俺この 番外編

呪樹に囚われた従者

6

眠気は無い。
部屋を照らすのは淡い月光のみ。

屋根から逆さまに顔を覗き込ませた者は、いない。

ーーーまぁ、やってみるさ。

まだ2日か、もう2日か。
いや、先ほど日付が変わったから3日か。
永海をずっと見ていない錯覚に陥る。
幼き頃からずっと一緒にいた彼。
一時はそれぞれやるべき事があった為に顔を合わせない期間もあったが、それ以外は常に隣にいた。
それがいつの間にか自分の中で当たり前になっていたと、気付かされる。

ーーー天定。

声を聞きたいと、思ってしまう。
静寂に包まれていたが、襖を開ける音が聞こえてきた。

「お侍様。」

開いた襖の間にいたのは、商人の男本人である。
商人を見る天定の表情が、一瞬強張った。

「何でしょうか。」
「お侍様を今からご案内したい場所がございまして、これからご一緒に来ていただけませんか？」
「これから…ですか？」

この夜更けにどこへ案内しようとしているのか、天定は疑問に思った。
もしかして、続けて夜間に外出している件と何か関係があるのだろうか。

「わかりました、行きましょう。」

天定な刀を握りしめると立ち上がり、男に続いて外へ出た。










街外れの森まで来た。

ここまで前を歩き案内をする男は無言で、天定はそんな男の後ろ姿を時々怪訝な表情で見る。
森に入ってしばらく進んだ、草木が深く生い茂っている場所で、男が歩みを止めた。
目の前には大きな大木が立っている。

「お侍様。お侍様は、私を疑っているのでしょう？」

ドクンと天定の鼓動が一度だけ跳ね上がるが、それは恐怖や緊張よりもバレていたのかと言う焦りに近い。

「お侍様が何故私を疑うようになったのかは、知りません。ただ…。」

どうやら商人の実の娘による情報とまでは知らない様子でホッとしたのも束の間、続く男の言葉は天定を驚かせるには十分だった。

「ただ私を追跡してきた忍び様には、呪樹様が罰を与えてくださっています。」

そう言い終えるタイミングを見計らっていたように、目の前にある一本の大木の幹が左右に裂ける。
幹の中にいるのは、他でもなく永海自身だった。

「！？」

深緑の触手に両腕と腹部から下肢を拘束され、項垂れている従者の姿。
自分の悪い予想が的中してしまっていたとはーーー。
しかし、また次の疑問が浮上する。

「綺麗でしょう？私を追ってきた夜に呪樹様に気に入られて、ずっと忍び様は戦っておられました。力尽きたのは明け方くらいでしょうか。それでも、昨夜も呪樹様からの問いかけには反抗的な様子でしたけどねぇ。」

商人の話で確信を得た。
娘が抱えていた違和感は、決して間違っていなかった。
きっと、商人の男はーーー…。

「お侍様。私はねぇ、一度死んでるんです。この森で、怪物に襲われて、命を落としました。でも、その怪物は呪樹様が成敗をしてくれて、私を蘇らせてくれたんです。昼間は人間に混じり、夜はこうして呪樹様にエネルギーを頂きに来る。呪樹様からいただくエネルギーは、それはそれはとても素晴らしいものでしてねぇ、最高なんですよ。」

お侍様もご一緒に、どうですか？