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しおりを挟む「──あの……っ、当家に何用でしょうか……?」
門番に声を掛けられた男──イェルガ・ノーズビートはさらさらとした金色の髪の毛を風に靡かせて微笑む。
「失礼。こちらはアルテンバーク侯爵様のお邸で間違い無いでしょうか?」
「はい、間違いございませんが何用で……」
「ああ、失礼致しました。私はイェルガ。イェルガ・ノーズビートと申します。同じ学院に通う、学院生なのですがブリジット嬢をお呼び頂いても……?」
イェルガはそう告げながら、胸ポケットから学院の紋章を取り出して門番に見せる。
門番は紋章を見て、学院の紋章である事が間違い無いと確認した後、ブリジットを呼ぶためにもう一人の門番に声を掛ける。
「──お嬢様に声を掛けてくるからここに居てくれ。……ノーズビート卿、庭園にてお待ち頂いてもよろしいでしょうか? お嬢様をお呼び致します」
「ええ、構いませんよ。御足労おかけして申し訳無い」
「いえ、どうぞこちらへ──……」
門番は門を開き、礼儀正しく頭を下げるイェルガを中に招き入れる。
そして庭園までイェルガを案内した後、こちらでお待ちくださいと言い終えて邸に急いだ。
門番の後ろ姿を見つめながら、イェルガはさてどうしようか、と自分の顎に手を当てた。
三日後にはこの国の国王と謁見の予定がある。
それまでにどうにかこの国の魔法士に気取られないようにしてブリジットを自国に連れ帰る準備をしなければ。
魅了を強めてしまえば、ブリジットの精神が破壊されてしまい、今のブリジットでは無くなってしまう。
「凛とした彼女が欲しいんだ……。何者にも流されそうにない、あの強い意志を破壊したくない……。魅了は駄目、だな……。ならば微弱な魅了と洗脳を融合してブリジット嬢に掛けるか? 融合魔法はリスクが大きいが……確実にブリジット嬢を連れ帰るには致し方無いだろうか……」
何かもっといい魔法があれば、とイェルガは考えを巡らせる。
「もしくは……。ブリジット嬢自ら今の婚約者から離れて貰うか……? 仲違いするように誘導魔法を使って……」
イェルガがぶつぶつと呟いていると、邸の正面玄関が開くのが視界に入った。
◇
時間は少しだけ戻り、門番がブリジットの所にやって来た時。
応接室の扉をノックして、門番が姿を現す。
「どうかしたの?」
門番が持ち場を離れてやって来た、と言う事は誰か客人でも来たのだろうか? と考えたブリジットが門番に問うと、門番はぺこりと一礼してから口を開いた。
「お嬢様にお客様です。同じ学院に通われておられる男性貴族の方なのですが」
「男性貴族……? 誰かしら……?」
「シトニー嬢でなければ、ブリジットにも俺にも心当たりは無いな? 本当に学院生が?」
門番の言葉に、ブリジットもルーカスも首を傾げる。
誰だろうか、とお互い顔を見合わせていると門番が言葉を返した。
「学院生の……、イェルガ・ノーズビート卿と仰る方なのですが……。庭園でお待ち頂いておりますが、お帰り頂きますか?」
「──っ」
門番がイェルガの名前を口にした途端、ルーカスが厳しい顔付きになり、ブリジットが固まる。
二人の変化に、門番がおろおろして「やはりお帰り頂きます……!」と部屋から退出するために振り返った所で、ルーカスが門番を呼び止めた。
「待て。何の用で来たのか、確認する必要がある」
「すぐに行くから戻って結構よ」
ルーカスが門番に告げた後、ブリジットも追うように告げる。
門番はぺこり、と頭を下げた後部屋を退出して急ぎ足で廊下を歩いて行った。
「……ルーカス様、私は同席しない方がいいですよね?」
行くとは言ったものの、イェルガが何を考えているのか分からない。
そして、何故か自分に執着していると言うイェルガと会う事は避けた方が良いだろうと考えたブリジットは対応をルーカスに任せようとしたのだが、ルーカスは「いや」と言葉を紡ぐ。
「……王女殿下からお借りした魔石がある。ブリジットも、俺もこちらをお借りしよう」
「魔石、ですか……?」
懐に腕を入れたルーカスがごそごそと何かを取り出した。
手のひらにちょこんと乗る二つの石は、小さくとても美しい輝きを放っていた。
「精神干渉の魔法を防ぐ効果があるらしい。魔力を感知する事が難しい微弱な魔法を防ぐ事は出来ないが、強い精神干渉は受けない。これを身に付けていれば昨日のような事にはならない。ブリジットもこれを持っていれば大丈夫だ」
「──本当ですか!? 王女殿下がこんなに貴重な物をお貸し下さったのですね……!」
「ああ。お礼は今度開くお茶会の参加でいい、と仰っていたよ」
「まあ!」
ブリジットがくすくすと笑うのを見て、ルーカスはその魔石をブリジットに手渡す。
「ドレスのポケットにでも入れておけば大丈夫だ」
「ありがとうございます、ルーカス様。お借り致しますね」
ブリジットは手渡された魔石をしっかり自分のドレスのポケットに入れて、ソファから立ち上がった。
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