この恋は無双

ぽめた

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二章

魔術師たちの邂逅

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 広い室内に、僕とサーク、ディスティアの魔術師二人だけが残った。

 しん、と張った空気を割ったのは、ローブのフードを目深に被ったディスティアの魔術師さんのうちのひとり。

「それではご教授頂きましょうか?
  あっとその前に、この城の魔術障壁ったら何なんですか悪質極まりない」

 ちくちくと棘のある言葉は、女の人の声だった。

「貴人を外敵から護るんだから、こん位していいだろ。
 お前らの国ではどうか知らん」

  あ、サークはもういつもの調子だ。
 まあ皇子達がいないから、いいかな……

  僕も何となく緊張を解くと、ローブをばさりと跳ね上げて魔術師さんが顔を露にした。

「このくらいですって!?
 魔力を減退させる障壁を施すなんて、魔術師に対して屈辱的よ!
 冷血漢は変わってないみたいね!」

  現れたのは、肩につくくらいの赤い巻き毛で、オレンジに近い鳶色の瞳をした、三十代前半位の女性だった。

「うるっせ。
 アーシャ、いつからディスティアにいんだよ」

  さっき睨んできたのは、多分この人だろう。全身から怒りのオーラが立ち上っている。

「三年ほど前からだよ、イグニシオン殿。
  初めまして、俺はエルトール・ダイナ。
 ディスティアの魔術師団長だ」

  アーシャさんの隣で同じくフードをおろして挨拶してくれたのは、黒髪黒目の四十代前半程の年齢の男性だった。

  二人の手元を見てみると、どちらも金色の指輪が指に嵌まっている。

「まさか白金持ちにここで会えるとはね。
 こちらの魔術師について、事前に皇子に聞いておけば良かったな」

  サークに聞いたけど、白金の魔術師は大陸に四人しかいないのだそうだ。
 三百人近い魔術師を取りまとめる、白金の称号のひとが一人、魔術師の塔にいるらしい。

 あとは魔術大国と呼ばれるランドール王国の魔術師団に一人と、傭兵国家ティムトに一人。サークを入れて四人だ。
  金の魔術師は二十人程いるそうだ。銀、銅と位が下がる程に人数は増えていくのだという。

「聞いてないわよ、あんたがここにいるなんて!
  それよりエルトールさん、何とも思わないんですか!
 私たちの魔力、城内に入ってから無力化させられたんですよ!」

「お前らに勝手されたくねぇからな。
 この国の奴等は魔術師に疎いんだ、大人しくしてろ」

  あくまでふんぞり返るサークに、納得いかないと噛みつくアーシャさん。

  城に魔術障壁を張るお手伝いは僕もしたけど、やっぱりこれ、あんまりよくないんだなぁ。

  マルーセルさんに用意してもらった図面に書かれた計算式や魔法陣は理解できなかったけど、サークが準備を進める内に次第に効果には気づいていた。
  いつもは不規則に漂う四大精霊の流れが統率されていったからだ。

  併設している騎士団寮を含む広大な敷地の中を、漏れなく網目状に魔力を抑えている。

  障壁内で少しでも魔力が使用されると、サークが位置を感知して、騎士さんが持っているような魔剣でも、付与された魔術が発動すればわかるらしい。

  騎士さんが訓練で魔剣を使ったり、城の中で火を起こすのに魔術道具が使われたりしても反応するので、うっとおしいとぼやいていた。

 自分で用意したのになあ。
 けれどいつもそうして見張っていれば、危険な魔術が使われれば瞬時に対応できる。
 万が一、誰かにそういう危険が及ぶと別の仕掛けが作動して、捕縛もできるそうだ。

  負担が軽くなるように、僕にも解るようにしたらどうかと提案したけど、いらないと一蹴された。

「つうか、タリュスがいつも精霊の動きを感知してるのを真似したんだよ。
 実際、タリュスの方がもっと正確にやれるだろ」

  だそうだ。まあ確かに。

  試しに精霊に呼び掛けてお城の中の様子を教えてもらったら、誰がどこにいて、何を話しているかまで教えてくれた。
 一斉に精霊が集まって話しかけてくれるから、制するのが大変だった。

  目的はあくまで、ウィル様やディスティア国の人達を保護すること。
 この仕事が終わったら全て解除するけど、それまでサークは機嫌が悪いかもしれない。

「アーシャ、白金の魔術師殿と知り合いだったとは初耳だな」

「その、塔にいた頃に、少し……」

  あれ、ちょっとアーシャさんの勢いが落ちてる。

 目線を泳がせてる所をみると、あんまり言いたくなさそう。

「アーシャが塔の学生だった時に、俺の受け持ちの教室じゃなかったがよく質問しに来てたな。
 学園祭のダンスパーティーの誘いを断ってからか?やたらとからんできたの。
  そういや卒業の頃にくれた手作りの菓子は旨かったぞ」

  サークは机に行儀悪く頬杖をついているけど、からかう様子でもなく淡々と思い出話をしていく。

 アーシャさんを見ると、彼女の頬がみるみるうちに赤くなっていた。

  この反応……
 もしかしなくても、アーシャさんはサークの事を嫌いじゃなくて、むしろ逆なんじゃ?

「むっ、昔の話はいいのよ!
 それよりさっさと明日の話をしなさい!」

  ふいっとそっぽを向くアーシャさんを可笑しそうに見ながら、エルトールさんが机にペンと帳面を広げた。

「そうだな。
 では、魔獣を抑える結界についてできる範囲で教えて貰おうか」

  それからはサークとエルトールさん、途中で機嫌を持ち直したアーシャさんも参加して、専門的な話し合いが行われた。

 僕は精霊と話は出来るけど、魔術的な知識がないので、参加はできない。

  それにしても、金の魔術師二人を相手に淀みなく受け答えしている相棒の姿を見ていると、改めて魔術師として高位にいるんだなあと感心してしまう。

  やがて満足したようにエルトールさんが帳面を閉じたのは、一時間ほどしてからだ。

「ありがとう、およその仕掛けは理解した。
 ここから独自に構築できるか、やってみるよ」

「元々ダンジョンが少ないアズヴァルドだから、こっちは外から排除する仕掛けで上手く行ってるけどな。
  そっちは下層が深いダンジョンが多いだけに、封じ込めの調整が必要だろ。
 ある程度冒険者なんかに数減らさせないと溢れてくるし」

「基本は大地の精霊でいいけど……
 水や炎の地形を含む所もあるから、一辺倒ではいかないわね」

「なんだ、音を上げるのか」

「全っ然。むしろ燃えるわ」

  アーシャさんの瞳が知的興奮のためか、きらきらと輝いてる。

「頼もしいだろう、アーシャは。
 白金の魔術師殿、よければ我らが国に戻ってからも相談相手になってやってくれ」

「ちょ、エルトールさん!」

  柔らかに微笑むエルトールさんを慌てて制するけど、アーシャさんもどこか嬉しそうな気配だ。
 やっぱり、サークのこと好きなのかな。

「まぁこの国の結界そのままで考えると行き詰まるだろうが、そんときは話ぐらい聞いてやる。
 つまらん凡ミスで引っ掛かって連絡寄越すようなら叩き出すぞ」

  あくまで偉そうだけど、断らない所をみるとサークも新しい魔術の開発過程には、興味があるんだろうな。

  僕が関われない領域。

  なんだか胸の奥がちりっと痛む。

「それは、心して難題に挑まなければな。
  さて今日の所はこれくらいか。
 あとは現地の様子を見てから、疑問点を確認させてもらおう」

  エルトールさんがそう言って立ち上がる。
 アーシャさんも続いて席を立ち、二人は会議室を出ていった。

  僕の隣でサークも立って伸びをする。

「俺らも戻るかぁ。明日まで呼び出されることもないだろ」

「そうだね。サーク、お疲れさま」

「お互いにな」

  仕事中は冷静に周囲を見据えていた金の瞳は、こちらを向いて僕に微笑みかけてくれると、いつも通りに優しい。

 その事が嬉しくて、さっきの胸の痛みが少しずつ溶けていくのを僕は感じていた。




「エルトールさん、さっきの、ああいうの、止めて頂けます!?困りますから」

  城内の廊下で、控えていたメイドさんに部屋へ案内されながら、アーシャさんは赤い顔で囁くように早口で言った。

「困るのかい?君の様子だと、そうは見えなかったが。
  手作りの菓子を持って足しげく会いに行きたい相手だったんだろう」

「~~昔の話だと言いましたよね?
  エルトールさんの性格上、正直に答えないと面倒なので言いますけど……
 初恋の相手です。
 全然相手にされませんでした以上です」

「へぇ、君にも可愛らしいところがあるんだね」

「だって二十年近く昔ですよ。私だって可愛い少女時代があったんですー。
  それにしても……いくら私たち魔術師は魔力を使う影響で老化が遅いとはいえ、あの人は変わらなさすぎです。
  記憶の中の姿と一緒で……ほんとに……驚きました。
  ……好みって幾つになっても変わらないんですね。知りませんでした」

  はぁ、とアーシャさんがため息をつく。

「あの」

「きゃあ!?」

  背中に向かって僕が声をかけると、アーシャさんは飛び上がって驚いた。
 隣を歩いていたエルトールさんが、片方の眉をつり上げてこちらを振り返る。

「君は……マクヴィス君だったか。気配がなかったので気がつかなかったよ。
 どうしたんだ?」

「あの……会議室にこれ、落ちてたから」

  片手を差し出す。そこに乗っているのは、金のイヤリングだ。

  僕達が部屋を出ようとした時に落ちていたのを見つけたのだ。
 きっとアーシャさんがフードを外したときに、緩んでいたのが取れたんだろう。
 位置的にそうだろうと思ったので、届けにきたのだ。

「あら、私のだわ。わざわざありがとう」

  差し出した僕の手からイヤリングを受け取り、にこりと微笑んでくれる。

「いえ、大事な物だと思ったので。それじゃ」

  思ったより固い声音が出てしまい、僕はぱっと踵を返して早足で歩き出す。

  おかしいな、いつもの自分ならもっと丁寧に対応できるはずなのに。

  笑顔を浮かべようとしたけど、できなかった。

 理由はわからないけど、サークに早く会いたくて堪らなくなった。

  さっき溶けたはずの胸の痛みがまた疼きだす。

  どうにかしてそれを振り払いたくて、僕は足を早めて部屋まで戻った。

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