144 / 227
七章
白金の魔術師ピート・ウィスクドール
しおりを挟む
深い森の中でひとり夜営をしていたオレは、焚き火に枝をくべながらふと目を上げた。
「やあ、君が魔術師狩り?思っていたより子供なんだなぁ」
炎の明かりが届く範囲まで、両腕を広げ悠々と足を進めてくるのは三十代中ばほどに見える、軽薄そうな男だった。
「……ランドールの白金持ちか」
「へぇっなんでわかるの?」
「白々しいよウィスクドール」
芝居がかった言い方に、じろりと睨み付けてやる。
「なあんてね。確認くらいさせてよ。
ああこれ手土産。毒なんか入れてないから安心して」
人懐っこくにこにこと笑いながら、倒木に腰かけたオレの膝の上に布包みをぽんと置いて、当然のように焚き火を挟んで対面の地べたにあぐらをかいた。
眉をしかめながら持ち上げてみれば、ふわりと甘い香りがする。
「評判のパウンドケーキだよ。朝から並んで買ったんだ。
僕の記憶が確かなら、甘いもの好きだろ?タリュス君」
「……あんたも相変わらずだな」
膝に片方の肘をついて顎を乗せ、あくまでも朗らかに微笑む男。
ランドール国付きの白金の魔術師、ピート・ウィスクドール。
この国での最後の目的である。
彼とは幼い頃に一度会っていた。
アズヴァルドのあの家で暮らし始めた頃、ティムト国付き白金の魔術師アッシュ・アスタロッドと共に、十日程滞在していた事がある。
掴み所のない物言いで、随分とからかわれた記憶が残っていた。
「ずいぶんと見目が変わったねえ。
子供の成長はあっという間だ、年は取りたくないもんだよ」
「……国の命令で捕らえに来たんだろう」
「んん、協力要請だけどまあ実質そうだね。ランドールの魔術師は俺が最後だし。
君に全国の同士がやられて、かろうじて隠れてた奴らも皆、本拠地に収集かけられててさ。
ランドールは王太子が加護を失った上に、君を娶るから国を出る、廃嫡でも何でもしろって言い出して大騒ぎになってるよ。
僕が君を探しに出るから待てって国王が引き留めてるけど、あの王太子の様子じゃ大した時間稼ぎにならないね。
ちっさい時から思ってたけど、君の美貌はまるで劇薬だ」
「馬鹿じゃないのか。
元々あまり賢くなさそうに見えたけど、そこまで酷いのか」
「そういうご趣味の人もいるってことだよ。
それか君が目覚めさせちゃったんだろう。お気の毒さま。
ああそれと、聖女からも君の捜索要請を受けたな。
つくづく罪作りな男になったもんだ」
肩をすくめてから、ごそごそと肩掛け鞄を漁って今度は携帯用の水筒をぐびりと煽る。
中身は昔と変わりないなら酒だろう。
相変わらず忙しないなと思いながら布包みを開けると、チョコレート色をしたパウンドケーキのいい香りが広がった。
聖女ジュリア。「タリュス」へ告白してきた、必死な顔を思い出す。
神の決めた伴侶だという証拠なのだろう、一面に咲き誇ったアイリスの花畑。
オレの捜索を頼むあたり、諦めてはいないのだ。彼女も案外意地が強い。
……早く諦めればいいのに。
大量に人を殺めたオレを、神が許すはずがないんだから。
どいつもこいつも、馬鹿みたいだ。
オレが何をしたのか、なんにも知らないで。
取り出したナイフで数枚に切り分け、パウンドケーキを差し出すと、ウィスクドールは嬉しそうに受け取った。
「ありがとう。あんまりにも評判で買えないから、まだ食べたことないんだ。
甘いものは僕も好きだよ」
「毒味に決まってるだろう」
「疑り深いねえ。毒なんて効かないんだろどうせ」
「……なんで」
「イグニシオンのとこにいたんなら、そういう魔術師の塔で教わる教育は一通り習ってるよね?」
確かに一部はその通りだ。
魔術の道具として扱う薬の中には毒素の強いものもある。
調合中の耐性をつけるために、日常から弱い毒を飲むんだと教わった。
けれどそういう危険な薬の調合は彼だけが行っていたので、ウィスクドールが言うように毒を飲む訓練をオレはしてこなかった。
「おかげで僕は酒が好きなのにあまり酔わないから、つまらないんだ。
君はどう?付き合わない?」
「……いらない」
酒を呑んだのは星祭りの夜が最後だ。
胸を高鳴らせた思い出まで甦ってきたけれど、今は胸を辛く締め付けるだけだった。
「こんな所まで酒盛りしに来たわけじゃないだろ」
さめた目で返しながらパウンドケーキにかじりつく。
口一杯に広がる久しぶりの甘さにほんの少しだけ弛んだ心が、ウィスクドールの邪悪にも見える笑顔で再び引き締まる。
「僕は器用だから、魔術師って職に拘りはない。
だからこれは純粋な好奇心なのさ」
ざわりと周囲の木々が枝葉を揺らす。
両膝に肘をついて、組んだ指の上に顎を乗せたウィスクドールから一瞬で濃密な魔術が展開されて、オレの周囲を取り囲んだ。
「勝負だ、魔術師狩り。
奪えるものなら奪ってみな」
オレも座ったままで護りの壁を生み出した。
どんっと空気が震え、腕を伸ばした程の先にある境界線で、バチバチと銀の煌めきが迸る。
四大精霊を一度に組み込んで、しかも無詠唱。
ピート・ウィスクドールの別名、無音の詠い手に相応しい技だ。
「いいよ。奪えなきゃ壊すだけだから」
でなければ自分を餌にして釣った意味がない。
気配も消さず、焚き火の煙も風に散らさないで、ここにいるのをわざと知らせてやったのだから。
互いの魔力の圧がぶつかって、竜巻のように暴風が吹き荒れる。
焚き火の枝も吹き散らされて闇に包まれたので、光の精霊に呼び掛けて小さな光球を周囲に幾つか浮かべ、光源を確保する。
不思議な淡い光球に照らされて、ウィスクドールがぱちんと指を鳴らした。
十指全ての指に嵌めた指輪の宝石がとりどりに輝きだす。
「そんなにしてたら邪魔じゃないのか」
オレの軽口には応えずに、光の糸を紡ぐようにウィスクドールの指が踊ると籠のように魔術が構築されていく。
「出し惜しみなしだ、僕のとっておきだよ」
にまりと笑うウィスクドールの傍らに、四大精霊の姿がぼんやりと浮かぶ。
血の契約に縛られ、精霊王にまみえたオレに向かって、力を振るわざるを得ない彼らの表情は暗い。
その事に怒りの感情がわいてくる。
「潰してやる」
ウィスクドールの組み上げた魔術の籠。
例えるならサーカスの様に次々と、ともすれば心踊るような華やかさまである鮮やかな技だ。
それをオレは力任せに壊していく。
人間ならばみとれている内に、あっという間に呑まれてしまうだろうが関係ない。
炎の輪を作るサラマンデル。
高く水飛沫を上げて虹を生み出すウンディーネ。
軽やかに花吹雪を散らすシルフィ。
サーカスの天幕を構築し対象を閉じ込めるノーム。
持てる魔力を全力で叩きつけていくと、契約の文言がシャボン玉が割れるように細かな虹の粒子になり、虚空に弾けて消えていく。
最後の契約を打ち消した瞬間、ぐらりとウィスクドールの体が傾き、地面に崩れ落ちた。
オレも魔力が空になるまで使いきった為に視界が回る。
どうにか傍らに手をついて倒れるのを堪え、激しくなる鼓動を静めようと大きく呼吸を繰り返す。
全身からは冷たい汗が吹き出し、こめかみから顎先へ伝う。
「…………動かない、か」
乾いた唇で呟く。
騙し討ちが好きなこいつの事だ、疲弊したふりをして何か仕掛けてくる可能性があるから油断はできないが。
しばらく様子をみてみたが、やはり起き上がる気配はない。
本当に全力を出しきって、契約を壊された負荷で気絶しているようだ。
オレは溜め息をひとつついて、落としてしまったパウンドケーキを拾い上げる。
布包みごと落ちたので中身は無事だ。
ひとつ残ったウィル・オ・ウィスプの弱い光の球が漂うのを眺めながら、甘いケーキにかじりつく。
「……置いてったら、死ぬかな」
まだ日付が変わるには時間があるが、気温はどんどん下がってくる。
焚き火を消し飛ばしてしまった為に周囲の空気も冷えてきた。
「……あ」
ひらり、と白い粒が空から舞い降りてきて、目をあげる。
漆黒の夜空から小さな雪の粒が降ってきていた。
「面倒だな……」
人里近くでこんなに激しくぶつかり合えば、被害が出ると思って山の中を選んだのだが。
昏倒したウィスクドールをどうするかまでは考えていなかった。
残りのケーキを食べ終わる頃には、少し魔力も回復したので立ち上がる。
魔人族の郷から距離は取ったけれど、早くこの場から立ち去らなければ。ルーナ達に気づかれてまた追いつかれてしまう。
夜営道具を片付けて背負い、さてこの男をどうしようかと思案すると、小さく内側から声がした。
『ピートさんをどうするつもり』
両膝を抱えてうずくまり、つめたい視線を向けてくる「タリュス」。
『寝かせたままにしたら凍死する』
「だろうな。しょうがないから近くの町の教会にでも転がしておくさ」
『この人は、助けるんだ?』
「魔人族以外は殺す理由がない」
『今さら綺麗事言っても、その手が汚れた事実は変わらないよ』
しばらくはめそめそと泣くだけだったのに、今日はやたらとオレを責めてくる。
ふんと鼻を鳴らし、ノームの力を借りてウィスクドールの体を地面ごと持ち上げた。
オレが歩き出すのに合わせて地面がぼこぼこと盛り上がって、ウィスクドールを移動させていく。
「そうだな、オレが起こした事を母も父もその目に焼き付けただろうしな。
今度こそ見放されただろ」
……それでいい。それがいい。
あの二人が大事に綺麗に育んだ子供は、もういない。
『……あのふたりは……そんなこと……』
未練がましく希望を口にする「タリュス」に嗤って言ってやる。
「確かめればいい。どうせ次の目的地に行けば解ることだ」
『まだ、つづけるの』
「ああ勿論。ウィスクドールから朗報を聞いたからな。
魔術師が一同に介しているなら好都合だ」
『もうやめて……もう十分でしょ……』
「お前が望んだんだろう」
降り始めた雪を眺めながら。
「汚れ仕事はオレが引き受けたんだ。
黙って綺麗なふりをして眺めていればいいんだよ、お前は」
純白の羽根が舞う夜空に落ちたオレの呟きは、自嘲の響きだった。
「やあ、君が魔術師狩り?思っていたより子供なんだなぁ」
炎の明かりが届く範囲まで、両腕を広げ悠々と足を進めてくるのは三十代中ばほどに見える、軽薄そうな男だった。
「……ランドールの白金持ちか」
「へぇっなんでわかるの?」
「白々しいよウィスクドール」
芝居がかった言い方に、じろりと睨み付けてやる。
「なあんてね。確認くらいさせてよ。
ああこれ手土産。毒なんか入れてないから安心して」
人懐っこくにこにこと笑いながら、倒木に腰かけたオレの膝の上に布包みをぽんと置いて、当然のように焚き火を挟んで対面の地べたにあぐらをかいた。
眉をしかめながら持ち上げてみれば、ふわりと甘い香りがする。
「評判のパウンドケーキだよ。朝から並んで買ったんだ。
僕の記憶が確かなら、甘いもの好きだろ?タリュス君」
「……あんたも相変わらずだな」
膝に片方の肘をついて顎を乗せ、あくまでも朗らかに微笑む男。
ランドール国付きの白金の魔術師、ピート・ウィスクドール。
この国での最後の目的である。
彼とは幼い頃に一度会っていた。
アズヴァルドのあの家で暮らし始めた頃、ティムト国付き白金の魔術師アッシュ・アスタロッドと共に、十日程滞在していた事がある。
掴み所のない物言いで、随分とからかわれた記憶が残っていた。
「ずいぶんと見目が変わったねえ。
子供の成長はあっという間だ、年は取りたくないもんだよ」
「……国の命令で捕らえに来たんだろう」
「んん、協力要請だけどまあ実質そうだね。ランドールの魔術師は俺が最後だし。
君に全国の同士がやられて、かろうじて隠れてた奴らも皆、本拠地に収集かけられててさ。
ランドールは王太子が加護を失った上に、君を娶るから国を出る、廃嫡でも何でもしろって言い出して大騒ぎになってるよ。
僕が君を探しに出るから待てって国王が引き留めてるけど、あの王太子の様子じゃ大した時間稼ぎにならないね。
ちっさい時から思ってたけど、君の美貌はまるで劇薬だ」
「馬鹿じゃないのか。
元々あまり賢くなさそうに見えたけど、そこまで酷いのか」
「そういうご趣味の人もいるってことだよ。
それか君が目覚めさせちゃったんだろう。お気の毒さま。
ああそれと、聖女からも君の捜索要請を受けたな。
つくづく罪作りな男になったもんだ」
肩をすくめてから、ごそごそと肩掛け鞄を漁って今度は携帯用の水筒をぐびりと煽る。
中身は昔と変わりないなら酒だろう。
相変わらず忙しないなと思いながら布包みを開けると、チョコレート色をしたパウンドケーキのいい香りが広がった。
聖女ジュリア。「タリュス」へ告白してきた、必死な顔を思い出す。
神の決めた伴侶だという証拠なのだろう、一面に咲き誇ったアイリスの花畑。
オレの捜索を頼むあたり、諦めてはいないのだ。彼女も案外意地が強い。
……早く諦めればいいのに。
大量に人を殺めたオレを、神が許すはずがないんだから。
どいつもこいつも、馬鹿みたいだ。
オレが何をしたのか、なんにも知らないで。
取り出したナイフで数枚に切り分け、パウンドケーキを差し出すと、ウィスクドールは嬉しそうに受け取った。
「ありがとう。あんまりにも評判で買えないから、まだ食べたことないんだ。
甘いものは僕も好きだよ」
「毒味に決まってるだろう」
「疑り深いねえ。毒なんて効かないんだろどうせ」
「……なんで」
「イグニシオンのとこにいたんなら、そういう魔術師の塔で教わる教育は一通り習ってるよね?」
確かに一部はその通りだ。
魔術の道具として扱う薬の中には毒素の強いものもある。
調合中の耐性をつけるために、日常から弱い毒を飲むんだと教わった。
けれどそういう危険な薬の調合は彼だけが行っていたので、ウィスクドールが言うように毒を飲む訓練をオレはしてこなかった。
「おかげで僕は酒が好きなのにあまり酔わないから、つまらないんだ。
君はどう?付き合わない?」
「……いらない」
酒を呑んだのは星祭りの夜が最後だ。
胸を高鳴らせた思い出まで甦ってきたけれど、今は胸を辛く締め付けるだけだった。
「こんな所まで酒盛りしに来たわけじゃないだろ」
さめた目で返しながらパウンドケーキにかじりつく。
口一杯に広がる久しぶりの甘さにほんの少しだけ弛んだ心が、ウィスクドールの邪悪にも見える笑顔で再び引き締まる。
「僕は器用だから、魔術師って職に拘りはない。
だからこれは純粋な好奇心なのさ」
ざわりと周囲の木々が枝葉を揺らす。
両膝に肘をついて、組んだ指の上に顎を乗せたウィスクドールから一瞬で濃密な魔術が展開されて、オレの周囲を取り囲んだ。
「勝負だ、魔術師狩り。
奪えるものなら奪ってみな」
オレも座ったままで護りの壁を生み出した。
どんっと空気が震え、腕を伸ばした程の先にある境界線で、バチバチと銀の煌めきが迸る。
四大精霊を一度に組み込んで、しかも無詠唱。
ピート・ウィスクドールの別名、無音の詠い手に相応しい技だ。
「いいよ。奪えなきゃ壊すだけだから」
でなければ自分を餌にして釣った意味がない。
気配も消さず、焚き火の煙も風に散らさないで、ここにいるのをわざと知らせてやったのだから。
互いの魔力の圧がぶつかって、竜巻のように暴風が吹き荒れる。
焚き火の枝も吹き散らされて闇に包まれたので、光の精霊に呼び掛けて小さな光球を周囲に幾つか浮かべ、光源を確保する。
不思議な淡い光球に照らされて、ウィスクドールがぱちんと指を鳴らした。
十指全ての指に嵌めた指輪の宝石がとりどりに輝きだす。
「そんなにしてたら邪魔じゃないのか」
オレの軽口には応えずに、光の糸を紡ぐようにウィスクドールの指が踊ると籠のように魔術が構築されていく。
「出し惜しみなしだ、僕のとっておきだよ」
にまりと笑うウィスクドールの傍らに、四大精霊の姿がぼんやりと浮かぶ。
血の契約に縛られ、精霊王にまみえたオレに向かって、力を振るわざるを得ない彼らの表情は暗い。
その事に怒りの感情がわいてくる。
「潰してやる」
ウィスクドールの組み上げた魔術の籠。
例えるならサーカスの様に次々と、ともすれば心踊るような華やかさまである鮮やかな技だ。
それをオレは力任せに壊していく。
人間ならばみとれている内に、あっという間に呑まれてしまうだろうが関係ない。
炎の輪を作るサラマンデル。
高く水飛沫を上げて虹を生み出すウンディーネ。
軽やかに花吹雪を散らすシルフィ。
サーカスの天幕を構築し対象を閉じ込めるノーム。
持てる魔力を全力で叩きつけていくと、契約の文言がシャボン玉が割れるように細かな虹の粒子になり、虚空に弾けて消えていく。
最後の契約を打ち消した瞬間、ぐらりとウィスクドールの体が傾き、地面に崩れ落ちた。
オレも魔力が空になるまで使いきった為に視界が回る。
どうにか傍らに手をついて倒れるのを堪え、激しくなる鼓動を静めようと大きく呼吸を繰り返す。
全身からは冷たい汗が吹き出し、こめかみから顎先へ伝う。
「…………動かない、か」
乾いた唇で呟く。
騙し討ちが好きなこいつの事だ、疲弊したふりをして何か仕掛けてくる可能性があるから油断はできないが。
しばらく様子をみてみたが、やはり起き上がる気配はない。
本当に全力を出しきって、契約を壊された負荷で気絶しているようだ。
オレは溜め息をひとつついて、落としてしまったパウンドケーキを拾い上げる。
布包みごと落ちたので中身は無事だ。
ひとつ残ったウィル・オ・ウィスプの弱い光の球が漂うのを眺めながら、甘いケーキにかじりつく。
「……置いてったら、死ぬかな」
まだ日付が変わるには時間があるが、気温はどんどん下がってくる。
焚き火を消し飛ばしてしまった為に周囲の空気も冷えてきた。
「……あ」
ひらり、と白い粒が空から舞い降りてきて、目をあげる。
漆黒の夜空から小さな雪の粒が降ってきていた。
「面倒だな……」
人里近くでこんなに激しくぶつかり合えば、被害が出ると思って山の中を選んだのだが。
昏倒したウィスクドールをどうするかまでは考えていなかった。
残りのケーキを食べ終わる頃には、少し魔力も回復したので立ち上がる。
魔人族の郷から距離は取ったけれど、早くこの場から立ち去らなければ。ルーナ達に気づかれてまた追いつかれてしまう。
夜営道具を片付けて背負い、さてこの男をどうしようかと思案すると、小さく内側から声がした。
『ピートさんをどうするつもり』
両膝を抱えてうずくまり、つめたい視線を向けてくる「タリュス」。
『寝かせたままにしたら凍死する』
「だろうな。しょうがないから近くの町の教会にでも転がしておくさ」
『この人は、助けるんだ?』
「魔人族以外は殺す理由がない」
『今さら綺麗事言っても、その手が汚れた事実は変わらないよ』
しばらくはめそめそと泣くだけだったのに、今日はやたらとオレを責めてくる。
ふんと鼻を鳴らし、ノームの力を借りてウィスクドールの体を地面ごと持ち上げた。
オレが歩き出すのに合わせて地面がぼこぼこと盛り上がって、ウィスクドールを移動させていく。
「そうだな、オレが起こした事を母も父もその目に焼き付けただろうしな。
今度こそ見放されただろ」
……それでいい。それがいい。
あの二人が大事に綺麗に育んだ子供は、もういない。
『……あのふたりは……そんなこと……』
未練がましく希望を口にする「タリュス」に嗤って言ってやる。
「確かめればいい。どうせ次の目的地に行けば解ることだ」
『まだ、つづけるの』
「ああ勿論。ウィスクドールから朗報を聞いたからな。
魔術師が一同に介しているなら好都合だ」
『もうやめて……もう十分でしょ……』
「お前が望んだんだろう」
降り始めた雪を眺めながら。
「汚れ仕事はオレが引き受けたんだ。
黙って綺麗なふりをして眺めていればいいんだよ、お前は」
純白の羽根が舞う夜空に落ちたオレの呟きは、自嘲の響きだった。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
断罪フラグを回避したらヒロインの攻略対象者である自分の兄に監禁されました。
慎
BL
あるきっかけで前世の記憶を思い出し、ここが『王宮ラビンス ~冷酷王の熱い眼差しに晒されて』という乙女ゲームの中だと気付く。そのうえ自分がまさかのゲームの中の悪役で、しかも悪役は悪役でもゲームの序盤で死亡予定の超脇役。近いうちに腹違いの兄王に処刑されるという断罪フラグを回避するため兄王の目に入らないよう接触を避け、目立たないようにしてきたのに、断罪フラグを回避できたと思ったら兄王にまさかの監禁されました。
『オーディ… こうして兄を翻弄させるとは、一体どこでそんな技を覚えてきた?』
「ま、待って!待ってください兄上…ッ この鎖は何ですか!?」
ジャラリと音が鳴る足元。どうしてですかね… なんで起きたら足首に鎖が繋いでるんでしょうかッ!?
『ああ、よく似合ってる… 愛しいオーディ…。もう二度と離さない』
すみません。もの凄く別の意味で身の危険を感じるんですが!蕩けるような熱を持った眼差しを向けてくる兄上。…ちょっと待ってください!今の僕、7歳!あなた10歳以上も離れてる兄ですよね…ッ!?しかも同性ですよね!?ショタ?ショタなんですかこの国の王様は!?僕の兄上は!??そもそも、あなたのお相手のヒロインは違うでしょう!?Σちょ、どこ触ってるんですか!?
ゲームの展開と誤差が出始め、やがて国に犯罪の合法化の案を検討し始めた兄王に…。さらにはゲームの裏設定!?なんですか、それ!?国の未来と自分の身の貞操を守るために隙を見て逃げ出した――。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
無気力令息は安らかに眠りたい
餅粉
BL
銃に打たれ死んだはずだった私は目を開けると
『シエル・シャーウッド,君との婚約を破棄する』
シエル・シャーウッドになっていた。
どうやら私は公爵家の醜い子らしい…。
バース性?なんだそれ?安眠できるのか?
そう,私はただ誰にも邪魔されず安らかに眠りたいだけ………。
前半オメガバーズ要素薄めかもです。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる