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魔女の休息
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遊園地の屋内スペースらしき場所は、メインストリートを挟んで様々な店が軒を連ねている。
多くの店が立ち並んでいたということは、おそらくかつては活気で満ち溢れていたのだろう。だが今となってはほとんどの店はシャッターが閉まっていたり、蜘蛛の巣が張っていたりと、見る影もないくらいに閑散としていた。
なんだか閉演後の遊園地に忍び込んだみたいだ。
ダンの後ろを付いて歩くかぼちゃ頭の少年ペポは、大通り全体の物寂しさと、不法侵入をしているかのような疑似的背徳感のサンドイッチとなっていた。
「――ほら、あそこに」
壮年の男性の一声で我に返った少年は、指し示された方向へ視線を向ける。ダンの示した先には、緑色の煉瓦造りの小さな店があった。店先には大釜に腰かけた魔女の看板がぶら下がっており、釜には『魔女の休息』という文字が彫られている。
――あれ? なんでおれ、ここの文字が読めるんだ?
ペポの目には、先程まで何が書いてあるか分からなかった。だが数秒目を凝らすと、異界の文字は自身が慣れ親しんだ言語に自動翻訳されたのだ。
「ペポさん、如何《いかが》されました?」
「あっ! いや別に、なんでも!」
「そうですか……? では、入りましょうか」
ダンは「お邪魔します」と店のドアを開け、ペポに先に入るよう促す。ペポは「ありがとう」と小さく頭を下げ、ポキュポキュとレインブーツを鳴らして店に入った。
「うわぁ、凄い……」
ペポの眼前には、これまで見たことのない真新しい景色が広がっていた。店内はショーケースとテーブルがドッキングしたL字型となっており、まるでイートインスペースがあるケーキ屋のようだ。
しかし、ショーケースの中に並んでいるのはケーキではない。見たこともない薬草や発光した紫色の薬品ボトル、謎のキノコの群生、そしてヒキガエルの干物らしきものが飾られており、店名の『魔女』が示す通り、妖しく不思議な雰囲気を放っている。
「イキシアさーん、いますかー?」
カウンターには店の主はおらず、ダンは店の奥に声をかける。すると「はいはーい」と凛とした低めの女性の声が聞こえてきた。店主のヒールの音が、段々と近づいてくる。
「ごめんなさい、お待たせして――あら、ダン。久しぶりね」
店の奥から出てきたのは、ボディラインがくっきりと浮かび上がる深緑のドレスを纏った女性だった。スリットからは艶めかしい美脚が覗き、程よく引き締まった体型も相まって非常に妖艶で、大人の女性の色香を漂わせている。
黒のフードを目深に被っているせいで目や髪型は分からず、唯一見えるのはドレスと同系色のリップを塗った唇のみ。魔女というより、どちらかと言えば占い師に近い風貌だ。
「元気だった?」と女性は言う。
「ご覧の通り。はい、これ。頼まれてた物を持ってきましたよ」
ダンは背負っていたリュックから、箱と様々なメモが書かれたチェックリストを取り出した。女性はそれを受け取ると、リストを見ながら箱の中身を確認する。
「えーっと……フォンロンの龍の卵、ヴァーレンの鱗、火鼠の毛に……ああ、そうそう。ビィエクの雪花ベリーも……よし、これで全部ね。ありがとう、ダン。支払いはいつも通りで?」
「はい、頼みます」
「分かったわ。ところで……そこにいるおチビちゃんは?」
ショーケースよりも低い位置にいるペポの存在に、魔女はようやく気付いた。
かぼちゃ頭の少年が自己紹介をしようと思った矢先、女性は驚いたように口許に手を当てて一歩後ずさりする。
「ま、まさか……誘拐……っ!? ダン、いくら子供がいなくて寂しいからって、それは……!」
「そんなわけないでしょう」とダンはため息を吐く。
「ハッ……! もしや、隠し子!? 貴方、私が知らないうちに一体どこで作ってきたの……!?」
「イキシアさん、寝言はベッドの上だけにしていただけますか? 妻子持ちの僕が不貞を働く男に見えたとは、『千里眼の魔女』の二つ名が泣きますよ?」
呆れた様子の運び屋のため息は、一度目よりも大きく長かった。
一連の流れを見て、ミステリアスだけど意外とお茶目な人だ、と少年は思う。
「冗談よ、冗談。だって、久方ぶりの友人との会話なんだもの。少しくらい遊びたいじゃない?」
ムッとするダンの姿を、妖艶な魔女は笑みを浮かべて見つめる。そしてカウンターから出ると、ペポの前に屈んで手を差し出した。
「初めまして、私はイキシア。ここで薬屋を営んでるの。よろしくね」
イキシアの緑色のリップがなだらかな弧を描く。ペポも彼女に倣い、小さな手で魔女の手を握った。
「初めまして、イキシアさん。おれは――ペポっていいます」
異世界で初めて知り合った人――ダンから貰った名前を、かぼちゃ頭の少年は誇らしげに伝える。
「うふふ、可愛らしい坊やだこと。でも、なんでダンとペポちゃんが一緒に?」
「実はペポさんは、彼と同じく異世界から来たようなんです。それでイキシアさんに助力を乞おうと僕が案内したんですよ」
「ふぅーん……」
イキシアはかぼちゃ頭の少年をじっと見る。少しばかり思案を巡らせた後、妖艶な女性はおずおずとこう言った。
「もし良かったら、貴方《あなた》の頭の中を覗かせてもらえるかしら?」
「あー、全然いいですよ。見られて困るものなんて特にないですし」
迷いもなくペポが了承すると、イキシアは「ありがとう」と言う。そしてイキシアは右人差し指と中指で、かぼちゃ頭の眉間に軽く触れて静止した。
「…………………」
5秒ほど経った頃だろうか。イキシアはペポの眉間から指を離し、「なるほど、そういうこと……」と呟いた。千里眼の魔女は立ち上がると、ペポとダンを交互に見やる。
「話したいことがあるから、そこにかけてもらえるかしら? もちろん、ダンも一緒にね」
多くの店が立ち並んでいたということは、おそらくかつては活気で満ち溢れていたのだろう。だが今となってはほとんどの店はシャッターが閉まっていたり、蜘蛛の巣が張っていたりと、見る影もないくらいに閑散としていた。
なんだか閉演後の遊園地に忍び込んだみたいだ。
ダンの後ろを付いて歩くかぼちゃ頭の少年ペポは、大通り全体の物寂しさと、不法侵入をしているかのような疑似的背徳感のサンドイッチとなっていた。
「――ほら、あそこに」
壮年の男性の一声で我に返った少年は、指し示された方向へ視線を向ける。ダンの示した先には、緑色の煉瓦造りの小さな店があった。店先には大釜に腰かけた魔女の看板がぶら下がっており、釜には『魔女の休息』という文字が彫られている。
――あれ? なんでおれ、ここの文字が読めるんだ?
ペポの目には、先程まで何が書いてあるか分からなかった。だが数秒目を凝らすと、異界の文字は自身が慣れ親しんだ言語に自動翻訳されたのだ。
「ペポさん、如何《いかが》されました?」
「あっ! いや別に、なんでも!」
「そうですか……? では、入りましょうか」
ダンは「お邪魔します」と店のドアを開け、ペポに先に入るよう促す。ペポは「ありがとう」と小さく頭を下げ、ポキュポキュとレインブーツを鳴らして店に入った。
「うわぁ、凄い……」
ペポの眼前には、これまで見たことのない真新しい景色が広がっていた。店内はショーケースとテーブルがドッキングしたL字型となっており、まるでイートインスペースがあるケーキ屋のようだ。
しかし、ショーケースの中に並んでいるのはケーキではない。見たこともない薬草や発光した紫色の薬品ボトル、謎のキノコの群生、そしてヒキガエルの干物らしきものが飾られており、店名の『魔女』が示す通り、妖しく不思議な雰囲気を放っている。
「イキシアさーん、いますかー?」
カウンターには店の主はおらず、ダンは店の奥に声をかける。すると「はいはーい」と凛とした低めの女性の声が聞こえてきた。店主のヒールの音が、段々と近づいてくる。
「ごめんなさい、お待たせして――あら、ダン。久しぶりね」
店の奥から出てきたのは、ボディラインがくっきりと浮かび上がる深緑のドレスを纏った女性だった。スリットからは艶めかしい美脚が覗き、程よく引き締まった体型も相まって非常に妖艶で、大人の女性の色香を漂わせている。
黒のフードを目深に被っているせいで目や髪型は分からず、唯一見えるのはドレスと同系色のリップを塗った唇のみ。魔女というより、どちらかと言えば占い師に近い風貌だ。
「元気だった?」と女性は言う。
「ご覧の通り。はい、これ。頼まれてた物を持ってきましたよ」
ダンは背負っていたリュックから、箱と様々なメモが書かれたチェックリストを取り出した。女性はそれを受け取ると、リストを見ながら箱の中身を確認する。
「えーっと……フォンロンの龍の卵、ヴァーレンの鱗、火鼠の毛に……ああ、そうそう。ビィエクの雪花ベリーも……よし、これで全部ね。ありがとう、ダン。支払いはいつも通りで?」
「はい、頼みます」
「分かったわ。ところで……そこにいるおチビちゃんは?」
ショーケースよりも低い位置にいるペポの存在に、魔女はようやく気付いた。
かぼちゃ頭の少年が自己紹介をしようと思った矢先、女性は驚いたように口許に手を当てて一歩後ずさりする。
「ま、まさか……誘拐……っ!? ダン、いくら子供がいなくて寂しいからって、それは……!」
「そんなわけないでしょう」とダンはため息を吐く。
「ハッ……! もしや、隠し子!? 貴方、私が知らないうちに一体どこで作ってきたの……!?」
「イキシアさん、寝言はベッドの上だけにしていただけますか? 妻子持ちの僕が不貞を働く男に見えたとは、『千里眼の魔女』の二つ名が泣きますよ?」
呆れた様子の運び屋のため息は、一度目よりも大きく長かった。
一連の流れを見て、ミステリアスだけど意外とお茶目な人だ、と少年は思う。
「冗談よ、冗談。だって、久方ぶりの友人との会話なんだもの。少しくらい遊びたいじゃない?」
ムッとするダンの姿を、妖艶な魔女は笑みを浮かべて見つめる。そしてカウンターから出ると、ペポの前に屈んで手を差し出した。
「初めまして、私はイキシア。ここで薬屋を営んでるの。よろしくね」
イキシアの緑色のリップがなだらかな弧を描く。ペポも彼女に倣い、小さな手で魔女の手を握った。
「初めまして、イキシアさん。おれは――ペポっていいます」
異世界で初めて知り合った人――ダンから貰った名前を、かぼちゃ頭の少年は誇らしげに伝える。
「うふふ、可愛らしい坊やだこと。でも、なんでダンとペポちゃんが一緒に?」
「実はペポさんは、彼と同じく異世界から来たようなんです。それでイキシアさんに助力を乞おうと僕が案内したんですよ」
「ふぅーん……」
イキシアはかぼちゃ頭の少年をじっと見る。少しばかり思案を巡らせた後、妖艶な女性はおずおずとこう言った。
「もし良かったら、貴方《あなた》の頭の中を覗かせてもらえるかしら?」
「あー、全然いいですよ。見られて困るものなんて特にないですし」
迷いもなくペポが了承すると、イキシアは「ありがとう」と言う。そしてイキシアは右人差し指と中指で、かぼちゃ頭の眉間に軽く触れて静止した。
「…………………」
5秒ほど経った頃だろうか。イキシアはペポの眉間から指を離し、「なるほど、そういうこと……」と呟いた。千里眼の魔女は立ち上がると、ペポとダンを交互に見やる。
「話したいことがあるから、そこにかけてもらえるかしら? もちろん、ダンも一緒にね」
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