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ミンネが職を追われたのは手紙をしたためた翌日だった。
想像以上に早く処理されたらしい。手紙の効果だけでなく、あれだけの騒ぎを起こしたのだから、そちらのほうが重大と判断された可能性もある。
もっと時間がかかると思っていたわとイズは拍子抜けしていた。所詮は子どもができる範囲で事を起こしただけであったし、失敗することも頭の隅では密かに勘定に入れていた。
「な? この女イカレてんだよ」
ミンネが解雇された1週間後に来てみればこれである。だんだんとトリスの言葉と態度に遠慮がなくなってきている気がする。
今になって少しミンネへの対処がやりすぎだったかもしれないと後悔し始めていることを吐露したところ、この反応である。ナーバルも呆れた顔をしている。彼らがそんな反応になるのも分かる。だが、それにしても、もう少し言い方というものがあるだろう。こちらは入れ替わっているとはいえ中身は貴族令嬢なのだから、お手柔らかにしてもらわないといつか本気で泣くかもしれない。
「変なヤツに騙されないようにしろよ。そのうち慈善事業とか何とか適当なこと言われて騙されても笑顔で奴隷商人につれてかれそうだ」
「こんなぽやぽやしてる貴族令嬢なんか良いカモだよな。世間知らずの生粋の箱入り」
「おまけに小心者」
トリスとナーバルが失礼なことを言い合っている。
そこまで言うことないのに、と頬を膨らませた。確かに自分でも偽善的な反省であることは分かっている。しかし他人の人生を大きく変えておいて、その後一切悩まないほどお気楽ではいられない。確かに彼らの提案で子どもの嫌がらせのような幻覚と物理攻撃で彼女にやり返したことは胸のすくような気持ちにさせてくれた。だが、事が無事終わって安心してしばらくすると、不安がどんどん沸いてきて落ち着かなくなってしまうのがイズという人間だった。
「慈善事業の一環で捨て犬とか捨て猫とか拾ってくんじゃねーぞ」
「そうだぞ。こちとらその日食っていくのも大変だってのに、ペットなんて絶対無理だからな」
結託して言いたい放題してくるので持ってきたばかりの食料を没収すると渋々謝ってくれた。
この無礼千万な人たちの意見はともかくとして、彼らがどれほど理解しているかは分からないが、イズのミンネに対する制裁は決して軽いものではない。
主から追い出された女の行くところなんてどこにもない。そんな経歴が汚れた人間を雇いたいと申し出るところはないだろう。十中八九家族からは縁を切られるので実家にも帰れないだろう。解雇される際には魔法によってどうやっても消えない入れ墨がミンネの体には刻まれたはずだ。《魔女の刻印》と呼ばれるそれは、額に焼き付くようにつけられる罪人の証だ。頭から布を被って隠そうとしても素性を調べる魔法を使われれば、入れ墨は眩しく光るようになっている。どうやっても誤魔化しようがない。今後まともな職にはつけないはずだ。ミンネのような矜持の高い女に平民以下の汚れ仕事をすることは受け入れられないだろう。つまり《魔女の刻印》を押されることは彼女にとっては死を待てと言われているのと同義だった。
「メイド長がいなくなったから、街に出ることもできるんじゃないか?」と、ナーバルが心做しか嬉しそうに言う。
「ああ。前よりは楽になったかもしれないな」
規律に厳しいミンネがいなくなったことで、屋敷内にも変化があった。逐一叱ったり管理する人間がいなくなったのだ。当然、手を抜く怠け者が出てくる。
ミンネに厳しく注意を受けていた反動だろうか、警備の兵士さえも時間通りに巡回してこないのはイズたちにとっては有難い。そのため、息抜きに街に出たいというわけだった。
「もうすぐ正雪祭だろ。抜け出すなら、その日が良いな。使用人たちは祭りに参加したいだろうから、輪をかけて怠けるだろう」
「ああ、そうしよう」
3人で膝をつき合わせていると沈んだ心が少しばかり浮き立つような心地がする。入れ替わる前には友人といえる者はいなかったから、これがそうなのかしらと思う。
「イズはどこか行きたいところあるか? 俺たちに任せてると食べ歩きだけで終わるぞ」
「お花を買いたいわ。みんなが持って歩いている黄色いお花」
大きくて黄色い花束を皆が抱えるように持ち歩いている様を以前遠くから見たことがある。私もそれを持ちながら誰かと散策してみたいと密かに思っていた。すると、トリスもナーバルも「なんだ、そんなことかよ」と笑う。
「あれは催事のために山のように花屋に並ぶんだぜ。それに、狙うならもっと珍しい花を俺たちが見つけてきてやるよ」
特別に数本しか仕入れられない花があるらしい。それを手に入れられたら、その年は一層実りのあるものになるという。
「どんな見た目の花なの?」
「白くて、小さくて、丸い花」
「ふふ、その説明じゃあ何ていうお花なのか全然分からないわ。でもありがとう。もし見かけたらお願いね」
ナーバルの説明だとシルバーブロッサムかしら。エルフスノーかもしれない。以前書物で読んだ特徴に当てはまる植物を思い浮かべてみる。
「夜空の月のように綺麗な花だ」
突然まるで詩人のようにナーバルは言う。もしかしたら彼にとっては思い入れのある花なのかもしれない。楽しみだわとイズが呟けば、両脇の二人も同じように嬉しそうに笑った。
想像以上に早く処理されたらしい。手紙の効果だけでなく、あれだけの騒ぎを起こしたのだから、そちらのほうが重大と判断された可能性もある。
もっと時間がかかると思っていたわとイズは拍子抜けしていた。所詮は子どもができる範囲で事を起こしただけであったし、失敗することも頭の隅では密かに勘定に入れていた。
「な? この女イカレてんだよ」
ミンネが解雇された1週間後に来てみればこれである。だんだんとトリスの言葉と態度に遠慮がなくなってきている気がする。
今になって少しミンネへの対処がやりすぎだったかもしれないと後悔し始めていることを吐露したところ、この反応である。ナーバルも呆れた顔をしている。彼らがそんな反応になるのも分かる。だが、それにしても、もう少し言い方というものがあるだろう。こちらは入れ替わっているとはいえ中身は貴族令嬢なのだから、お手柔らかにしてもらわないといつか本気で泣くかもしれない。
「変なヤツに騙されないようにしろよ。そのうち慈善事業とか何とか適当なこと言われて騙されても笑顔で奴隷商人につれてかれそうだ」
「こんなぽやぽやしてる貴族令嬢なんか良いカモだよな。世間知らずの生粋の箱入り」
「おまけに小心者」
トリスとナーバルが失礼なことを言い合っている。
そこまで言うことないのに、と頬を膨らませた。確かに自分でも偽善的な反省であることは分かっている。しかし他人の人生を大きく変えておいて、その後一切悩まないほどお気楽ではいられない。確かに彼らの提案で子どもの嫌がらせのような幻覚と物理攻撃で彼女にやり返したことは胸のすくような気持ちにさせてくれた。だが、事が無事終わって安心してしばらくすると、不安がどんどん沸いてきて落ち着かなくなってしまうのがイズという人間だった。
「慈善事業の一環で捨て犬とか捨て猫とか拾ってくんじゃねーぞ」
「そうだぞ。こちとらその日食っていくのも大変だってのに、ペットなんて絶対無理だからな」
結託して言いたい放題してくるので持ってきたばかりの食料を没収すると渋々謝ってくれた。
この無礼千万な人たちの意見はともかくとして、彼らがどれほど理解しているかは分からないが、イズのミンネに対する制裁は決して軽いものではない。
主から追い出された女の行くところなんてどこにもない。そんな経歴が汚れた人間を雇いたいと申し出るところはないだろう。十中八九家族からは縁を切られるので実家にも帰れないだろう。解雇される際には魔法によってどうやっても消えない入れ墨がミンネの体には刻まれたはずだ。《魔女の刻印》と呼ばれるそれは、額に焼き付くようにつけられる罪人の証だ。頭から布を被って隠そうとしても素性を調べる魔法を使われれば、入れ墨は眩しく光るようになっている。どうやっても誤魔化しようがない。今後まともな職にはつけないはずだ。ミンネのような矜持の高い女に平民以下の汚れ仕事をすることは受け入れられないだろう。つまり《魔女の刻印》を押されることは彼女にとっては死を待てと言われているのと同義だった。
「メイド長がいなくなったから、街に出ることもできるんじゃないか?」と、ナーバルが心做しか嬉しそうに言う。
「ああ。前よりは楽になったかもしれないな」
規律に厳しいミンネがいなくなったことで、屋敷内にも変化があった。逐一叱ったり管理する人間がいなくなったのだ。当然、手を抜く怠け者が出てくる。
ミンネに厳しく注意を受けていた反動だろうか、警備の兵士さえも時間通りに巡回してこないのはイズたちにとっては有難い。そのため、息抜きに街に出たいというわけだった。
「もうすぐ正雪祭だろ。抜け出すなら、その日が良いな。使用人たちは祭りに参加したいだろうから、輪をかけて怠けるだろう」
「ああ、そうしよう」
3人で膝をつき合わせていると沈んだ心が少しばかり浮き立つような心地がする。入れ替わる前には友人といえる者はいなかったから、これがそうなのかしらと思う。
「イズはどこか行きたいところあるか? 俺たちに任せてると食べ歩きだけで終わるぞ」
「お花を買いたいわ。みんなが持って歩いている黄色いお花」
大きくて黄色い花束を皆が抱えるように持ち歩いている様を以前遠くから見たことがある。私もそれを持ちながら誰かと散策してみたいと密かに思っていた。すると、トリスもナーバルも「なんだ、そんなことかよ」と笑う。
「あれは催事のために山のように花屋に並ぶんだぜ。それに、狙うならもっと珍しい花を俺たちが見つけてきてやるよ」
特別に数本しか仕入れられない花があるらしい。それを手に入れられたら、その年は一層実りのあるものになるという。
「どんな見た目の花なの?」
「白くて、小さくて、丸い花」
「ふふ、その説明じゃあ何ていうお花なのか全然分からないわ。でもありがとう。もし見かけたらお願いね」
ナーバルの説明だとシルバーブロッサムかしら。エルフスノーかもしれない。以前書物で読んだ特徴に当てはまる植物を思い浮かべてみる。
「夜空の月のように綺麗な花だ」
突然まるで詩人のようにナーバルは言う。もしかしたら彼にとっては思い入れのある花なのかもしれない。楽しみだわとイズが呟けば、両脇の二人も同じように嬉しそうに笑った。
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