婚約破棄された公爵令嬢ですが、元婚約者の護衛騎士と入れ替わってしまいました

パピの木

文字の大きさ
上 下
19 / 23

19

しおりを挟む
 翌日、第一王位継承者マルクスの訪問日。
 イズはナーバルに幻覚魔法をかけてもらい、前日に急遽用意されたドレスに袖を通していた。今のイズとトリスの背格好はほとんど変わらない。ドレスを着るのにはメイドも手伝いに入ったので何も困らなかった。ちなみに声も魔法で変えることができたのは幸いだった。
 魔法をかけてしばらく、トリスとナーバルは本当にイズの顔がイジーになっているのをじろじろと見て「違和感がある」だの「もう元に戻らなくてもコレでいいんじゃね?」などと適当なことを抜かしていた。そんな二人に文句を言ったり談笑していたが、メイドの到着を察知したのと同時に彼らは窓から外へ逃げ出していった。マルクスとのお茶会をこっそりと覗き見る予定だそうだ。そんなに心配してくれなくてもいいのにと思ったが、実際にはお茶会の様子を見て後から揶揄いたいだけだろうと思い直す。そういう趣味の悪いところが彼らにはある。
 すっかりと着飾り終え、マルクス一行が到着するまで自室で一人待機する。
 手持ち無沙汰で、どうにも落ち着かない。
 そっとドレスに触れた。
 レースや宝石を惜しげもなく使用した上等な装いだ。公爵家令嬢であれば、これくらいのもの数えきれないほど持っていて当然だ。しかし、イズは父親からも母親からも愛されていなかったから服装や装飾品を贈られたことなど数えるほどしかない。ドレスもサイズの合わないものを数着持っていたきりだった。今更それを嘆くような感傷は持ち合わせていないつもりだったが、この姿になってからというもの、子どものときの感情がふとしたときに湧き出そうになるから嫌になる。
 情けないわ。中身はもう子どもではないというのに。
 今回のお茶会がきっかけでマルクスと婚約するような事態になったらどうしようという懸念もイズの心を重くしていた。もしそうなれば両親は嫌でも関わろうとしてくるだろう。それが前の時には嬉しかった。初めて自分に振り向いてくれたと舞い上がった。だから婚約者という立場にも執着があったのかもしれない。婚約者から好かれていなければ自分の存在価値すら曖昧なものになるとまで思っていた。
 今となっては、当時の自分はなんて愚かだったのだろうと思う。所詮、自分の力で手に入れたものでなければ、いざというときには離れていってしまうのは必定だ。あの婚約破棄の後、両親がどんな決定を下すのかは記憶がないので分からないが、きっと想像するまでもないことだ。
 自分に魔力さえあれば、と思ったこともある。微々たる魔力を持っていたとしても焼け石に水だろうが、離れで幽閉されるような扱いにはならなかっただろう。そんな空想じみたことを何度も何度も繰り返し考えたことを思い出してしまう。この急ごしらえのドレスを両親の愛情と錯覚してはいけない。痛む胸元をぎゅっと抑えた。
 欝々とした気持ちでいると、マルクスが到着したとメイドが告げに来る。そして、楚々とした動きで耳元に口を寄せてくる。
「奥方様より、伝言がございます。『決して粗相のないように。公爵家の令嬢として立派に振舞いなさい』とのことです」
「……そう」
 ふっと微笑んで、メイドの伝言とやらを受け流す。
 面白いことをおっしゃる。碌に教育も施していない娘に王家の人間をもてなすことなどできないことは百も承知だろうに。
 一方で、こんなものかとも思う。どうせ、仮に今回イズがマルクスの前で大失敗したところで、母親にとってもヴォルフハート家にとっても、どうでもいいことなのだろう。マルクスからの心象が良ければそれで良し、もし駄目でも不出来な娘が失礼いたしましたと嘯いて、また今まで通り外の世界から隔離しておけばいいのだから。
 そう思うと、やはりむかむかとした気持ちが出てくる。このお茶会、文句の付け所もないくらい完膚なきまでに完璧な令嬢を演じてやらなければ気が済まない。
 トリスと入れ替わっておいて良かったわ。彼なら絶対に何かしでかしてたはずだもの。
 歪みそうになる口元を意識して微笑みに引き戻す。いっそのこと取り返しがつかないくらいにめちゃくちゃにしてやれたら、さぞ楽しいことだろうと少しだけ想像した。以前、トリスが言っていたとおりなのだろう。イジー・ヴォルフハートが貴族令嬢として生きることには障壁が多い。苦労して元に戻らなくても、お気楽にトリスとして生まれ変わったつもりで生きていくほうが、よっぽど楽しくて幸せなれるはずだ。
 まあ、そんなことは後々考えましょうと頭を切り替えた。目の前の問題を片付けてからだ。
 考え事にキリがつくと、いつの間にか心臓の動きが早いことに気が付く。緊張しているらしいと他人事のように自覚した。
 エントランスホールで待ち受ける一行を、イズは優雅な一礼で迎えた。
「この度はお誘いいただき光栄でございます。イジー・ヴォルフハートでございます。生憎、父が遠征に出ており、母は病に臥せっておりますので、不肖ながら娘のわたくしが皇太子殿下にご挨拶を申し上げます」
「マルクス・モンテクロフトだ。この度は急なことにも関わらずお受けいただいて感謝する。そう畏まらなくていい。同年代なのだから、気安く友人のように話してほしい」
「勿体ないお言葉、感謝いたします」
 顔を上げると、正面にはマルクスが立っていた。背筋に針金が入っているかのような立ち姿は、もうこの頃から変わらないのかと懐かしいような不思議な気持ちになる。特徴的なゴールドの髪、意志の強そうな眼は綺麗なアイスブルーをしている。イズはこの年齢のマルクスとは会ったことがなかったけれど、完成された綺麗な顔立ちを前にして逃げ出したい気持ちになってくる。完璧過ぎて劣等感を煽られるのだ。
 マルクスの後ろには護衛騎士たちが数名控えている。その中にはエリオットと名乗った彼もいる。街へと抜け出したことを両親に知られるわけにはいかないので知らないフリをした。イズの後ろでじっと沈黙を保つメイドたちは母親への報告係も兼ねているはずだ。
 護衛騎士たちの他に、一人フードを被った女性がいる。気にはなるが、こんなところで立ち話するわけにはいかない。速やかに応接間へと案内するべきだろう。
 にっこりと愛想笑いを浮かべて、マルクスを連れて屋敷を案内する。
 隣に並んで、適当に天気の話をしながら、ふと首を傾げる。あれほど早鐘を打っていた心臓がいつの間にか大人しくなっている。なぜかしらと頭の隅で引っかかりつつも、イズが完璧な令嬢の所作を崩すことはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。 !逆転チートな婚約破棄劇場! !王宮、そして誰も居なくなった! !国が滅んだ?私のせい?しらんがな! 18話で完結

処理中です...