この恋は無双

ぽめた

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六章

奪われたもの

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 その男の声を聞いた瞬間、体の自由が効かなくなった。

 何者かに乗っ取られたように、指先ひとつ動かない。

『怖がらないで。だいじょうぶ』

「ライリー!」

 焦燥に駆られたローエルが俺の名を呼ぶ。
 ああなのに、邪魔だと思ってしまうのは何故だ。
 心地よい声が聞こえなくなるではないか、などと。

『ウンディーネ、サラマンデル、ノーム、シルフィ』

 謳うように紡がれる名前。
 呼ばれる度に胸の奥が熱く疼いた。
 声を聞いただけのはずだ。
 しかしもたらされる支配力の凄まじさに、顔を歪めて俺は唸る。

「貴様っ……そうやって我が同朋を魅了したのか……!」

 先日、魔術を使う術を失った仲間の姿を思い出す。

 魔術師狩りと遭遇し、私兵団を率いて抗戦したという男が返り討ちに合い、魔術師団本部に運ばれてきた。

「魅了なんて心外だな。
 オレはあんたの中に眠る存在を起こしてるだけ」

 間近でゆったりと弧を描く唇。
 その笑顔のなんと神聖で美しいことか。
 目が逸らせない。
 慈愛に満ちた微笑みを、いつまででも見つめていたい。

 ーーこのままでは、自分も同じようになってしまう。

 ぼうっと虚空を見つめ、それでも満たされた笑顔で放心していた仲間と、同じように。

『ランドールの血に従う精霊達。
 皆に会いたいんだ。姿をみせて』

 するりと頬を撫でる感触に、一層胸が熱く燃えて痛みすら伴う。

「ぐっ……やめ、ろ……」

 痛みで僅かに正気を取り戻した一瞬で、周囲に視線を走らせた。

 背後に居たはずのローエルとイリアスが、いつの間にか馬を降りて何故か傍らにいる。
 二人だけではない。仲間達が皆一様に恍惚とした顔で、魔術師狩りを囲むように佇んでいた。

 これは、何の悪夢だ?

『さあ、姿をあらわして』

 誘う声に仲間達が頷く。
 各々の胸の辺りから、二色や三色とりどりの光が漏れだして宙を舞う。

 俺も例外でなく、四色の煌めきがするりと抜け出した。途端に激しい脱力感が襲う。

「やめろ、奪うな……!」

 満足げに煌めきを周囲に纏わせた魔術師狩りがこちらを向いた。

「流石に四種の宿主は精神が強いね。
 でも君はまだ終わりじゃないよ」

 つい、と指で顎先を掬われる。
 嫌な予感に背筋が震えた。

『ランドール王家に宿る君は……高位精霊だね。
 初めまして。僕はタリュスティン・マクヴィス』

 それがこの男の名前。
 力を奪われた怒りと、名を知れた喜びがないまぜになる。

『君の名前を教えて?
 ……嫌?……そんなこと言わないで。いじわるだな。
 ああそっか、宿主に苦痛を与えちゃったからか。ごめんね。
 どうしても君に会いたくて……うん、悪かったよ。ごめんなさい』

 誰と話しているのだろう。
 わからないが、眉尻を下げるタリュスティンの素直な謝罪に、許してしまいたくなる。
 お前には、笑っていて欲しい。

『そう、うん。
 ……光の精霊か。
 僕、君みたいな位の高い精霊と初めて話せた。
 すごく嬉しい』

 はにかむように桃色に染まった頬に、どくりと胸が高鳴る。

 俺だけに、その笑顔を向けてくれたなら。
 どんなにか幸福だろう。

『ーーウィル・オ……ウィスプか。
 とっても綺麗な名前』

 それは代々ランドール王家に伝わる、守護精霊と呼んでいたもの。
 次代の王と精霊がみとめた皇子か皇女に、母体を通じて現王から宿る尊き存在。

『君を慕ってほかの精霊達が集まって来てたんだね』

 タリュスティンの笑みにちらりと陰がさす。
 はかりごとをもつ者特有の。
 罠に掛かった獲物を前にした猟師のような。

『数多の生命を育むもの。
 総ての源たる気高き精霊ウィル・オ・ウィスプ。
 か弱き檻、人の肉より離れ、自由をその胸に。
 ……ほら、こっちだよ』

 愛しい者を誘う響きに。
 もう抗えなかった。
 瑞々しい果実のような唇に触れたくて、顔を寄せる。

 なのにぴたりと指一本の距離で、阻まれた。

「駄ぁ目」

 掌で俺の口許を塞いで。
 柔らかな瞳がその時だけは、刃物のように鋭く光った。

「そういうのはオレ以外の人とどうぞ」

 ……嫌だ、俺は、お前がいい。

 意識が暗転していく。指先から力が抜けていく。

 ランドール王国開闢以来、王族を名乗る一族を守護してきた精霊の存在は。

 この時永遠に失われた。



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