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しばらくすると徐々に痛みは引いていった。
「頭が痛いのか? 俺の体で何か無茶とかしてるんじゃないだろうな? センスなさそうだから喧嘩とかやめとけよ。俺は慣れてるけどお嬢様が殴ったり蹴ったりできるはずないんだからな。ナーバルとの剣の稽古もやってたりするのか? それも頼むから適当に理由付けて休ませてもらえよ。あと、間違ってもドラッグなんかやるなよ」
言いたい放題しているが、片手で背中をさすってくれている。何だかやたらと距離が近い気もするが、元々自分の体だから触れることに特に抵抗はないのだろう。それにナーバルもそれなりに距離感がおかしかった。多分二人ともパーソナルスペースの概念がない。
「大丈夫よ。暴力は嫌いだし怖いし、ドラッグもやらない。約束するわ」
「その約束忘れないでくれよ。いざ元に戻ったらジャンキーなんて絶対に嫌だからな」
わかったと頷く。元よりそんな危険なことに近付くつもりはなかった。自慢ではないが、16歳のときも酒も葉巻もまだ嗜んだことがなかったし夜遊びだってしてこなかった。品行方正を地でいくタイプだったのだ。
トリスとはしばらく情報交換して、自分たちが10歳であることや現状の把握をした。彼も大して分かっていることは多くはないらしい。目覚めたときに大けがをしていたことを伝えると意外なことに頭を下げて謝罪された。
「悪かったな。痛かっただろ」
「ううん、すぐ治ったもの。ナーバルも治って当然ってかんじだった。あなたの体ってどうしてこんなに頑丈なの? 正直普通じゃないわ」
「ああ、魔力が無駄に多いんだ。その割に魔法のセンスが俺にはないから使いどころが回復しかない。目覚めもいいだろう。寝ている間に勝手に魔力が全身をメンテナンスしてくれてるんだ」
「すごいわ。子どもたちと走り回っても翌日は全然疲れてないの。ナーバルは子守の次の日は朝から腰が痛いとか頭が痛いとかグチグチ言っててうるさくてたまらないわ。あのひと本当に同じ年齢なの? 小言も多くておじいさんみたいだわ」
ハハハッと楽しそうにトリスは笑う。自分とは違う明るくて豪快な笑い方に不思議な気持ちになる。
「あいつジジイみたいに口うるさいんだよな。でも良いヤツだ。あのお節介には救われることが多かった。何か困ったらナーバルに相談しろよ。大抵のことは何とかしてくれるから」
「うん。そうする。私、あの人のことを心の中でママって呼んでるわ」
「そりゃいいな。俺もそう呼ぶことにする」
今日はナーバルにはここに来ることを相談せずに来たと言えば、早く帰った方が良いと言われる。そうだろう。もしバレたら心配性のママからお小言をもらってしまうこと請け合いだ。
ひとしきり話終わり、あまり長居するとメイドや屋敷の警備に見つかるかもしれないのでそっと抜け出すことにする。
「また来いよ。俺も会いに行くから」
「分かった。じゃあね」
「話し方どうにかしておけよ。俺もレディーらしくするよう気をつけるから」
「おう」
顔を見合わせて笑う。
正直、意外だった。トリスは思っていた以上に話しやすい人だった。むずがゆいような気持ちで途中振り返ると、まだあちらもイズを見つめていた。再び手を振り合って帰路を急ぐ。
彼はあんなにお喋りだったのか。婚約者であるマルクスとしか話しているところを見なかったし、それは極稀なことのようだったから、てっきり会話が苦手なのだと思っていた。どうやらトリスはイズと体を交換していることをひどく不満に思っているようだったが会話や情報を交換することの重要性は分かっているようだった。最初の剣幕では冷静な話し合いはできないかもという考えが一瞬頭を過ぎったのだが、感情のままに振舞う人でなくて助かった。
中身まで子どもじゃなくて良かった。
実際に言葉を交わしてみて、彼に対する不安や恐怖心はだいぶ払拭されていた。
会いに行ってよかったわ。でも、メイド長のミンネのことはどうにかしなくては。マルクスがイズの酷い状況に気付いて手を打ってくれるまで待っていられない。
トリスは口では強がっていたが、まともにご飯にもありつけず消耗するばかりの生活は堪えるだろう。自分が経験してきたから分かる。更にイズの体には魔力がない。魔力で回復することもできず、今まで魔力があるのが当たり前だった彼にしてみれば、きっと心底つらいはずだ。
今後、自分たちが元に戻る方法を探るにもミンネの存在は障壁になるはずだった。
それにしても、入れ替わった原因は結局分からないままだった。トリスもあの断罪のときのことは覚えていたが、あの場がどのように決着したかも覚えていないと言っていた。――いや、あれは何かをはぐらかしているような口調だった。彼は嘘をつくことが下手らしい。だが、ハッキリと言わなかったということは言うべきではないと結論付けたからだろう。その判断はきっと、私のためなのだと思う。
婚約者に浮気された哀れで愚かな女にも手心をくわえてくれるのだから、彼もまたナーバルと同じくらい優しいところがあるらしい。これもまた意外な一面だ。
ああ、マルクスのことを考えたせいで、またじわりと目頭が熱くなる。前を向かなくては。
今は婚約破棄のことなど考えているべきではない。元の体に戻ることを最優先に考えるべきだ。
頭が痛いわと呟いて、帰路を急いだ。
「頭が痛いのか? 俺の体で何か無茶とかしてるんじゃないだろうな? センスなさそうだから喧嘩とかやめとけよ。俺は慣れてるけどお嬢様が殴ったり蹴ったりできるはずないんだからな。ナーバルとの剣の稽古もやってたりするのか? それも頼むから適当に理由付けて休ませてもらえよ。あと、間違ってもドラッグなんかやるなよ」
言いたい放題しているが、片手で背中をさすってくれている。何だかやたらと距離が近い気もするが、元々自分の体だから触れることに特に抵抗はないのだろう。それにナーバルもそれなりに距離感がおかしかった。多分二人ともパーソナルスペースの概念がない。
「大丈夫よ。暴力は嫌いだし怖いし、ドラッグもやらない。約束するわ」
「その約束忘れないでくれよ。いざ元に戻ったらジャンキーなんて絶対に嫌だからな」
わかったと頷く。元よりそんな危険なことに近付くつもりはなかった。自慢ではないが、16歳のときも酒も葉巻もまだ嗜んだことがなかったし夜遊びだってしてこなかった。品行方正を地でいくタイプだったのだ。
トリスとはしばらく情報交換して、自分たちが10歳であることや現状の把握をした。彼も大して分かっていることは多くはないらしい。目覚めたときに大けがをしていたことを伝えると意外なことに頭を下げて謝罪された。
「悪かったな。痛かっただろ」
「ううん、すぐ治ったもの。ナーバルも治って当然ってかんじだった。あなたの体ってどうしてこんなに頑丈なの? 正直普通じゃないわ」
「ああ、魔力が無駄に多いんだ。その割に魔法のセンスが俺にはないから使いどころが回復しかない。目覚めもいいだろう。寝ている間に勝手に魔力が全身をメンテナンスしてくれてるんだ」
「すごいわ。子どもたちと走り回っても翌日は全然疲れてないの。ナーバルは子守の次の日は朝から腰が痛いとか頭が痛いとかグチグチ言っててうるさくてたまらないわ。あのひと本当に同じ年齢なの? 小言も多くておじいさんみたいだわ」
ハハハッと楽しそうにトリスは笑う。自分とは違う明るくて豪快な笑い方に不思議な気持ちになる。
「あいつジジイみたいに口うるさいんだよな。でも良いヤツだ。あのお節介には救われることが多かった。何か困ったらナーバルに相談しろよ。大抵のことは何とかしてくれるから」
「うん。そうする。私、あの人のことを心の中でママって呼んでるわ」
「そりゃいいな。俺もそう呼ぶことにする」
今日はナーバルにはここに来ることを相談せずに来たと言えば、早く帰った方が良いと言われる。そうだろう。もしバレたら心配性のママからお小言をもらってしまうこと請け合いだ。
ひとしきり話終わり、あまり長居するとメイドや屋敷の警備に見つかるかもしれないのでそっと抜け出すことにする。
「また来いよ。俺も会いに行くから」
「分かった。じゃあね」
「話し方どうにかしておけよ。俺もレディーらしくするよう気をつけるから」
「おう」
顔を見合わせて笑う。
正直、意外だった。トリスは思っていた以上に話しやすい人だった。むずがゆいような気持ちで途中振り返ると、まだあちらもイズを見つめていた。再び手を振り合って帰路を急ぐ。
彼はあんなにお喋りだったのか。婚約者であるマルクスとしか話しているところを見なかったし、それは極稀なことのようだったから、てっきり会話が苦手なのだと思っていた。どうやらトリスはイズと体を交換していることをひどく不満に思っているようだったが会話や情報を交換することの重要性は分かっているようだった。最初の剣幕では冷静な話し合いはできないかもという考えが一瞬頭を過ぎったのだが、感情のままに振舞う人でなくて助かった。
中身まで子どもじゃなくて良かった。
実際に言葉を交わしてみて、彼に対する不安や恐怖心はだいぶ払拭されていた。
会いに行ってよかったわ。でも、メイド長のミンネのことはどうにかしなくては。マルクスがイズの酷い状況に気付いて手を打ってくれるまで待っていられない。
トリスは口では強がっていたが、まともにご飯にもありつけず消耗するばかりの生活は堪えるだろう。自分が経験してきたから分かる。更にイズの体には魔力がない。魔力で回復することもできず、今まで魔力があるのが当たり前だった彼にしてみれば、きっと心底つらいはずだ。
今後、自分たちが元に戻る方法を探るにもミンネの存在は障壁になるはずだった。
それにしても、入れ替わった原因は結局分からないままだった。トリスもあの断罪のときのことは覚えていたが、あの場がどのように決着したかも覚えていないと言っていた。――いや、あれは何かをはぐらかしているような口調だった。彼は嘘をつくことが下手らしい。だが、ハッキリと言わなかったということは言うべきではないと結論付けたからだろう。その判断はきっと、私のためなのだと思う。
婚約者に浮気された哀れで愚かな女にも手心をくわえてくれるのだから、彼もまたナーバルと同じくらい優しいところがあるらしい。これもまた意外な一面だ。
ああ、マルクスのことを考えたせいで、またじわりと目頭が熱くなる。前を向かなくては。
今は婚約破棄のことなど考えているべきではない。元の体に戻ることを最優先に考えるべきだ。
頭が痛いわと呟いて、帰路を急いだ。
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