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一章

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 リズリットの乗る馬車が絵画スクールの建物に到着し、最初にハウィンツが馬車から降り立つと、リズリットに手を差し伸べる。

「ありがとうございます、お兄様」

 リズリットが明るい笑顔でハウィンツにお礼を告げて、ハウィンツの手を借りて馬車から降り立つとハウィンツは些か面白く無いような表情でリズリットに向かって唇を開いた。

「──何だか、リズリットは先日から嬉しそうだね。いつも絵画スクールに来る時はこんなに楽しそうにしていないのに……」
「えっ!? そ、そうですか? お兄様の気の所為ではないでしょうか……」

 ハウィンツの言葉に、リズリットは驚きに目を見開くとぺたり、と自分の頬に手をやる。
 無意識の内に上機嫌になっていたのであれば、それは何が理由なのだろうか、とハウィンツは考え、その理由は一つしか思い至らない、と奥歯を噛み締める。

(リズリットの周囲で、変化があった事なんて……ディオンとの出会い以外にない……っ。くそっ、リズリットはディオンに対して良い感情を抱いてしまっているのか──)

 これでは、無理矢理リズリットからディオンを引き離したとしてもリズリットが悲しんでしまうだけだ。
 リズリットが新しい人間と交流して、その交流を楽しんでくれるのはとても嬉しいがディオン・フィアーレンだけは避けて欲しかったのが素直な気持ちだ。

「お兄様? どうしましたか?」
「ん、? ああ、何でもないよ。行こうかリズリット」

 考え込むハウィンツに、リズリットが不思議そうに話し掛けると、はっとしたようにハウィンツがリズリットに視線を戻し、取り繕ったような笑顔を浮かべると建物内へと足を進める。

「それじゃあ……俺はいつもの様に待ち合い室で待ってるから、楽しんでおいで」
「分かりました、ありがとうございますお兄様」

 リズリットが通っている絵画スクールに毎回ハウィンツは付き添って着ているが、ハウィンツ自身は絵画スクールを受講していない。
 リズリットは、絵画に興味があるようで自分自身も描いてみたいとスクールに通っているがハウィンツは絵画にそこまで興味が無く、スクールには通っていなかったが、以前リズリットが一人で参加した時に周囲の視線に晒されてぐったりと疲れた様子で戻って来たのだ。
 過保護だとは分かっているが、リズリットにそのような思いをさせたくないと考えたハウィンツは、それ以来リズリットに付き添うようになった。

 そして、ハウィンツが妹のリズリットに付き添うようになってから、絵画スクールに通う令嬢の数が多くなった。あわよくばハウィンツとお近付きになりたい、と考える令嬢が多く居るのだが、令嬢達の視線などさして興味が無いハウィンツはいつも待ち合い室で時間を潰している。

(これがまた……いい情報収集の場にもなるんだよな……)

 絵画スクールには、貴族子息や令嬢が通う人数の方が多いが、裕福な商家の子供や礼儀作法のしっかりした平民も通う事が出来る。
 勿論、習う部屋は貴族と分けられているが待ち合い室は大部屋を使用しているので貴族達に近い場所には商家や平民の付き添いは近付かないが、会話をしている声を拾う事は出来る。

 その為、今現在市井で何が流行しているのかや、何が起きているのか、商家や平民達の考えを聞く事が出来る貴重な場でもある。

 貴族だけが通う事が出来る絵画スクールも王都にはあるが、リズリットがその絵画スクールに行きたがらなかった為、この絵画スクールに通っているがこの場所にして正解だった、とハウィンツは考えている。

 だからハウィンツはいつもの様にリズリットのスクールが終わる時間を、待ち合い室で周囲の会話に耳を傾けながら待っていた。
 リズリットを待ち、まだ然程時間が経ってはいないだろう時間帯。
 ハウィンツが腕を組み、瞳を閉じていると待ち合い室の空気が突然ざわり、と大きく揺らいだ。

 ハウィンツが何事だ?と考え、瞳を開ける前に良く知った声がハウィンツの名前を呼んだ。



「──ハウィンツ! 良かった、まだ終わって無かったか……!」
「……本当に来たのか、ディオン……」

 ハウィンツは、自分の目の前に姿を表したディオンの姿を呆れたように見上げて呟いた。
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