28 / 64
28
しおりを挟むこの国の王女が突然目の前にやって来て、ブリジットは慌てて礼の体勢を取る。
だが、王女はブリジットに微笑みかけると口を開いた。
「いいのよ、そんな事しなくて。それより、気になる話だったから、話途中なのに割って入ってごめんなさいね? そのお話、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「は、はい。王女殿下……」
にこやかに、嫋やかに微笑む王女にブリジットは恐る恐る顔を上げる。
王女はブリジットに笑顔を向けた後、すっと視線をルーカスに移した。
「ラスフィールド卿。どこかご令嬢とゆっくりお話出来る場所を」
「かしこまりました、王女殿下」
さっと胸に手を当て、一礼した後に足早に去って行くルーカスの後ろ姿をブリジットが見ていると、王女がブリジットの手を取りにこやかに声をかけてくる。
「さあ、参りましょう? アルテンバーク嬢」
「あっ、私の名前をご存知で……!? 申し訳ございません、名乗りもせずに……!」
「ふふっ、いいのよ。今日は隣国の留学生達が主役の夜会ですもの。堅苦しい事は抜きにしましょう」
優雅で、可憐な王女の佇まいにブリジットは以前ルーカスから言われた言葉達を何故か今になって思い出す。
王女殿下のように、淑やかに嫋やかに、とルーカスに何度言われた事だろうか。
(……確かに、王女殿下の傍にいれば他の女性にそう求める気持ちも頷けるわ……)
それだけ、王女はとても美しくそして淑女として凛とした佇まいを保っている。
王女が通路を通れば誰もが振り返り、王女の煌びやかな雰囲気に圧倒される。
けれど華美なだけではなくて所作も美しく、女性らしい嫋かさを兼ね備えている。
黙ってそこに佇んでいるだけで目を引くような圧倒感に、存在感。
(ルーカス様が少しでも王女殿下を見習って、と言いたくなる気持ちも分かるわ……)
王女に活発などと言う言葉は似合わない。
王女に落ち着いてなど誰が言うだろうか。
ブリジットは自嘲気味に笑みを浮かべ、そっと目を伏せて王女に手を引かれるまま彼女に着いて行った。
談話室。
こうした夜会が開かれる場所では、パーティー会場から少し離れた場所に休憩をしたり、お話をしたり出来る部屋が数部屋用意されている。
王家主催の今回のパーティーでも休憩場所が用意されており、その中の一室にブリジットは案内された。
王女がブリジットの向かい側のソファに座り、ブリジットとルーカスが並んでソファに腰を下ろす。
王女の護衛は扉前に二人程控えており、ブリジット達が声を潜めて会話をすれば護衛達には声が聞こえない距離だろう。
(今回王女の護衛は……女性騎士なのね……)
ちらりと護衛騎士を見やったブリジットが独りごちる。
ブリジットがそんな事を考えている間に王女は部屋に用意されていたお茶菓子と、メイドが淹れた紅茶に手を伸ばし、躊躇いも無くそれらを口にする。
「お、王女殿下……! 何かを口に運ぶ際は私達が先に……!」
「あら、大丈夫よ。気にしないでアルテンバーク嬢。ありがとう」
にっこりと微笑み、「これとても美味しいのよ、食べて?」と笑顔で告げて来る王女にブリジットはいいのだろうか、と心配になってしまう。
いくら宮殿とは言え、王族の人間が口にする物を毒味の代わりに自分達が先に口にしないのは……、とブリジットが狼狽えているとブリジットの隣に座っていたルーカスが口を開いた。
「王女殿下……。それで、お話の内容とは……」
「あらあら、ラスフィールド卿。先ずはお茶をして緊張間を払拭してからお話をしていこうと思っていたのに……。せっかちな男性は女性に嫌われてよ?」
「殿下が気になさっている事を早く確認した方がよろしいかと」
「──うふふっ、ふふっ、そんなに婚約者との時間を邪魔されたくなかったのかしら?」
揶揄うような王女の言葉に、ルーカスは不機嫌を顕に眉を潜めている。
王族の人間相手に、こんなにも気安い態度を取って大丈夫なのだろうか、とブリジットはひやっとするが、そうだ、と思い出す。
「……ルーカス様は王女殿下と何度もお顔を合わせた事がありますものね……」
ぽつり、と呟いたブリジットの声は自分でも思っていたよりも低くて。
ブリジットの隣に座っていたルーカスは勿論、向かいに座っている王女にもその呟きはしっかりと聞こえていたようで。
ルーカスはぎょっと目を見開いた。
「ブ、ブリジット……! 何か変な誤解を……っ」
「あらあらあら……」
「──っ、申し訳ございません、殿下。先程の言葉はお忘れ下さい。……その、先程仰っていた違和感のお話、とは……?」
王族を目の前にして失礼な態度を取ってしまった、とブリジットが慌てて居住まいを正し、王女をしっかりと見詰めて言葉を紡ぐ。
その様子を見た王女はにっこりと笑顔を浮かべ、ブリジットに向かって口を開いた。
「ここ数日……そうね、隣国の交換留学生達が我が国に来てから国内の貴族令嬢や子息達が留学生達に夢中になってしまっているの。……いくら魔法士が珍しいとは言え、学院に通う令嬢や子息が個人差はあれど、皆彼らに好意的なのよ……。不思議に思わないかしら?」
81
お気に入りに追加
3,129
あなたにおすすめの小説
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。
王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。
友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。
仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。
書きながらなので、亀更新です。
どうにか完結に持って行きたい。
ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。
【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?
柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。
お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。
婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。
そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――
ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?
【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる