この恋は無双

ぽめた

文字の大きさ
上 下
11 / 226
一章

王様とご飯を食べます

しおりを挟む
 颯爽とソファーから立ち上がったウィル様についていくと、応接室からそのまま外へと案内された。

  そこは見事な薔薇の庭園が広がっていて、僕は思わず感嘆の吐息を漏らす。

「うわぁ、すごくきれいですね」

  情けないけど、それ以上の賛美の言葉が出てこない。

  赤や黄色や橙、桃色や紫などなど。
 単色やグラデーションに色づいた大輪の薔薇が咲き誇る。
 いくつも立てられた支柱や、連なるアーチにも蔓薔薇が絡まり、小さい可憐な花が咲いていた。

「そうだろう。
 ここは私も気に入っていてな、時折食事をしながら薔薇を愛でているのだ。
  食後に散策してみるといい、あちらの奥に噴水もあるがなかなか良い風情だぞ」

  にこにこしながらウィル様が教えてくれる。

 さっき、子供の頃サークに落とされたって言ってた噴水かな……

  少し歩みを進めると、立派な白い石造りの東屋が見えてくる。
 ニファさんが控えていて、テーブルの上にはすでに食事が用意してあった。

「さあ座ってくれ。ここでは遠慮などしなくていい。
 美しい風景の前では堅苦しい肩書きなど意味を持たないだろう?」

  用意された席にウィル様が着席してそう言い、僕達にも座るよう促してくれる。

 丸いテーブルを囲んで座ると、ニファさんがウィル様から順に飲み物を出してくれた。

「サークスは水出しコーヒーが気に入っていたから用意させたぞ。気温も高くなってきたし合うだろう。
  タリュス君はフレッシュジュースが好きだったな。先日珍しく林檎が贈られて来たから味わってみてくれ」

  ウィル様の前には紅茶のカップ、僕とサークの前にはそれぞれよく冷えたグラスが置かれている。

 確かに、前来たとき出されたオレンジのジュースが美味しくて、ついおかわりしてしまったのを思い出す。

「よく覚えてるなお前。そんなちっさい所まで記憶してて頭疲れないか?」

「ちょ、そこは覚えててくれて感激するところじゃないの?」

「まあこれは癖だな。
 外交上、相手の名前や顔は勿論、会話の内容や趣味嗜好まで記憶しておけば、次に有利に繋がる場合もあるのでな。
  さて、では頂こうか」

  テーブルの上には沢山の種類のサンドイッチやベーグルサンドが並んでいた。

 あ、良かった。あんまりマナーとか気にしなくてよさそうな料理だ。

  ニファさんから温かく蒸されたタオルを渡されて、手をきれいに拭く。
 温かくて気持ちがよくて、ほっと息が漏れた。

  先に手を拭き終えたウィル様は、自分でトングを使って好きな品を自分の前のお皿に取り、サンドイッチを食べ始めた。
 見ると、隣のサークも同じようにしているのでそれに倣う。

  なんだかピクニックみたいだ。

 新鮮なレタスと海老が挟んである美味しいベーグルを食べながら、つい頬が緩んでしまう。

「美味いか?タリュス。
 いつにも増して幸せそうだな」

  からかうようにサークに覗き込まれるけど、あまりの美味しさに言葉が出てこない。

 僕はもぐもぐしながら笑顔のまま頷いた。

  ちょっと首をかしげたサークの指がこちらに伸びてきて、くいっと右のほっぺを親指で撫でられた。

「ソースついてるぞ。
 落ち着いて食べろ、誰も取らねぇから」

  親指をぺろりと舐めてから、ふふ、と楽しそうに笑われる。

 うう、子供扱いして……

「しかしタリュス君は一段と美しくなったな。
  この場だから言えるが、国内外の姫君やそこらの令嬢などよりよほど愛らしいぞ」

  にこにこしながらウィル様がとんでもないことを言い出す。
 後に続いたサークの発言に、僕はベーグルを喉に詰まらせそうになった。

「そうだろ。
 最近よけいに美人度が上がってるせいでな、タリュスが男でも構わないっつうのが出てきてんだよ。
  お前んとこの騎士団の連中に手を出されそうだったから、軽く締めといたぞ」

「そうか、それは手間をかけたな。
 部下の恋愛嗜好に口を出すつもりもないが。
 たとえ男同士でも色恋は当人同士の想いが一致してこそだ。
  一方的ではロマンがなくていかん」

  ねえ待って待って。
 僕騎士団の誰かに狙われてたの?
  全然気づかなかった……
 というか、締めたっていつの間に。

  あ、そういえばヤノスさんとか、あと何人かの騎士さん昨日の朝、急に顔に痣が出来てた。
 どうしたのか聞いたら、早朝訓練でぶつけたって言ってたけど……まさか……

  ようやくベーグルを飲み込んだ僕は、じっとサークを見つめる。

「どした。暴力反対、とかか?」

「ううん。
  サーク、守ってくれてありがと。
 僕そういうの、よくわかんないから。
 いつも僕の周りをよく見て、危なそうだと助けてくれるもんね」

  僕の言葉に鼻白んだ様子で、金の瞳が見開かれる。

  昔から、悪意には過剰に反応するのに人の好意には異常に鈍いって、サークは注意してくれる。
 僕がちゃんとわかるようになるまで、教えてくれてるんだってわかっているから。

「そういうの、自分で対処出来るようになるね。
 だから今度は内緒で殴ったり蹴ったりしないで、教えてほしいな」

  よし、ちゃんと言えた。

 満足してまたベーグルにかじりつく。

 うん、ほんとに美味しい。家でも作れないかな、このマスタードの効いたソース。

  ぽわぽわとレシピを想像していると、ほーっとウィル様が息を漏らす。

「……サークス。
 お前の相棒は人格者だな、少しは見習え。
 お前よりずっと精神が成熟しているぞ。
  昔も思ったが有能な子だ。お前に何かあったら引き取ろうとのんびり構えていたが、やはり欲しいな」

  ちらりとウィル様がサークを見るが、じろりと睨み返してサークはコーヒーを口にする。

「冗談のうちにやめとけよ。
 明日目が覚めたら体のどっかが無くなってても知らねぇぞ」

「有能とかそんなことないですから。
  サークも物騒なこと言わないで。
  僕の事はいいから、ほらお仕事の話もしなきゃ。
 ね?」

  サークがちょっとだけむくれた様子だったので、慌てて話題を変える。

「あー……それな。
 あれだろ、もうブライアンから報告受けてんだろ、ウィル」

  うわ、王様を名前で呼んだ。

 でも普通に話し始めたから、そんなに機嫌を損ねた訳じゃなさそうだ。

「先ほど聞いてから来た。君達が居なければ全滅の可能性もあったと聞いた。
  改めて礼を言わせてくれ」

  そしてあろうことか、ウィル様が深々と頭を下げた。

「や、やめてくださいウィル様!僕達は受けた仕事をしたまでです。
 王様が頭を下げるなんて」

  腰を浮かしかける僕の肩を、ぐいっとサークが押し戻してくる。
 そんなに無理矢理押さえられてはいないけど、有無を言わせない強さだ。

「これは俺とウィルの個人的な契約だって言ったろ。こいつは今、いち個人として頭下げてんだよ。
  なあウィル。俺は昔言ったよな?
  お前ら王族は国民を束ねる主であって、いとも簡単にその命を左右できる立場にある。
 だからこそ、発言や命令には常に全身全霊で責任を持て。
  命じるときは情報収集と精査を徹底して、周りの奴らの発言にも耳を傾けて熟考しろ。
 自分の浅薄な知識や思考で、ひとの命を失わせる事がないように賢くなれって」

  サークの金色の瞳が怒りを含んで、静かに炯っている。
 まるで炉の中で高温で溶かされた金属のようだ。

「俺らが到着するまでに死人が出なかったのだけが幸いだったな。
 んな事になってたら俺がお前の死をもって遺族に償わせてたとこだ。
  王族だろうが知ったことか。
 お前のせいで死ぬ奴がいて、そいつと二度と会えない悲しみに泣く人間がいる。
 罪状はそれで充分だ」

  真剣な声音はわずかに本気の殺気を含んで響き、冷たい空気が場を凍らせる。

  隣に立つニファさんの、スカートの前で組んだ掌がちいさく震えているのに気づいたけど、僕も黙して目を伏せた。

  もちろん、サークの言うことが暴論なのは解っている。
 王様といち兵士では、居なくなったときの重みが違うことも。

  それでも、僕も同じように思う。

 たった数日だったけど、一緒にご飯を食べて話をして、笑い合った騎士団の皆。
 あの中の誰かが、もしも命を落としていたら。

  きっと僕も、ウィル様を許せなかっただろう。

「……変わらないな、サークス。
 肝に命じておくよ。
  今はただ、戦死者を出さなかった我が騎士団を誇ろう」

  ウィル様はちいさく苦笑いした。

「まったく、お前くらいだよ。
 私を人として扱って叱ってくるのは」

  その呟きは、なんだか寂しそうな声音だった。
 王様って孤高の存在だけど、それゆえに孤独も深いんだろうな、と感じる。

「たりめーだ、お前はたまたま王家に産まれただけで、一人の人間だろうが」

  ふん、と鼻を鳴らしてサークはまたコーヒーを口に運ぶ。
 ウィル様がその姿を見つめながら、静かに微笑んで呟いた。

「時折お前がそう言いに来てくれなければ、忘れてしまいそうになる。
 たまには仕事でなく会いに来い」

「善処する」

  そういえば、マンティコアに襲われている騎士さん達を目にした時に王様をお説教するって言っていたなあ。
 忘れてなかったんだ。

「さて説教は終わりだ。
  仕事の話がまだだったな」

  あっさりと切り替えてサークはニファさんに飲み物のおかわりを頼んで注いでもらう。

  もうニファさんの手は震えていなかったけど、恐がらせちゃったかな。

 あとで謝らなきゃ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

できそこないの幸せ

さくら怜音
BL
溺愛・腹黒ヤンデレ×病弱な俺様わんこ 主人公総愛され *** 現役高校生でありながらロックバンド「WINGS」として地道に音楽活動を続けている、今西光と相羽勝行。 父親の虐待から助けてくれた親友・勝行の義弟として生きることを選んだ光は、生まれつき心臓に病を抱えて闘病中。大学受験を控えながらも、光を過保護に構う勝行の優しさに甘えてばかりの日々。 ある日四つ葉のクローバー伝説を聞いた光は、勝行にプレゼントしたくて自分も探し始める。だがそう簡単には見つからず、病弱な身体は悲鳴をあげてしまう。 音楽活動の相棒として、義兄弟として、互いの手を取り生涯寄り添うことを選んだ二人の純愛青春物語。 ★★★ WINGSシリーズ本編第2部 ★★★ 高校3年生の物語を収録しています。 ▶本編Ⅰ 背徳の堕天使 全2巻 (kindle電子書籍)の続編になります。読めない方向けににあらすじをつけています。 冒頭の人物紹介&あらすじページには内容のネタバレも含まれますのでご注意ください。 ※前作「両翼少年協奏曲」とは同じ時系列の話です 視点や展開が多少異なります。単品でも楽しめますが、できれば両方ご覧いただけると嬉しいです ※主人公は被虐待のトラウマを抱えています。軽度な暴力シーンがあります。苦手な方はご注意くだださい。

不運な僕の嫁入り話

丸井まー(旧:まー)
BL
ギルドで働く平凡なカストは、ぷち不運体質だった。外を歩けば鳥の糞が落ちてきて、転べば犬の糞にダイブしたり、カツアゲされるのも割と日常茶飯事の生活を送っている。 ある日、カストが住んでいる集合住宅が火事になり、カストは住処と全財産を失った。 面倒みがいい先輩パオロが居候させてくれるというので、カストはパオロの家でお世話になることにした。 中身男前な美形先輩✕不運な平凡後輩。 ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

縦ロールをやめたら愛されました。

えんどう
恋愛
 縦ロールは令嬢の命!!と頑なにその髪型を守ってきた公爵令嬢のシャルロット。 「お前を愛することはない。これは政略結婚だ、余計なものを求めてくれるな」 ──そう言っていた婚約者が結婚して縦ロールをやめた途端に急に甘ったるい視線を向けて愛を囁くようになったのは何故? これは私の友人がゴスロリやめて清楚系に走った途端にモテ始めた話に基づくような基づかないような。 追記:3.21 忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。

巻き込まれ召喚された賢者は追放メンツでパーティー組んで旅をする。

彩世幻夜
ファンタジー
2019年ファンタジー小説大賞 190位! 読者の皆様、ありがとうございました! 婚約破棄され家から追放された悪役令嬢が実は優秀な槍斧使いだったり。 実力不足と勇者パーティーを追放された魔物使いだったり。 鑑定で無職判定され村を追放された村人の少年が優秀な剣士だったり。 巻き込まれ召喚され捨てられたヒカルはそんな追放メンツとひょんな事からパーティー組み、チート街道まっしぐら。まずはお約束通りざまあを目指しましょう! ※4/30(火) 本編完結。 ※6/7(金) 外伝完結。 ※9/1(日)番外編 完結 小説大賞参加中

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

プロレス物語 ― 体育教師に騙されてエロレスの舞台で戦います ―

佐城竜信
BL
「俺の妹は病気なんだ。手術をするために金が必要なんだ。……でも、俺じゃ勝てないから俺の代わりに戦ってくれ!」 青木翔太にそう言われて、紀ノ國光輝はエロレスの舞台に立つことになった。 10年前の柔道金メダリストの獅子王隼人。日本最大手のプロレス団体『超日本プロレス』の看板レスラー権田原雄三、現役アイドルの北条幸人。柔道部顧問の黒岩大吾、そしてレスリング部顧問の青木翔太。彼らと関わり合いながら、光輝はプロレスラーになるための階段を昇り詰めていく。 ※メインキャラは名前で、サブキャラは名字で表示しています。たまに変化するかもしれません。 ※AIのべりすととの合作です。 ※設定色々入れていくと突然トランス状態になってストーリーは知らせてくれるから、ノベルゲームやってる気分になれるAIのべりすとちゃんマジ天使!!

【完結】【R18BL】極上オメガ、前世の恋人2人に今世も溺愛されています

ちゃっぷす
BL
顔良しスタイル良し口悪し!極上のΩの香りを纏わせた主人公、圭吾が転生して戻ってきた!今世でも相変わらずアレなαとβの恋人ふたりに溺愛欲情されまくり。イチャラブあり喧嘩あり変態プレイにレイプあり。倫理観は一切なしの頭悪いあほあほえろBL。 「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」の転生編です。前作を読んでいない方でもお楽しみいただけるよう、前作のあらすじ等載せてます。(本編でもざっくり前作のあらすじ入れてるので注釈章を読まなくても大丈夫かと思います) アカウント移行のため再投稿しました。 ベースそのままに加筆修正入っています。 ※イチャラブ、3P、レイプ、♂×♀など、歪んだ性癖爆発してる作品です※ ※倫理観など一切なし※ ※アホエロ※ ※色気のないセックス描写※ ※とんでも展開※ ※特にレイプが苦手な方は閲覧をおススメしません※ ※スルト、エドガー、ピーター以外とのおセ話には、章に「※」マーク付けてます※ ※それでもOKという許容範囲ガバガバの方はどうぞおいでくださいませ※ 【圭吾シリーズ】 「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」(本編) 「極上オメガ、前世の恋人2人に今世も溺愛されています」(転生編)←イマココ 「極上オメガ、いろいろあるけどなんだかんだで毎日楽しく過ごしてます」(イベントストーリー編)

処理中です...