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八章
取り調べ
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それから暫くしてリヴリスが部屋を訪れ、改めてオレがしてきた事件のあらましを問いただされていた。
聞き取った内容を記す役なのだろう、ローブ姿の若い女性が壁際の机に座っている。
リヴリスの後ろには警護の為らしい、同じローブを着た若い男性が立ち、油断なくオレに睨みをきかせていた。
「始めはアズヴァルド国の結界の破壊で違いないね。続けてマイゼルの魔術師達と、冒険者登録してた魔術師の契約の剥奪。
その後アズヴァルド国内全ての魔術師からも契約を奪い、ディスティア国、ティムト国、ランドール国へ移動を繰り返して、王族も含め同様の事を起こした。
怪我人は無いが、精神に問題を起こしたのが一定数いる。
能力を失った為、もしくは怪我は無くとも身体を傷つけられた為に心に傷を負った者。
あるいはあんたに魅了された者。
うちに戻ってきた連中の中にもいるけどね……
一体どんな口説きかたすればあんな骨抜きにできるんだか」
「そんな事してない」
「特にランドール国の王太子が顕著のようですが、君は彼らになにを?」
「なに、って」
「お前ら、これからタリュスと俺がする話は特秘事項だ。理解しとけよ」
オレを遮り、男性に釘をさしたサークは隣のオレに向き直る。
「具体的に聞くぞ。
精霊との契約の解除はどうやるのかだ」
何となく察したような顔をしているのに、改めて言うのは全員に伝える為だろう。
「……普通の魔術師は、外から干渉して魔術をほどいた。仕組みは知らないけど、精霊達が拘束されてるのはわかったから。
もう少し深く根づいてる、例えばランドール王家の血に代々宿るような強い結びつきを持ってた子には直接話しかけて説得した。
一緒にいるその人より僕といる方がいいよって」
「なんですそれ……
まるで精霊と話せるみたいな言い方ですね」
「………ちょっと俺相手にやってみろ」
「え」
「思い出せる範囲でいいから。
ランドールのそいつにやったようにだ」
「でも……しばらく前の事だし、半分意識がないような状態だったからうろ覚えで」
「そこは頑張れ」
「…………」
オレは仕方なく、視線を下げてあの時の事を思い出す。
永くランドール王家を護り、代々その血に宿り続けた四大精霊とウィル・オ・ウィスプと接触したあの時の風景を。
ライリー殿下の薄い水色の瞳を覗き込んだその奥深くにいたのは、金色の眩いドレスを纏った小さなお姫様と、護るように周囲を舞う四大精霊達だった。
僕が声をかけると、黄金の湖のほとりにしゃがんでいたその子は顔を上げる。
両の瞳はくるくると七色に変わる不思議な色で、怯えたようにこちらを見つめてきた。
とても可愛らしくて、頬が緩んだ。
けれどその子は怒った顔で頬を膨らませて、僕を責める。
「ランドール王家に宿る君は……高位精霊だね。
初めまして。僕はタリュスティン・マクヴィス。
君の名前を教えて?」
ーーあなたになまえなんておしえない。
「……嫌?……そんなこと言わないで。
いじわるだな」
ーーわたしたちのまもるこどもをいじめたわね。ひどいひと。
「ああそっか、宿主に苦痛を与えちゃったからか。ごめんね。
どうしても君に会いたくて……」
ーーわざとではないのね?
でもいたがるこどもはみたくないの。
もうしないで。
「うん、悪かったよ。ごめんなさい」
ーーあなた、タリュスティンというの。
なかまがいっているわ。
わたしがこのこどもからはなれるのが、あなたのねがいだと。
「そう、うん」
ーーいやよ、ずっとみまもってきたのだから。
でもあなたはふしぎ。
にんげんなのに、なぜかなつかしいわ。
ーーみんなタリュスティンをしっているのね。
あなたはよきものだと。
おうさまのいとしごなのだと。
だから、とくべつにおしえてあげる。
わたしはひかりをつかさどるの。
「……光の精霊か。
僕、君みたいな位の高い精霊と初めて話せた。
すごく嬉しい」
ーーわたしもうれしいわ、タリュスティン。
うつくしいまりょくをもつあなた。
わたしのなまえはね、ウィル・オ・ウィスプ。
「ーーウィル・オ……ウィスプか。
とっても綺麗な名前。
君を慕ってほかの精霊達が集まって来てたんだね」
頬に笑みが上る。
ついに上位精霊の名を手に入れた喜びに。
「数多の生命を育むもの。
総ての源たる気高き精霊ウィル・オ・ウィスプ。
か弱き檻、人の肉より離れ、自由をその胸に。
……ほら、こっちだよ」
言葉を交わすうちに、少しずつ頑なさがほどけてくれて、それが嬉しかった。
名前を聞きだして、強引に連れ出そうと近づいて手を……
「……タリュス」
ふいに間近で呼ばれて、はっと意識が浮上する。
気がつけばオレは、サークの太股に左手をかけて身体を近づけ、反対の手でその頬に触れようとしていた。
オレの背中にはなぜかサークの腕が、抱くように回されている。
苦いものでも口にしたようなサークと至近距離で見つめあっているのに気がついた瞬間、混乱で頭が真っ白になった僕は慌てて飛び退いた。
奇跡的に椅子に腰が乗って、がたんと激しい音を立てる。
どきどきと早い鼓動に胸元を握りしめ、熱い頬を見られたくなくて俯いた。
おかしい、なんで。
思い浮かべていたのはウィル・オ・ウィスプとの会話だったはずなのに。
「大体わかった。な」
「今の、会話の断片ですか?
……それにしてもよく平気ですねイグニシオンさん……」
「付き合い長いから」
「強がるんじゃないよ。危なかったろうあんた」
「あ?どこが」
「耳が赤いですよ……
まあ、今の色気浴びたんじゃ無理もないですけど……」
「…………昔より強力になってたのが計算外だっただけだ」
「素直に言いな。
あたし達が居なきゃ流されて手が出てたくせに」
会話にそろりと目を上げれば、元魔術師の若い二人は赤い顔で気まずげにしながらもちらちらとオレに視線をやってくるし、リヴリスは呆れたように腕組みをしてサークに小言を言っている。
自分が無意識に何をしたのかわからない。
サーク達の反応から察すると、ウィル・オ・ウィスプとした会話を口にしていたようだけど。
あの時の僕は、ライリー殿下から離れようとしない精霊を説き伏せようと、必死だったと思う。
目的は確かに、封じられた精霊を解放する事。
けれど今思い返せば、愛おしい存在が他に囚われているのが堪らなく不快で許せなくて、自分に振り向かせたくて……
俗に言ってしまえば、リヴリスの言うように、口説き落とそうとした、のかもしれない。
「これが何人も籠絡したやり口ってのはわかった。
普通に契約をほどかれた方がまだましだね」
やれやれと鼻から息を吐くリヴリス。
「……あんなふうに迫って精霊を解き放ったっていうんですか。たったそれだけで?
術式の解除をしたとかじゃなく」
平静を取り戻したのか、男性が信じられないという顔でオレを見下ろす。
その視線にどこか侮蔑に似た色を感じ、オレの頬が不快さにぴくりと歪んだ。
「迫って?馬鹿言うなよ、オレの言葉とお前らが卑怯な術を使うの、彼らにとってどちらが好ましいと思ってる。みんなが喜んで魔術師から離れたのがいい証拠だ。
無理やり囚われた彼らが、精霊王にも触れた僕に向かって魔術として使われる時、どれだけ悲しい顔をしていたかわからないくせに。
どこまで図々しいんだあんた達魔術師は」
「ず、図々しい……!?」
「自由そのものの彼らを捕まえて力を搾取してきたじゃないか。
いいか、精霊は魔術を疎んでいた。
だから精霊の王は眷属を解放した僕を是としたんだ」
「タリュス、精霊王と話したのか」
「そうだよ。僕のしたことは正しいって言ってた。間違ってたのは人間だ。
そういえばサーク。これから魔術師だった人達に償うって言ったよね。
まだ精霊達を利用するつもりなら、オレは抗わせてもらう。
……魔力が無くても、止める方法はあるんだから」
「馬鹿をお言いでないよ。
あんたみたいな小僧に何が出来るってんだい」
「この身ひとつあれば十分」
力を込めた指先が、ぱきりと小さく鳴った。
聞き取った内容を記す役なのだろう、ローブ姿の若い女性が壁際の机に座っている。
リヴリスの後ろには警護の為らしい、同じローブを着た若い男性が立ち、油断なくオレに睨みをきかせていた。
「始めはアズヴァルド国の結界の破壊で違いないね。続けてマイゼルの魔術師達と、冒険者登録してた魔術師の契約の剥奪。
その後アズヴァルド国内全ての魔術師からも契約を奪い、ディスティア国、ティムト国、ランドール国へ移動を繰り返して、王族も含め同様の事を起こした。
怪我人は無いが、精神に問題を起こしたのが一定数いる。
能力を失った為、もしくは怪我は無くとも身体を傷つけられた為に心に傷を負った者。
あるいはあんたに魅了された者。
うちに戻ってきた連中の中にもいるけどね……
一体どんな口説きかたすればあんな骨抜きにできるんだか」
「そんな事してない」
「特にランドール国の王太子が顕著のようですが、君は彼らになにを?」
「なに、って」
「お前ら、これからタリュスと俺がする話は特秘事項だ。理解しとけよ」
オレを遮り、男性に釘をさしたサークは隣のオレに向き直る。
「具体的に聞くぞ。
精霊との契約の解除はどうやるのかだ」
何となく察したような顔をしているのに、改めて言うのは全員に伝える為だろう。
「……普通の魔術師は、外から干渉して魔術をほどいた。仕組みは知らないけど、精霊達が拘束されてるのはわかったから。
もう少し深く根づいてる、例えばランドール王家の血に代々宿るような強い結びつきを持ってた子には直接話しかけて説得した。
一緒にいるその人より僕といる方がいいよって」
「なんですそれ……
まるで精霊と話せるみたいな言い方ですね」
「………ちょっと俺相手にやってみろ」
「え」
「思い出せる範囲でいいから。
ランドールのそいつにやったようにだ」
「でも……しばらく前の事だし、半分意識がないような状態だったからうろ覚えで」
「そこは頑張れ」
「…………」
オレは仕方なく、視線を下げてあの時の事を思い出す。
永くランドール王家を護り、代々その血に宿り続けた四大精霊とウィル・オ・ウィスプと接触したあの時の風景を。
ライリー殿下の薄い水色の瞳を覗き込んだその奥深くにいたのは、金色の眩いドレスを纏った小さなお姫様と、護るように周囲を舞う四大精霊達だった。
僕が声をかけると、黄金の湖のほとりにしゃがんでいたその子は顔を上げる。
両の瞳はくるくると七色に変わる不思議な色で、怯えたようにこちらを見つめてきた。
とても可愛らしくて、頬が緩んだ。
けれどその子は怒った顔で頬を膨らませて、僕を責める。
「ランドール王家に宿る君は……高位精霊だね。
初めまして。僕はタリュスティン・マクヴィス。
君の名前を教えて?」
ーーあなたになまえなんておしえない。
「……嫌?……そんなこと言わないで。
いじわるだな」
ーーわたしたちのまもるこどもをいじめたわね。ひどいひと。
「ああそっか、宿主に苦痛を与えちゃったからか。ごめんね。
どうしても君に会いたくて……」
ーーわざとではないのね?
でもいたがるこどもはみたくないの。
もうしないで。
「うん、悪かったよ。ごめんなさい」
ーーあなた、タリュスティンというの。
なかまがいっているわ。
わたしがこのこどもからはなれるのが、あなたのねがいだと。
「そう、うん」
ーーいやよ、ずっとみまもってきたのだから。
でもあなたはふしぎ。
にんげんなのに、なぜかなつかしいわ。
ーーみんなタリュスティンをしっているのね。
あなたはよきものだと。
おうさまのいとしごなのだと。
だから、とくべつにおしえてあげる。
わたしはひかりをつかさどるの。
「……光の精霊か。
僕、君みたいな位の高い精霊と初めて話せた。
すごく嬉しい」
ーーわたしもうれしいわ、タリュスティン。
うつくしいまりょくをもつあなた。
わたしのなまえはね、ウィル・オ・ウィスプ。
「ーーウィル・オ……ウィスプか。
とっても綺麗な名前。
君を慕ってほかの精霊達が集まって来てたんだね」
頬に笑みが上る。
ついに上位精霊の名を手に入れた喜びに。
「数多の生命を育むもの。
総ての源たる気高き精霊ウィル・オ・ウィスプ。
か弱き檻、人の肉より離れ、自由をその胸に。
……ほら、こっちだよ」
言葉を交わすうちに、少しずつ頑なさがほどけてくれて、それが嬉しかった。
名前を聞きだして、強引に連れ出そうと近づいて手を……
「……タリュス」
ふいに間近で呼ばれて、はっと意識が浮上する。
気がつけばオレは、サークの太股に左手をかけて身体を近づけ、反対の手でその頬に触れようとしていた。
オレの背中にはなぜかサークの腕が、抱くように回されている。
苦いものでも口にしたようなサークと至近距離で見つめあっているのに気がついた瞬間、混乱で頭が真っ白になった僕は慌てて飛び退いた。
奇跡的に椅子に腰が乗って、がたんと激しい音を立てる。
どきどきと早い鼓動に胸元を握りしめ、熱い頬を見られたくなくて俯いた。
おかしい、なんで。
思い浮かべていたのはウィル・オ・ウィスプとの会話だったはずなのに。
「大体わかった。な」
「今の、会話の断片ですか?
……それにしてもよく平気ですねイグニシオンさん……」
「付き合い長いから」
「強がるんじゃないよ。危なかったろうあんた」
「あ?どこが」
「耳が赤いですよ……
まあ、今の色気浴びたんじゃ無理もないですけど……」
「…………昔より強力になってたのが計算外だっただけだ」
「素直に言いな。
あたし達が居なきゃ流されて手が出てたくせに」
会話にそろりと目を上げれば、元魔術師の若い二人は赤い顔で気まずげにしながらもちらちらとオレに視線をやってくるし、リヴリスは呆れたように腕組みをしてサークに小言を言っている。
自分が無意識に何をしたのかわからない。
サーク達の反応から察すると、ウィル・オ・ウィスプとした会話を口にしていたようだけど。
あの時の僕は、ライリー殿下から離れようとしない精霊を説き伏せようと、必死だったと思う。
目的は確かに、封じられた精霊を解放する事。
けれど今思い返せば、愛おしい存在が他に囚われているのが堪らなく不快で許せなくて、自分に振り向かせたくて……
俗に言ってしまえば、リヴリスの言うように、口説き落とそうとした、のかもしれない。
「これが何人も籠絡したやり口ってのはわかった。
普通に契約をほどかれた方がまだましだね」
やれやれと鼻から息を吐くリヴリス。
「……あんなふうに迫って精霊を解き放ったっていうんですか。たったそれだけで?
術式の解除をしたとかじゃなく」
平静を取り戻したのか、男性が信じられないという顔でオレを見下ろす。
その視線にどこか侮蔑に似た色を感じ、オレの頬が不快さにぴくりと歪んだ。
「迫って?馬鹿言うなよ、オレの言葉とお前らが卑怯な術を使うの、彼らにとってどちらが好ましいと思ってる。みんなが喜んで魔術師から離れたのがいい証拠だ。
無理やり囚われた彼らが、精霊王にも触れた僕に向かって魔術として使われる時、どれだけ悲しい顔をしていたかわからないくせに。
どこまで図々しいんだあんた達魔術師は」
「ず、図々しい……!?」
「自由そのものの彼らを捕まえて力を搾取してきたじゃないか。
いいか、精霊は魔術を疎んでいた。
だから精霊の王は眷属を解放した僕を是としたんだ」
「タリュス、精霊王と話したのか」
「そうだよ。僕のしたことは正しいって言ってた。間違ってたのは人間だ。
そういえばサーク。これから魔術師だった人達に償うって言ったよね。
まだ精霊達を利用するつもりなら、オレは抗わせてもらう。
……魔力が無くても、止める方法はあるんだから」
「馬鹿をお言いでないよ。
あんたみたいな小僧に何が出来るってんだい」
「この身ひとつあれば十分」
力を込めた指先が、ぱきりと小さく鳴った。
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