イノセンス

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「失礼しました」
「初めまして、先程お電話させて頂いた者です」
「あぁ、今お茶用意しますね」
「お気になさらず。私は、お話をお伺いしたら帰りますので」
立花は席にもう一度座った。
「梨央には私から響の話を伝えますので、先程の話しの続きをお願いします」
「津田さんの話だったわよね。そうそう、津田さんがね若菜さんのことについて教えてくれたのよ」
「津田さんは何で華道教室に来たって知っていますか」
「若菜さんから話を聞いたと、その時は言っていましたけど。若菜さんのことを大事に思う方なんですよね」
「そ、そうですか」
「でも、若菜さんは誘拐されてしまった。その時津田は何と言っていたんですか」
「んー、その時津田さんは何も言ってなかったかしら。最初は、家出だと思ってたから若菜さんの家の近辺を一緒に探してましたけど、夜になって解散した後津田さんが何をしていたのかは知りませんけど」
「それは、若菜が亡くなる何日前ですか」
「昔ですからね。一日前か二日前か」
「ってことは亡くなる直前だったってことですね」
「でも、誘拐されてから亡くなるまでの時間は早かったので」
「いつ亡くなったと聞いたんですか」
「警察の方から話を聞かせてほしいとのことで華道教室に来ましたけど、その前に津田さんから連絡がありました」
「連絡が早かったのは何でだったか聞きましたか」
「疑問にも思ってなかったわ」
「そうですか。そのことは警察の人に話しましたか」
「話さなかったわよ。話したって、事件が解決する糸口にならないでしょ」
「それが」
「何?あなた達、津田さんのこと疑っているの?犯人は誘拐犯でしょ」
楓音の耳に小声で柾は「今は触れな方がいいかもしれない。全部が終わった時に話すのが彼女にも楽だと思う」
柾は、気付いていたんだ。立花が津田に対する好意があるということに。
「それに、さっきから若菜さんの話ばかりで響のことは何も聞かないじゃない。若菜さんのことを聞くなら私じゃなくて警察とかに話を聞いた方が知っているはずよ」
「ははは、そうですよね。ですけど、普段の華道教室での姿は貴方と響さんくらいしかいないんですよ」
「じゃあ、響さんの話に戻しましょう」
「ええ、そうして。他人の子が亡くなった話しをするのは陰口を叩いているみたいで気分が良くないわ」
「率直に聞きます。響さんのしたかったことは何ですか」
「知らないわよ。あの子のこと全然知らないのよ」
「華道教室には参加してくれたんですよね」
「それは、若菜さんと学校であんまり話せないからって言ってただけで」
「立花さんと喧嘩してたりとか、そういう出来事は無かったんですか」
「無かったわ。話してなかったもの」
「………」
「これがダメだと」
「そんなにマズいんですか」
「駅を超えて、道路や線路にまで被害が出て。世界にいる子ともコンタクトが取れたのは一度きり」
「その願いは『やり残したことをやりたい』ってことか?」
「そ、そうです。今まで黙っててごめんなさい。どうすることもできなくて」
「それは響さんで間違いないんですか」
「確証は無い。でも、一回だけコンタクト取れた人が言うには身長も同じくらいだったって」
「なるほど」
「やっぱり、響なの?品川駅に行けば響に会えるの?」
「会えるかは分かりませんが、そこにいる可能性はあると思います」
「私も品川に連れてって」
「いいですよ。元々、話しが終わった後そうするつもりでした」
「ありがとう」
「ですが、響さんとは確定したわけではありませんので過度の期待はしないでくださいね」
「そうですよね」
「会えるといいですね。響さんも喜ぶと思いますよ」
「そうだといいんですけど」
「『やり残したことをやりたい』の心当たりは無いですか」
「分かりません。もう少し考えるのに時間をください」
そういった立花は、華道教室の休みの連絡をすると言って事務作業を淡々とこなし始めた。

「どう思います梨央?」
「楓音のところも危険な状態だが、品川は都心部なだけに被害の見込みも予測がつかない。出来れば、響であってほしいとは思ってる」
「弱腰なんだな」
「願い事も解決してないので」
「俺は、響の事故の犯人を追求してほしい。大体話し流れ的に予想は出来るがな」
「犯人ですか?何で柾さん分かるんですか」
「いいや、分かるだろ」
「証拠はあるんです?」
「無い。全部予想でしかない」
考え込んでいた楓音は柾の言っていることを理解したらしく「あーそういうことですか」と感心していた。
「若菜も響さんの事件も一本に繋がるかもしれない」
「ほぼ同時に起きてることにも何か理由があるのかもしれませんね」
「それありえるかもしれないね」
「あれ?柾さん」
「………。ん?どうした」
「同時に起きたことには意味があったのではと」
「あー、そうだな」
「何ですか急にぶっきらぼうになって」
「楓音。立花さんも終わったらしいですし、品川に向かいますよ」
「んー分かりました」

品川駅南口広場。
「ここですか」
「東京でこんな景色見れるとわな」
「柾さん。あまり動かないでくださいね」
「立花さんも気を付けてください」
通信車が止まっている。
「あれは?」
「世界が現れる時、周波が乱れます。乱れた周波数に合わせることで世界と会話出来るようになるわけです」
「世界に入る必要なくてもいいわけか」
「今はまだ試験段階です。今回は、こんなことになったので良い機会だと思って動かしてるみたいです」
「私はそんなものあるって聞いてませんが」
「言ってませんので」
「はぁー、ヒドイ話にも程がありますよ」
その時だった。立花さんがフラフラ中央に歩き始める。
「立花さんやめてください。危険です!」
梨央が立花の腕を掴み動きを止める。
「やめて離して」
顔色を変えた立花は捕まったとて、鈍ることなく足を動かし続ける。
「諦めてください。響さんはいないんです」
「息吹を感じるわ。響の優しい息吹を」
「幻覚です。目を覚まして」
「今私がそっちに行くからね」
遠くから騒ぐ声が聞こえる。『周波数の変動を確認。通信可能』
それに反応した梨央は力を緩めてしまい、立花を野放しにしてしまう。
「待って!」
「楓音は、梨央の安全と情報伝達頼んだ」
「は、はい!でも柾さんは」
「花と戯れるの大好きだからさ」
「意味わからないですけど」
「とりあえず頼んだ」
そういって、走り出す立花を追った。

『息吹を感じる』
立花はそう言っていた。
柾は感じることは出来ないが、若菜と同じような空気感を中心部に行くほど感じていた。
騒ぎ出す群衆。スマホを取り出し、写真をとるや否や、SNSへあげている。
メディアは中継を回し始め、女性アナウンサーがレポートを始める。
「立花さん。どうされたんですか」
立花は足を止めて、振り向く。
「柾くん。君には息吹を感じるの?」
「いいえ」
「そう。いま私には、響の温もりが肌に伝わっているわ」
柾は感じてしまう。
『響の温もりではなく、自分自身の体温が上がっているだけのことに』
しかし、柾は口に出すことは無かった。
勘違いを勘違いのままでいさせておけば幸せになって救われる事だってある。
自分がそう思いたいと思ったことを他人によって止められる必要は無いということ。
だから、柾は『花と戯れている』のだ。
立花の行動を止めることはするつもり何て最初から無いのだ。
「立花さんには響は見えてるんですか」
首を横に振る。
「見えるといいですね」
「そうね。柾くんには見えてるの?」
「見えてるわけないじゃないですか。ですけど、立花さんは会いたいと言えば会えるんじゃないですか」
「でも、私には響のやり残したことが分からない。会いたいなんて言えるご身分じゃないわ」
「分かれば会えるんですね」
「柾くんには、願い事が何か分かってるの?」
「えぇ、分かってなければ立花さんについて来てないです」
「なるほど。じゃあ、私のこともお見通しってことね」
「まぁ、言ってしまえばそういうことです」
「じゃあ、願い事教えてくれないですか」
「若菜のことも聞きたいので仕方ないですね」
「ありがとう」
「………」
「どうしたの?」
「ごめん。全部忘れちまった」
「………」
「だってさ響」
「ん?」
「ありがとう」
「どういうことよ」
「お母さん久しぶり。ごめんね心配させちゃって」
響は立花に駆け寄り、頬に手をあてた。
立花の瞳からは涙が零れ「響のこと何も理解できてあげられなかった」と嘆きを繰り返す。
「お母さんは、私のことちゃんと見ててくれた。ありがとう」
「………そんなことない。響の願いすら私は分からなかった」
「あの人にしかきっと分からないんじゃないんかな」
柾を響は見る。
「立花さんの知っていることじゃない。だって、若菜のことだからな」
「そうなんだよ。若菜がいなくなったあとどうしてるかな思って、それの答えを知りたくて」
「あなた若菜さんに何かしてたの」
「え、えっとね」
「イジメの立役者だろ」
「なんてことしてるの!」
「こ、これは違うの!」
「違うも何も無いでしょ」
「立花さん、普通のイジメの立役者じゃありません」
「どういうことよ」
「あ、あのね。若菜は昔からイジられてることが多くなってね、エスカレートしていってたの…無視することも出来ないくらいに。だから私は若菜をイジメてるグループに入って主犯格のように立ち振る舞ったの」
「………」
「中に入ってれば何が気に食わないのか、どうすれば終わりが見えるのか、次のイジメがいつ起きるのかまで全部わかる。勿論、彼女たちの今までの悪行もね」
「つまり、イジメグループのスパイってこと?」
「んーそんなカッコよくは無いけど、そんなところかな」
「それで、響は若菜を守れたの」
「段々と諦めてくれるようになったし、事前にイジメられることを知らせてたから回避することも出来た。だけど、だけどね、イジメてた奴らが飽きてきた時に私はココで死んじゃって。だ、だからね、私は若菜が学校で笑ってるのを見ることが出来なかった」
「それで、若菜のことを聞いたのか」
「そうなの。若菜が今どうしてるのか気になって」
「でも若菜ちゃんは」
「今は元気に学校に行ってるよ」
「そうなら私も徳が積めるというものね」
「柾さん」
「で、でも何で貴方はそんな辛そうな顔をしているの?」
「そ、それは」
「嘘を吐いてるでしょ」
「そんなことないよ」
「私はイジメっ子の中に入っていたのよ」
「正直に話そう」
柾は簡単に話した。イジメられて逃げたこと、誘拐されたこと、死んでしまったこと、今響と同じ状況であるということ。
響は何をいう訳でもなく。「そうね。そうね。そんなことがあったのね」と言いながら、からくり人形のようにコクリ、コクリと頷いた。
落胆するわけでもない。泣くわけでもない。ただただ現実を受け止める時間が続いた。
現実を受け止める時、人はこうなってしまうのだと、本当の悲しみを感じる時、同じことか言えなくなってしまうのだと。
リピート再生された音楽は、柾が話を終えたとて流れていた。
しばらくすれば、声が小さくなり聞こえなくなる。
テープが巻き終わったんだ。
「響?大丈夫?」
「………」
「若菜の世界は綺麗だった?若菜の世界は楽しそうだった?若菜は笑ってた?」
溢れんばかりの気持ちを馳せる響。
柾は、相槌をうつように「うん、うん、うん」と答えていく。
「なら大丈夫よ!若菜も私みたいに迷惑かけてるかもしれない。でも、絶対に皆を笑顔にしてくれるチャンスを作ってくれる世界なはず。なら、大丈夫よね!」
「あぁ、大丈夫だ。若菜のおかげで多くの人に会えた」
「なら、こんな世界も終わりだわ」
「ひ、ひびき!!!」
「お母さん。ありがとう私は幸せだった。楽しかった。華道また教えてね」
「えぇ、教えるわ。だから、私の手を離さないで。私の視界から消えないで」
「あはは、それは無理かな。これ以上皆に迷惑かける訳にもいかないもん」
「それはそれ。これはこれ」
「でた!お母さんの口癖、嫌だったな。もう言っちゃだめだよ」
「い、いわない。だから、だから、だから」
「私はいなくなるんじゃないの。ただただ、長旅に行ってくるだけ。私にもこれから出会う人もいるし、待ってる人もいる。お母さんはお母さんで、待ってる人もいるし、会わないといけない人、感謝を伝えないといけない人いるでしょ」
「いないわよ、いないわそんな人」
「うんん、いるでしょ。いまを見て。一番重要なのは、優しさに感謝することでも、優しさに恩返しすることでも無くて、優しさに気付くことよ」
「………」
立花は黙って跪く。
「貴方の名前教えて」
「山吹柾」
「じゃあ、山吹くん、柾くん、やまちゃん、ぶっきーくん」
「どんだけ呼ぶんだよ」
 響は「会う時間が短かった分、巻き返そうと思ってね」といって、無邪気に透明な笑顔を見せた。
「短い間だったかもしれないけど、私を見つけてくれて、願いを叶えてくれて、若菜に会ってくれて、ありがとう」
「最後に聞いていいか?交通事故を起こした奴は誰だ?」
「もしかして、まだ分かってないの?」
「恥ずかしいことにな」
「あぁ、なるほどね。でも私も知らないのよ」
「そ、そうだよな」
「お役に立てずに申し訳ない」
「大丈夫だよ」
「最後は迷惑かけちゃったけど、皆に感謝だよね。ありがとう、ありがとう、ありがとう!」
「ありがとう」
柾は泣き続ける立花の背中を叩いた。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、ありがとう。またね響」
「お母さん、そんな顔で見ないで最後は笑顔でいて」
「んんんん」
引きつった笑顔は、満面の笑みだった。
「じゃあねお母さん、ぶっきー」
見せかけの笑顔はスグに崩れて涙へと再び変わる。
「い、か、な、いで!」
「笑顔だよ、お母さん」
「響、また、また会おうね」
「またな」
「えぇ!絶対会いましょう。ぶっきー、若菜のこと頼みましたよ」
そういって響は静かに、静かに姿を消したのだった。
今に蓋をして、響の目的地の無い旅が始まったのだ。
果てしない、果てしない旅に。
誰も見届ける事ができない旅に。
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