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一章

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 リリーナの方へと振り向いたディオンは、先程までの蕩けるようなリズリットへの微笑みを引っ込め、冷え冷えとした冷たい視線をリリーナへと向ける。

 ディオンの態度に、先程まで周囲で騒いでいた令嬢達もぴたり、と声を上げるのを止めるとごくり、と固唾を飲んで見守る事に徹したのだろう。

 それ程、周囲からも丸わかりな程ディオンの機嫌が悪いと言う事が分かるのに、ディオンから視線を向けられたリリーナ本人は「ディオンの視界に映った」と言う事が嬉しいのか、頬を染めて恥ずかしそうにもじもじとしている。

「……ロードチェンス子爵令嬢? 君は我々の会話に言葉を挟める立場では無いのが分からないのかな?」
「──っ、!」

 これは、恥ずかしい。

 ディオンが「子爵令嬢」と言う単語を強調して紡いだ事で、言外に子爵令嬢が公爵家と伯爵家の者の会話に割り込んでくるな、と言っているような物だ。
 ディオンの低く、良く通る声は成り行きを見守っていた周囲にもしっかりと届いており、リリーナに招待された令嬢達は気まずそうにリリーナから視線を逸らしている。

 何故、こうも自信満々に話し掛けて来る事が出来ると思っているのだろうか。
 いくらリズリットが精霊の祝福を得ていないとは言え、爵位としてはリズリットの伯爵家の方が上で、ディオンに至っては公爵家の次男ではあるが、最上級精霊の祝福を持ち、この国の騎士団長である。

(百歩譲って……、いや、少ないな……千歩、いや、万歩譲ってリズリット嬢の言葉を遮るのはまだ分か、りたくはないが……リズリット嬢の言葉の後に、俺が言葉を返すのが分かっているだろうに……俺の言葉を遮るとはいい度胸だ)

 密かにディオンが憤慨していると、流石に旗色が悪い、と踏んだリリーナは顔色を悪くしながらもそれでもその場から辞さず、尚もディオンと会話をしようと唇を開く。

「あ、あら……申し訳ございません、ディオン様。リズリット嬢が……、大切な、お友達が、来られたので……ついつい……大変失礼を……」

 リズリットをよくもまあ「大切なお友達」と宣えたものだ、とディオンは逆に感心してしまう。

 このリリーナの発言で、先日のリズリットの攻撃は誰にもバレていないのだと、考えている事が分かり、ディオンはふい、とリリーナから視線を逸らすと再度リズリットに微笑み掛けて唇を開く。

「……リズリット嬢、終わるのを待っているから早く戻ってきてくれ」
「ディ、ディオン、さま……っ」

 甘い笑みを浮かべてきゅう、とディオンに手を握られてついついリズリットは羞恥に頬を染めてしまう。

 リズリットは、ディオンの態度を完全に仕事の為の「演技」だと思っているが、ディオンは演技など何一つしておらず、ただただ素直に自分の気持ちを口にしている。
 演技、だと思っているのはリズリットただ一人だけで、周囲の令嬢も、勿論リリーナもディオンの態度に驚き、そしてディオンから甘い視線を、言葉を受けているリズリットに憎しみの篭った視線を向ける。

 あれ程、ディオンから冷たい態度と言葉を浴びせられたと言うのに、果敢にもリリーナは再び二人の会話に口を挟んだ。

「ま、まあ! お二人はこの後、ご予定があるのかしら……? リズリット嬢、もし良ければ私もご一緒しても──」

 お茶会の主催者が、お茶会を放って何を言うのか。
 そして、そのような不躾な言葉を掛けたリリーナに、周囲の令嬢達は「ひいっ」と今度は別の意味で小さく悲鳴を上げる。

「え、ええ……っ? 確かに、ディオン、様とはお出掛けする約束をしていますが……ご一緒するのは……」
「まあ! 私とリズリット嬢の仲ではありませんか……っ、ご一緒しても良いでしょう? ね?」

 ディオン様、とリリーナが言葉を紡ごうとディオンに視線を向けた所で、リリーナはひゅっ、と息を飲む。

 リズリットとの会話に、性懲りも無く何度も口を挟み、邪魔をして来ているリリーナに、ディオンは凍てつくような視線を向けている。
 そのディオンの殺気さえ篭っているような視線を至近距離から受けたリリーナは、流石に失言をした事を今更ながらに実感したのだろう。

 涙目になりながらあわあわとし始めた。

「君のその頭は飾りかな? 俺と、リズリット嬢の会話に、何故君が言葉を挟む……? 何を勘違いしているのか分からないが、俺は君に名前で呼ぶ事を許していないのだが、何故気安く俺の名前を呼ぶんだ……? これ以上、俺と、リズリット嬢の、邪魔をするな」

(あらー……。主、これは本気で怒ってるわー)

 呑気に白麗が楽しそうに心の中で呟く。
 最早、リリーナを射殺してしまいそうな程殺気を顕にしていて、このままでは本当にディオンが実力行使に出かねない、と白麗が危機を持ち、そっとリズリットに耳打ちをする。

「えっ、え? 本当に、そんな事で……?」
「ええ、大丈夫よ。リズリットちゃんからそう言われたら主は大人しく馬車に戻るわ」

 こそこそ、と周囲にバレてしまわない程度の声量でリズリットと白麗は会話を交わし、リズリットは白麗から貰った「助言」を実行に移そうとディオンの服の裾をくいくい、と控え目に引っ張る。

「──っ、リズリット嬢?」

 はっとしてディオンがリズリットに視線を向けると、リズリットは怯えたように瞳を潤ませて、上目遣いでディオンに話し掛ける。

「ディオン様、怖い顔しないでください……。直ぐに戻るので、私を待っていてくれますか……?」
「──っ、」

 必死にディオンを見上げ、潤ませた瞳でディオンにそう言葉を紡いだリズリットに、ディオンは瞳を見開くと、瞬時に先程まで放出していた怒気や殺気を引っ込めると頬を緩めてリズリットの言葉に頷いた──。
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