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 ルーカスが説明を始め、時折不明瞭な部分はティファが補完する。
 そしてある程度の報告が終わると王女は考え込むようにして自分の口元に指を当てた。

「──なるほどね。……アルテンバーク嬢。貴女が学院に到着した時に体験した事を聞いても良いかしら?」
「勿論でございます」

 こくりと頷くブリジットに、王女は「ありがとう」と言葉を返すとブリジットに質問を投げ掛けて行く。

「朝、香りに惹かれた、と言っていたわよね? それってどんな香りだったのかしら?」
「はい。何だか、とても甘い香りが致しました。その時は誰かの香水の香りだと思ったのですが……周囲に居た学院生達は誰も気付いていないようで」
「アルテンバーク嬢だけがその香りに反応した、と言う事ね。学院生達に確認を取らせるわ。もしこれで他の院生達が誰一人として香りに気付かなかった、と言うのであればそれはアルテンバーク嬢だけに標的を絞っていたと言う事になるわ」

 魔法の開発をしていた、何て真っ赤な嘘になるわね。
 そう瞳を細めて口元を笑みの形に変化させる王女に、ブリジットは「まさか」と信じ難い気持ちになる。
 だが、王女が言う言葉はとてもしっくりときてしまうのも事実で。

「それで。アルテンバーク嬢が向かった先に居たのは……」
「は、はい。ノーズビート卿とお会い致しました。……ですが、お会いして、少しだけ会話をした事は覚えているのですが……」
「それ以降は記憶が混濁でもしてしまったかしら?」
「──! はい。王女殿下が仰る通りでございます……! 何だか、ふわふわとした心地好い感覚になった、と言いますか……」
「そう。交換留学生であるイェルガ・ノーズビート卿ね」

 ふう、と王女は一度そこで言葉を切り、用意された紅茶に口を付けた。
 ゆっくりと喉を潤し、カップを戻した王女はブリジットの父親であるアルテンバーク侯爵に視線を向けた。

「アルテンバーク侯爵。陛下に謁見の申し出をして下さい。私からもお話は通しておきますが……直ぐに取り掛かった方が良いわ」
「──えっ、!? は、はい! 直ぐに準備致します……!」

 王女の言葉を受け、父親は慌ててソファから立ち上がり自分の執務机に向かう。
 そこで父親ははっとする。
 邸にやって来た王女が何故応接室では無くて書斎で話しをする事を希望したのか──。

(なるほど……。ここで報告を受ける事にすれば、爵位を持つ私が直ぐに動ける……)

 そこまでお考えだったか、と父親は王女の先を読む考えに感服した。



 父親が国王陛下への謁見の書状を認めている間、王女はブリジットに視線を戻して口を開いた。

「アルテンバーク嬢……。驚くかもしれないけれど……落ち着いて聞いて欲しいのよ。……先程、貴女が説明してくれた症状……これはね、魔法士が使う、と言う魔法の効果にそっくりなの」
「み、りょう……」
「ええ。魅了は他者を発動者に惹き付け思考能力を著しく低下させてしまう魔法よ。この魔法には効果の程度が様々あるのだけど……。一番弱くて、そうね……精々発動者を好意的に感じる、と言った所かしら……無意識にその発動者に惹かれてしまう、と言う効果があるわ」

 王女の言葉を聞き、それまで静かに聞いていたティファは何かしら思い至るようで小さく「あっ」と声を漏らした。
 王女が話す内容が、交換留学生を見た後の自分の感情ととても酷似しているとティファも感じたのだろう。

「……シトニー嬢も思い至る所があるようね。……考えている通りよ。軽微な魅了は、他者に好印象を持って貰えるようにする程度。彼らも自国では無い場所で過ごすから……まあ軽微な魅了だったら許容範囲内だわ。友好関係構築のためにやって来た留学生達とつまらない諍いが起きてしまったら本末転倒だわ」
「そう、なのですね……。だから、あれ程イェルガ様に惹かれて……」
「ええ、そうよ。心に決めた人がいないと、少しだけ強く効果が出てしまうのだけど……自らの考えでその魅了魔法の効果を打ち消す事も出来る……。今のシトニー嬢のように、ね。お友達であるアルテンバーク嬢を心配する気持ちが大きかったでしょう?」

 にっこりと笑顔で王女に言われ、ティファは照れたように笑う。
 ブリジットとティファが恥ずかしそうに顔を見合わせていたが、王女は言葉を続けた。

「軽微な魅了、それ以上の効果が強い魅了魔法を発動してしまうと、流石に周囲に察知されるわ。学院には我が国の魔法士も居るし、魔法士になるべくして勉学に励む特別科の院生も居る。だから、察知される事を避けるためにノーズビート卿は……魔法を開発しようとしたのね」

 王女は瞳を細めて言葉を紡ぎ、笑みを浮かべる。
 先程まで浮かべていた穏やかな微笑みが消え去り、今は冷ややかな笑みを浮かべている。

 王女がお怒りだ──。
 その場にいたブリジット達三人はごくり、と喉を鳴らして無意識に背筋をぴんと伸ばしてしまう。

 そんなブリジット達の変化に気付いているのかいないのか、王女は書斎の扉に顔を向けて口を開いた。


「──いいわ、入ってちょうだい」
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