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一章

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 リズリットが、ディオンに思いを馳せているとリズリットの視界の隅に何か黒い影のような物がサッ、と横切った気がして、ぴしり、と体が固まる。

「──えっ、何……?」

 何か、室内に入り込んでいるのだろうかとリズリットがビクビクとしていると、リズリットが起きた事に気付き近付いて来たのだろう。
 鳥の鶺鴒がちょこちょこと可愛らしくベッドサイドテーブルの上を跳ねながらリズリットに近付いてくる。

 リズリットはその鶺鴒に見覚えがあり、瞳を見開くと唇を開いた。

「──ディオン卿、の……?」

 リズリットの言葉に反応した鶺鴒は機嫌良さげに小さな嘴が震えると可愛らしい声音で囀る。
 絵画スクールで、ディオンに助けて貰った時も、抱き上げて運んで貰っている時もこの鶺鴒の精霊はディオンの肩に止まったり、近くを飛んでいたような気がする。

「何故、ディオン卿の精霊がここに居るのかしら……?」

 精霊は、主人の側を離れない筈なのに、この部屋にはディオンの姿は無く、何故か鶺鴒の精霊だけがぽつり、とこの部屋に残っていてリズリットは戸惑う。
 何かあったのだろうか、とリズリットが不安そうに表情を曇らせると、鶺鴒はちょこちょことリズリットの側に近付いて来て、リズリットの手のひらに自分の頭を擦り付けると「撫でて」と言わんばかりにじぃっと見詰めて来る。

「──か、可愛い……っ」

 リズリットはきゅん、と胸をときめかせるとへらり、と表情を緩めて鶺鴒が望むように自分の指先で頭を撫でたり、嘴の下辺りをこしょこしょと撫でてやる。
 気持ち良さそうに瞳を閉じる鶺鴒にリズリットがうっとりとしながら撫でていると、不意にリズリットの部屋の扉がノックされる。

「は、はい……っ」

 リズリットはハッとして鶺鴒を撫でる手を止めると、扉に向かって返事をする。
 すると、リズリットの声を聞いて扉の奥からハウィンツが声を掛けて来た。

「──リズ、起きたか。良かった……入ってもいいかい?」
「お兄様? 大丈夫ですよ」

 リズリットが返事をすると、ハウィンツが扉を開けて部屋へと入室して来る。

 ぱたり、と扉を閉めてリズリットが上半身だけを起き上がらせたベッドへ近付くと、リズリットの手元に居る鶺鴒に気が付き、ハウィンツは僅かに瞳を見開く。

(契約者では無い人間にここまで気を許して自分に触れさせるとは……珍しいな……)

 ディオンが精霊の近くに居ないにも関わらず、精霊が主人以外に自分の体を進んで触れさせる事は滅多に無い。
 リズリットは精霊に好かれやすいのだろうか? とハウィンツは考えるが、それならば何故。と思う。
 リズリットが精霊に好かれやすいのだとしたら、この十七年間精霊に祝福を授けられなかったのも疑問が残る。

 ハウィンツは不思議そうに首を傾げるが、リズリットがキョトンとした表情で話し掛けてきた事でこの部屋にやって来た事を思い出した。

「お兄様……? どうなさいました……?」
「──あ、ああ……! すまない、ぼうっとしてしまったよ」

 ハウィンツは苦笑しながらリズリットの側までやって来ると、ベッドの脇に腰を下ろしてリズリットへと視線を向ける。

(先程、ディオンから火急の知らせが入って、リズリットにも知らせておいてくれ、と書いてあったが……果たしてあの内容をこの場でリズリットに知らせても大丈夫だろうか……。もし、少しでも不安に思い感情を乱してしまったらまた──)

 絵画スクールでの事を思い出し、ハウィンツは無意識に視線を落としてしまう。
 この場には今、ハウィンツしか居らず、あの時のようにリズリットが過呼吸を起こしてしまったら自分は慌ててしまい、冷静に対処出来ないかもしれない。

(ローズマリーに声を掛けて来れば良かった……)

 冷静に対処が出来るディオンがこの場に居てくれれば、とハウィンツは思ってしまったがこの場にディオンは居ない。
 ディオンの精霊である鶺鴒が「大丈夫か?」と言うような気遣う視線をハウィンツに向けてくれて、ハウィンツは鶺鴒の気遣いに有難い気持ちで笑みを浮かべると、この場で黙っていても何れはリズリットに話さなばいけない事だ、と心を決める。

「──リズリット……、急ではあるが、あと少ししたらディオンが再び邸にやって来る」
「ディオン卿が……? あっ、ディオン卿の精霊がこちらに居るからですかね? 鶺鴒の精霊を迎えにいらっしゃるのでしょうか?」

 少しだけ残念そうに眉を下げて鶺鴒に視線を向けるリズリットに、ハウィンツは「いや」と首を横に振る。

「──ディオンには、先程の絵画スクールで起きた事件の事を調べて貰っていたんだが……その事で、リズリットに頼みたい事があるから、そのお願いにやって来るんだ」
「絵画スクールでの……そう、ですか……」

 「事件」と言葉を紡いだハウィンツに、リズリットは顔を強ばらせる。
 考えないようにしていたが、あの時起きたあの騒ぎは可笑しい点がある事にリズリットも気付いて居た。
 あれ程、人が居たというのに何故か攻撃魔法はリズリット目掛けて飛んで来ていた。
 明らかに、リズリット自身を狙って攻撃魔法が放たれた、と言う事なのだろう。

 そして、ディオンは恐らくこの事件について何かしら調べたのだろう。
 ディオンの仕事柄、貴族とは言えこの国の民であるリズリットに対して精霊の力を悪用した攻撃が行われたのだ。
 騎士団長であるディオンにも、調査の指示が入ったとしても何ら不思議は無い。

「それで……ディオンが来たらリズリットを呼ぶから、支度をしておいてくれると助かるよ」
「分かりました、お兄様。着替えておきますね」

 ハウィンツの言葉に、リズリットは頷いてディオンが訪れた時に直ぐに部屋を出れるように着替えや支度をしておく事にした。
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