【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます

高瀬船

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「昨日はあの場をお任せしてしまってすみません……。どうしても外せない用事があって……」
「いえ! とんでもないです! 暴れていた人達は町の憲兵隊にお任せしたので大丈夫ですよ。それより、二人に襲いかかられてましたがお怪我などはございませんでしたか?」

 ブリジットと外套の男性の会話に、ルーカスは少しだけ二人から距離を取って静観する。

 これはブリジットのアルテンバーク侯爵領で起きた事件だ。
 いくらブリジットの婚約者とは言え、他領で起きた事件を我が物顔で聞く訳にはいかない。

 二人の距離が近い事に苛立ちは感じるものの、ブリジットの邪魔だけはしないよう、とルーカスは黙って事の成り行きを見守る事に徹する。

「怪我もないので、お気になさらず」
「そうですか……、昨日は本当にありがとうございました。あ……もし何かあれば……」

 そこまで話して、ブリジットはちらりとニアに視線を向ける。
 ニアはブリジットの意図を読み取りすぐに外套の男性に近付くと、懐から一枚の名刺サイズの紙を取り出して外套の男性に渡した。

「──当主宛にご連絡下さい」
「……アルテンバーク侯爵……。ああ、ご令嬢はアルテンバーク侯爵令嬢だったのですね」
「はい。お怪我の治療費や、賠償などが発生した際はこちらにご連絡下さい」
「ふふ、分かりました。ご丁寧にありがとうございます」

 二人の会話が終わる雰囲気になり、ルーカスもほっと安堵する。
 どこかルーカスも緊張していたようで、体に力が入ってしまっていたのだが、体から力を抜いた所で。

「──ああ、侯爵令嬢、葉っぱが前髪に……失礼」
「え」

 外套の男性はブリジットに一言断りを入れてから、ブリジットの前髪に手を伸ばす。
 話している最中にブリジットの髪の毛に乗っかってしまったのだろうか。
 外套の男性はブリジットの髪の毛に触れるか触れないか、配慮しつつ髪の毛に乗っていた葉っぱを取った。

「──あっ、ありがとうございます」
「いえいえ、……ふふ。この葉っぱも美しい侯爵令嬢に誘われてやって来てしまったようですね」
「っへ!?」

 さらり、とスマートに外套の男性がブリジットにそう伝え、ブリジットは突然男性からそんな事を言われて恥ずかしさに顔を真っ赤にしてしまった。

「──……っ!」
「ラ、ラスフィールド卿……抑えて下さい……っ」

 ルーカスがぎりっと拳を握り、足を動かそうとした所で護衛から慌てて止められる。

 外套の男性はルーカスや護衛達など目に入っていないようで、ブリジットだけを見詰めている。

 そして、その男性の黄緑色の瞳に仄かな熱を認めて。
 ルーカスは怒りよりも焦りの感情が胸に満ちた。
 学院で、ブリジットを見詰める男性貴族達と同じような視線だ。
 熱の篭った視線をブリジットに向けているのを一体何度見ただろうか。

 嫌な感情が胸に満ちてしまい、ルーカスが二人の間に割って入ってしまおうか、と足を一歩動かしかけた所でブリジットと外套の男性の距離が離れた。

「それでは、侯爵令嬢。ここで失礼しますね」
「え、あ。はい。ありがとうございました」

 軽く頭を下げるブリジットに笑顔を向けた外套の男性は、ルーカスや護衛達の居る方へ歩いて来る。
 男性に向かって軽く頭を下げる護衛達とは違い、ルーカスは真っ直ぐ男性を見詰める。

 ルーカス達の前を通り、町へ続く道を歩いて行く男性はルーカス達に視線を向ける事無く、そのまま去って行った。


「──……っ」

 ルーカスは、自分の前を通り過ぎる外套の男性が、フードの奥で熱の宿った瞳と、嬉しそうに緩んだ頬を見て、ざわざわと嫌な胸騒ぎを覚えたのだった。
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