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根拠は?とまるで信じていないような目をしてトリスが言う。
「勘よ」
「ハハッ」
「何がおかしいの」
「いや、そんなストレートに勘と言われるとは思わなかった。まあでもイズはそこまで言うなら真剣に考える価値はあるかもな」
そんなことを言いながらもパン屑に釣られて寄ってきた野良猫に気を取られている。この適当なあしらい方を随分前にどこかで経験したように感じるが、こんな失礼な態度の人が二人も三人もいるはずがない。記憶違いだろう。
ふとトリスの後ろでくくっていた長い髪が少し乱れていることに気付く。どうしても気になるのでくくり直していると、周囲がにわかに騒がしくなる。
人の波が遠ざかっていくようだ。街全体に散らばるように露店があるので、どこか一か所を目指して人々が大移動をするのは不自然だ。
人気の旅芸人でも到着したのだろうか。すぐそばを走って行こうする少年を呼び止めて聞いてみるけれど、彼もよく分かっていないとのことだった。何が起きているのかは分からないが、人々が騒いでいるようだから様子を見に行くとのことだった。
要領の得ない説明に首を傾げながら、私たちも行ってみる?とトリスに聞くまでもなく興味のなさそうな顔をしていた。無表情の顔をしばらく見つめてみる。その顔は間違いなく見慣れた自分自身のものだが、こうしてみるとトリスタンがよくしていた表情そのものだ。
「何を考えてるの?」
「何が?」
「前から思ってたの。トリスって話してるとき以外無表情だけど何を考えてるんだろうって。今も何を考えてるか分からない顔してた」
「人と喋っているとき以外に笑ったり怒ったりするほうがおかしいだろ。それとも常にニヤニヤしててほしいのか? そうだな……強いて言うならイズがまぬけな顔してんなと思ってバカにしてたくらいだな」
「あなた今自分の顔のこともバカにしてるの分かってる? まぬけはそっちよ」
お互いに減らず口を叩きながら、何の気なしに人の流れを見送った。周囲に残るのは、その場を離れるわけにはいかない屋台の店主と暇を持て余した二人だけ。可愛らしく髪を編み込みにして耳の後ろでふたつにくくり直す。トリスは特に髪型にこだわりはないようでいつの間に膝に乗ってくつろぐ猫を撫でながら大人しくしていた。人懐っこい子のようで撫でられながら気持ち良さそうにお腹を見せていた。こんなに可愛いのによく無表情を維持できるものだわと逆に感心してしまう。イズだったら間違いなくデレデレして撫でくりまわしてしまうだろう。
「なあ、上着貸してくれ」
「いいわよ」
差し出された手に脱いだ外套を渡す。せっかく可愛い髪型にしたのにと心中でぼやきながらイズはトリスの頭にさっとフードを被せた。
目の前を、人々が向かっていった方向からやってきた男が通り過ぎる。辺りを見回しながら何かを探しているようだった。
それを見送って、無言で立ち上がるトリスに手を引かれるがままついていく。
あれだけ動きたくなさそうにしていたトリスが顔を隠すフードまで被ってその場を離れたのだから、今通り過ぎた男はおそらくイズに会わせたくない人物なのだろう。しかし当のイズには覚えがない。知っているような、知らないような。
振り返ることはしないけれど、以前会ったことがあったかしらと記憶を辿る。随分と背が高かった。16歳のときのトリスタンと同じくらいか、それ以上ありそうだ。鍛えられた体をしていた。肝心の顔は薄いグレーの目は特徴的だったけれど、どこにでもいそうな40代前後の男だった。あの目付きや身のこなし方は兵士やそれに類する職業特有のような気もするが。うーん、分からないわ。もう少しで思い出せそうな気はするのだけど、と考え込んでいると、急に足を止めたトリスにぶつかってたたらを踏む。
「なに?」
トリスは返事をしない。彼の目線の先には、どこからか先回りしたのか先程の男がいた。
入り組んだ路地裏を熟知しているつもりだったけれど、相手は一体何者なのだろう。土地勘があるのは間違いない。
男が追いかけてきたということはこちらが誰かというのは既に知られているのかもしれない。
「……何か用?」
前に出て男を睨みつける。
背に庇ったトリスの様子を気にしながら、逃げ道はないかと以前教わった裏道を思い出すが、この細い路地では横道もない。戻る他ないだろう。
相手が何人かわからないけれど、退路を塞がれる前に逃げたほうがいいのか、ひとまずは男の話を聞いたらいいのか、イズには判断ができなかった。
男はその場からは直立不動のまま口を開いた。
「イジー様。突然お声がけして申し訳ございません。怪しいものではありません。わたくしは王家に仕える騎士でエリオットと申します。殿下がお会いしたいとのことでお迎えに上がった次第でございます」
男はイズのことなど一切視界に入っていないかのように恭しくトリスに話しかける。その仕草や態度を見て、騎士のようだと思う。そしてその予想は当たっているのだろう。
久々に聞く『イジー』という呼び方に、イズの心臓は跳ね上がる。息を呑む彼女とは対照的に、トリスは小さく悪態をついて、ぎゅっと繋いだ手を掴む力を強くした。
「勘よ」
「ハハッ」
「何がおかしいの」
「いや、そんなストレートに勘と言われるとは思わなかった。まあでもイズはそこまで言うなら真剣に考える価値はあるかもな」
そんなことを言いながらもパン屑に釣られて寄ってきた野良猫に気を取られている。この適当なあしらい方を随分前にどこかで経験したように感じるが、こんな失礼な態度の人が二人も三人もいるはずがない。記憶違いだろう。
ふとトリスの後ろでくくっていた長い髪が少し乱れていることに気付く。どうしても気になるのでくくり直していると、周囲がにわかに騒がしくなる。
人の波が遠ざかっていくようだ。街全体に散らばるように露店があるので、どこか一か所を目指して人々が大移動をするのは不自然だ。
人気の旅芸人でも到着したのだろうか。すぐそばを走って行こうする少年を呼び止めて聞いてみるけれど、彼もよく分かっていないとのことだった。何が起きているのかは分からないが、人々が騒いでいるようだから様子を見に行くとのことだった。
要領の得ない説明に首を傾げながら、私たちも行ってみる?とトリスに聞くまでもなく興味のなさそうな顔をしていた。無表情の顔をしばらく見つめてみる。その顔は間違いなく見慣れた自分自身のものだが、こうしてみるとトリスタンがよくしていた表情そのものだ。
「何を考えてるの?」
「何が?」
「前から思ってたの。トリスって話してるとき以外無表情だけど何を考えてるんだろうって。今も何を考えてるか分からない顔してた」
「人と喋っているとき以外に笑ったり怒ったりするほうがおかしいだろ。それとも常にニヤニヤしててほしいのか? そうだな……強いて言うならイズがまぬけな顔してんなと思ってバカにしてたくらいだな」
「あなた今自分の顔のこともバカにしてるの分かってる? まぬけはそっちよ」
お互いに減らず口を叩きながら、何の気なしに人の流れを見送った。周囲に残るのは、その場を離れるわけにはいかない屋台の店主と暇を持て余した二人だけ。可愛らしく髪を編み込みにして耳の後ろでふたつにくくり直す。トリスは特に髪型にこだわりはないようでいつの間に膝に乗ってくつろぐ猫を撫でながら大人しくしていた。人懐っこい子のようで撫でられながら気持ち良さそうにお腹を見せていた。こんなに可愛いのによく無表情を維持できるものだわと逆に感心してしまう。イズだったら間違いなくデレデレして撫でくりまわしてしまうだろう。
「なあ、上着貸してくれ」
「いいわよ」
差し出された手に脱いだ外套を渡す。せっかく可愛い髪型にしたのにと心中でぼやきながらイズはトリスの頭にさっとフードを被せた。
目の前を、人々が向かっていった方向からやってきた男が通り過ぎる。辺りを見回しながら何かを探しているようだった。
それを見送って、無言で立ち上がるトリスに手を引かれるがままついていく。
あれだけ動きたくなさそうにしていたトリスが顔を隠すフードまで被ってその場を離れたのだから、今通り過ぎた男はおそらくイズに会わせたくない人物なのだろう。しかし当のイズには覚えがない。知っているような、知らないような。
振り返ることはしないけれど、以前会ったことがあったかしらと記憶を辿る。随分と背が高かった。16歳のときのトリスタンと同じくらいか、それ以上ありそうだ。鍛えられた体をしていた。肝心の顔は薄いグレーの目は特徴的だったけれど、どこにでもいそうな40代前後の男だった。あの目付きや身のこなし方は兵士やそれに類する職業特有のような気もするが。うーん、分からないわ。もう少しで思い出せそうな気はするのだけど、と考え込んでいると、急に足を止めたトリスにぶつかってたたらを踏む。
「なに?」
トリスは返事をしない。彼の目線の先には、どこからか先回りしたのか先程の男がいた。
入り組んだ路地裏を熟知しているつもりだったけれど、相手は一体何者なのだろう。土地勘があるのは間違いない。
男が追いかけてきたということはこちらが誰かというのは既に知られているのかもしれない。
「……何か用?」
前に出て男を睨みつける。
背に庇ったトリスの様子を気にしながら、逃げ道はないかと以前教わった裏道を思い出すが、この細い路地では横道もない。戻る他ないだろう。
相手が何人かわからないけれど、退路を塞がれる前に逃げたほうがいいのか、ひとまずは男の話を聞いたらいいのか、イズには判断ができなかった。
男はその場からは直立不動のまま口を開いた。
「イジー様。突然お声がけして申し訳ございません。怪しいものではありません。わたくしは王家に仕える騎士でエリオットと申します。殿下がお会いしたいとのことでお迎えに上がった次第でございます」
男はイズのことなど一切視界に入っていないかのように恭しくトリスに話しかける。その仕草や態度を見て、騎士のようだと思う。そしてその予想は当たっているのだろう。
久々に聞く『イジー』という呼び方に、イズの心臓は跳ね上がる。息を呑む彼女とは対照的に、トリスは小さく悪態をついて、ぎゅっと繋いだ手を掴む力を強くした。
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