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五幕 無常迅速
七.
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要点を言えば、市民は五家による新たな治世を喜んで迎えているということ、そして今は琅果が復讐をしようとしているのではないかという噂が出回っているということだった。
しかし、大方の説明を聞いた後で、まだ分かっていないことがある。そもそも、なぜそのような謀叛が起きたのか、ということだ。
話を聞く限り、颱良とてその五家の一員であり、本来であれば敵側に属する存在なのだろう。しかし、現状として彼はこうして力を貸してくれている。そして先程名前が挙がったもう一人――棕滋という人物の存在。彼は未だに宮仕えの身分でもあるということで、より一層謎が深まる。
しかし、その根本的な部分について、颱良は「俺もよく知らない」「気付いたらそうなっていた」といった曖昧な言葉ではぐらかす。当然ながら得心のいかない琅果は食い下がるのだが、のらりくらりと避けられては話題をすり替えられてしまう。それこそが、彼が何か重大なことを知っているという証左に他ならないとも思うのだが、本人に話す気がないのならばこれ以上の追及は無意味だろうと、今度はレイが琅果を制止した。少なくとも、敵意や悪意によって黙っているわけではないだろう、ということを暗に付け加えて。
「それで、結局のところ俺たち……いや、まぁ、俺はあくまでもオマケだから別に良いんだけど、ロウカとトーヤはどう動くべきなんだ? 街の様子からしても、今聞いた話からしても、易々と千年桜の下に行ける感じじゃないんだろ?」
「正直言えば、俺は琅果にはさっさと精霊界から出て行って欲しいとは思ってる。その方がきっと安全だから。もちろん心配なことも多いけど、あんたら二人を見てそれを確信した。きっとタカさんもそうして欲しいって思ってると思うぜ」
「……あたしは絶対に戻らない。少なくとも、アイツに報復するまでは、絶対に」
「はぁ、爛瀬のことか……。そうだよな、お前はそういう奴だよな。ただ、それでもその可能性も視野に入れておいて欲しい、と念を押しておきたい。それだけが全てではないと思うから」
颱良の、ほとんど白に近い薄い青の双眸が琅果を捕らえる。その真摯な眼差しを受け、琅果は押し黙った。けれど、その瞳には未だに確固とした意志が燃えていることも分かる。颱良は「こりゃダメだな」とおどけたように両手を開いた。
「で、だ。実際に千年桜の下に行かなきゃいけないってことになっても、今日これからすぐにってことは難しい。とりあえずタカさんに相談して、段取りを決めてもらおうとは思うけど。そうなるとその間の身の置き所が問題になってくるわけだけど……悪いけど、ここで数日過ごしてもらうこともあるかもしれない」
「あたしはそれでも全然構わないけど。食糧さえ持ってきてくれるなら」
「僕も問題ありません。ここには動物たちもいますし、他の場所より落ち着ける気がします」
颱良の提案を、琅果と棠鵺は一も二もなく受け入れる。しかし、レイは暫し考える素振りを見せたあと、おもむろに口を開く。
「ここは、本当に安全なんだな?」
「あぁ、誓っても良いぜ。絶対に誰も入ってこない」
「根拠は?」
「ここが、呪われた屋敷だからだ」
遥か昔――それこそ何世代も前に遡るような大昔、この屋敷の一人娘がある男と駆け落ちした。名のある官であった父親は大激怒。そもそも太子との婚姻の話が立つか立たないかという非常に微妙な時期に起きたこともあり、総力を挙げてその娘を捜索した。結果的に娘は見つかり、屋敷に連れ戻されたものの、彼女の胎には既に新たな命が宿っていた。更なる激憤に駆られた父親はすぐに男をひっ捕らえ、娘の前で火刑に処した。しかし、娘は嘆き悲しむよりも先に、その男の手を取り、共に灰となることを選んだのだった。
「ここまではよくある美談っていうか……美談なのかな? とにかく、よくある話だ。だけど――」
灰となった二人の遺体の中から、突如として赤子の泣き声が聞こえてくる。そんなまさかと思って確認すれば、次の瞬間にはその父親の頭が飛んだ。直後、娘の遺体の中から、到底その胎に宿っていたとは思えないような、化け物が飛び出してきた。その化け物は七日七晩暴れ続け、精霊界は甚大な被害を受けてしまった。最終的にその化け物は打ち取られたものの、その忌まわしい出来事を繰り返してはならないという戒めとして、この屋敷は当時の状態のまま保存されるに至った。
「とはいえ、俺たち精霊族は恐怖とか悲哀とか、そういう感情を抱くことが苦手だから、保存っつっても結局はただの放置。ただ、昔からこの話は耳にタコができるくらい聞かされるもんで、この場所が好ましくない場所だということは皆知ってる。ここに来るだけでそういう嫌な記憶が想起されちまうから、だ~れもこんな場所に近寄ろうとしないってわけ。ま、実際には何でもないただの廃屋なんだけどさ」
「なるほど……それで、この場所に近付くにつれてヒトが少なくなっていったのか」
先ほど、市内ではあれだけの注目を集めながら、ここに辿り着く頃にはヒトの気配の一切が消えていたことを思い出す。そういう理由なら――と、レイは承服し、静かに頷く。
「俺たち五家の役割みたいなものについては、もう聞いたか?」
「いや」
「じゃあ、その辺についても一応……その、棠鵺にとってはあまり快くない話だとは思うけど……」
五家というのは、かつて精霊族と妖族との間で起きたとされる大乱で、妖族をこの精霊界から退けた精霊族の大英雄五人の子孫である。彼らはその後も精霊界の守護者として祀られはしたが、その霊力の強靭さゆえに、ただ祀られるだけのお飾り英雄の座に収まることは許されなかった。
現状、五家は精霊界それぞれの地方の領主となっているが、その実、本家は全てこの桃李京に集まっており、尚且つ四方それぞれの門の番人としての役割を担っている。なぜ大英雄の裔と言われる系譜がそのような末端の仕事を任されているのかと言えば、結局のところ敵に侵入されないことが一番の防衛方法だからだ。疑わしきは入れる前に排除すべしとして、外部からの客人の検めについては、全て各家の当主に任せることになったのだった。
例外として、黒水家の守る北門――玄武門は宮殿に直結しており、且つ巍々巌々と立ちはだかる黎瑞山を超えるか、そこから延びる――歩いて数日はかかるであろう、光も灯らぬ長い長い――隧道を通ってくるより他に入る方法はない。つまり、現状玄武門は門としての機能を果たしておらず、そのため黒水家は実質的には門番というよりも、皇宮の警護を任されることになった――のだが、そもそもこの桃李京擁する中央領自体が黄檗家の管轄ということで、皇宮内の武辺もまた黄檗家が実権を握っている。結果として黒水家の出る幕はなく、この桃李京においては武ではなく文によって貢献することとなった。
その点はさておき、この西側一帯――白虎門付近は颱良の家である白讃家が取り締まっている。白虎門は他の三つの門とは違って、出ればすぐに街道が見える。つまり行商の要とも言える、この桃李京の生命線だ。大型の商業区域も西側にあるし、商人の頭取などもやはり西側に居を構えていることが多い。いわゆる成金や富豪が集まる高級区画だ。何より商業地区は当然ながらヒトが集まってこそ栄えるもの。そんな地域にこのような曰く付きの土地があるのはいかがなものか、ということで、この呪われた屋敷の近辺は今や完全に白讃家の私有地となっている――と颱良は言う。
「そんな感じで、一応この近辺半径三十ベイト程度なら出歩いても多分大丈夫だと思う。でも、世の中には物好きってのがいるからな。一応この屋敷の門からは勝手に出ないで欲しいとも思うけど、そこは各々の判断で。とりあえず五家についてはこんな感じかな。青天目家の現当主、椋杜にはもう会っただろ?」
つんと横を向いてその言葉を無視する琅果を尻目に、レイと棠鵺はこくんと首を縦に振った。
「青天目家は教育関係を任されてるから、東側は基本的に学校みたいな教育機関が多いな。子供に将来官僚になってほしいと思う親は大体東部の居住区に住む。あとは南側、朱雀門を任されている赤檮家だが……」
その名前が出た瞬間に琅果の長い耳がピクリと反応する。しかし当の本人は別段何を言うでもなく、そのまま沈黙を決め込んでいた。その様子を知ってか知らずか、颱良は素知らぬ口調で話を続けた。
「赤檮家は五家の中でも最も強い家系だ。あ、強いってのは武力的な意味で。体術とか武術とかの感覚が優れてる。特段知力に長けてるって感じじゃないけど、それでも闘いになれば一番頭が回る。そういうことで、南側には道場とか鍛錬場とか、あとは遊技場みたいなものが多いな。武勲を上げたい奴らが多く集まる場所でもあるけど、単純に闘いたいだけみたいな血気盛んな奴らも多い。だからその、治安についてはあまり期待しない方が良いと思う。レイの兄貴なら多分大丈夫だとは思うけど、一人で朱雀門付近に行くのはお勧めしない」
そう告げる颱良の視線は主に棠鵺に向かっている。その意味をよく理解し、棠鵺は生唾を飲み込みながら、こくこくと頷いた。
「黄檗家についてはさっき言った通り、新しい上帝という地位を手に入れて、精霊界の統治者としての役割を果たしている。多分、ここに居て会うことはないとは思うけど……まぁ、千年桜の前に行くとなれば色々関わることもあるだろうから、一応気を付けて欲しい。っつっても、金晃殿はすごく穏やかで話の分かるヒトだ。琅果のことも案じてたし、見つけた瞬間ひっ捕らえて処刑なんてことはなさらない。ただ、その娘の雪晃は気を付けた方が良いかもな」
「気を付けた方が良いって言われてもな。どういう理由で?」
「雪晃はただの姦しい自尊心の塊だから気にしなくて良いよ。アイツがあたしに勝てる要素は全くないし、見つかったところで何ができるわけでもないし」
これまで黙っていた琅果が一笑に付す。そこには明らかに侮蔑が含まれていた。
「いや、だからだよ。お前とアイツが会ったら絶対ただじゃ済まねぇだろ。騒ぎを大きくしたくない場合は、見つからないに越したことはないと思うぜ。幸いにしてアイツの頭はド派手な木蓮色だ。遠目にも目立つから分かりやすいと思う。見つけたら避けて欲しい」
「アイツの頭は中までおめでたい色だもんね」
そんな嫌味を言いながら、琅果は「ふんっ」と鼻を鳴らす。普通に考えれば、かつての自分の地位を横取りした相手なのだから嫌うのは当然なのだが、この反応はそれだけではないような気がする――と、そんな琅果の様子を見て、棠鵺は苦笑する。
「と、大体こんな感じかな? あと話しておくことは、今のところはなさげ?」
一通りの話を終えて、颱良はざっと三人を見渡す。「他に聴きたいことはないか」というその視線に、三人は了承の意でそれぞれ頷いた。
「よっしゃ、じゃあ俺は一度家に戻るぜ。そのあとタカさんのところに行って色々話して……多分夜には戻れるとは思うんだけど、もしかしたら明日の朝になるかもしれないな。食べ物に関しては皇宮に行く前に持ってくるから。あとは、えっと~……」
とにかくまだ暫くはここに留まっていてくれといったことを念を押して言った後、颱良はその場を後にした。
ここに着いた頃にはまだ天高く輝いていた太陽も、今となっては西側の空を黄金色に染め始めていた。
しかし、大方の説明を聞いた後で、まだ分かっていないことがある。そもそも、なぜそのような謀叛が起きたのか、ということだ。
話を聞く限り、颱良とてその五家の一員であり、本来であれば敵側に属する存在なのだろう。しかし、現状として彼はこうして力を貸してくれている。そして先程名前が挙がったもう一人――棕滋という人物の存在。彼は未だに宮仕えの身分でもあるということで、より一層謎が深まる。
しかし、その根本的な部分について、颱良は「俺もよく知らない」「気付いたらそうなっていた」といった曖昧な言葉ではぐらかす。当然ながら得心のいかない琅果は食い下がるのだが、のらりくらりと避けられては話題をすり替えられてしまう。それこそが、彼が何か重大なことを知っているという証左に他ならないとも思うのだが、本人に話す気がないのならばこれ以上の追及は無意味だろうと、今度はレイが琅果を制止した。少なくとも、敵意や悪意によって黙っているわけではないだろう、ということを暗に付け加えて。
「それで、結局のところ俺たち……いや、まぁ、俺はあくまでもオマケだから別に良いんだけど、ロウカとトーヤはどう動くべきなんだ? 街の様子からしても、今聞いた話からしても、易々と千年桜の下に行ける感じじゃないんだろ?」
「正直言えば、俺は琅果にはさっさと精霊界から出て行って欲しいとは思ってる。その方がきっと安全だから。もちろん心配なことも多いけど、あんたら二人を見てそれを確信した。きっとタカさんもそうして欲しいって思ってると思うぜ」
「……あたしは絶対に戻らない。少なくとも、アイツに報復するまでは、絶対に」
「はぁ、爛瀬のことか……。そうだよな、お前はそういう奴だよな。ただ、それでもその可能性も視野に入れておいて欲しい、と念を押しておきたい。それだけが全てではないと思うから」
颱良の、ほとんど白に近い薄い青の双眸が琅果を捕らえる。その真摯な眼差しを受け、琅果は押し黙った。けれど、その瞳には未だに確固とした意志が燃えていることも分かる。颱良は「こりゃダメだな」とおどけたように両手を開いた。
「で、だ。実際に千年桜の下に行かなきゃいけないってことになっても、今日これからすぐにってことは難しい。とりあえずタカさんに相談して、段取りを決めてもらおうとは思うけど。そうなるとその間の身の置き所が問題になってくるわけだけど……悪いけど、ここで数日過ごしてもらうこともあるかもしれない」
「あたしはそれでも全然構わないけど。食糧さえ持ってきてくれるなら」
「僕も問題ありません。ここには動物たちもいますし、他の場所より落ち着ける気がします」
颱良の提案を、琅果と棠鵺は一も二もなく受け入れる。しかし、レイは暫し考える素振りを見せたあと、おもむろに口を開く。
「ここは、本当に安全なんだな?」
「あぁ、誓っても良いぜ。絶対に誰も入ってこない」
「根拠は?」
「ここが、呪われた屋敷だからだ」
遥か昔――それこそ何世代も前に遡るような大昔、この屋敷の一人娘がある男と駆け落ちした。名のある官であった父親は大激怒。そもそも太子との婚姻の話が立つか立たないかという非常に微妙な時期に起きたこともあり、総力を挙げてその娘を捜索した。結果的に娘は見つかり、屋敷に連れ戻されたものの、彼女の胎には既に新たな命が宿っていた。更なる激憤に駆られた父親はすぐに男をひっ捕らえ、娘の前で火刑に処した。しかし、娘は嘆き悲しむよりも先に、その男の手を取り、共に灰となることを選んだのだった。
「ここまではよくある美談っていうか……美談なのかな? とにかく、よくある話だ。だけど――」
灰となった二人の遺体の中から、突如として赤子の泣き声が聞こえてくる。そんなまさかと思って確認すれば、次の瞬間にはその父親の頭が飛んだ。直後、娘の遺体の中から、到底その胎に宿っていたとは思えないような、化け物が飛び出してきた。その化け物は七日七晩暴れ続け、精霊界は甚大な被害を受けてしまった。最終的にその化け物は打ち取られたものの、その忌まわしい出来事を繰り返してはならないという戒めとして、この屋敷は当時の状態のまま保存されるに至った。
「とはいえ、俺たち精霊族は恐怖とか悲哀とか、そういう感情を抱くことが苦手だから、保存っつっても結局はただの放置。ただ、昔からこの話は耳にタコができるくらい聞かされるもんで、この場所が好ましくない場所だということは皆知ってる。ここに来るだけでそういう嫌な記憶が想起されちまうから、だ~れもこんな場所に近寄ろうとしないってわけ。ま、実際には何でもないただの廃屋なんだけどさ」
「なるほど……それで、この場所に近付くにつれてヒトが少なくなっていったのか」
先ほど、市内ではあれだけの注目を集めながら、ここに辿り着く頃にはヒトの気配の一切が消えていたことを思い出す。そういう理由なら――と、レイは承服し、静かに頷く。
「俺たち五家の役割みたいなものについては、もう聞いたか?」
「いや」
「じゃあ、その辺についても一応……その、棠鵺にとってはあまり快くない話だとは思うけど……」
五家というのは、かつて精霊族と妖族との間で起きたとされる大乱で、妖族をこの精霊界から退けた精霊族の大英雄五人の子孫である。彼らはその後も精霊界の守護者として祀られはしたが、その霊力の強靭さゆえに、ただ祀られるだけのお飾り英雄の座に収まることは許されなかった。
現状、五家は精霊界それぞれの地方の領主となっているが、その実、本家は全てこの桃李京に集まっており、尚且つ四方それぞれの門の番人としての役割を担っている。なぜ大英雄の裔と言われる系譜がそのような末端の仕事を任されているのかと言えば、結局のところ敵に侵入されないことが一番の防衛方法だからだ。疑わしきは入れる前に排除すべしとして、外部からの客人の検めについては、全て各家の当主に任せることになったのだった。
例外として、黒水家の守る北門――玄武門は宮殿に直結しており、且つ巍々巌々と立ちはだかる黎瑞山を超えるか、そこから延びる――歩いて数日はかかるであろう、光も灯らぬ長い長い――隧道を通ってくるより他に入る方法はない。つまり、現状玄武門は門としての機能を果たしておらず、そのため黒水家は実質的には門番というよりも、皇宮の警護を任されることになった――のだが、そもそもこの桃李京擁する中央領自体が黄檗家の管轄ということで、皇宮内の武辺もまた黄檗家が実権を握っている。結果として黒水家の出る幕はなく、この桃李京においては武ではなく文によって貢献することとなった。
その点はさておき、この西側一帯――白虎門付近は颱良の家である白讃家が取り締まっている。白虎門は他の三つの門とは違って、出ればすぐに街道が見える。つまり行商の要とも言える、この桃李京の生命線だ。大型の商業区域も西側にあるし、商人の頭取などもやはり西側に居を構えていることが多い。いわゆる成金や富豪が集まる高級区画だ。何より商業地区は当然ながらヒトが集まってこそ栄えるもの。そんな地域にこのような曰く付きの土地があるのはいかがなものか、ということで、この呪われた屋敷の近辺は今や完全に白讃家の私有地となっている――と颱良は言う。
「そんな感じで、一応この近辺半径三十ベイト程度なら出歩いても多分大丈夫だと思う。でも、世の中には物好きってのがいるからな。一応この屋敷の門からは勝手に出ないで欲しいとも思うけど、そこは各々の判断で。とりあえず五家についてはこんな感じかな。青天目家の現当主、椋杜にはもう会っただろ?」
つんと横を向いてその言葉を無視する琅果を尻目に、レイと棠鵺はこくんと首を縦に振った。
「青天目家は教育関係を任されてるから、東側は基本的に学校みたいな教育機関が多いな。子供に将来官僚になってほしいと思う親は大体東部の居住区に住む。あとは南側、朱雀門を任されている赤檮家だが……」
その名前が出た瞬間に琅果の長い耳がピクリと反応する。しかし当の本人は別段何を言うでもなく、そのまま沈黙を決め込んでいた。その様子を知ってか知らずか、颱良は素知らぬ口調で話を続けた。
「赤檮家は五家の中でも最も強い家系だ。あ、強いってのは武力的な意味で。体術とか武術とかの感覚が優れてる。特段知力に長けてるって感じじゃないけど、それでも闘いになれば一番頭が回る。そういうことで、南側には道場とか鍛錬場とか、あとは遊技場みたいなものが多いな。武勲を上げたい奴らが多く集まる場所でもあるけど、単純に闘いたいだけみたいな血気盛んな奴らも多い。だからその、治安についてはあまり期待しない方が良いと思う。レイの兄貴なら多分大丈夫だとは思うけど、一人で朱雀門付近に行くのはお勧めしない」
そう告げる颱良の視線は主に棠鵺に向かっている。その意味をよく理解し、棠鵺は生唾を飲み込みながら、こくこくと頷いた。
「黄檗家についてはさっき言った通り、新しい上帝という地位を手に入れて、精霊界の統治者としての役割を果たしている。多分、ここに居て会うことはないとは思うけど……まぁ、千年桜の前に行くとなれば色々関わることもあるだろうから、一応気を付けて欲しい。っつっても、金晃殿はすごく穏やかで話の分かるヒトだ。琅果のことも案じてたし、見つけた瞬間ひっ捕らえて処刑なんてことはなさらない。ただ、その娘の雪晃は気を付けた方が良いかもな」
「気を付けた方が良いって言われてもな。どういう理由で?」
「雪晃はただの姦しい自尊心の塊だから気にしなくて良いよ。アイツがあたしに勝てる要素は全くないし、見つかったところで何ができるわけでもないし」
これまで黙っていた琅果が一笑に付す。そこには明らかに侮蔑が含まれていた。
「いや、だからだよ。お前とアイツが会ったら絶対ただじゃ済まねぇだろ。騒ぎを大きくしたくない場合は、見つからないに越したことはないと思うぜ。幸いにしてアイツの頭はド派手な木蓮色だ。遠目にも目立つから分かりやすいと思う。見つけたら避けて欲しい」
「アイツの頭は中までおめでたい色だもんね」
そんな嫌味を言いながら、琅果は「ふんっ」と鼻を鳴らす。普通に考えれば、かつての自分の地位を横取りした相手なのだから嫌うのは当然なのだが、この反応はそれだけではないような気がする――と、そんな琅果の様子を見て、棠鵺は苦笑する。
「と、大体こんな感じかな? あと話しておくことは、今のところはなさげ?」
一通りの話を終えて、颱良はざっと三人を見渡す。「他に聴きたいことはないか」というその視線に、三人は了承の意でそれぞれ頷いた。
「よっしゃ、じゃあ俺は一度家に戻るぜ。そのあとタカさんのところに行って色々話して……多分夜には戻れるとは思うんだけど、もしかしたら明日の朝になるかもしれないな。食べ物に関しては皇宮に行く前に持ってくるから。あとは、えっと~……」
とにかくまだ暫くはここに留まっていてくれといったことを念を押して言った後、颱良はその場を後にした。
ここに着いた頃にはまだ天高く輝いていた太陽も、今となっては西側の空を黄金色に染め始めていた。
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