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一章
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しおりを挟む──これは、このままこの場に居続けたら何だか不味い気がする。
ハウィンツは、一瞬の内にそう考えると背後の壁に預けていた背を慌てて離し、リズリットに熱い視線を向けるディオンの肩をぐっと掴む。
「……、? 何だ、ハウィンツ──……」
「ディオン! 俺達はもうそろそろ帰らなきゃいけないんだ……! だから悪いが──……」
「ああ、そうなのか。邪魔をして悪かったな。リズリット嬢、馬車までお送りしよう」
本当は帰る時間まではまだまだ余裕がある。
だが、先程から周囲からの視線は多くなる一方で、視線に慣れている自分自身や、ディオンはいいだろう。だが、リズリットは多くの視線に晒される事に慣れていない。
その為、ハウィンツは周囲の視線──主に、悪意の籠った視線達からリズリットを隠そうと帰宅をディオンに告げたのだが、ハウィンツの思いを何一つとして理解していないディオンはあろう事か、リズリットを馬車までエスコートすると言い出してしまった。
「え、? ……えっ、」
「──? どうしたんだ、リズリット嬢。ハウィンツ、戻るんだろう?」
リズリットはハウィンツの帰宅すると言う言葉と、ディオンからの言葉にあわあわと瞳を白黒させながら二人に視線を行ったり来たり、と向けている。
リズリットに向けて目尻を下げて優しげに声を掛けた後、ディオンはいつもの調子で表情を引き締めるとハウィンツに声を掛ける。
ディオンには、リズリットの目の前に座っているリリーナが目に入っていないのか。リリーナには一切目もくれず、リリーナがディオンに挨拶をする暇も与えない。
「この場にこのまま居続けるのも、な……リズリット。帰ろうか」
ハウィンツは疲れたように自分の眉間を軽く揉むと、微笑みを浮かべてリズリットに声を掛ける。
先程、リズリットを恨めしそうに睨んでいたリリーナは、何も口を挟む事が出来ず、ただただ三人がこの場を離れるのを黙って見ている事しか出来ない。
ハウィンツから話し掛けられたリズリットは、慌ててその場に立ち上がろうとして、だがリズリットの隣に立っていたディオンが手のひらを差し出した事に瞳を丸くした。
「──ん? 帰るんだろう? 手を」
「あ、ありがとうございます、ディオン卿」
リズリットは驚きを隠しきれず、ポカンとした表情のまま、ディオンから差し出された手のひらに自分の手を重ねる。
ディオンの一挙手一投足に、固唾を呑んで見守っていた周囲の人間は、エスコートをしようとしているディオンの姿に驚き、そして令嬢達は断末魔を上げるような表情で固まっている。
先日、怪我をしたリズリットを助ける為に触れた時と違い、今回はディオン自らリズリットをエスコートしようとしている。
この違いはかなり大きく、先日の騒ぎを見ていた、知っている者達は信じられないと言うようにリズリットとディオンに視線を送っている。
「リズリット。戻ろう。早く邸に戻ろうか」
「は、はい。お兄様……」
ハウィンツの言葉に、リズリットも強く頷くとディオンに差し出された腕に手を添えてそそくさとテーブルから離れる。
リズリットは、恐ろしくてリリーナの座る方向を見る事が出来なかったし、周囲からの妬みや嫉妬の感情が籠った視線を受ける事が恐ろしく、俯きがちに急いで足を動かす。
普段以上に、視線を集めてしまっている事にリズリットはどくどくと自分の心臓が早鐘を打つのを感じる。
ディオンの登場に、初めは驚き、周囲の視線が気にならなかったが落ち着いた頃、自分達に集まる視線の多さに冷や汗をかいた。
ハウィンツ一人だけでも周囲の視線を集めると言うのに、そこにディオンまで加わってしまったのだ。
ディオンが加わった事で周囲からの視線は倍増し、リズリットは早く馬車に戻りたい一心で必死に足を動かした。
だから、ディオンからの言葉に深く考えずに肯定の言葉を何度も返していて、ようやっと馬車乗り場に到着した際にハウィンツの呆れたような表情と、反対に嬉しそうに笑顔を浮かべているディオンの様子にリズリットが首を傾げていると、馬車に乗り込んだ後にディオンが発した別れの言葉にリズリットはギョッと瞳を見開いた。
「──リズリット嬢、また絵画スクールの日に。スクールが終わったら迎えに行くから、街を散策しよう」
「──えっ!?」
リズリットがディオンに返答する前に、馬車は動き出してしまい、軽く手を挙げて見送るディオンを残して馬車はマーブヒル伯爵邸へと帰って行った。
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