上 下
4 / 7

神とのゲーム

しおりを挟む
 ○○は謎の存在【アイ】の提案に疑問を持つ。
「ゲーム? どんなゲームだ?」
『まあまあ、落ち着きなよ。まだ説明は終わってない。単純な話さ。君が私の本当の名前を当てるだけ。ね? 簡単だろう?』
「つまり……名前当てゲーム、ってことか?」
『そう。さっきも言ったけど、私は便宜上べんぎじょう【i】と名乗ってるだけで、本当の名前は別にある。もし君が私の名前を当てられたら君の勝ち。君が勝てば、約束通り記憶を全て戻し、元の世界に返そう』
 ――確かにルールは簡単だ。一度でもこの青白い浮遊物の真の名を当てられれば、おれの記憶は元に戻る。だが、こいつの名前が一体何なのか、まったく予想がつかない。
 ○○は可能な限り自分の記憶の引き出し――といっても自分に関する記憶はないので、一般常識から漁ってみたものの、眼前の謎の存在に対して当てはまりそうな名前が見つからないのだ。
 強いて言えば『神』であろうか。だが定義が広すぎて、明確な答えにはなっていない。
 ヒントはないのか。そう問おうとしたが、○○はあえて玉の言葉を待った。
『ふふ、偉いね。ちゃんと学習したようだ』
 相手の言葉を待ったのは、どうやら正解らしい。
『私の名前を当ててごらん――と言ったはいいけど、ヒントがなくてはゲームの終わりは見えない。ヒントはね、君自身の記憶の中にあるんだよ。そして君の記憶は、あの世界の住人とキズナを育んだ分だけ取り戻せる』
「あの世界……?」
『そう。君が渇望かつぼうした異世界。永遠の冬の夜にとざされた世界【ホロウメア】。そこの住人達からキズナのあかしを貰って、キズナを育めば記憶を返すよ。少しずつ、だけどね』
「つまり、おれが異世界の住人と仲良くして記憶を取り戻しつつ、記憶の中にあるヒントを探って、アンタの名前を当てる……ってことでいいのか?」
『そうそう。理解が早いね』
「……なんだよ。結局、おれが異世界に行くことに変わりないのか……。で、キズナの証ってなんだ? どうやったら貰えるんだ?」
『ふふふ。これのことだよ』
 青白い球体が笑うと、中から小さな粒が出てきた。その粒は○○の眼前でふよふよと宙に浮いている。
「これって……種か?」
『ああ。これがキズナの証――つまり種だ。見ててごらん』
 ○○は言われた通りに目を凝らす。種はポンッと音を立て、小さな煙に包まれた。そして気づけば、小さな種は溶液に満たされた細長い試験管の中に入っていたのだ。
『厳密には、これがキズナの証の本当の姿さ。相手から種を貰って容器に入れて、相手とキズナを育めば、その容器の中で種は成長する。今回は特別に私の種をあげよう。勇気ある英断えいだんをした君への餞別せんべつとしてね』
「ってことは――」
『そうだ。おめでとう。記念すべき一つ目の記憶だ。君に返そう』
 蒼玉の言葉と同時に、種の入った試験管から光り輝く小さなカードが出てきた。
 しかしカードから突然光が溢れ出て、○○の脳内に砂嵐がかった光景が駆け巡る。
「うああぁぁっ……!?」

     ♢

 こんこんと雪が降る夜の街。
「はぁ……」
 己の口から洩れた溜め息は、少年の声だった。
 指の感覚がなくなるくらいに冷え切った自分は、何故か俯きがちでどこかを歩いている。
 すると、横から急に照らされて、あまりの眩しさで目をおおった。
 車だ。大きな車が猛スピードで自分目掛けて突っ込んできている。
 避けようとするも時すでに遅し。自分と車の距離は、残り1メートルまで差し掛かる。
 ――頭の中に流れた映像は、ここで途切れた。

     ♢

「はぁ……はぁ……これが、おれの……記憶……?」
 一番最初に思い出した記憶が、まさか車にはねられる直前のことだったとは。予想だにしない映像を見てしまったからか、○○の息は絶え絶えだ。
『ああ、そうだよ。最初だから、私に関するヒントはないけれどね』
「そうか……良い思い出を返してくれてありがとうな」
 少年は球体をジトッと睨む。青白い玉は少年の皮肉を意に介さず、淡々と告げる。
『こうやって、キズナの証を貰った時、そしてキズナを育んで花が咲いた時に記憶を返そう。つまり一人と関われば、2回君の記憶を返すチャンスが来るのさ。……おっと、言い忘れていたけど、誰彼だれかれ構わず関わればいいってものじゃないよ? 君が誰かと真摯しんしに向き合わなければ、キズナを育むどころか、キズナの証すら貰えないからね。それともうひとつ――私の名前を当てる挑戦権は一回だけだ』
「はぁっ!? 一回!? たったの!?」
『当然だろう? 数打ちゃ当たる戦法をされては、記憶を取り戻す意味がない。人生を一度チャラにしようとした代償だいしょうだよ。記憶を着実に思い出し、確信を得られたら、私の名前を当ててみてよ』
 謎の存在からの無理難題に、少年は声を上げずにはいられなかった。
 しかし、過去の自分の愚行ぐこうかんがみればハンデは仕方がない。○○は無理やり溜飲りゅういんを下げると、小さくため息を吐く。
『そうだ。今更だけど、今の君には肉体が無いんだったね。意識だけ飛んでも何もできないから、これをあげるよ』
 蒼玉の言葉を合図に、○○の周りは青紫の煙に包まれた。もくもくと上まで立ち上ったそれに、少年は思わずむせてしまいギュッと目をつぶる。やがて霧散していくと、先程まで感じなかったズシリとした重さを覚えた。
 ようやく体が戻ったのか。掌を見た矢先、嬉しさは違和感へと変貌した。
 両手は黒い手袋に覆われており、手のサイズは幼児のように小さい。目線もどこか、記憶の中の光景と照らし合わせてみると低い気がする。顔を触ってみると、とても人とは思えないほどに固く、冷たく、そして大きかった。
『試しに見てみなよ。今の自分の姿を』
 すると、どこからともなく姿見が目の前に現れた。鏡の中に写ったその姿を見て、○○は自分の目を疑った。
「な、なんだ、これえぇぇ……ッ!!?」
 姿
 オレンジ色の頭は、俗にいうジャックオランタンが如く、目と鼻と口がくり抜かれている。鼻は三角型で、目はパンダのように丸くて大きく八の字を描き、口は継ぎ接ぎ模様のへの字だ。
 いや、よく見れば目と口は、自分の行動や感情に連動して動いている。
 目を瞑ればパンダ目はU字となり、怒りを露わにすればさながらウルトラマンのように丸目が吊り上がる。口角を上げようとすれば、への字口は弧を描き、口を大きく開こうとすれば半円型に変化した。端から見れば顔がくり抜かれたかぼちゃだというのに、自在に表情が変わる様は面白くも奇妙だった。
 そして両耳にはブリキのようなヘッドホンを身に着け、白黒ボーダーのポンチョを纏い、黒の子供用レインブーツを履いている。一見するとかぼちゃ頭の小人と言うより、からくり仕掛けのおもちゃに近い。
「これが……おれ、なのか……?」
『君が自分の記憶を取り戻さない限り、自分の本当の姿も思い出せない。魂のまま異世界に放り出すわけにもいかないから仮の姿を与えたんだ』
「だからって、なんでチビのかぼちゃ人間なんだよ……。どういうセンスだ。もう少しマシなのはなかったのか?」
『それは君自身の記憶に問いかけてみなよ。――さあ、時間だ。そろそろゲームを始めよう』
 宙を浮く玉はそう言うと、少年の右隣に白い観音開き扉を出現させた。
『この扉の向こうが、異世界【ホロウメア】だよ。狭間の世界は、君が眠りに落ちたらいつでも戻れるから安心して。もしキズナの証を手にしたり、誰かとキズナを育んだらここに来るといい。そうすれば記憶を返すよ』
 決心がついたかぼちゃ頭は、ポキュポキュとブーツを鳴らして扉に歩み寄る。扉に手をかけるも、少年はあることを思い出した。
「なあ、そういえばアンタは……おれを知ってるのか?」
『……なぜだい?』
「だってアンタ、おれに初めて声をかけた時に『これで2回目』とか『車にねられるのが好きなのか』って言ってただろ? てことは、おれはさっき見た記憶以外の時にも車に撥ねられたことがあるのか? それに、おれの記憶の中にアンタのヒントがあるって……」
『悪いけど、ゲームの質問以外は受け付けられない。だから、君の望む回答はできない。でも……そうだね……あえて言うとすれば、。私の声がノイズがかって、ちゃんと届いていないのが何よりの証拠さ』
 つまり何も言うつもりはないってことか。謎の声の迂遠うえんな言い草に、少年は肩を落とす。
 そして少年は両手に力を入れ、ぐいっとドアノブを引っ張った。扉の向こうからは星のような輝きとヒヤリとした冷気が流れ、かぼちゃ頭の小人はゆっくりと中へ足を踏み入れる。
『いってらっしゃい、〇〇。君が記憶と向き合ってくれることを祈ってるよ』
しおりを挟む

処理中です...