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 赤くなってしまった頬を冷ますためだろうか。
 ブリジットは自分の頬を両手でパタパタと仰いでいて、その様子を見たルーカスはぐっと唇を噛み締めながらずんずんと大股でブリジットに近付いて行く。

 ルーカスの形相を見て、背後に居た護衛達はまた喧嘩が始まるのではないか、とおろおろとしていたが。

「──ブリジット」
「……あっ、ルーカス様。申し訳ございません、先程の男性は昨日のお店で助けて下さった男性で……」
「前髪が乱れている……」
「へっ?」

 ルーカスはブリジットの言葉を最後まで聞く前に、ぶすっとした表情で先程外套の男性が触れていた前髪の付近をまるで上書きするように自分の指先で触れる。

 ちょいちょい、とブリジットの前髪を直してやりながら、ルーカスは突然の事にびっくりして目を丸く見開いているブリジットに視線を向けた。

「ブリジット。丘に行くんだろう? 行こう」
「え、ちょっ、ルーカス様、手……っ」

 ルーカスは自然な流れで、ブリジットの前髪に触れていた手を今度はブリジットの手のひらを取って優しく引っ張って行く。
 舞踏会などでエスコートをする訳でも、馬車を利用する時でも無い限り、ルーカスは不必要にブリジットに触れた事など無かった。
 それなのに、今は。
 ブリジットに触れ、手を引いている。

 今までとは何処か違うルーカスの態度に、ブリジットは戸惑いを隠せない。

(ぜ、絶対何か言われると思ったのに……!)

 きっとお小言が始まるのね、と思っていたブリジットは前を歩いて行くルーカスの後ろ姿を見て、首を傾げた。




 丘に登ると、そこには想像していた通り観光客や町の家族連れがピクニックをしに来ている風景が広がっていて。
 穏やかに微笑んでいる人達の姿を見ながら、ブリジットは未だに繋がれているルーカスの手をちらり、と見やる。

「ルーカス様……その、そろそろ手を離して頂いてもいいですか?」
「繋いでいると不都合があるか?」

 きょと、と目を瞬かせて聞いてくるルーカスにブリジットは言葉に詰まってしまう。
 不都合、は無いのだが些か恥ずかしい。
 ブリジットはその恥ずかしさから手を離して貰おう、とこくりと頷いた。

「え、ええ……。少し歩きにくいので……離して下さると助かります」
「だが、舗装されている場所では無い。ブリジットは踵が高い靴をはいているだろう? 体勢を崩したら危ない。俺に掴まっていれば転倒する事もないだろう」
「そ、それはそうですが……」

 至極当然、と言うようにルーカスにそう言われブリジットは口篭る。
 恥ずかしさを感じているのはまるで自分だけのような気がして。

(ルーカス様は私が幼子のようにはしゃいで丘を駆け回ると思っているのかしら……そして転ぶ、と? もうそんな子供じゃないのに……っ)

 何だか子供扱いをされているのが面白くなくて。
 ブリジットはむすっと眉を寄せて繋がれているルーカスの手をぐっ、と強く引っ張った。

「……っ、ブリジット?」
「私ももう駆け回ったりするような子供じゃありませんから、転びません。それよりも、お父様の代理としてミーブルの町に来ているのでこのように手を引かれている姿を町の人達に見られたくありません」

 ブリジットの言葉に、動揺したのだろうか。ルーカスがブリジットの手を握る力が若干緩んだ。
 その隙にブリジットはするり、とルーカスの手から自分の手を抜いてルーカスを追い抜いて丘を歩いて行ってしまう。

「ブ、ブリジット……っ俺は別にブリジットを子供扱いなど──っ」

 慌ててルーカスがブリジットの後を追ったが、丘で遊んでいた家族連れの子供だろうか。
 その子供が丘を走り回っていたがブリジットの目の前で転んでしまい、わあわあと泣き出してしまった。

 ブリジットはその子供を慌てて抱き起こしてやり、走り寄って来た両親がブリジットにぺこぺこと頭を下げている。

 ブリジットが言っていた言葉をルーカスは訂正する事が出来ず、ブリジットはその家族と笑顔で話し始めてしまった。

「ラスフィールド卿……お嬢様は、その……直球に言葉を伝えないと、伝わらないかと……」

 ブリジットのメイド、ニアがおずおずとルーカスに話し掛けて来て、ルーカスは「そのようだな……」と項垂れた。
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