この恋は無双

ぽめた

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四章

急ぎのお仕事です

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 僕がダグラスさんを見送った後で、荷造りに取りかかろうと居間に戻ると、ルーナが二階から降りてきた。

「帰った?熊さん魔術師」

「ん、もう大丈夫。
 ……くまさん?」

「絵本のみたいなかわいいもんじゃなく、山にいる狂暴なやつな」

「グリズリーかな。彼、目がおっかないから。
 それで?わざわざ王都のギルドマスターが来たんだから、ただ事じゃないんだろ」

 僕達はテーブルについてルーナに事情を話す。

 水晶柱を見せると、水色の瞳をすがめて溜め息をついた。

「またこんな物が出てきたのか」

「アズヴァルドの結界を壊す目的の誰かが居るって事だな。
 ウィルの婚約で国が浮き足立ってるとこだ。
 国内の奴が魔獣を侵入させて、混乱させた隙に何かを狙ってるとかか」

「それか、こっちの国に入りたくて壊そうとしてるのかも。
 ……僕達みたいな種族が」

 しばし沈黙が落ちる。

「ここで話しても埒があかない。
 すぐにでも発つんだろ」

「ああ。ここからマイゼルの街まで転移する」

「ここから?」

「家から少し離れた所に要の一つがある。
 歩いて行ける距離だ」

「……知らなかった。
 壊れた所には飛べないの?」

「要は数基に一本の間隔を開けて置いてあるんだが、目的の場所は要じゃないから直接は無理だ。
 ここの近くにあった結界を要に作り替えたのは俺だけどな」

 一体いつの間にそんな事をしていたんだろう。

 ここで暮らし初めてからの記憶を探って、はたと思い至る。

「……もしかして、ここに来てすぐサークの友達が来てた頃?
 十日くらい二人泊まっていって、昼間はどこかに出掛けてたよね」

「友達じゃねえ。あいつらはティムト国とランドール国にいる同じ階級の奴らだ。
 タリュスをわざわざ見に来るぐらい暇なようだから手伝わせた。
 その前に王都のギルドでババアに会ったろ?
 あいつから、タリュスを俺の保護下に置く条件として、ディスティアの結界を管理するように言われたからな。
 ここに住むって決めた後だったし、管理権限者の書換だのやるのに、要が遠いと面倒だったんだ」

「ばばあって……
 魔術師の搭にいる白金の魔術師でしょ……
 上司じゃないの?」

 呆れて肩を竦めるけど、あんな奴それで充分だとサークは吐き捨てた。

「それじゃわたしはここで大人しくしているよ。
 結界に近寄って、また縮むのも困るしね」

「……そうしろ。必要な物はディルムに配達頼んで家から離れるなよ。
 身に付けてる術具で気配は隠してるし、家と敷地も俺の結界内だ。
 問題ないが念のためな」

「お願いね……お母さん」

 少しだけ不安になって見つめると、ルーナはにこりと微笑み返して頷いてくれた。





 それからすぐに旅支度を終え、午後の遅い頃にはノームの力を借り、ユニコーンの背に乗せてもらって、街道とは逆の林の中にいた。

 目の前にはアースリングで見た物と似た、天を貫くようにそびえ立つ槍のような岩の柱。

 虹色の油膜のように、ゆらゆらと揺れる壁が柱を覆い、それは両横にどこまでも長く漂っている。

「転移でここを動かすのは久々だな。
 動作に問題ないとは思うが」

「ええ、怖いこと言わないでよ。もし不具合が出たらどうなるの」

「よくて出現位置のずれ。悪けりゃ時空の狭間に落とされて戻って来れない」

「………………あ、なんだか馬車に乗りたくなってきたなあ。
 今から乗り合い馬車で行かない?
 リデンまでもう一回、精霊の皆にお願いして移動しようよ」

「いい度胸だな。わかった絶対これで行く」

「ええー……」

 サークを信じてないわけじゃないけど。
 不安にさせるからいけないんだと思う。

「あのさ、今さらなんだけど。僕、結界に近づいて平気なの?」

「国境を踏み越えなきゃいい。
 昔は魔力の扱いに馴れてなかったから気がつかなかったろうが、今なら境が見えるだろ」

「うん。虹色の壁がある」

「それに触るなよ。一気に魔力吸われてまたぶっ倒れるから」

 自身は易々と虹色の壁に覆われる石柱に触れたサークに、神妙に頷き返す。

 サークはぶんと空中に右手を一薙ぎして、魔道銀ミスリルの杖を虚空から出現させた。
 まるで重さなど無いように片手でくるりと回転させ、左手一本で先端を支え、細く尖った反対側を僕のほうに向ける。

「こっち掴め。絶対に離すな」

「ん、わかった」

 そっと両手で握った杖は、金属なのに軽く、どこか柔らかい感触がする。
 だけど触れた途端に、物凄い魔力の圧を感じてぶわりと鳥肌がたった。

「始めるぞ」

 言葉とともにふわりとサークの身体が淡く光を帯びる。
 いつもの精霊召喚とは違う。
 虹色の粒子がちらちらと周囲を取り囲んで、杖を伝い僕の全身まで包み込んだ。

「座標八から一・七・六へ。
 サークス・イグニシオンの名において命ずる。
 汝の力を疾くここに示せ」

 ぐらりと視界が歪む。
 空を飛んだときのような浮遊感が襲って、胃の腑がひっくり返るような感覚に、思わず吐き気をもよおして両目をつぶった。

 しばらくそのまま耐えていると、突然空気の匂いが変わった。

「もう杖離していいぞ。目眩大丈夫か」

 労る声に目をそっと開けると、見覚えのない深い山の中に、僕達は立っていた。

 時間はさほど経っていないようで、風に揺れる厚い木々の隙間から、夕暮れの空がのぞいている。

「こっちは曇ってないな。
 こっからマイゼルの街まで下山するから、雨じゃなくて良かった」

「ここから壊れた結界まで遠いの?」

「あー……そうだな……
 ユニコーンに乗って真っ直ぐ行けるなら、日が沈みきる前にはぎりぎりってとこだ」

「じゃあマイゼルで一泊して朝に発つより、このまま行こうよ。
 ……居なくなった人たちの事、心配なんでしょう?」

 僕をじっと見つめ返して、ふいとサークは視線を反らす。

「……まあな。ウィルに偉そうな事言っといて、この体たらくだし」

 やっぱり焦っていたようだ。
 どこか表情がいつもより暗いから、そうじゃないかと感じていた。

「今回は想定外だったんだから仕方ないよ。
 まさか襲撃されるなんて誰も思わないもの。
 あのね、夜営の準備してきてるから、このまま現地の近くでキャンプしよう。
 夜が明けて明るくなったら、すぐ調査に動けるでしょ」

「……荷物がでかいのはそれでか」

 僕の背負った大きなリュックを眺めて呆れるサークに、荷物を担ぎ直しながら僕は笑ってみせた。

 背が伸びて筋力もついたので、二人分の夜営道具や食料を背負っていても、以前より苦にはなっていない。
 男らしく大人になれてよかったと、心から思う。

「食料は多目に持っていってるって聞いたけど、魔術師さん達がいなくなってもう六日も経ってるんだよね。
 少しでも早く見つけてあげなきゃ」

「ああ……でも本当にいいのか?」

「もちろん。じゃ、移動しよう」

 僕はノームに呼びかけて、本日二度目のユニコーンを召喚した。




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