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「……っ」
「おい、どうするつもりだイェルガ?」

 リュリュドにこそり、と声を潜めて話し掛けられイェルガは考えを巡らせる。

 今、返事をするのは得策では無い。
 ブリジットの友人であるティファにこの状況を見られてしまえばどんな事になるか。

 それならば、このまま無視してしまうか。
 そうすれば侯爵令嬢であるティファは部屋の主がいないというのに勝手に部屋に入ってくると言う事はしないだろう。
 だが、ブリジットが姿を消している現在呼びかけを無視してしまえば、その同時刻にイェルガも姿を消していた、と言う事がティファに知られる。

 それならばもういっその事。

「……ティファ嬢の記憶を消してしまう、か……?」

 ぼそりと呟いたイェルガの低い声に、リュリュドはぎょっと目を見開く。
 そんな事をしてしまえば。
 この国の侯爵令嬢二人に何らかの魔法を使用した、と言う事が国に知られれば面倒な事になる。

 しかも、夜会の時に話したこの国の王女に知られてしまえば不味い。

「お前がっ、早くアルテンバーク嬢を解放していれば……っ」
「分かった、ティファ嬢に返事をする。ブリジット嬢は俺が開発していた魔法の被害にあってしまって、意識が混濁していると言う事にしよう」

 イェルガはそう判断し、扉の向こうに居るであろうティファに言葉を返した。

「ああ、居るよ。入ってくれ」

 イェルガの声が聞こえ、ティファが「失礼します」と声を掛けてからドアノブを回し開ける。
 イェルガはブリジットから距離を取り、ソファから立ち上がる。

 ブリジットから小さく残念そうな声が聞こえ、イェルガは後ろ髪を引かれる思いを抱くが、ティファに先程の状態を見られてしまうのは不味い。
 表でイェルガは学院生に公平な態度で接している。
 ブリジットに執着している、とブリジットの友人であるティファに勘付かれるのはまだ早い。

「失礼いたし──」

 がちゃり、と扉が開く音がして、ティファの声が途中で止まる。
 そして、ティファは自分が探していたブリジットがまさかこの部屋に居るとは思わなかったのだろう。
 驚愕に見る見るうちに瞳が見開いて行き、声を失っていたティファはハッとして自分の隣に居た人物に声を掛けた。

「……ブリジットが見付かった、とアルテンバーク家にすぐ知らせを……!」
「か、かしこまりました!」

 ティファの声に、返答がありすぐにバタバタと廊下を駆けて行く音が聞こえる。

 その様子にイェルガは内心舌打ちを打った。

(もう既にブリジット嬢の家の者に知られていたか……)

 厄介な、と胸中で毒付いていると恐る恐る部屋に入室して来たティファがイェルガと、ソファに座るブリジットを交互に見て、問い掛ける。

「その……。ブリジットの姿が朝から見えなくて……。心配していたのです。学院内で拐かしにあったのか、と思い探しておりました……。まさか、イェルガ様のお部屋にいらっしゃるとは……」

 あれ程イェルガに夢中になっていたティファの瞳には、イェルガに対する「不信感」「疑い」といった感情が浮かんでいる。
 軽微な魅了では、長年育んできた友情には敵わないと言う事なのだろう。

 イェルガは一つ勉強になったな、と心の中で呟いた後、ティファに向かって微笑み掛けた。

「お騒がせしてしまって申し訳無い。実は……私が魔法の開発を行っている時に運悪くアルテンバーク嬢と鉢合わせてしまってね。開発中の魔法に彼女が掛かってしまって、どうしようと対応に困っていた所だったんだ」
「魔法の開発中に、ブリジットとですか……? 確かに、ブリジットの様子も普段とは全く違いますし……何か魔法に掛かってしまっているようですね。……どんな魔法に掛かってしまったか、お伺いしても……?」
「すまない……。この魔法の開発は交換留学生の私としてではなく、我が国の魔法士として開発していたんだ……他国の方に開発中の魔法の詳細は教えられないんだ……」

 申し訳なさそうに眉を下げて謝罪するイェルガに、ティファもそれはそうかと納得する。

「……分かりましたわ。今は取り敢えずブリジットが見つかりましたし……。魔法は効果時間がございますわね? ブリジットも時間が経てば効果は切れますよね?」
「ああ。それは問題無いよ」
「それならば、ブリジットを連れて行っても……? 彼女を家に送りたいのです」
「──ああ。それならば私も同行しよう。私が掛けてしまった魔法だからね。アルテンバーク侯爵にお会いして謝罪したい」

 すらすらと言葉を紡ぐイェルガに少し離れた場所で会話を聞いていたリュリュドは呆れる。

(イェルガ、あいつ……どさくさに紛れてアルテンバーク嬢の父親と顔を合わせるつもりか)

 諦めが悪いなぁ、とリュリュドが思い、溜息を吐いていると廊下からバタバタと慌ただしくこの部屋に向かってやって来る複数の足音が聞こえた。
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