6 / 7
魔女の休息
しおりを挟む
遊園地の屋内スペースらしき場所は、メインストリートを挟んで様々な店が軒を連ねている。
多くの店が立ち並んでいたということは、おそらくかつては活気で満ち溢れていたのだろう。だが今となってはほとんどの店はシャッターが閉まっていたり、蜘蛛の巣が張っていたりと、見る影もないくらいに閑散としていた。
なんだか閉演後の遊園地に忍び込んだみたいだ。
ダンの後ろを付いて歩くかぼちゃ頭の少年ペポは、大通り全体の物寂しさと、不法侵入をしているかのような疑似的背徳感のサンドイッチとなっていた。
「――ほら、あそこに」
壮年の男性の一声で我に返った少年は、指し示された方向へ視線を向ける。ダンの示した先には、緑色の煉瓦造りの小さな店があった。店先には大釜に腰かけた魔女の看板がぶら下がっており、釜には『魔女の休息』という文字が彫られている。
――あれ? なんでおれ、ここの文字が読めるんだ?
ペポの目には、先程まで何が書いてあるか分からなかった。だが数秒目を凝らすと、異界の文字は自身が慣れ親しんだ言語に自動翻訳されたのだ。
「ペポさん、如何《いかが》されました?」
「あっ! いや別に、なんでも!」
「そうですか……? では、入りましょうか」
ダンは「お邪魔します」と店のドアを開け、ペポに先に入るよう促す。ペポは「ありがとう」と小さく頭を下げ、ポキュポキュとレインブーツを鳴らして店に入った。
「うわぁ、凄い……」
ペポの眼前には、これまで見たことのない真新しい景色が広がっていた。店内はショーケースとテーブルがドッキングしたL字型となっており、まるでイートインスペースがあるケーキ屋のようだ。
しかし、ショーケースの中に並んでいるのはケーキではない。見たこともない薬草や発光した紫色の薬品ボトル、謎のキノコの群生、そしてヒキガエルの干物らしきものが飾られており、店名の『魔女』が示す通り、妖しく不思議な雰囲気を放っている。
「イキシアさーん、いますかー?」
カウンターには店の主はおらず、ダンは店の奥に声をかける。すると「はいはーい」と凛とした低めの女性の声が聞こえてきた。店主のヒールの音が、段々と近づいてくる。
「ごめんなさい、お待たせして――あら、ダン。久しぶりね」
店の奥から出てきたのは、ボディラインがくっきりと浮かび上がる深緑のドレスを纏った女性だった。スリットからは艶めかしい美脚が覗き、程よく引き締まった体型も相まって非常に妖艶で、大人の女性の色香を漂わせている。
黒のフードを目深に被っているせいで目や髪型は分からず、唯一見えるのはドレスと同系色のリップを塗った唇のみ。魔女というより、どちらかと言えば占い師に近い風貌だ。
「元気だった?」と女性は言う。
「ご覧の通り。はい、これ。頼まれてた物を持ってきましたよ」
ダンは背負っていたリュックから、箱と様々なメモが書かれたチェックリストを取り出した。女性はそれを受け取ると、リストを見ながら箱の中身を確認する。
「えーっと……フォンロンの龍の卵、ヴァーレンの鱗、火鼠の毛に……ああ、そうそう。ビィエクの雪花ベリーも……よし、これで全部ね。ありがとう、ダン。支払いはいつも通りで?」
「はい、頼みます」
「分かったわ。ところで……そこにいるおチビちゃんは?」
ショーケースよりも低い位置にいるペポの存在に、魔女はようやく気付いた。
かぼちゃ頭の少年が自己紹介をしようと思った矢先、女性は驚いたように口許に手を当てて一歩後ずさりする。
「ま、まさか……誘拐……っ!? ダン、いくら子供がいなくて寂しいからって、それは……!」
「そんなわけないでしょう」とダンはため息を吐く。
「ハッ……! もしや、隠し子!? 貴方、私が知らないうちに一体どこで作ってきたの……!?」
「イキシアさん、寝言はベッドの上だけにしていただけますか? 妻子持ちの僕が不貞を働く男に見えたとは、『千里眼の魔女』の二つ名が泣きますよ?」
呆れた様子の運び屋のため息は、一度目よりも大きく長かった。
一連の流れを見て、ミステリアスだけど意外とお茶目な人だ、と少年は思う。
「冗談よ、冗談。だって、久方ぶりの友人との会話なんだもの。少しくらい遊びたいじゃない?」
ムッとするダンの姿を、妖艶な魔女は笑みを浮かべて見つめる。そしてカウンターから出ると、ペポの前に屈んで手を差し出した。
「初めまして、私はイキシア。ここで薬屋を営んでるの。よろしくね」
イキシアの緑色のリップがなだらかな弧を描く。ペポも彼女に倣い、小さな手で魔女の手を握った。
「初めまして、イキシアさん。おれは――ペポっていいます」
異世界で初めて知り合った人――ダンから貰った名前を、かぼちゃ頭の少年は誇らしげに伝える。
「うふふ、可愛らしい坊やだこと。でも、なんでダンとペポちゃんが一緒に?」
「実はペポさんは、彼と同じく異世界から来たようなんです。それでイキシアさんに助力を乞おうと僕が案内したんですよ」
「ふぅーん……」
イキシアはかぼちゃ頭の少年をじっと見る。少しばかり思案を巡らせた後、妖艶な女性はおずおずとこう言った。
「もし良かったら、貴方《あなた》の頭の中を覗かせてもらえるかしら?」
「あー、全然いいですよ。見られて困るものなんて特にないですし」
迷いもなくペポが了承すると、イキシアは「ありがとう」と言う。そしてイキシアは右人差し指と中指で、かぼちゃ頭の眉間に軽く触れて静止した。
「…………………」
5秒ほど経った頃だろうか。イキシアはペポの眉間から指を離し、「なるほど、そういうこと……」と呟いた。千里眼の魔女は立ち上がると、ペポとダンを交互に見やる。
「話したいことがあるから、そこにかけてもらえるかしら? もちろん、ダンも一緒にね」
多くの店が立ち並んでいたということは、おそらくかつては活気で満ち溢れていたのだろう。だが今となってはほとんどの店はシャッターが閉まっていたり、蜘蛛の巣が張っていたりと、見る影もないくらいに閑散としていた。
なんだか閉演後の遊園地に忍び込んだみたいだ。
ダンの後ろを付いて歩くかぼちゃ頭の少年ペポは、大通り全体の物寂しさと、不法侵入をしているかのような疑似的背徳感のサンドイッチとなっていた。
「――ほら、あそこに」
壮年の男性の一声で我に返った少年は、指し示された方向へ視線を向ける。ダンの示した先には、緑色の煉瓦造りの小さな店があった。店先には大釜に腰かけた魔女の看板がぶら下がっており、釜には『魔女の休息』という文字が彫られている。
――あれ? なんでおれ、ここの文字が読めるんだ?
ペポの目には、先程まで何が書いてあるか分からなかった。だが数秒目を凝らすと、異界の文字は自身が慣れ親しんだ言語に自動翻訳されたのだ。
「ペポさん、如何《いかが》されました?」
「あっ! いや別に、なんでも!」
「そうですか……? では、入りましょうか」
ダンは「お邪魔します」と店のドアを開け、ペポに先に入るよう促す。ペポは「ありがとう」と小さく頭を下げ、ポキュポキュとレインブーツを鳴らして店に入った。
「うわぁ、凄い……」
ペポの眼前には、これまで見たことのない真新しい景色が広がっていた。店内はショーケースとテーブルがドッキングしたL字型となっており、まるでイートインスペースがあるケーキ屋のようだ。
しかし、ショーケースの中に並んでいるのはケーキではない。見たこともない薬草や発光した紫色の薬品ボトル、謎のキノコの群生、そしてヒキガエルの干物らしきものが飾られており、店名の『魔女』が示す通り、妖しく不思議な雰囲気を放っている。
「イキシアさーん、いますかー?」
カウンターには店の主はおらず、ダンは店の奥に声をかける。すると「はいはーい」と凛とした低めの女性の声が聞こえてきた。店主のヒールの音が、段々と近づいてくる。
「ごめんなさい、お待たせして――あら、ダン。久しぶりね」
店の奥から出てきたのは、ボディラインがくっきりと浮かび上がる深緑のドレスを纏った女性だった。スリットからは艶めかしい美脚が覗き、程よく引き締まった体型も相まって非常に妖艶で、大人の女性の色香を漂わせている。
黒のフードを目深に被っているせいで目や髪型は分からず、唯一見えるのはドレスと同系色のリップを塗った唇のみ。魔女というより、どちらかと言えば占い師に近い風貌だ。
「元気だった?」と女性は言う。
「ご覧の通り。はい、これ。頼まれてた物を持ってきましたよ」
ダンは背負っていたリュックから、箱と様々なメモが書かれたチェックリストを取り出した。女性はそれを受け取ると、リストを見ながら箱の中身を確認する。
「えーっと……フォンロンの龍の卵、ヴァーレンの鱗、火鼠の毛に……ああ、そうそう。ビィエクの雪花ベリーも……よし、これで全部ね。ありがとう、ダン。支払いはいつも通りで?」
「はい、頼みます」
「分かったわ。ところで……そこにいるおチビちゃんは?」
ショーケースよりも低い位置にいるペポの存在に、魔女はようやく気付いた。
かぼちゃ頭の少年が自己紹介をしようと思った矢先、女性は驚いたように口許に手を当てて一歩後ずさりする。
「ま、まさか……誘拐……っ!? ダン、いくら子供がいなくて寂しいからって、それは……!」
「そんなわけないでしょう」とダンはため息を吐く。
「ハッ……! もしや、隠し子!? 貴方、私が知らないうちに一体どこで作ってきたの……!?」
「イキシアさん、寝言はベッドの上だけにしていただけますか? 妻子持ちの僕が不貞を働く男に見えたとは、『千里眼の魔女』の二つ名が泣きますよ?」
呆れた様子の運び屋のため息は、一度目よりも大きく長かった。
一連の流れを見て、ミステリアスだけど意外とお茶目な人だ、と少年は思う。
「冗談よ、冗談。だって、久方ぶりの友人との会話なんだもの。少しくらい遊びたいじゃない?」
ムッとするダンの姿を、妖艶な魔女は笑みを浮かべて見つめる。そしてカウンターから出ると、ペポの前に屈んで手を差し出した。
「初めまして、私はイキシア。ここで薬屋を営んでるの。よろしくね」
イキシアの緑色のリップがなだらかな弧を描く。ペポも彼女に倣い、小さな手で魔女の手を握った。
「初めまして、イキシアさん。おれは――ペポっていいます」
異世界で初めて知り合った人――ダンから貰った名前を、かぼちゃ頭の少年は誇らしげに伝える。
「うふふ、可愛らしい坊やだこと。でも、なんでダンとペポちゃんが一緒に?」
「実はペポさんは、彼と同じく異世界から来たようなんです。それでイキシアさんに助力を乞おうと僕が案内したんですよ」
「ふぅーん……」
イキシアはかぼちゃ頭の少年をじっと見る。少しばかり思案を巡らせた後、妖艶な女性はおずおずとこう言った。
「もし良かったら、貴方《あなた》の頭の中を覗かせてもらえるかしら?」
「あー、全然いいですよ。見られて困るものなんて特にないですし」
迷いもなくペポが了承すると、イキシアは「ありがとう」と言う。そしてイキシアは右人差し指と中指で、かぼちゃ頭の眉間に軽く触れて静止した。
「…………………」
5秒ほど経った頃だろうか。イキシアはペポの眉間から指を離し、「なるほど、そういうこと……」と呟いた。千里眼の魔女は立ち上がると、ペポとダンを交互に見やる。
「話したいことがあるから、そこにかけてもらえるかしら? もちろん、ダンも一緒にね」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

異世界に来たからといってヒロインとは限らない
あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理!
ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※
ファンタジー小説大賞結果発表!!!
\9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/
(嬉しかったので自慢します)
書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン)
変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします!
(誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願
※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。
* * *
やってきました、異世界。
学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。
いえ、今でも懐かしく読んでます。
好きですよ?異世界転移&転生モノ。
だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね?
『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。
実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。
でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。
モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ?
帰る方法を探して四苦八苦?
はてさて帰る事ができるかな…
アラフォー女のドタバタ劇…?かな…?
***********************
基本、ノリと勢いで書いてます。
どこかで見たような展開かも知れません。
暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる