朽ちし桜と舞う巫女に、春よ呪詛の嘔を詠め

十和井ろほ

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八幕 せんにんざくら

一.

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 本日、昼間――現時点で九分咲き以上。颱良はそよそよと風に揺れる千年桜を睨め掛けて、拳を強く握った。
 満開・・まで、あとどれだけの猶予が残されているのだろうか。その時がいつまでもやって来ないことを心の奥底で願いながら、しかし刻一刻と迫ってくるその期限から逃げてはいけないと、まるで自分に言い聞かせるように、トン、と胸を叩いた。


 ***


 精霊界に来て早くも二日目の夜である。「今日も何もできなかったな」などと言いながら――先程まで寝ていたのだから当然だ――、レイは月宮という名前らしいその虎を抱え上げる。琅果はちょうど日没を迎える頃に、棕滋がやって来て皇宮へと連れていかれた。できれば一緒に行きたい二人ではあったが、「まだこの時間は目立つので」という理由で拒否され、「後で改めて迎えに来ます」との言葉を信じて今は待機中だ。棕滋に悪意がないことは、レイが保証してくれた。
「レイさんは、意外と動物が好きです、よね?」
「意外とってなんだ」
 棠鵺は人間界でレイと過ごした日々のことを思いながら、そういえば毎日の動物の餌の時間には積極的に狸やら狐やらを触ろうとしていたな――と思い出す。
「俺は、生きてるものは全部好きだけど?」
 基本的には――と付け加えつつも、そう言う彼の月宮を見る目はとても優しいと棠鵺は感じる。動物を愛せるヒトに悪いヒトはいないと、棠鵺は半ば確信している。それはきっと妖族にとっては常識である――はずだ。何せ同胞に会ったことがないから、妖族の普通が分からない。しかし普通という基準がないことで気ままに生きていられるところもあると感じているため、そこは別段問題ではない。
 実際問題、レイにしても颱良にしても、こうして動物に信頼されるヒトたちは一緒に居て心地が良い。彼らと出会えて良かったと、漠然とそう思いながら棠鵺はじゃれ合う二人――一人と一匹を見守る。そこで、「そうだ聞きたいことがあったのだ」と思い出し、「レイさん」と声を掛けた。レイは手を月宮とじゃれさせたまま「ん?」と棠鵺を見る。
「あの、突然で申し訳ないんですが……」
「あぁ」
「月って、何なんでしょうか?」
「……いきなりそう言われてもな」
「ですよね」
 返答に困るレイの姿を見て、棠鵺は白秋扇について、自身が考えたことを訥々と説明する。レイはその間、特に口を挟むでもなく、静かに耳を傾けていた。

「そういうことか。それなら確かに納得がいく」
 棠鵺の話を聞き終えて、レイは合点がいったようにそう言った。
「月とは何か、っていうのは、月の力の及ぼす影響について、だな?」
「はい」
「月は感情と変化、そして二面性の象徴だ」
「はぁ……」
「裏の顔と表の顔を使い分ける。満月と新月、盈月えいげつ虧月きげつ。全てを満たし、全てを吸い込む。魂を与えるのは盈月で、魂を奪うのが虧月だと言われている。ヒトは満月に生まれ、新月に死ぬ――なんて昔は言われていたのはそれが理由だ。生と死のバランスを制御し、正気愛情狂気憎悪の狭間を行き来する。そういう極端なところがある」
「なる、ほど……?」
「その白秋扇とやらがどういう仕組みかは俺にはよく分からないけど、月の力が宿っているっていうなら、狂気と正気をコントロールすることもあるのかもしれないな」
 レイの言葉に、棠鵺は「やはり、そうなのか」と納得する。それならば、昨夜の琅果は――そうレイに告げようとした、その時、雷鳴が轟く。どうやら落ちたようだ。そして次の瞬間――

 耳をつんざく不協和音が鳴り響いた。
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