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異邦人のかぼちゃと哀愁のタンポポ
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数多の星が瞬く宵闇と、雪花煌めく白銀に包まれた世界。
謎の存在【i】によって異世界に送られたかぼちゃ頭の少年は――
「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
遥か上空から落ちていた。
徐々に落下速度が上昇し、体に伝う空気は刃のように鋭く肌を切り裂く。幼児を思わせる小さな体は、クルクルと宙を転がる。
少年は宙を飛んだ経験などない。
いや、自分に関する記憶を持ち合わせていないので、もしかしたらあるのかもしれない。だが、記憶があろうとなかろうと、パラシュートもなければ特別な力を持たぬ普通の少年が、いったいどうやってこの危機的状況を打破すればよいというのだろう。
「どうすりゃいいんだよ!! くそ、あいつ覚えてろおおおおぉぉぉッッッ!!!」
己の最後を覚悟した少年は、自身を異界に飛ばした謎の存在に対し恨み節を吐いた。
かぼちゃ頭と地面との距離が段々と近づいている。
記憶を取り戻して元の世界に帰ると決意した矢先、目前に迫る死の影によって心が打ち砕かれた。
少年は「もうダメだ、おしまいだ」と諦めてギュッと強く目を瞑る。あとは地面にキスして、肉片とかぼちゃをぶちまけて終わりだ。しかし――
「ぶえっ!!?」
死んだ、と思った次の瞬間、ドサッという大きな音と衝撃、そして体中に冷たくシャリシャリした感覚が伝わった。多少の痛みはあれど動けない程ではない。
少年はムクッと起き上がり、犬のように顔を横に振る。目を開くと、眼前には自分と同じ姿の跡がついた、真っ白いふわふわしたカーペットが広がっていた。
「もしかしてて……雪? はぁ~、助かった……」
かぼちゃ頭の少年はホッと一息つく。どうやら積もった雪の山に偶然落ち、それがクッション代わりになってくれたようだ。少年はふと右手で雪を掬い、手触りを確かめてみる。
「……この姿でも、感覚は人の頃と同じだ。不思議だな」
かぼちゃ頭の少年は、自身に関する記憶は失えど、少なくともかつては人だったことくらいは分かる。この世界と同様に、雪降る夜に車に撥ねられてしまったことだけは、覚えているのだから。
「にしても、ここどこだ? あいつ確か『ホロウメア』とか言ってたけど……ん?」
少年はキョロキョロと辺りを見回す。
ノイズ声の蒼玉より伝えられていたのは、『ホロウメア』という異世界の名前と、冬の夜に鎖《とざ》されているという状況だけ。異世界と言うものだから、てっきり自分の常識外の光景が広がっているものだと思っていた。
しかし、少年を取り囲む光景は、彼の記憶の引き出しの中に確かにあるものだ。
「もしかしてここって――遊園地?」
彼の目の前には、電飾を放つメリーゴーランドがあった。
ブリキ製の馬や鹿、魚を模した乗り物は、スチームパンクの世界観そのもの。一見すると不気味だが心惹かれる不思議な魅力を放つ遊具は、少年にとって初めて見るものだ。
しかし、メリーゴーランドという物自体は彼にとって既知の存在なので、少年の中にある異世界に放り出された不安は僅かばかり払拭できた。
見知った物は、何もメリーゴーランドだけではない。左を見れば、ポップコーン販売用のキッチンカー、右は射的や輪投げができるミニゲームコーナーがある。
確かにメリーゴーランドやゲームコーナー、ポップコーンワゴンといった概念は、眼前の物に当てはまっている。当てはまってはいるものの、少年が知っている現代的なものではなく、近代ヨーロッパのように古めかしいデザインなのだ。退廃的な遊具や建物を見た少年の胸の内に、何故か懐かしさや切なさが込み上げてきた。
だが、どうにもおかしい。遊園地だというのにキャストはおろか、客らしき人影が見当たらないのだ。
無人の遊園地の中でメリーゴーランドだけが発光している。異様な光景につい目を奪われていると、少年は背後から声をかけられた。
「――あなた、ここで何を?」
「え?」
振り向くとそこには、ゴシック調の褐色コートに身を包み、ヴィンテージのリュックを背負った長身痩躯の男性が立っていた。
センター分けの短髪はビターチョコの色で、少しばかりパーマがかっている。温厚な人柄が滲み出る三白眼の垂れ目は、綺麗な紅茶色だ。少年と1メートル近くある身長差と、彼が巻いているボルドー色のマフラーのせいで口許は良く見えない。
一見すると30代に思えるが、目の下に刻まれた苦労の証と、男が纏う哀愁漂う雰囲気のせいで40代にも見える。男性の姿は、今にも斃れてしまいそうな道端に咲く花を連想させた。
「あの、ええっと……ここ、どこ……ですか?」
かぼちゃ頭の少年は謎の存在【i】との会話の癖で、うっかりため口が出てしまいそうになる。しかし、『真摯に向き合わなければいけない』という言葉を思い出して、なんとか自重した。
少年の問いかけに対して小首をかしげた謎の男は、彼と目線を合わせようと跪く。
「もしかして迷子ですか? ご両親はどちらに?」
男は低く優しい声音で、かぼちゃ頭の少年に語り掛けた。
たとえ相手が子供だとしても、目線を同じ高さに合わせ、尚且つ敬語で話す紳士的な姿から、男の育ちの良さが窺える。初めて見た男性の口許は、よく見ると顎鬚を少し蓄えていた。謎の紳士は相貌に微笑をたたえているものの、何故か眉は八の字を描いている。
「いや、そうじゃなくて……」
『異世界から来ました』と言いかけたが、少年は口を噤む。会って間もない人に対して、そんな戯言を口に出せばどうなると思う。くだらない冗談だと笑い者にされるか、現実と妄想の区別がつかない異常者だと敬遠されるに決まってる。
男性の方は、言い淀むかぼちゃ頭の姿を観察し、まるで探偵のように顎に手を添えた。
「んー。その姿を見るに、『スケアリー・ヴィレッジ』の住人でしょうか? ですが、あの村の住人がこちらに来たとは……。いや、もしかしたらマールスさんの使用人形の可能性も……」
壮年の男性はブツブツと何かを言っている。
かぼちゃ頭の少年にとってはどれもこれも聞きなれない単語ばかり。遊園地という多少見知った光景があるものの、やはりここは異世界なのかと実感し始めた。
何をどう説明するのが正しいものやら。少年は自分の置かれた状況を言語化しようにも、何を伝えたところで悪い方向に進む未来しか見えない。
未知の世界に自分を知るものがいない孤独感、そして自分に関する情報がまったく分からない不安感に、かぼちゃ頭は苛苛まれる。
情けないな、と少年の目頭にはぐちゃぐちゃに混ざった感情の滴が溜まってきた。
「――あの、よければ話していただけませんか? 話し辛い事もあるかもしれませんが、困ってる人を見捨てるほど、僕は人の心を無くしたつもりはありませんからね」
見ず知らずの男性は、暖かな眼差しで少年を見つめる。彼の言葉に嘘偽りはない。そう確信した少年は、「ええい、ままよ」と洗いざらい事の顛末を告げることにした。自分が異世界からの異邦者であること、そして自分に関する記憶が一切ないということを。
「――なるほど、異世界から……ですか」
謎の男は一瞬目を見開くも、少年の言葉に耳を傾け続けた。そして全ての話を聞き終えると、ついに紳士は黙ってしまった。
やっぱり変な奴だと思われたに決まってる。少年は嘲笑されると身構えるも、彼の反応は意外なものだった。
「……分かりました。あなたの話を信じましょう」
「ほ、本当に!? 信じてくれるんですか!?」
「ええ、もちろん。彼という前例がなければ、あなたの話は信じきれなかったかもしれませんが」
少年は一瞬、言葉を失った。自分の眉唾物のような話を真正面から受け止めてくれたという事実もそうだが、それ以上の事実を知って驚きを隠せない。
「もしかして、おれ以外にも異世界から来た奴がいる……?」
「はい。お察しの通り、つい数日前に一人、異世界から来た少年がいます。もっとも、彼はあなたのように記憶を失ったりしてませんでしたがね」
「その異世界から来た人、名前とか、どこから来たとか言ってませんでしたか!?」
「……いいえ」と、紳士は首を振る。
「顔とかどんな特徴だったかとか、覚えてませんか?」
少年の矢継ぎ早な質問に対し、謎の男は再び頭を横に振った。
「残念ながら詳細までは……。フードを被って隠してましたから、顔は良く見えませんでした。すみません、お役に立てず」
男性は申し訳なさそうに眉根を寄せ、ぺこりと頭を下げる。
「いえ、気にしないでください! おれ以外にも異世界から来た人がいるって聞けて、少し安心しました」
収穫がなかったのは確かに残念だったが、自分以外にも同様の状況に置かれた人間がいる事実に少年は安心した。もしかしたら自分と同郷の者の可能性もある。そう考えれば、見知らぬ世界の冒険も悪くない。
少年は大きく頭を下げ、見ず知らずの紳士に礼を言う。
「あの、ありがとうございました! おれ、そいつを探しに行ってきます!」
彼は猪が如く、一目散に駆け出した。すると後ろから、男性の声が木霊する。
「ちょっと待ってくださーい! 彼を探すと言っても、どこに行く気ですー? 当てはあるんですかー?」
「あっ……」
異邦人は自分以外にもいると知るや否や、居ても立っても居られなくなった少年はつい駆け出してしまった。もう一人の異世界人がどこにいるのか、何も知らないまま。
狭間の世界でも、彼は謎の存在【i】に幾度か『落ち着け』と諭されていたのを思い出す。先走りがちな自身の行動を反省し、少年の頬は段々と紅潮する。
「ふっ、せっかちな人ですね」
男性は立ち上がると、かぼちゃ頭の許まで歩み寄ってきた。そして少年の前に手を差し出し、握手を求めたのだった。
「いいでしょう。これも何かの縁。少しの間、お付き合いましょう。見知らぬ場所を彷徨うことほど、怖いものはありませんからね」
「あっ、ありがとうございます!!」
心強い味方ができた。少年は嬉しさのあまり両手で包むようにして握手を交わす。紳士はかぼちゃ頭の異邦人の行動に少し驚くも、裏表のない感情豊かな様にふっと笑みを零す。
「では、行きましょうか」
そう言うと、謎の紳士はメリーゴーランドの横を通り過ぎ、いずこへと歩き始めた。心優しい男性の後を、少年はトテトテと追う。
「……で、どこに向かってるんです?」
「このメインストリートを抜けた先に、『魔女の休息』という小さな店があります。そこの店主はリムブルック1の魔女ですから、きっと力になってくれますよ。僕も丁度、その店の主に用があるのでね」
男性が指さした先には、天蓋が施された屋内スペースがあった。大通りを様々な家や店が立ち並んでおり、遊園地でいう土産物コーナーに近い場所なのかもしれない。
指し示された方向へ少年がまじまじと視線を向ける。すると、謎の紳士は「あっ」と何かを思い出し右手を胸に当てて一礼した。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。僕はダン、しがない運び屋です」
「えっと、おれは……」
名を名乗ろうにも、名乗る名前が思い出せない。少年のまごつく様を見て、運び屋は再び頭を下げた。
「失礼。ご自分の名前を思い出せないんでしたね……。うーん、ですが名無しというのも不便ですし……」
ダンは物憂げな表情を浮かべる。確かに彼の言う通り、少しの間道中を共にする仲だと言えど、ずっと呼び方が「あなた」のままで名前がないと話し辛い。
少年もどうしたものかと思案する。そして妙案が浮かび、かぼちゃ頭の少年は嬉々とした様子でこう言った。
「あの、変な事を言うかもしれませんが、もしよかったら名前を付けてくれませんか?」
予想もしていない言葉が飛び出たためか、ダンは左目を丸くする。
「えっ、僕がですか?」
「はい! 異世界に来て初めて会った人ですから。これも何かの縁ってことで」
ダンが道中共にすると言った時の台詞を、少年は真似て返す。そんなかぼちゃ頭の少年を見たダンは、ふっと笑みを浮かべた。
「では僭越ながら……」
かぼちゃ頭の提案を、運び屋の男性は了承する。少しの間思い悩んだ後、彼は口を開いた。
「――ペポ、というのはどうでしょう? あなたの愛らしい容姿とマッチしてると思いますが……」
気に入ってくれるだろうか。そんなダンの不安が、少年にも伝わってくる。
ペポ。狭間の世界で見た自分の姿は、まるでオモチャのようだった。ダンの言う通り、確かに姿と名前がぴったりと合っている。
少年は特徴的な頭を2度降り、彼のアイデアを肯定した。
「ペポ――いいですね! ありがとうございます、ダンさん!!」
初めて自分の名を呼ばれたダンは一瞬肩をびくりと震わせる。そして、仔犬を連想させるかぼちゃ頭の様子を見て小さく笑った。
「はっはは。気に入ってくれたようで何よりです。では、よろしくお願いしますね、ペポさん」
謎の存在【i】によって異世界に送られたかぼちゃ頭の少年は――
「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
遥か上空から落ちていた。
徐々に落下速度が上昇し、体に伝う空気は刃のように鋭く肌を切り裂く。幼児を思わせる小さな体は、クルクルと宙を転がる。
少年は宙を飛んだ経験などない。
いや、自分に関する記憶を持ち合わせていないので、もしかしたらあるのかもしれない。だが、記憶があろうとなかろうと、パラシュートもなければ特別な力を持たぬ普通の少年が、いったいどうやってこの危機的状況を打破すればよいというのだろう。
「どうすりゃいいんだよ!! くそ、あいつ覚えてろおおおおぉぉぉッッッ!!!」
己の最後を覚悟した少年は、自身を異界に飛ばした謎の存在に対し恨み節を吐いた。
かぼちゃ頭と地面との距離が段々と近づいている。
記憶を取り戻して元の世界に帰ると決意した矢先、目前に迫る死の影によって心が打ち砕かれた。
少年は「もうダメだ、おしまいだ」と諦めてギュッと強く目を瞑る。あとは地面にキスして、肉片とかぼちゃをぶちまけて終わりだ。しかし――
「ぶえっ!!?」
死んだ、と思った次の瞬間、ドサッという大きな音と衝撃、そして体中に冷たくシャリシャリした感覚が伝わった。多少の痛みはあれど動けない程ではない。
少年はムクッと起き上がり、犬のように顔を横に振る。目を開くと、眼前には自分と同じ姿の跡がついた、真っ白いふわふわしたカーペットが広がっていた。
「もしかしてて……雪? はぁ~、助かった……」
かぼちゃ頭の少年はホッと一息つく。どうやら積もった雪の山に偶然落ち、それがクッション代わりになってくれたようだ。少年はふと右手で雪を掬い、手触りを確かめてみる。
「……この姿でも、感覚は人の頃と同じだ。不思議だな」
かぼちゃ頭の少年は、自身に関する記憶は失えど、少なくともかつては人だったことくらいは分かる。この世界と同様に、雪降る夜に車に撥ねられてしまったことだけは、覚えているのだから。
「にしても、ここどこだ? あいつ確か『ホロウメア』とか言ってたけど……ん?」
少年はキョロキョロと辺りを見回す。
ノイズ声の蒼玉より伝えられていたのは、『ホロウメア』という異世界の名前と、冬の夜に鎖《とざ》されているという状況だけ。異世界と言うものだから、てっきり自分の常識外の光景が広がっているものだと思っていた。
しかし、少年を取り囲む光景は、彼の記憶の引き出しの中に確かにあるものだ。
「もしかしてここって――遊園地?」
彼の目の前には、電飾を放つメリーゴーランドがあった。
ブリキ製の馬や鹿、魚を模した乗り物は、スチームパンクの世界観そのもの。一見すると不気味だが心惹かれる不思議な魅力を放つ遊具は、少年にとって初めて見るものだ。
しかし、メリーゴーランドという物自体は彼にとって既知の存在なので、少年の中にある異世界に放り出された不安は僅かばかり払拭できた。
見知った物は、何もメリーゴーランドだけではない。左を見れば、ポップコーン販売用のキッチンカー、右は射的や輪投げができるミニゲームコーナーがある。
確かにメリーゴーランドやゲームコーナー、ポップコーンワゴンといった概念は、眼前の物に当てはまっている。当てはまってはいるものの、少年が知っている現代的なものではなく、近代ヨーロッパのように古めかしいデザインなのだ。退廃的な遊具や建物を見た少年の胸の内に、何故か懐かしさや切なさが込み上げてきた。
だが、どうにもおかしい。遊園地だというのにキャストはおろか、客らしき人影が見当たらないのだ。
無人の遊園地の中でメリーゴーランドだけが発光している。異様な光景につい目を奪われていると、少年は背後から声をかけられた。
「――あなた、ここで何を?」
「え?」
振り向くとそこには、ゴシック調の褐色コートに身を包み、ヴィンテージのリュックを背負った長身痩躯の男性が立っていた。
センター分けの短髪はビターチョコの色で、少しばかりパーマがかっている。温厚な人柄が滲み出る三白眼の垂れ目は、綺麗な紅茶色だ。少年と1メートル近くある身長差と、彼が巻いているボルドー色のマフラーのせいで口許は良く見えない。
一見すると30代に思えるが、目の下に刻まれた苦労の証と、男が纏う哀愁漂う雰囲気のせいで40代にも見える。男性の姿は、今にも斃れてしまいそうな道端に咲く花を連想させた。
「あの、ええっと……ここ、どこ……ですか?」
かぼちゃ頭の少年は謎の存在【i】との会話の癖で、うっかりため口が出てしまいそうになる。しかし、『真摯に向き合わなければいけない』という言葉を思い出して、なんとか自重した。
少年の問いかけに対して小首をかしげた謎の男は、彼と目線を合わせようと跪く。
「もしかして迷子ですか? ご両親はどちらに?」
男は低く優しい声音で、かぼちゃ頭の少年に語り掛けた。
たとえ相手が子供だとしても、目線を同じ高さに合わせ、尚且つ敬語で話す紳士的な姿から、男の育ちの良さが窺える。初めて見た男性の口許は、よく見ると顎鬚を少し蓄えていた。謎の紳士は相貌に微笑をたたえているものの、何故か眉は八の字を描いている。
「いや、そうじゃなくて……」
『異世界から来ました』と言いかけたが、少年は口を噤む。会って間もない人に対して、そんな戯言を口に出せばどうなると思う。くだらない冗談だと笑い者にされるか、現実と妄想の区別がつかない異常者だと敬遠されるに決まってる。
男性の方は、言い淀むかぼちゃ頭の姿を観察し、まるで探偵のように顎に手を添えた。
「んー。その姿を見るに、『スケアリー・ヴィレッジ』の住人でしょうか? ですが、あの村の住人がこちらに来たとは……。いや、もしかしたらマールスさんの使用人形の可能性も……」
壮年の男性はブツブツと何かを言っている。
かぼちゃ頭の少年にとってはどれもこれも聞きなれない単語ばかり。遊園地という多少見知った光景があるものの、やはりここは異世界なのかと実感し始めた。
何をどう説明するのが正しいものやら。少年は自分の置かれた状況を言語化しようにも、何を伝えたところで悪い方向に進む未来しか見えない。
未知の世界に自分を知るものがいない孤独感、そして自分に関する情報がまったく分からない不安感に、かぼちゃ頭は苛苛まれる。
情けないな、と少年の目頭にはぐちゃぐちゃに混ざった感情の滴が溜まってきた。
「――あの、よければ話していただけませんか? 話し辛い事もあるかもしれませんが、困ってる人を見捨てるほど、僕は人の心を無くしたつもりはありませんからね」
見ず知らずの男性は、暖かな眼差しで少年を見つめる。彼の言葉に嘘偽りはない。そう確信した少年は、「ええい、ままよ」と洗いざらい事の顛末を告げることにした。自分が異世界からの異邦者であること、そして自分に関する記憶が一切ないということを。
「――なるほど、異世界から……ですか」
謎の男は一瞬目を見開くも、少年の言葉に耳を傾け続けた。そして全ての話を聞き終えると、ついに紳士は黙ってしまった。
やっぱり変な奴だと思われたに決まってる。少年は嘲笑されると身構えるも、彼の反応は意外なものだった。
「……分かりました。あなたの話を信じましょう」
「ほ、本当に!? 信じてくれるんですか!?」
「ええ、もちろん。彼という前例がなければ、あなたの話は信じきれなかったかもしれませんが」
少年は一瞬、言葉を失った。自分の眉唾物のような話を真正面から受け止めてくれたという事実もそうだが、それ以上の事実を知って驚きを隠せない。
「もしかして、おれ以外にも異世界から来た奴がいる……?」
「はい。お察しの通り、つい数日前に一人、異世界から来た少年がいます。もっとも、彼はあなたのように記憶を失ったりしてませんでしたがね」
「その異世界から来た人、名前とか、どこから来たとか言ってませんでしたか!?」
「……いいえ」と、紳士は首を振る。
「顔とかどんな特徴だったかとか、覚えてませんか?」
少年の矢継ぎ早な質問に対し、謎の男は再び頭を横に振った。
「残念ながら詳細までは……。フードを被って隠してましたから、顔は良く見えませんでした。すみません、お役に立てず」
男性は申し訳なさそうに眉根を寄せ、ぺこりと頭を下げる。
「いえ、気にしないでください! おれ以外にも異世界から来た人がいるって聞けて、少し安心しました」
収穫がなかったのは確かに残念だったが、自分以外にも同様の状況に置かれた人間がいる事実に少年は安心した。もしかしたら自分と同郷の者の可能性もある。そう考えれば、見知らぬ世界の冒険も悪くない。
少年は大きく頭を下げ、見ず知らずの紳士に礼を言う。
「あの、ありがとうございました! おれ、そいつを探しに行ってきます!」
彼は猪が如く、一目散に駆け出した。すると後ろから、男性の声が木霊する。
「ちょっと待ってくださーい! 彼を探すと言っても、どこに行く気ですー? 当てはあるんですかー?」
「あっ……」
異邦人は自分以外にもいると知るや否や、居ても立っても居られなくなった少年はつい駆け出してしまった。もう一人の異世界人がどこにいるのか、何も知らないまま。
狭間の世界でも、彼は謎の存在【i】に幾度か『落ち着け』と諭されていたのを思い出す。先走りがちな自身の行動を反省し、少年の頬は段々と紅潮する。
「ふっ、せっかちな人ですね」
男性は立ち上がると、かぼちゃ頭の許まで歩み寄ってきた。そして少年の前に手を差し出し、握手を求めたのだった。
「いいでしょう。これも何かの縁。少しの間、お付き合いましょう。見知らぬ場所を彷徨うことほど、怖いものはありませんからね」
「あっ、ありがとうございます!!」
心強い味方ができた。少年は嬉しさのあまり両手で包むようにして握手を交わす。紳士はかぼちゃ頭の異邦人の行動に少し驚くも、裏表のない感情豊かな様にふっと笑みを零す。
「では、行きましょうか」
そう言うと、謎の紳士はメリーゴーランドの横を通り過ぎ、いずこへと歩き始めた。心優しい男性の後を、少年はトテトテと追う。
「……で、どこに向かってるんです?」
「このメインストリートを抜けた先に、『魔女の休息』という小さな店があります。そこの店主はリムブルック1の魔女ですから、きっと力になってくれますよ。僕も丁度、その店の主に用があるのでね」
男性が指さした先には、天蓋が施された屋内スペースがあった。大通りを様々な家や店が立ち並んでおり、遊園地でいう土産物コーナーに近い場所なのかもしれない。
指し示された方向へ少年がまじまじと視線を向ける。すると、謎の紳士は「あっ」と何かを思い出し右手を胸に当てて一礼した。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。僕はダン、しがない運び屋です」
「えっと、おれは……」
名を名乗ろうにも、名乗る名前が思い出せない。少年のまごつく様を見て、運び屋は再び頭を下げた。
「失礼。ご自分の名前を思い出せないんでしたね……。うーん、ですが名無しというのも不便ですし……」
ダンは物憂げな表情を浮かべる。確かに彼の言う通り、少しの間道中を共にする仲だと言えど、ずっと呼び方が「あなた」のままで名前がないと話し辛い。
少年もどうしたものかと思案する。そして妙案が浮かび、かぼちゃ頭の少年は嬉々とした様子でこう言った。
「あの、変な事を言うかもしれませんが、もしよかったら名前を付けてくれませんか?」
予想もしていない言葉が飛び出たためか、ダンは左目を丸くする。
「えっ、僕がですか?」
「はい! 異世界に来て初めて会った人ですから。これも何かの縁ってことで」
ダンが道中共にすると言った時の台詞を、少年は真似て返す。そんなかぼちゃ頭の少年を見たダンは、ふっと笑みを浮かべた。
「では僭越ながら……」
かぼちゃ頭の提案を、運び屋の男性は了承する。少しの間思い悩んだ後、彼は口を開いた。
「――ペポ、というのはどうでしょう? あなたの愛らしい容姿とマッチしてると思いますが……」
気に入ってくれるだろうか。そんなダンの不安が、少年にも伝わってくる。
ペポ。狭間の世界で見た自分の姿は、まるでオモチャのようだった。ダンの言う通り、確かに姿と名前がぴったりと合っている。
少年は特徴的な頭を2度降り、彼のアイデアを肯定した。
「ペポ――いいですね! ありがとうございます、ダンさん!!」
初めて自分の名を呼ばれたダンは一瞬肩をびくりと震わせる。そして、仔犬を連想させるかぼちゃ頭の様子を見て小さく笑った。
「はっはは。気に入ってくれたようで何よりです。では、よろしくお願いしますね、ペポさん」
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