この恋は無双

ぽめた

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三章

お誘いを受けました

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 話をしながらあらかたご飯を食べ終え、温かいレモネードをこくりと喉に流し込みつつ、僕は別の話題を探す。

「ヤノスさんといえば、聞いていますか?
 その、近くの森であった事件の事」

「勿論だよ。君達には結果的に、犯罪者の拘束と被害者の発見をして貰ったんだ。面目ない」

「いえ、そんな事はないです。僕達を偶然襲ってきたのでこうなっただけですよ。
 それに色々実行したのはサークですし」

「彼には詰所で事情を聞いた時に、散々なじられたよ。
 やれ無能だの、戦争がないからか緊張感と危機感が足りていないだのね。
 正論と思うところは甘んじて受けざるを得なかった」

「……すみません。
 口がほんっとうに悪くて……」

「あれが彼の本心だから構わないさ。
 下手に装飾された言葉よりも真っ直ぐで、逆に気持ちがいいくらいだ。
 そうだ、教えておかなくてはね。
 被害者の葬儀を執り行う申請書類がようやく纏まったんだ。
 陛下がアースリングから戻られたら決裁に回す予定だよ」

「そうなんですか……良かった」

 これで呪術に操られ、あんな悲しい姿になってしまった人の魂が、少しでも救われるといいんだけど。

「あの、葬儀には僕達も参加させて貰えませんか?
 勝手な自分の気休めかもしれませんけど……
 せめてお墓にお花を手向けさせて欲しいんです」

「勿論構わないよ。
 日取りが決まり次第連絡する」

「ありがとうございます!」

「陛下の休暇も終わるから、そろそろ帰城されるだろう。早くて三、四日後には決裁されると思うから予定しておいてくれ」

「わかりました」

 ウィル様はルーベンス皇子達を見送った後、休暇を取って公務を急遽休んでいる。

 休暇というのは建前で、実際はメリルさんを送る為にアースリングへ行ったのだ。
 サークがメリルさんを、舞踏会当日に家から突然連れ出したので、その辺りの事情をアースリング子爵へ説明しに行くと言っていた。

 ウィル様とメリルさんが仲睦まじく微笑みあっていたので、それ以外の話もするつもりみたいだと、何となく感じているけど。

 二人を送り出した後にマルーセルさんが、ウィル様とメリルさんが公の場で踊った事で、色々な変化が起こったと言っていた。
 ウィル様自身が、メリルさんを婚約者として正式に迎える踏ん切りがついたようで。

 教養とか家柄がどうのと渋っていた臣下を説得したり、舞踏会に参加していた貴族の人たちに、自分はメリルさんとしか結婚したくないから協力して欲しいと働きかけたり、積極的に動いているのだと、嬉しそうに笑っていた。 

 こうなることを見越していたのかなと思ってサークに聞いてみたら、いつものように不敵に笑ってのたまった。

「ウィルのくせにぐずぐずしてっからムカついただけだ」

 豪胆なウィル様が二の足を踏んでるのはらしくない。だからきっかけをあげた。そういう意味だと思う。

 何だかんだ言っても、サークにとってウィル様は大切な友人なんだろうな。

 素直じゃないんだから。

 ひねくれているけど優しい相棒の事を想って忍び笑いをしている僕を、ブライアンさんは不思議そうに見ていた。

「あっ、団長ここにいらしたんですか!
 午後の訓練がはじま……りますよ……っ」 

 そこへブライアンさんに声をかけてきたのは、ヤノスさんだった。
 言葉の後半で僕と目が合い、なぜか声が尻すぼみになっていく。

「ああ、もうそんな時間か。
 すまないねタリュス君、随分と引き留めてしまった」

「僕こそ、お忙しいのにすみませんでした。
 ヤノスさん、こんにちは。
 お仕事お疲れ様です」

 席を立つブライアンさんに続いて立ち上がり、僕を見たまま固まっているヤノスさんに向かって、とりあえず笑顔を作る。

 ヤノスさんには、ドレス姿の僕を見られたんだっけ……
 やっぱりちょっと恥ずかしいな。

 照れながらも僕が挨拶すると、はっと我に返ったヤノスさんは、忙しく栗色の髪を整えながらぼそぼそと返事をしてくれた。

「や、あ、その、こんにちは。
 まさか君がいるとは思わなくて……
 団長の背中にすっかり隠れてて気づかなかった」

「……僕、そんなに小さいんですね……」

「あっいや団長が大きすぎるからだよ、むしろ小柄なのが君の可愛い所だから」

 か、可愛い……?

 何だろう、この背中がむず痒い感じ。
 たらりと冷や汗が頬を伝う。

 すると、もじもじしていたヤノスさんが、がっしと僕の両手を掴んできた。

「タリュス君っ、ここで会えたのも神の思し召しだと思うんだ」

「へ……いや、僕この頃いつも城内にいましたけど」

「こ、今度、僕の非番の時に、良かったらご飯にでも行かないか……?」

 どうして息を荒くしてそんなに赤い顔をしているんでしょうか。

 ついさっきブライアンさんにご飯に誘われたのと同じはずなのに。
 不思議と身の危険を感じるのは、ヤノスさんの言葉に籠る熱が高めだからでしょうか。

 じっと期待を込めて見つめてくるヤノスさんにどう返答したらいいか困っていると、食器をカウンターに下げてきたブライアンさんが、苦笑いの声音で僕の後ろから助けてくれた。

 あ……気づかないうちに僕の分の食器まで下げてくれてる……

「おいおいヤノス、少し落ち着くんだ。
 タリュス君が困っているじゃないか」

「だ、団長……すみません、団長の命令でも今は譲れないんです……!」

「いやそうじゃなくて」

「ほう。俺の目の前でタリュスに粉をかけるとは命知らずだな?小僧」

 その時、地獄の底から響いてくるような怒声と共に、がしっとヤノスさんの後頭部を鷲掴みする人物がいた。

「ひぃっ!?そ、その声……い、イグニシオンさん!?いつからここに……!」

「たった今来たとこだ」

 ぎりぎりと指に力を込めながら事も無げに言ったのは、魔術師のローブ姿のサークだった。

 隣にはフリルがたっぷりとあしらわれた、可愛らしい桃色のワンピース姿のルーナもいる。

 勿論ルーナの体は男の子なんだけど、僕と違ってメイドさんの薦めるこういった服も本人は抵抗なく着ているのだ。
 しかももの凄く似合う。

「ほら言ったろう。
 後ろに危険な保護者が来てるって」

「言ってません遅いです団長っ!いっ痛い痛いいぃ」

「仮にも騎士が背後取られんなよ」

「全くその通りだ。
 この後特別訓練だな、ヤノス」

「いだだだ、そ、それだけはっ……!勘弁してくださいっ……!」

 頭を締め上げられるヤノスさんが僕の手を離した所で、サークもやっと彼を解放する。

「探したぞタリュス。
 目を離すとすぐ変なのに捕まってるな」

「変なのって……」

 アズヴァルド城に来る何日間か一緒に過ごしたり、先日は森で会ったりした人なのに、ひどい言い草だ。

 後頭部をさすっているヤノスさんを睨むサークの横から、とことことルーナが歩み出て、ぺこりとブライアンさんに突然お辞儀をした。

「だんちょーさん、こんにちは。
 いつもタリュスとサークがおせわになってます」

 可愛らしい声で挨拶をする。

 え、おかあさん!?話していいの……?

 驚く僕の横で、ルーナは得意気ににこにこしている。
 今朝までこんなに流暢に話したりしなかったのに、突然どうしたんだろう。

「これはご丁寧に、ありがとう。
 私はブライアンだよ」

「ブライアン、はじめまして。わたしはルーナ」

「いい名前だね。
 君は確か男の子だと聞いていたが、間違いだったかな」

「ううん、おとこのこであってる。
 これはわたしににあうから、きてるの」

「はは、そうかそうか。
 確かに女の子の装いだが、よく似合っている」

 ルーナの少し舌足らずな可愛らしい話し方に、ブライアンさんはしゃがみこんで微笑みながら、頭など撫で始める。
 そういえば前に、息子は三人もいるけれど、娘もいたら楽しかったかなと話していたのを思い出した。きっと娘も欲しかったんだろうな。
 ワンピースを着ているルーナは確かに、完壁なかわいい幼女だ。

 確かに、可愛いんだけど……
 体が大人に戻せるようになるまで目立たないよう、話せないふりをすると言っていたはずなのに。
 サークと出掛けてから何があったんだろう。

「うう……団長……僕も励まして欲しいです……」

「するわけがないだろう。さあ行くぞヤノス」

 緩んだ表情を一変させて立ち上がるブライアンさん。すごい変わり身だ。

「俺らも行くぞ。
 タリュス、街で旨いケーキの出る飯屋があったから、今度連れていってやるよ」

「本当?行きたい!」

「……うう……二つ返事……」

「これが信頼度の差だ、頑張れよヤノス」

「……はい……」

 サークの誘いについ笑顔になる僕の背後から、ぽそりとヤノスさんの呟きとブライアンさんの励ます声が聞こえた。
 しまったと慌てても手遅れだった。
 なんか、ごめんなさいヤノスさん。

 さっさと僕の肩に手を回して歩き出すサークに促され、騒がしい僕達を遠巻きに見ていた人たちの視線を痛く感じながら、食堂を後にした。

「タリュスを一人にしとくとすぐ虫がつくな。
 置いていって悪かった」

 並んで廊下を歩きながらサークが頭を撫でてくれる。

 虫って……
 もうあえて何も言うまい。

「僕も帰る前に読みたい本があったから平気。
 お昼はブライアンさんと一緒だったし」

「……あの小僧は」

「ヤノスさんのこと?
 ブライアンさんを呼びに来ただけだよ。
 ……ヤノスさん、舞踏会にいたみたいでね。
 その、休みの日に二人で出掛けないかって、誘われてたんだ。
 ブライアンさんが助けてくれて、サークがすぐ来たから返事はしなかったけど」

「行かなくていい。返事もいらん。今すぐ記憶から永久抹消しろ」

 不機嫌を隠しもせずサークは吐き捨てる。

「サークはずいぶんと、かほごだね」

「黙ってろ」

 苛々してる。
 肩をすくめるルーナを横目に、僕は話題を変えようと試みた。

「あのね、ブライアンさんに聞いたんだ。
 僕がリファ様に忠誠を誓ったの覚えてる?」

「傾国の危機誕生な。あれがどうかしたか」

 随分と物騒な……
 めげずに僕は続ける。

「僕は騎士じゃないけど、リファ様と魔術的な繋がりが出来たんじゃないかって教えてくれたんだ。
 そういう可能性があるから、サークに聞いてみたらいいよって。
 ……どうなの?」

「あれか。
 炎の加護持ちにかしずいたから……
 恩恵受ける事になって、タリュスのサラマンデルの力が増すだろうな。
 次に喚ぶときは気を付けろよ、消費する魔力が同じでも威力が一割くらい強くなる」

「えっ」

 う、それは怖い。
 ええと。最近サラマンデルの力を使ったのはいつだったっけ。

 しばし考えて、思い至った。クレードルさんが野党に捕まったのを助けた時だ。
 サラマンデルの力を借りて野党を気絶させた後、確かに以前より威力が増していて、おかしいなと思ったんだ。
 今後はやり過ぎないように気をつけなきゃ。

「あとは……小娘の発言にわずかだが逆らえなくなる」

「ええー……そんな事あるの?」

「騎士はいくら忠誠を誓っても人間の約束事だ。
 当人の志ひとつだからいつでも反故にできるが、魔術の側に住む俺達はそうはいかない。
 魔術自体が言葉に関わるものだから、誓約には強制力がはたらく」

「んー……僕は魔術を使えないけど、同じなんだね?
 あ、じゃあ僕が精霊の皆に力を借りてるのも、言葉に力があるのかな。
 僕は精霊の皆に助けをお願いしてるつもりでいたけど、魔力をのせた言葉を使って、対価に力を借りる契約をしてたってことになる?」

「そういう事。名前を呼んで、具体的に指示しなきゃ願った効果が出せないだろ?
 ついでに教えとくと、ある程度の技量を身につければ言葉は省略できるようになる。
 もしかしたらいずれ、タリュスも願うだけで精霊を操れるようになるかもな。
 あと、小娘には最大限の親愛を持つって言ったから、上手い力加減の誓約だと思うぞ」

「タリュスがそのときもってるすき、でいいってことだね。
 あの子をきらいになったら、さいていげんのすきになるってことか?」

「ああ。大した縛りにはならないだろ。
 あの時はわかったから止めなかったが、今後は注意しろよ。
 相手の支配を許す事に繋がる」

「うん……教えてくれてありがと」

 魔術って難しいんだな。
 どんな技なのか教えてくれないぶん、僕の行動を見守ってくれてるのを実感した。 





  
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