が。まだ。

 繋がれていない左手が拳を固める。

「タリュス」

 前を行く広い背中と、ひとつにくくられた、揺れる紫の絹糸。
 背中半ばだった長さの髪は、先端が腰に届きそうに伸びていた。

「黙って着いてこい」

 オレの足首につけられた二重の細い金の輪がぶつかって、ちりちりと澄んだ音が狭い廊下に反響する。

 ーー逃げるにしても、この魔力封じが厄介か。

 流石に魔力と法力なしに魔人族を相手取るのは難しい。

「……痛いよ」

 今抗うのは得策じゃない。それだけ。

 熱い掌にさらに籠った力が、行くなと言外に聞こえて。
 それが少しだけ心地良かったから。

 拘束具を言い訳にする、甘えた僕の心には知らないふりをしておいた。







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