この恋は無双

ぽめた

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八章

魔術師の塔

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 しばし歩くと、街を囲む高い塀に辿り着いた。
 それほど大きくない扉に、サークは手をかけてから舌打ちする。

「開かねぇか……
 魔力紋も変わってるってことは手動かよ。
 めんどくせぇな」

 しっかりとオレの手を繋いで離さないまま、サークは懐を探って鍵を取り出し扉を開ける。

 難なく開いた扉をくぐると、中は一面煉瓦で出来た町並みが広がっていた。
 人通りはなく、閑散とする道を歩くサークが目指しているのは、中心部にそびえ立つ巨大な塔のようだ。

「……魔術師の、塔……これが……」

 舗装された広場の向こうに堂々と建つ、魔術師の象徴。
 隣接して大きな建物が左右に伸びていた。

「塔にくっついてんのが研究棟と実験棟と学舎。
 奥にあんのが寮とか食堂」

「お戻りですか、イグニシオンさん。
 ……上手くいったようですね」

 説明を聞くうちに辿り着いた塔の前には、武装した兵士が二人警備していて、うちの一人がちらりと視線をオレにやって声をかけてくる。

「全員やられたが怪我人はいない。
 じきに戻ってくるから給仕の連中に手配頼む」

「わかりました。
 ……ご無事で良かった、本当に……」

「……ま、見た目はな」

 安堵の息をつく兵士の肩をひとつ叩き、サークはオレの手を掴んだまま大きな扉をくぐった。

 塔の内部は想像していた通りに広いが、やはり人の気配はない。本当に、残っていた魔術師の全員がさっきの場所にいたのだ。

 壁に沿って造られた螺旋階段を登り、三階にあるひとつの部屋に連れていかれた。
 中は机と簡素な椅子が四つあるだけの簡素なもの。

「とりあえずそっち座れ」

 戸を閉めてからようやく手を離されたので、奥の椅子に促されるままに腰かけた。

 身体がものすごく重くて脱力感が続いていたので、背もたれに体重を預けると小さくため息が漏れる。

 サークは部屋のすみにあったポットから飲み物を用意し始めた。
 コトリと机に置かれた二つのカップからは、コーヒーの香りと湯気が上がっていた。

「飲めるか?ミルクはないが砂糖ならあるぞ」

「……いらない」

「へえ、そのまま飲めるようになったんだな」

「いつまでも子供じゃない」

 むっとして唇を尖らせるオレに小さく笑って、対面にサークは座った。

 しばし沈黙が落ちる。

 これだけの事件を犯したオレが、何を言えるだろう。

 元魔術師達はオレをどう裁くだろう。
 どれほどきつくなじられるだろうか。

 サークは静かにコーヒーを飲んで、じっとオレを見つめるばかりだ。

「……言いたいことがあるんなら、言えば」

 沸き上がってくる緊張を誤魔化すように睨み返す。

「ん、ああ。改めて、久しぶりだなって」

「はあ?そんなことじゃないだろ、オレは世界中の魔術師を潰したんだ、それに魔人族も殺した。
 一人残らずだ。見たんだろ全部」

「まあな」

「怒ってんだろ?無関係な人にも手をかけた。もう素直でいい子じゃないオレが嫌いになっただろ?
 こんな所でコーヒーなんか出してないで、さっさと罰でも何でもやればいいんだ。牢屋にでも閉じ込めてさ」

「後悔してんだろ」

 改めて言われた静かな一言にかっとなる。

「だからなんだよ!」

「俺もしてる」

 思いがけない言葉に怯むオレに、サークはまっすぐな眼差しを向ける。

「全部後悔してる。
 お前に真実を伝えなかった事も、想いに向き合わなかった事も」

「だ、だからって、今さら」

「そうだ今さらだ。
 そんでこれからだ。
 俺はお前を、タリュスを息子と認めて相棒として扱う。
 お前に強要は出来ないが……俺は、そうしなきゃなんねえ。
 お前が犯した罪に見合う罰を下すのは、それを一緒に背負う俺じゃない。
 リヴリスが決める事だ」

 覚悟を決めた言葉と裏腹に、何故か苦しそうで躊躇いに満ちた顔をするサーク。

「……諦め悪いのは性分だ。
 しばらくは見逃してくれ」

 何を諦めたくないのか。
 それをどうしても明かすつもりはないんだろうか。

「オレに言えない隠し事、まだしてるじゃないか」

「んー……まあな」

 カップに視線を落とし、どこか切なく微笑む。

「未練がましいのはわかってんだ」

 ふっと息を吐いて、サークは長い足を組み椅子に背中を預ける。

「んで?お前の言った通り、全部無かったことに出来たかよ」

 ようやくオレは気がついた。

 サークがオレを、名前ではなく「お前」と呼ぶようになったこと。

 思い返せば、誰彼をお前とサークは呼んでいたけど、オレにだけはそうしなかった。

 慈しむように「タリュス」と呼んでくれていたのは、なにか……特別に、意識しての事だったのだろうか。

 過去を振り返り、改めて問われて重く意識が沈む。

「……できなかった。
 どれだけ精霊達を解放しても、郷の人を殺しても、僕は……何も変わらない。
 もっと苛々して苦しくて……
 相手の恨む目も、悲鳴も。
 ずっと消えないんだ」

 なぜ、どうしてと責める声。

 ひとりひとり、覚えている。

 奪えば奪うほどに増えていったかれらの姿は、夜毎悪夢となって現れて。

 ……時折、違う夢を見た時だけは。
 その日だけは、少しだけ眠れたんだ。

 目覚めれば涙で頬が濡れているのは、同じだったけど。

 じっと僕は、サークの金色の瞳を見つめ返す。

 夢にもみるほど焦がれた。

 そんなにも会いたくて会いたくて仕方なかったのに、血と罪に汚れた自分をみて欲しくなくて逃げ続けた。

 結局はサークに捕まったけど。

「……罰は受ける。わかってるから」

 止められて裁かれる事に安堵している自分はやはり、どうしようもなく愚かだと思う。






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