57 / 64
57
しおりを挟むイェルガの呟きは、二人にはしっかりと届いていた。
ルーカスはブリジットを自分の背で庇うようにしてイェルガに向き直る。
「やはり、何かを企んでおられたようですね。ノーズビート卿」
「企む、などと人聞きの悪い……」
ルーカスはイェルガに話しかけながら、自分の胸元をそれとなく気にする。
王女から借りた精神干渉の魔法を防ぐ魔石は、発動している素振りは見せない。
そして自分の意識もはっきりしている事から、現状は何も魔法の効果に侵されていない事を認識する。
それは、背後に居るブリジットも同じようで。
ドレスのポケットに入れた魔石に、無意識に触れている。
だが、一瞬だけブリジットと目が合ったルーカスはブリジットの意思がしっかりとその瞳に表れているのを確認して、一旦は安堵する。
「人聞きの悪い、とは良く言ったものです。貴方には前科があるのですから警戒されるのは予想されていたでしょう?」
「……そちらの件に関しては、謝罪させて頂きました。アルテンバーク嬢にも謝罪を受け入れて頂いております。まだ、ただの婚約者であるラスフィールド卿には関係の無い事ではございませんか? アルテンバーク侯爵家と、我が家ノーズビート侯爵家での間の話ですから」
ルーカスの言葉に、イェルガは馬鹿にしたような表情でルーカスに言葉を返す。
「そもそも、このような些事を大袈裟に扱う事がおかしいのですよ。我が国、帝国では大事にはなりませんから」
「……っ、貴方は我が国と友好的な関係を築くために使節団としてやって来たのではないのですか!? そのような物言い……っ、とても看過出来ません……!」
「これは、正式な場では無く学院に通う学院生同士の会話でしょう? 学院生達のちょっとした口喧嘩、ですよ?」
「……っ、狡い真似を!」
ああ言えば、こう言うと言った調子で言葉を返して来るイェルガにルーカスは苛立ちを感じる。
確かに、イェルガの言う通りに学院生達の口喧嘩で処理されてしまうような内容だ。
自分達の国を侮辱されたと言うのに、この場に爵位を持った人間が居ない事にルーカスは歯噛みする。
爵位を持っていれば、イェルガに対して正式に講義出来たのだがこの場には三人しかおらず、ましてやこちらには魔法士はいない。
魔法で今の言葉を記録しておく事も出来ないため、大事には発展させる事が出来ないのだ。
(今の発言を、我が国への侮辱行為と証明出来れば……! この男を帝国に強制送還出来たものを……!)
ルーカスは益々苛立ち、ぎゅうっと拳を握り締める。
ここで、第三者がいれば。
使用人か誰かがいれば、普段よりも苛立ちを顕にするルーカスを疑問に思い、声を掛けてくれていたかもしれない。
そして、それはルーカスが背後に庇うブリジットも同じ状態で。
ブリジットは普段感じた事の無いような怒りや苛立ちを覚えていて。
イライラとする感情そのままにブリジットはルーカスの肩を押しのけてイェルガの前に進み出た。
「ノーズビート卿……っ! 確かに私たちは未だ学院に通う学院生です! ですが、口喧嘩と済ませてしまえる程今の言葉は軽くございません!」
「……ブリジット! あの男に近付くな……! 何を仕出かすか分かったものじゃない!」
「分かっておりますが……っ! けれど私も黙ってはいられません!」
「ブリジット! 言う事を聞いてくれ!」
「私は今回の件の当事者ですわ! ルーカス様こそ下がっていて下さい!」
「──っ何だって!?」
「何ですか!!」
イェルガをそっちのけに、口喧嘩を始めてしまうブリジットとルーカスを見て、イェルガは厭な笑みを浮かべた。
68
お気に入りに追加
3,129
あなたにおすすめの小説
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。
王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。
友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。
仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。
書きながらなので、亀更新です。
どうにか完結に持って行きたい。
ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。
婚約を解消してくれないと、毒を飲んで死ぬ? どうぞご自由に
柚木ゆず
恋愛
※7月25日、本編完結いたしました。後日、補完編と番外編の投稿を予定しております。
伯爵令嬢ソフィアの幼馴染である、ソフィアの婚約者イーサンと伯爵令嬢アヴリーヌ。二人はソフィアに内緒で恋仲となっており、最愛の人と結婚できるように今の関係を解消したいと考えていました。
ですがこの婚約は少々特殊な意味を持つものとなっており、解消するにはソフィアの協力が必要不可欠。ソフィアが関係の解消を快諾し、幼馴染三人で両家の当主に訴えなければ実現できないものでした。
そしてそんなソフィアは『家の都合』を優先するため、素直に力を貸してくれはしないと考えていました。
そこで二人は毒を用意し、一緒になれないなら飲んで死ぬとソフィアに宣言。大切な幼馴染が死ぬのは嫌だから、必ず言うことを聞く――。と二人はほくそ笑んでいましたが、そんなイーサンとアヴリーヌに返ってきたのは予想外の言葉でした。
「そう。どうぞご自由に」
【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?
柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。
お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。
婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。
そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――
ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?
【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる